CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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 一行は休憩に入ると馬を草原に放した。草を食む馬の近くにセオドールさんに促されて街道沿いの脇に一緒に並んで座った。
 雲が多くて青空は見えないけれど、そよぐ風が気持ちいい。草原に流れて行く風がまるで遊んでいるかのように葉を揺らしていく。

「私、馬をこんなに近くで見るの始めて」
 動物園にでも行かない限り馬を見ると言う事は無かったから、こんな至近距離で柵も無い自然に放たれている馬を眺めるのは初めての事だった。
 馬が草を美味しそうにむしゃりと食べる姿を見ていると、魔法の勉強をにわかに詰め込んで疲れた頭と心が和んだ。
 体が大きい馬の毛並みは良く手入れされているらしく艶やかで、黒い瞳は大きく優しそう。聖獣とは全く目の色が違うんだなとぼんやりしながら眺めていた。
「ところで、マートルって今日は外に出ていないんですか?」
 いつもは外にいてセオドールさんの傍にいるのが当たり前だったから、姿が見えないのをなんだか不思議に感じた。
「中にいますよ。流石に馬と一緒に長距離は走れませんからね。おいで、マートル」
 セオドールさんが声を掛けると同時に、二人の隙間にマートルが現れた。
 マートルは尻尾をふりふりしながら私の頬を舐めてきた。
「ふふっ、くすぐったいよ、マートル」
 お返しとばかりにマートルの頭と体を撫でてあげた。暫く撫でていると落ち着いたマートルはお座りの状態から自分の膝に頭を乗せてきて、もっと撫でて欲しいのか体をごろりと横にした。
「まだ撫でて欲しいの?分かった。じゃあもうちょっとね」
 こんな風に懐いてくれることが嬉しくてしょうがない。アパートでは動物が飼えなかったから、こんな風に叶うなんて思ってもいなかった。
 まあ、正確にはマートルは聖獣で動物じゃないし、そもそも私の聖獣でもないんだけど。

「おーまーえーはー、少し甘えすぎだろう」
 膝上に乗って体を撫でてもらうと気持ちが良いのだろう、自分の聖獣がうっとりとして目を瞑ってされるがままになっているを見て、イラっとするものが有ったらしい。こめかみに青筋を薄らと浮かべ、横になっているマートルの体をがしっと両手で抱え込み、私の膝の上から引き下ろそうとした。
 折角気持ち良くしていた所を邪魔されたマートルは、そうはされたくないと前足を伸ばして膝の上から落とされないよう全体重を乗せて来た。
「重っ!マートル、ちょっと重いよ」
 いきなりマートルに体重を乗っけられて体の上半身がグラついた。
「ほら、穂叶さんが重たいって言ってるだろう。お前はどきなさいっ」
 実は自分もまださせてもらっていない膝枕を、聖獣に先を越された事が悔しいからこんな行動に出たセオドール。
 こうして主(あるじ)と聖獣のくだらない戦いが始まった。

「すげーな、あの子にセオドールの聖獣懐きまくってんじゃん。うわっ、彼女が膝枕してあげてるからって、自分の聖獣にまで嫉妬するかフツー。どんだけ狭量なんだよあいつ・・・。引くわー」
 穂叶達から少し離れた所で休憩を取っていたマルクス達は呆れ返っている。
「馬鹿だね、あいつも。あ、お袋さんが接近。おおっ、鉄拳で制裁されてやんの。いい気味だね、こんな所でいちゃついているからだ」
 シェリーは息子に制裁を加え終わると、足取りも荒々しく馬車へと戻って行った。
アーロンは頭を押さえて痛がっているセオドールを見て、にやりと笑っている。
「うーわ、痛そう・・・って、セオドールも結局膝枕して貰ってるじゃないか。あーあー、見てられないなー、何だよあの締まりのない顔は」
 イストはセオドールのふやけた顔を見て、ムカつく!と零している。

