CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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52 罪状

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 レナートさんは犯人の固まっている可笑しな恰好に毒気を抜かれたらしくて、馬車から降りて来た時には私の事を誘拐した犯人に直接怒りはさほど露わにしていなかったけど、セオドールはまるで違った。
 相手の姿を見て誰かと言うことを理解したうえで、躊躇いなく無言のまま切りかかろうとした。そんなセオドールは、レナートさんと騎士のヨハンネスさんに後ろから羽交い絞めされ止められていた。後ろから見た私もセオドールの腕にしがみ付いて必死に止めた。
「私はこうして無事だったんだから、人を傷つけたりしないでっ!お願いっ」
 運よく怪我1つしなかったのだから、セオドールに罪を犯して欲しくなどかった。
「セオドール、穂叶の言うとおりだ。怒りが収まらないのは分かるが、後の事は父と俺に任せてくれ。頼む」
 緊迫した状況の中、レナートさんや騎士仲間にも懇願され、セオドールの剣を持つ手から力が抜けたのが見えた。私はほっと息を零した。
 よ、良かったー。

 私が魔法の石化で固めた二人は、セオドールからの本気の殺意を受けて殺されそうになった恐怖の為か、言葉を発することは出来ないようだった。引き攣り、青ざめた顔でセオドールの事を見ていた。
「・・・・・・分かりました。後のことはレナートに任せます。でも、聞かせてください。こいつらの罪状はどれくらいになりますか?」
 剣先を床へと向けたセオドールの目には、まだ怒りが収まっていない強い光があった。私は心配で腕にしがみ付いたまま離れなかった。
 犯人の爵位は公爵と上位にも関わらず、相手の事をこいつらと呼ぶセオドールの事を、レナートが咎めることは無かった。ひとつ溜め息を吐いてレナートは、肩を竦めた。
「はっきりとは言えないが、ビセンテ本人は恐らく期間付の監禁と、アスカルド公爵家には多額の罰金が科せられるのが相当だろうな。横にいる男は、見たところ魔法使いだろうから、強制就労が妥当と判断されるんじゃないか?」
 ビセンテの横にいる大きな男の着ている黒い服装を見てレナートは魔法使いだろうと予測し、自分が予想した罪状をあげた。
「たったそれだけですか?冗談じゃない、軽すぎる」
「そうだな、俺もそう思う。だが、穂叶は無事だったんだ。こうして無事に取り戻したのだから、お前に今から傷害事件を起こさせる訳にはいかない。お前の方が裁かれる対象になってしまうのは避けたい。こいつはこれでも公爵家の次男なんだ。分かってくれ、セオドール」
 諭す様に言われて、セオドール口をつぐんだ。しかし、感情は納得できないからか、剣を握った手は力を込めすぎて白くなっていた。

「ねえ、レナートさん。ちょっと質問してもいい?」
「どうした、穂叶?」
 私は左手に抱えたままの聖獣の猫と蛇を抱え直し、右手はセオドールが剣を持っている方の袖をさらにぎゅっと掴んだ。私の手の重みを受けて少しは頭が冷えたのか、彼の白くなっていた手の色は徐々に元へと戻っていった。
「よく分からないんだけど、身分が高い人って罪が軽くなるものなの?私が誘拐された犯罪の他にも複数あった場合ってどうなるの?やっぱりその中で一番罪状が重いものに対して罪状が決められるの?」
 矢継ぎ早の質問に、レナートさんに勢いよく両肩を掴まれた。
「複数だと?穂叶、こいつらに誘拐以外に何かされたのかっ!?」
 至近距離から真顔で言われた余りの勢いに気おされた。
「えっーと。誘拐の他には、名誉棄損と、婦女暴行未遂も?なのかな?」
 酷い言葉は沢山言われたけど、要約すればこんな感じだろう。
 聞いていた周りの男達は穂叶以外の全員がぎょっとしたように目を見張らせた。
「穂叶、この男に襲われかけたんですかっ!?」
 特にセオドールには怒りを注ぐ結果になってしまったようで、また剣を構え直し犯人を討とうとした。
「されてない、されてないっ。言葉で言われただけだから、剣を向けちゃダメっ」
 危ない所だった。騎士達の皆も油断していたから、もうちょっとでセオドールが犯人に怪我を負わせるところだった。
 反射神経が一番早かったヨハンネスさんが止めてくれた。
「されてなくても、穂叶にそう言わせるだけの何かをこいつに言われたんでしょう?こんな下種になんて言われたんですか?」
 下種って。犯人に対してはセオドールの言葉遣いが段々と雑になってきた。確かにそうだけど。
 犯人の男は下種と呼ばれたことに腹を立てて煩くしはじめたから、今度はヨハンネスさんに喋れないよう口を布で塞がれていた。自業自得だ。

