CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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53 命名

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 婚姻届けの事実を知って驚いたのは犯人だけでなく、セオドールまでもが驚いていた。
「陛下の直筆!?」
「なんだ?気が付いていなかったのか?署名する時に見えただろう」
 レナートの指摘にセオドールは信じられないと首を緩く振っていた。
「緊張でそんなところまで確認なんて出来ませんでしたよ。てっきり母の署名がしてあるものだとばかり思い込んでいましたから」
「まあ、普通ならな。ま、今回は特例ということで城を出発する前に署名を貰っておいた」
「貰っておいたって」
 レナートさんはしてやったりといった感じの笑いを浮かべている。
 悪戯好きだよね、レナートさんって。一番迷惑被るっているのは断然セオドールだけど。ちょっぴり同情してしまう。
「別に俺が頼んだわけじゃないぞ?陛下自ら書類も用意して下さったんだ。むしろ保証人欄には喜々として署名しておられたぞ?」
 私は城を出発する直前、陛下と会った時の事を思い出していた。
 そう言えば見た目はいかにも正統派でかっこいい陛下だったのに、レナートさんに負けず劣らず楽しそうにセオドールの事を揶揄っていた事を思い出した。
 ああ、いたずら小僧が二人・・・。大変そう・・・。
「全く、あの陛下は・・・。面白がって署名までしなくても・・・。悪ふざけが過ぎる。俺は一介の騎士でしかないのに」
 セオドールからは小さい頃の幼馴染って聞いた覚えがあるけど、本当に仲が良かったみたい。そうでなきゃ、こんなことしないよねぇ。
「陛下が署名したのはセオドールの幸せと驚かせるのと両方を考えた上だろうが、思惑とは違って思いがけずその署名が大いに役立ったんだから、結果往来ってことじゃないのか?この事を聞けば逆に『ほらな』とか言って得意げになると俺は思うぞ」
「・・・確かに」
 陛下はかなりお茶目な方の様です。

 そうこうしていると、ボードワンさん達を乗せた馬車が二台と、シルヴィオ家の護衛の人達も追いついて来てくれた。
「良かった!!」
「無事だったのね!?」
 見張りをヨハンネスさんにまかせ、私が馬車から降りるなり、アンナさんとシェリーさんに交互に無事で良かったと涙ながらに抱きしめられた。
「怖かったでしょう?ああ、こんな寒い格好のままで」
 アンナさんは自分の羽織っていたショールを外し、私の肩にかけてくれた。
「有難うございます、アンナさん」
 ショールを貸してくれた暖かさにお礼を言っていると、今度はバディアさんが大粒の涙を流しながら深々とお辞儀をした。
「穂叶様っ、申し訳ありませんでした。私のせいでっ」
 泣きながら何度も何度も謝罪をされた。
「そんなに謝まらなくても、バディアさんのせいじゃないんですから。私はこうして無事だったんですから、もう泣きやんでください」
「でもっ」
 大丈夫、泣かないで。そう伝えてもバディアさんの涙は中々止まらなかった。

 全員が揃ったところで私が怪我を一つしていないことを確かめられてから、私が聖獣を奪った形で犯人をとらえた事を伝えると皆に驚かれた。
「流石俺の義妹だよなー」
 レナートさんには得意げになって変な褒められ方をされて、頭をぐりぐり撫でられた。
「わーっ、折角綺麗にセットしてあるのにーっ。ぐしゃぐしゃにしないでー」
「何をやっているの、バカ息子っ」
 私の悲鳴と、アンナさんの怒号が重なった。

 今回の事件の顛末はレナートさんに全てを話して貰った。
 途中私も捕捉を隊ながら最後まで聞き終えると、ボードワンさんは静かに怒りを堪えていた。迫力がありすぎて直視できない程だった。
 対してアンナさんは、
「公爵家と言えど絶対に許さないわ。見てなさい、シルヴィオ家を敵に回したことを必ず後悔させて見せますからね」
 レナートさんと同じような笑みを浮かべながら宣言した。
(笑顔なのにボードワンさん以上に怖いんですけど!?)
 自分に向かって言われたことじゃないのに私まで背中が冷えた。でもやっぱりレナートさんと親子なんだなと妙に納得もした。

