CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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 猫聖獣から小さな魔力を貰って紙に手を当てると、以前と同じように魔法陣は黒から青へと幾つも光った。
「確かに特性は五つのようだな。しかもそれぞれが相当に優秀、か」
 右の男は私が手を置いた魔法陣を見て、身を乗り出す様にしたかと思うと、目をぎらつかせ唇になんとも言えない嫌な笑みを浮かべた。
 左の男も、魔法陣から目を離せないようだ。
 私はそんな二人が怖くなって右手を紙から離した。青白く輝いていた文字はあっという間に元の黒い文字へと戻った。外した長手袋をもう一度右手に嵌めようとした時に痣が目に入った。
 どうしたらいい?セオドールに会いたい。助けて。

 俯いて膝上の紙に視線を落としながら想いを馳せていたら場にそぐわない言葉が聞こえた。
「おい、クズ」
 クズ?
 今度は一体誰を呼んだ?まさか私の事?
 恐ろしく思いつつもゆっくりと前を向いた。右の男が見ていたのは私ではなく、横にいる猫の聖獣だった。さっきは出来損ないと呼び、今度はクズと呼んだようだ。
「この子の名前って、『出来損ない』?『クズ』?」
 なんでそんな酷い名前をこの男は付けたのだろう、そう思ってつい呟いてしまった。そんな私に、右の男は冷たく言い放った。
「醜いだろう?聖獣は白と決まっているのに、そんな斑模様の聖獣など聞いたことがない。魔物の色である黒と、瞳には赤までもが混ざっているんだからな。おまけに魔力の少なさと言ったら底辺も底辺。少なすぎて私が持つ二つの特性が役にも立たぬなど、話にならん。名前など付ける価値もない、こんなろくでなしには」
「そんな・・・」
 醜い?この子のどこが?
 痩せすぎだとは思うが、醜いなんて思えない。
 とても軽蔑の眼差しで自分の聖獣に対して話す内容ではないと思った。言葉を理解しているのだろう猫の聖獣は自分の主に微かに震えている。酷すぎる。
 私が知っている限り聖獣を持っている人は誰もが自分の聖獣を大切にしていた。こんな扱いをする人がいることが信じられなかった。

「可哀想です。こんなに可愛いのに」
 自分の聖獣に決まった名前すら付けてないなんて。しかも、出来損ない、クズ、ろくでなしなんて、侮蔑の言葉ばかりだ。余りにも酷すぎる。
「可愛い?自分の聖獣が居ないからか?こんな醜い聖獣でも欲しいか?ふっ、無様だな、聖獣を持っていないというのは」
 私を完全に見下しているようだ。薄ら笑いを浮かべている。
「悔しいか?使いたい時に使えないのは。どれだけ能力が有ろうと、他の誰かから魔力を貰うしかないのは屈辱だろう。だから、私の手の者になれ。私の所に来れば魔力は好きな時に使えるようにしてやることが出来る。この男の能力はたいしたことはないが、聖獣の持つ魔力はまずまずだ。好きなだけ使えばいい。自分の能力を思う存分使えることが出来るようになるのだから悪い話ではないだろう?」

 全然話が嚙み合っていない。
 私が言いたかったのは、聖獣に対しての名前の付け方だ。自分が気に入らないからといって絶対に聖獣に付けていい呼び方ではない。
 目の前の男は、自分の聖獣が醜く利用価値が低いものとしてしか認識していない。
 しかも私に聖獣がいないことを馬鹿にしている。他の人から魔力を貰うことに対して屈辱って考えているなんて。やっぱり最低な考えを持っている。だからこそ、私を誘拐なんてしたのだろうけど。
 怖い、怖いと思っていたけど、なんか腹が立ってきた。反抗するなと言われたが、黙っていられない。
「あなたの所へ来ればって、どういうことですか?私はマギ課で働くことが決まっています。私を返してください」
 城に戻ればマギ課で魔法の事を教えて貰いながら働くことになっているとレナートさんから聞いている。こんな男の所なんて行きたくない。
「帰す?帰すものか。大体マギ課だと?そんな大した給料も出ない所で働くより、私の所へ来れば贅沢が出来るぞ?どこの生まれか知らんが、手始めにあの閃光の貴公子を手玉に取り、シルヴィオ家に取り入るぐらい金が欲しいのだろう?正直、こんな子供と子作りするのは気が進まんが、次代の為には仕方がないか」
 なんで私が悪女扱いされてるの?しかも、今なんて言った?仕事をさせられる以外にこんな偉そうな奴の男の子供を私に産めと言った?冗談じゃない。
 怒りで我を忘れそうになったが、窓の端に見たことがある鳥の姿が目に入った。私は思わず声をあげて横を向きそうになったが、とっさに堪えることが出来た。
 何気なく外を向いたように見せる為にゆっくりと窓へと視線を動かした。
 やっぱり見間違いなんかじゃなかった!
 小さいけれどランタナの飛んでいる姿が見えた。そしてそのずっと後方には白い犬の姿も見えた。