「・・・教えても犯人に飛び掛かったりしないって約束して?そしたら教える」
 暫く悩んだ末にしぶしぶ頷いてくれた。私は馬車の中で一方的に言われた乱暴すぎる未来に予定されていたことを順に話した。
「最初に特性の確認用の魔法陣を使って、私がどんな特性を持っているか確かめた時に、自分の猫の聖獣に対して酷い名前で呼んだの」
「聖獣の名前?」
 襲われた話では無かったからか、セオドールは眉間に皺をよせた。
「出来損ないとか、クズとか。他の人達は皆自分の聖獣の事大事にしてるでしょう?最初は名前の事でむかむかしてたら、次に自分の屋敷に来れば他の聖獣の魔力を使い放題にしてやるって言われたの。勿論私はそんなところ行きたくなかったから、帰してって言ったけど。マギ課で働くことになってるんだからって言って」
 取り敢えず私の説明を黙って聞いてくれるみたい。
「でも、シルヴィオ家に養女として入った私の事をこの男は自分の私利私欲のために入ったと決めつけてて、私の事は悪女扱い。酷くない?」
 レナートさんも同じように皺を作っていたが、セオドールは約束を守ってくれているけれど、視線で人を殺せそうな程に犯人の男達を睨みつけていた。
「それで子爵の養女より断然いいだろうって、公爵の嫁になれって勧められたの」
「嫁!?セオドールと挙式したのに!?」
 レナートさんもヨハンネスさんも驚いていた。でも、セオドールは更に殺気をまき散らし始めた。
 私は言われたことを思い出しながら話をして、また腹が立ち始めていたから、その殺気に気づかないまま話すことに夢中になってた。

「言うことを聞かないなら、聞かないで家に着いたら薬漬けにして言うこと聞かせて子供産ませるって言われたし。他にもいっぱいムカつくことを言われたんだよ。発育途上の子供だとか、色気がないとか!特に胸の谷間がないとかっ。で、挙句の果てに折角書いた婚姻届けは破られちゃうし。だから我慢できなくて聖獣を奪って魔法いっぱい使ったの」
 いくら事実だとしても、絶対に女の子に言っちゃいけない言葉だと思うのよねっ!
 その最低男に魔法を掛けたタイミングの結果がこれなんだけど。たまたま立ち上がろうとしていたらしくて変な動作のまま固まっちゃったんだよね。私的にはざまぁみろって感じだけど。
 私はそう言ってから、腕に抱いていた蛇と猫の聖獣を見せた。
「この子達がいてくれたから私は助かったの。あっ、そうそう、もう一つ大事な事言うのを忘れてた。この男が、マレサの木を病気に見せる薬を作った張本人らしいよ。ほんとーに許せないよねっ!」
 魔法を使ってマレサの木を元と同じように元気にしたからいいようなものの、実が取れなくなってきて困っている人が大勢いたことを知っている。
 どんな理由でそんな薬を作ったのかは知らないが、決して許せるものではないと思った。
 説明を終えて、未遂だったことを分かって貰えたと思ったら、いきなり馬車の中の温度が下がって感じた。
 な、なに?
「婚姻届けを破った上に、マレサの木の不作の原因はこいつが作った薬のせいだと?―――へえ?それは、それは。喜べ、セオドール。こいつらの罪状はもっと重いものになることは確実に決定したぞ」
 急降下した温度変化の原因はレナートさんだった。顔には笑みを浮かべているのに、セオドールより怖い殺気を放っていた。
 目がマジだ。レナートさん、すっごい怒ってる・・・!
 レナートさんは相手に向けていた視線を床へと向けると、床の角に落ちている紙の破片を屈んで一枚を手に取った。どうやら間違いなくさっき教会で書いたはずの婚姻届けの一部だと認識したみたいだ。
「マレサの不作については、調査してみなくてはこいつが犯人かどうか決めつけられないが、この婚姻届けを破ったことだけでも十分確定だ。お前ら確認はしなかったのか?これがどういうものかを。これは只の婚姻届けじゃない。―――保証人欄に陛下の直筆サインが入った特別な婚姻届けだということを」
 レナートからの衝撃的な事実を知らされた男たちは、布で口を塞がれた状態のまま大声で何かを叫んでいた。
「王家に盾突いてタダで済むとは、まさか思ってないよなぁ?」
 どちらが悪役なのか分からない程の黒い笑みをレナートは浮かべていた。
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