50 / 68
50 細断
しおりを挟む
猫聖獣から小さな魔力を貰って紙に手を当てると、以前と同じように魔法陣は黒から青へと幾つも光った。
「確かに特性は五つのようだな。しかもそれぞれが相当に優秀、か」
右の男は私が手を置いた魔法陣を見て、身を乗り出す様にしたかと思うと、目をぎらつかせ唇になんとも言えない嫌な笑みを浮かべた。
左の男も、魔法陣から目を離せないようだ。
私はそんな二人が怖くなって右手を紙から離した。青白く輝いていた文字はあっという間に元の黒い文字へと戻った。外した長手袋をもう一度右手に嵌めようとした時に痣が目に入った。
どうしたらいい?セオドールに会いたい。助けて。
俯いて膝上の紙に視線を落としながら想いを馳せていたら場にそぐわない言葉が聞こえた。
「おい、クズ」
クズ?
今度は一体誰を呼んだ?まさか私の事?
恐ろしく思いつつもゆっくりと前を向いた。右の男が見ていたのは私ではなく、横にいる猫の聖獣だった。さっきは出来損ないと呼び、今度はクズと呼んだようだ。
「この子の名前って、『出来損ない』?『クズ』?」
なんでそんな酷い名前をこの男は付けたのだろう、そう思ってつい呟いてしまった。そんな私に、右の男は冷たく言い放った。
「醜いだろう?聖獣は白と決まっているのに、そんな斑模様の聖獣など聞いたことがない。魔物の色である黒と、瞳には赤までもが混ざっているんだからな。おまけに魔力の少なさと言ったら底辺も底辺。少なすぎて私が持つ二つの特性が役にも立たぬなど、話にならん。名前など付ける価値もない、こんなろくでなしには」
「そんな・・・」
醜い?この子のどこが?
痩せすぎだとは思うが、醜いなんて思えない。
とても軽蔑の眼差しで自分の聖獣に対して話す内容ではないと思った。言葉を理解しているのだろう猫の聖獣は自分の主に微かに震えている。酷すぎる。
私が知っている限り聖獣を持っている人は誰もが自分の聖獣を大切にしていた。こんな扱いをする人がいることが信じられなかった。
「可哀想です。こんなに可愛いのに」
自分の聖獣に決まった名前すら付けてないなんて。しかも、出来損ない、クズ、ろくでなしなんて、侮蔑の言葉ばかりだ。余りにも酷すぎる。
「可愛い?自分の聖獣が居ないからか?こんな醜い聖獣でも欲しいか?ふっ、無様だな、聖獣を持っていないというのは」
私を完全に見下しているようだ。薄ら笑いを浮かべている。
「悔しいか?使いたい時に使えないのは。どれだけ能力が有ろうと、他の誰かから魔力を貰うしかないのは屈辱だろう。だから、私の手の者になれ。私の所に来れば魔力は好きな時に使えるようにしてやることが出来る。この男の能力はたいしたことはないが、聖獣の持つ魔力はまずまずだ。好きなだけ使えばいい。自分の能力を思う存分使えることが出来るようになるのだから悪い話ではないだろう?」
全然話が嚙み合っていない。
私が言いたかったのは、聖獣に対しての名前の付け方だ。自分が気に入らないからといって絶対に聖獣に付けていい呼び方ではない。
目の前の男は、自分の聖獣が醜く利用価値が低いものとしてしか認識していない。
しかも私に聖獣がいないことを馬鹿にしている。他の人から魔力を貰うことに対して屈辱って考えているなんて。やっぱり最低な考えを持っている。だからこそ、私を誘拐なんてしたのだろうけど。
怖い、怖いと思っていたけど、なんか腹が立ってきた。反抗するなと言われたが、黙っていられない。
「あなたの所へ来ればって、どういうことですか?私はマギ課で働くことが決まっています。私を返してください」
城に戻ればマギ課で魔法の事を教えて貰いながら働くことになっているとレナートさんから聞いている。こんな男の所なんて行きたくない。
「帰す?帰すものか。大体マギ課だと?そんな大した給料も出ない所で働くより、私の所へ来れば贅沢が出来るぞ?どこの生まれか知らんが、手始めにあの閃光の貴公子を手玉に取り、シルヴィオ家に取り入るぐらい金が欲しいのだろう?正直、こんな子供と子作りするのは気が進まんが、次代の為には仕方がないか」
なんで私が悪女扱いされてるの?しかも、今なんて言った?仕事をさせられる以外にこんな偉そうな奴の男の子供を私に産めと言った?冗談じゃない。
怒りで我を忘れそうになったが、窓の端に見たことがある鳥の姿が目に入った。私は思わず声をあげて横を向きそうになったが、とっさに堪えることが出来た。
何気なく外を向いたように見せる為にゆっくりと窓へと視線を動かした。
やっぱり見間違いなんかじゃなかった!