「大丈夫?すごい音がしたけど」
 シェリーさんにごん!と音がするほど頭を殴られて痛がっているセオドールさんの頭を確かめるに自分の胸に頭部を抱き寄せた。
 どこも怪我をしていない事を確かめた後、その頭を膝の上に乗せてよしよしと撫でてあげた。
マートルに嫉妬するセオドールさんが可愛く見えたので甘やかしたくなったのだ。けど、自分の膝に人の顔があると言うのは、思ったより心を落ち着かなせなくさせ、ずいぶん恥ずかしいものなんだと照れ始めた。
 そんな照れている様子を見て膝枕をされている方もつられて照れるのは、周りから見ればただのバカっぷるでしかない。
「羨ましすぎるっ。俺もあんな風に優しく膝枕されてみてーっっっ!」
 サロモの切実な叫びを聞いたその場に居る三人は同時に答えた。
「「「同感だっ!」」」
 少し離れた場所で、今後の予定の確認を話しあいつつ休憩を取っていたレナートとヨハンネスにもその揃った声は聞こえた。
「お前達、膝枕の経験が無いのか?確か四人とも結婚してたよな?」
 婚約者持ちである年上で隊長ヨハンネスにそう指摘され、既に結婚している四人はそれぞれの胸に小さくても鋭い矢が刺さった。
(((うっ)))
「そんなもの、帰った時に奥さんに頼めばして貰えるだろうが。もう数日我慢すれば・・・って、なんだ、皆そろって絶望的な顔をして。・・・もしかしてお前達、揃いも揃って早くも嫁に尻に敷かれてそんなことも言えないのか。それはそれはご愁傷さま、だな」
 軽く心に傷を受けた所へ、更にレナートが止めを刺した。
(((ぐはぁっ)))
 レナートはメンバーの中で一番の年上で結婚もしていないが、特定の彼女がいなくても女に関して特に不自由は無い。そんなモテ男からの容赦ない鋭い矢は、更に既婚者達に追加されたのだった。
「・・・任務が始まってないのに、そんなに精神的に追い詰めてやってくれるな、レナート室長」
 ヨハンネスは大ダメージを受けている部下の一応フォローを入れた。
「ああ?」
 倒れ伏している男達を見たレナートは、見た目とは違い弱すぎる心を持った奴らに呆れてため息を吐くと、仕方ないがないなーと頭を掻いた。
「分かったよ、俺が悪かったよ。失言の詫びに今夜は好きなだけ飲み食いしていいぞ、お前達。俺の奢りだ」
 今の今まで倒れていた男四人は、奢りと聞いてがばりと起き上がり吠えた。
「よっしゃー!」
「食べまくるぞー!」
「飲みまくってやるー!」
「うおおおーーっ」
 現金な分かりやすい奴らを見て、上司二人は苦笑いをした。
 穂叶達はのんびりと(とびきり甘いものだとは本人達は気が付いていない)休憩をとっていた筈が、いきなり後ろから大きな雄叫びが聞こえて、飛び上がって驚いたのだった。



 休憩という名の修羅場が終わると、動き出した馬車の中では魔法に関する勉強が再開された。特性を全部覚え切れないので、自分のバッグからスケジュール帳とシャープペンを取り出し、スケジュール帳のメモ書きのページに後で見直しが出来る様に特性をまとめてみた。
(色んなもの持っていて良かったー)
 お姉ちゃんの家に泊るつもりだったので、色んなものを詰め込んでいたのが役に立った。

 空は重力、撹拌、音程、聴覚、翻訳。
 風は連繋、圧縮、回転、浮遊、真空。
 水は味覚、創成、生殖、凍結、蒸気。
 地は芳香、嗅覚、石化、培養、増殖。
 光は色彩、放出、涵養、発光、治癒。