 マートルっ!あれは絶対にマートルだっ!!助けに来てくれたんだっ!

 私は嬉しくて涙が溢れそうになり、両手で顔を覆い俯いた。
 大丈夫。絶対に大丈夫。私は助かる。
 安堵できたことで涙が零れた。暫く続いた嗚咽が止まりそうになった頃。その時にふっとある考えを思いついた。猫の聖獣を助けられるかもしれないと。
 俯いた指の隙間からぼやけた視界の中に、苦手な蛇の聖獣と、可哀想な猫の聖獣がいることを確認する。蛇の聖獣の名前・・・。大丈夫、覚えている。
 下を向いたまま目線だけを上へと向け、指の隙間から前を見れば私の動きを特に不審には思わなかったようだ。男達はまだ助けに来たマートル達には気が付いていない。
 泣いているふりをして考え抜いた。

 もう一度外を男達にバレないようにそっと見れば、さっきより近くに見えるマートルの遥か後方に何頭もの馬がこちらへと向かっているのが見えた。
 姿は見えなくてもセオドール達だと確信した。
 近くまで来てくれているっ!

 となれば後僅かな時間で追ってきている音がこちらにも聞こえてしまうはず。男達が気づく前にこの馬車を何とかして止めないとセオドール達も手を出せない筈だ。
 体力的には男には立ち向かえないことは分かっている。でも、セオドールもレナートさんが絶対に助けてくれる。その時がチャンスだと思う。タイミングさえ間違わなければ相手の動きも封じられるかもしれない。

 その為に私はどう行動すればいい?

「贅沢がしたくてシルヴィオ家の養女になった訳じゃありません。大体名前も知らない人の所に行って何で仕事しなくちゃならないんですか。―――誘拐した犯罪者相手と」
 右の男は犯罪者という言葉にピクリと眉を寄せて動かした。多少私の言葉にムカついたようだ。左の男は、右の男からの命令が出ればすぐ行動できるように構えた。
 よし、挑発に乗ってきた。
「知らない相手、か。では名乗ろう。アスカルド公爵次男、ビセンテ・アスカルドだ。これで文句はないだろう」
 文句はないだろうって・・・。名前さえ教えればそれで済むと思っているのだろうか。・・・思ってるんだろうな、きっと。公爵って名乗ったし。
「名前を名乗ったからといって、私を誘拐したことには変わりませんよね?」
「子爵の養女ではなく、公爵との繋がりが手に入るのに、何の文句がある?」
 駄目だ、この人とは言葉が通じる気がしない。
「公爵だか何だか知りませんけど、私にはそんなもの欲しくありませんし、貴方の子供なんて生みたくもありません。見れば判るでしょうけど、もう私は結婚してますから」
 ウエディングドレスを着た私を教会から連れ去ったのだ。そんなことは承知しているだろうが、言わなければ気が済まなかった。
「結婚した、ね。それをどう証明する?ここにこれがあるのに?」
 そう言ってビセンテ・アスカルドは手に取った紙を私に広げて見せた。どこから出したのか知らないがその紙は教会で自分が署名したはずの婚姻届けだった。
「なんで婚姻届けがこんなところにあるの?」
 教会にあるはずのものだよね?
 私は呆然としたまま自筆した名前を見ていると、あろうことかビセンテは躊躇いなく紙を二つに引き裂いた。
「ああっ!婚姻届けがっ!」
「これで証明するものは無くなった」
 言葉が通じない男は黒い笑みを浮かべながら、更に紙を細かくした。
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