小さいけれどランタナの飛んでいる姿が見えた。そしてそのずっと後方には白い犬の姿も見えた。
マートルっ!あれは絶対にマートルだっ!!助けに来てくれたんだっ!
私は嬉しくて涙が溢れそうになり、両手で顔を覆い俯いた。
大丈夫。絶対に大丈夫。私は助かる。
安堵できたことで涙が零れた。暫く続いた嗚咽が止まりそうになった頃。その時にふっとある考えを思いついた。猫の聖獣を助けられるかもしれないと。
俯いた指の隙間からぼやけた視界の中に、苦手な蛇の聖獣と、可哀想な猫の聖獣がいることを確認する。蛇の聖獣の名前・・・。大丈夫、覚えている。
下を向いたまま目線だけを上へと向け、指の隙間から前を見れば私の動きを特に不審には思わなかったようだ。男達はまだ助けに来たマートル達には気が付いていない。
泣いているふりをして考え抜いた。
もう一度外を男達にバレないようにそっと見れば、さっきより近くに見えるマートルの遥か後方に何頭もの馬がこちらへと向かっているのが見えた。
姿は見えなくてもセオドール達だと確信した。
近くまで来てくれているっ!
となれば後僅かな時間で追ってきている音がこちらにも聞こえてしまうはず。男達が気づく前にこの馬車を何とかして止めないとセオドール達も手を出せない筈だ。
体力的には男には立ち向かえないことは分かっている。でも、セオドールもレナートさんが絶対に助けてくれる。その時がチャンスだと思う。タイミングさえ間違わなければ相手の動きも封じられるかもしれない。
その為に私はどう行動すればいい?
「贅沢がしたくてシルヴィオ家の養女になった訳じゃありません。大体名前も知らない人の所に行って何で仕事しなくちゃならないんですか。―――誘拐した犯罪者相手と」
右の男は犯罪者という言葉にピクリと眉を寄せて動かした。多少私の言葉にムカついたようだ。左の男は、右の男からの命令が出ればすぐ行動できるように構えた。
よし、挑発に乗ってきた。
「知らない相手、か。では名乗ろう。アスカルド公爵次男、ビセンテ・アスカルドだ。これで文句はないだろう」
文句はないだろうって・・・。名前さえ教えればそれで済むと思っているのだろうか。・・・思ってるんだろうな、きっと。公爵って名乗ったし。
「名前を名乗ったからといって、私を誘拐したことには変わりませんよね?」
「子爵の養女ではなく、公爵との繋がりが手に入るのに、何の文句がある?」
駄目だ、この人とは言葉が通じる気がしない。
「公爵だか何だか知りませんけど、私にはそんなもの欲しくありませんし、貴方の子供なんて生みたくもありません。見れば判るでしょうけど、もう私は結婚してますから」
ウエディングドレスを着た私を教会から連れ去ったのだ。そんなことは承知しているだろうが、言わなければ気が済まなかった。
「結婚した、ね。それをどう証明する?ここにこれがあるのに?」
そう言ってビセンテ・アスカルドは手に取った紙を私に広げて見せた。どこから出したのか知らないがその紙は教会で自分が署名したはずの婚姻届けだった。
「なんで婚姻届けがこんなところにあるの?」
教会にあるはずのものだよね?
私は呆然としたまま自筆した名前を見ていると、あろうことかビセンテは躊躇いなく紙を二つに引き裂いた。
「ああっ!婚姻届けがっ!」
「これで証明するものは無くなった」
言葉が通じない男は黒い笑みを浮かべながら、更に紙を細かくした。
「確かに特性は五つのようだな。しかもそれぞれが相当に優秀、か」
右の男は私が手を置いた魔法陣を見て、身を乗り出す様にしたかと思うと、目をぎらつかせ唇になんとも言えない嫌な笑みを浮かべた。
左の男も、魔法陣から目を離せないようだ。
私はそんな二人が怖くなって右手を紙から離した。青白く輝いていた文字はあっという間に元の黒い文字へと戻った。外した長手袋をもう一度右手に嵌めようとした時に痣が目に入った。
どうしたらいい?セオドールに会いたい。助けて。
俯いて膝上の紙に視線を落としながら想いを馳せていたら場にそぐわない言葉が聞こえた。
「おい、クズ」
クズ?