「不思議な文字だな。ちっとも分からん」
「そうですか?私にはこの世界の文字が不思議に思えますよ」
 漢字を見て、うーむと唸っているレナートさんに苦笑した。
 私が特性をスケジュール帳に書き終えると、レナートさんは魔法に関する注意事項とシシリアームへと誘った理由を教えてくれた。
「殆どの人は聖獣を持っているが、魔法を使えるのはその中でも約二割だ。その魔法を使える人が持つ特性は1つがというのが普通だ。つまりそれ以上は特別という事になる。アルベルトは二つ。俺は三つ。これがどういう事か分かるか?」
 私が使える特性は五つというのが昨日判明したばかり。この国最高と呼ばれているレナートさんでさえ三つなら。
「私の5つは異常と言う事ですか?」
「その通り。今はまだ他の騎士達にも特性が5つもあったことは黙っていた方が良い。ばれると色々厄介だから」
 私は簡単に使える魔法の種類が多くてラッキー位にしか思っていなかった。
「厄介って?」
「魔法使いは少なからず人数が居るとはいえ、マギ課で必要とされているような新たな魔法の開発・改造が出来るようなヤツは数が極端に少ない。新しい魔法によって市民レベルで使える新しい商品開発が出来れば、莫大な利益が生まれる事は理解できるな?」
 分かり易い説明にこくりと頷いた。
「マギ課に所属していれば、その発明した商品と能力に応じたボーナスの支給や給料の昇給があるんだが、一番問題なのは個人が秘密裏に機関を作って抱え込んだ魔法使いが厄介なんだ。そういう連中は金が幾らあろうとも満足しない。金の為なら平気で手も汚す。もちろん表にはばれない様に、だ。そんな連中にホノカ嬢の事がバレてみろ。何処にも所属していない、何も分かっていない娘を甘い言葉でそそのかし、連れて来てしまえばこちらの物。薬や洗脳してでも思いのまま操る事が出来る優秀な魔法使いが出来上がりって訳だ」
 端的に要約すれば、誘拐に監禁に強制就労だ。それを聞いてぶるりと身を震わせた。
「本当にそんな酷い事がここでは有り得るんですか?」
 私を怖がらせるための与太話ではないのだろうか。そう思ったのだが、シェリーさんからは本当に有り得る話だと言われ、血の気が引いた。
「マギ課は国が作った機関だから、所属している人間の保護も安全も保障の対象となっている。陛下には既にホノカ嬢の一般の身分証明書を発行してもらえるよう頼んではいたんだが、ホノカ嬢は魔法の特性の数が多すぎて、一般の身分のままじゃ他の機関から狙われやすい。そこで高位の身分を持って欲しい。つまり、まだこの国での身分が保障されていないホノカ嬢には、シシリアームへ行ってもらってシルヴィオ家の養女となって欲しいというのが、この旅に誘った理由だ」
 よ、養女!?私がレナートさんの家の養女!?
「それって、レナートさんが私のお義父さんに・・・」
 初対面の時から面倒見が良いから、心の中ではお父さんみたいだとは思っていたけど、まさか本当にお義父さんになるなんて・・・。
「違う!俺じゃないっ!俺の父の養女であって、断じて俺の養女じゃないからなっ!」
 レナートさんが真っ赤になって抗議するそばで、シェリーさんが笑いを堪えるのに必死になっていた。レナートさんとアルベルトさんが未婚女性にとっての優良物件と説明した時に私がぽつんと「しいて言えば、お父さん?みたいな?」と言ったからだった。

 シルヴィオ家の養女になることをシェリーさんからも勧めてくれた事もあって、私はそれを了承した。(この時点では、まだその後のセオドールとの婚姻はまだ伏せられている)
 そこでお互いの年齢、家族構成を説明しあい、穂叶の年齢を聞いた二人にもっと若いと思われていた事が判明した。反対に―――。
「レナートさんって、以外に若い・・・」
 髭があることで貫録ある風に見えるから、もっと年上なのかと思ってた。35と聞いて意外に若いんだと思ったのだ。
「なんか言ったか?ん?」
 不満に思ったのかどこのチンピラかという絡み方をしてきた。もー。
「レナートさんのそのお髭、似合ってますけど、でも無かったらもっと若くてカッコ良いと思います。試しにちょっと手で髭を隠して見せて下さい」
 凄みかけていた髭親父は、私から誉めそやされ機嫌を持ち直すと、自分の髭を手で隠してくれた。
「こうか?」
「あっ、やっぱりその方が若く見えます!無い方が絶対に格好いいと思います」
 素直な笑顔とおべんちゃらではない心からの賛辞を伝えると、レナートさんは目じりを下げた。
「そ、そうか」
 照れた様子でまんざらでもなさそうな室長を見たシェリーさんは、抑えていた我慢の限界を超え笑いが溢れて出た。
 それは馬車の護衛をしているセオドール達にも聞こえる程だった。
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