 ボードワンさんとレナートさんは犯人を連れて共にアスカルド公爵家へ向うと言うので、私はマートルの力を貰って馬車の2人の石化魔法を解除した。2人はロープでぐるぐる巻きにされていた。
 私は解除の役目を終えて馬車から降りると、腕に抱えたままにしていた蛇と猫の聖獣をどうすればいいのかボードワンさんに尋ねた。
「この子達、あの二人の聖獣なんです。犯人を捕まえる為に私が奪った形になってしまったんですけど、どうすればいいですか?やっぱり返した方がいいんですか?」
 蛇の方は兎も角、猫の方は返したくない。絶対に酷い扱いしか受けないことは目に見えている。
「穂叶は、その子達を返したくないのだな?」
 きっと私は縋るようにして見上げていたのだろう。
 ボードワンさんは咎めることなく、確認を取っているだけという感じで、尋ねてくるその声は優しいものだった。
 私はこくりと頷いた。
「マレサの木の件も含めた可能性としての話になるが、もしも全部の犯罪が確定されたのなら極刑もあり得るだろう。そうなれば刑が確定した時点で聖獣は強制的に取り上げられ、いずれ殺処分されるのが通例だ。聖獣とは本来主以外の命令を聞かない種族だから仕方がない。例え隔離していてもいずれは弱っていき、やがて消えて無くなるだけだからな」
 思わずその話を聞きながら手元に抱えている二匹の聖獣を抱きしめた。
「この子達は悪くないのに可哀想です」
 悪いのは聖獣の主であって、聖獣には罪は無いのに。
 ぽつりと零した私は、レナートさんに今度はそうっと頭を撫でられた。
「ならば聖獣に決めさせればいい。もう一度主の元へ戻るか、それともこのまま穂叶の元へ残るのか。ただ、引き取ったところで主の命がある間だけかもしれないが。前例がないから何とも言えないが、それでもいいか?」
「うん、それでもいい」
 例え短い間だとしても、その間は私の傍で過ごして欲しい。
「例えこの二匹が穂叶の傍に残ることを選んだとしでも、悪事の為に利用はしないだろう?それが約束出来るなら陛下には俺から伝えておくから」
「それは勿論。約束する」
 悪い事なんて絶対にさせない。沢山遊んで、目いっぱい可愛がる。いっぱい、いっぱい可愛がって、この子達に楽しいって思ってもらえるようにしてあげたい。
 私は猫の頭を撫でた。嬉しいのか目を閉じて喉をゴロゴロさせている。
「なら問題ない。ですよね、父上」
「そうだな」
 ボードワンさんの許可も出た。ならば早速確認を取らなくては。
 一度聖獣を地面の上に降ろした。
「どうする?ハルジオンと貴方は主の元へ戻る?それとも私の聖獣になる?」
 私はしゃがみ込んで尋ねた。
 猫は私の言葉に喜び、肩の上に飛び乗ってきた。蛇のハルジオンの方は、主のいる方向を見て躊躇いを見せた後、私の足元へと移動してきた。手のひらを差し出すと、するすると登ってきた。
「2人とも私でいいの?」
 猫は私の頬に頭を摺り寄せ、ハルジオンは返事の代わりなのか目をぱちぱちさせた。
「有難う。じゃあ、まず猫にきちんとした名前付けてあげなきゃ。そーだなぁ、白くてちっちゃいからスノーベリーなんてどうかな?」
 淡いピンクの小さな花が房状に次々と咲いた後、葉が落ちる冬になっても固まってついた白い実は落ちずに残の花の名前だ。白い実は大小ふぞろいで、ちょっとへこんだ実の形が愛嬌があって可愛い。
 猫は自分に名前が付けられたことを理解したのか、私を見上げ目をうるうるとさせた。
「気に入ってくれた?じゃあ、貴方の名前はスノーベリーね。二人とも、今日から宜しくね」

 こうして私は二匹の聖獣保持者になった。

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