今度は一体誰を呼んだ?まさか私の事?
恐ろしく思いつつもゆっくりと前を向いた。右の男が見ていたのは私ではなく、横にいる猫の聖獣だった。さっきは出来損ないと呼び、今度はクズと呼んだようだ。
「この子の名前って、『出来損ない』?『クズ』?」
なんでそんな酷い名前をこの男は付けたのだろう、そう思ってつい呟いてしまった。そんな私に、右の男は冷たく言い放った。
「醜いだろう?聖獣は白と決まっているのに、そんな斑模様の聖獣など聞いたことがない。魔物の色である黒と、瞳には赤までもが混ざっているんだからな。おまけに魔力の少なさと言ったら底辺も底辺。少なすぎて私が持つ二つの特性が役にも立たぬなど、話にならん。名前など付ける価値もない、こんなろくでなしには」
「そんな・・・」
醜い?この子のどこが?
痩せすぎだとは思うが、醜いなんて思えない。
とても軽蔑の眼差しで自分の聖獣に対して話す内容ではないと思った。言葉を理解しているのだろう猫の聖獣は自分の主に微かに震えている。酷すぎる。
私が知っている限り聖獣を持っている人は誰もが自分の聖獣を大切にしていた。こんな扱いをする人がいることが信じられなかった。
「可哀想です。こんなに可愛いのに」
自分の聖獣に決まった名前すら付けてないなんて。しかも、出来損ない、クズ、ろくでなしなんて、侮蔑の言葉ばかりだ。余りにも酷すぎる。
「可愛い?自分の聖獣が居ないからか?こんな醜い聖獣でも欲しいか?ふっ、無様だな、聖獣を持っていないというのは」
私を完全に見下しているようだ。薄ら笑いを浮かべている。
「悔しいか?使いたい時に使えないのは。どれだけ能力が有ろうと、他の誰かから魔力を貰うしかないのは屈辱だろう。だから、私の手の者になれ。私の所に来れば魔力は好きな時に使えるようにしてやることが出来る。この男の能力はたいしたことはないが、聖獣の持つ魔力はまずまずだ。好きなだけ使えばいい。自分の能力を思う存分使えることが出来るようになるのだから悪い話ではないだろう?」
全然話が嚙み合っていない。
私が言いたかったのは、聖獣に対しての名前の付け方だ。自分が気に入らないからといって絶対に聖獣に付けていい呼び方ではない。
目の前の男は、自分の聖獣が醜く利用価値が低いものとしてしか認識していない。
しかも私に聖獣がいないことを馬鹿にしている。他の人から魔力を貰うことに対して屈辱って考えているなんて。やっぱり最低な考えを持っている。だからこそ、私を誘拐なんてしたのだろうけど。
怖い、怖いと思っていたけど、なんか腹が立ってきた。反抗するなと言われたが、黙っていられない。
「あなたの所へ来ればって、どういうことですか?私はマギ課で働くことが決まっています。私を返してください」
城に戻ればマギ課で魔法の事を教えて貰いながら働くことになっているとレナートさんから聞いている。こんな男の所なんて行きたくない。
「帰す?帰すものか。大体マギ課だと?そんな大した給料も出ない所で働くより、私の所へ来れば贅沢が出来るぞ?どこの生まれか知らんが、手始めにあの閃光の貴公子を手玉に取り、シルヴィオ家に取り入るぐらい金が欲しいのだろう?正直、こんな子供と子作りするのは気が進まんが、次代の為には仕方がないか」
なんで私が悪女扱いされてるの?しかも、今なんて言った?仕事をさせられる以外にこんな偉そうな奴の男の子供を私に産めと言った?冗談じゃない。
怒りで我を忘れそうになったが、窓の端に見たことがある鳥の姿が目に入った。私は思わず声をあげて横を向きそうになったが、とっさに堪えることが出来た。
何気なく外を向いたように見せる為にゆっくりと窓へと視線を動かした。
やっぱり見間違いなんかじゃなかった!
小さいけれどランタナの飛んでいる姿が見えた。そしてそのずっと後方には白い犬の姿も見えた。
マートルっ!あれは絶対にマートルだっ!!助けに来てくれたんだっ!
私は嬉しくて涙が溢れそうになり、両手で顔を覆い俯いた。
大丈夫。絶対に大丈夫。私は助かる。
安堵できたことで涙が零れた。暫く続いた嗚咽が止まりそうになった頃。その時にふっとある考えを思いついた。猫の聖獣を助けられるかもしれないと。
俯いた指の隙間からぼやけた視界の中に、苦手な蛇の聖獣と、可哀想な猫の聖獣がいることを確認する。蛇の聖獣の名前・・・。大丈夫、覚えている。
下を向いたまま目線だけを上へと向け、指の隙間から前を見れば私の動きを特に不審には思わなかったようだ。男達はまだ助けに来たマートル達には気が付いていない。
泣いているふりをして考え抜いた。
もう一度外を男達にバレないようにそっと見れば、さっきより近くに見えるマートルの遥か後方に何頭もの馬がこちらへと向かっているのが見えた。
姿は見えなくてもセオドール達だと確信した。
近くまで来てくれているっ!
となれば後僅かな時間で追ってきている音がこちらにも聞こえてしまうはず。男達が気づく前にこの馬車を何とかして止めないとセオドール達も手を出せない筈だ。
体力的には男には立ち向かえないことは分かっている。でも、セオドールもレナートさんが絶対に助けてくれる。その時がチャンスだと思う。タイミングさえ間違わなければ相手の動きも封じられるかもしれない。
その為に私はどう行動すればいい?
「贅沢がしたくてシルヴィオ家の養女になった訳じゃありません。大体名前も知らない人の所に行って何で仕事しなくちゃならないんですか。―――誘拐した犯罪者相手と」
右の男は犯罪者という言葉にピクリと眉を寄せて動かした。多少私の言葉にムカついたようだ。左の男は、右の男からの命令が出ればすぐ行動できるように構えた。
よし、挑発に乗ってきた。
「知らない相手、か。では名乗ろう。アスカルド公爵次男、ビセンテ・アスカルドだ。これで文句はないだろう」
文句はないだろうって・・・。名前さえ教えればそれで済むと思っているのだろうか。・・・思ってるんだろうな、きっと。公爵って名乗ったし。
「名前を名乗ったからといって、私を誘拐したことには変わりませんよね?」
「子爵の養女ではなく、公爵との繋がりが手に入るのに、何の文句がある?」
駄目だ、この人とは言葉が通じる気がしない。
「公爵だか何だか知りませんけど、私にはそんなもの欲しくありませんし、貴方の子供なんて生みたくもありません。見れば判るでしょうけど、もう私は結婚してますから」
ウエディングドレスを着た私を教会から連れ去ったのだ。そんなことは承知しているだろうが、言わなければ気が済まなかった。
「結婚した、ね。それをどう証明する?ここにこれがあるのに?」
そう言ってビセンテ・アスカルドは手に取った紙を私に広げて見せた。どこから出したのか知らないがその紙は教会で自分が署名したはずの婚姻届けだった。
「なんで婚姻届けがこんなところにあるの?」
教会にあるはずのものだよね?
私は呆然としたまま自筆した名前を見ていると、あろうことかビセンテは躊躇いなく紙を二つに引き裂いた。
「ああっ!婚姻届けがっ!」
「これで証明するものは無くなった」
言葉が通じない男は黒い笑みを浮かべながら、更に紙を細かくした。
0
お気に入りに追加
418
あなたにおすすめの小説
ANGRAECUM-Genuine
清杉悠樹
恋愛
エマ・マクリーンは城で開催される新年の祝賀行事に参加することになった。
同時に舞踏会も開催されるその行事に、若い娘なら誰もが成人となって初めて参加するなら期待でわくわくするはずが、エマは失望と絶望しか感じていなかった。
何故なら父からは今日会わせる相手と結婚するように言われたからだ。
昔から父から愛情も受けた記憶が無ければ、母が亡くなり、継母が出来たが醜い子と言われ続け、本邸の離れに年老いた侍女と2人暮らしている。
そんな父からの突然の命令だったが背けるわけがなく、どんな相手だろうが受け入れてただ大人しくすることしか出来ない。
そんな祝賀行事で、運命を変える出会いが待っていた。魔法を扱う部署のマギ課室長レナート・シルヴィオと、その義妹、ホノカ・シルヴィオと出会って。
私、こんな幸せになってもいいんですか?
聖獣というもふもふが沢山出て来て、魔法もある世界です。最初は暗いですが、途中からはほのぼのとする予定です。最後はハッピーエンドです。
関連作品として、CLOVER-Genuine(注:R18指定)があります。
ANGRAECUM-Genuineは、CLOVER-Genuineのその後という感じの流れになっています。
出来ればCLOVER-Genuineを読んだ後にこちらを読んで頂いた方が分かり易いかと思います。
アルファポリス、小説家になろう、pixivに同時公開しています。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる