CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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5 電話

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「大丈夫です。どこも怪我をしていません。普段から鍛えてますから」
 恩人が怪我をしなかったということを聞いてほっとしたが、困った風に聞こえた疑問は残ったままだった。
「で、お嬢さんはどんな世界から来たのかな?」
 もう一人の見た目が怖そうな人からの質問。
 どんな世界とは?レナートさんは変なことを言う人だな。普通は、どこ出身とかじゃないの?
「異世界から人が来たなんて初めて見たよ。あんな高度な魔方陣を見るのもね。さしずめ運命の人に会いたくなって跳んできたってところかな?」
 異世界?運命の人?えーと、誰の何の話ですかね?アニメですか?
 言葉は分かるんだけれど、私の頭の中では?がいっぱいだ。
「あれ?違った?お嬢さんは手のひらにクローバーの痣、持ってるでしょ?」
「ありますけど・・・」
 どうしてそんな事知ってるんだろう。私、見せて無いのに。
 自分で痣を見た後にそろりと自分の手のひらを二人に見えるように向けて見せた。
「ほら、こいつの手の痣と同じ。さっきの魔方陣は、この痣が起点と終着点になってたみたいだからね。ちなみにお嬢さんがいるこの場所は、パリス国カリス州フルメヴィーラ王が統治されている地域だ」
 レナートは横に居るセオドールの手首を強引に持って穂叶に痣を見せてくれて、ついでにこの国の名前も教えてくれた。
(私と同じ痣が有る人だ・・・。本当に存在してたんだ・・・)
  同じ痣を持つ人を目の前にして感慨深いものを感じたが、それよりも異世界という言葉に引っ掛かり不安を感じていた。教えて貰った国名は、全然知らないし聞いた事も無い国名だった。ということは異世界で決定?
「どうしてそんな事分かるんですか?」
 自分の身に起こった事だとは言え、魔法なんて初めて見たのだ。そうあっさりと納得なんて出来ない。
 体験した事だからこそ驚きもあるけれど、言われてみればああ、あれが魔法だったんだなとなんとなく理解は出来たんだと思う。体験してなければ信じて無かったと思うし。

 目の前の二人は魔法を見て驚くどころか、至って普通にしているように見える。魔法が当たり前にある世界なんだろうか。おまけにさっきの魔方陣を見ただけで、レナートさんは色んな事が分かったみたいだから多分魔法に詳しい人なのだろう。
「一応、国一番と言われている魔法使いだからね。まあ魔方陣を詠むことぐらいは出来ないと」
 この時点で穂叶の頭はパンク寸前。頭を抱えて悩んだ。
 お願いだから理解するまで少し時間が欲しい。それが顔に出ていたのか、何も言わずに二人は私が落ち着くまで暫く大人しく待っていてくれていた。
 うん、全部を理解したわけじゃないけれど、違う世界に来てしまったということは受け入れました。
 
「それで、運命の相手と対面した感想は?顔だけはいいと思うよ、愛想はあまり良くないけど」
 落ち着いたのを見計らって会話を再開。くくっとレナートさんは笑った。
「運命の相手って・・・」
 それはそうかも知れないけど、なんかその言葉が無性に恥ずかしい。もしかしてレナートさん楽しんでませんか?
「それで何時までこの世界にいられるのかな?それともこいつの所に永久就職?」
 出会ったばかりの人の所へ、永久就職って、幾らなんでも先走り過ぎでしょう?呆れて前を見ればセオドールさんも同じ顔をしてレナートさんを見ていた。

 運命の相手と言われたセオドールさんの顔は、改めて見てみると確かに私の好みのタイプ。ど真ん中。けど敢えて言わずに黙っておくほうが賢明そうだ。
 そんなことより、私が魔法を使ってこの世界へ来たみたいな言い方をしている方が気になるって!
「レナートさんが、私を呼んだんじゃないんですか?もしくは、セオドールさんが。確かに痣を持ってる人には会いたいってずっと思ってましたけど、お姉ちゃんも待ってるから元の世界に帰して欲しいんです」
 空から落ちるという体験をして、同じ痣を持つ人にも会えたけど。レナートさんが言うように本当に異世界から来たのだとしたら、私をもう一度元に戻して欲しい。
 目の前でお姉ちゃんが消えて見えなくなってしまったけれど、直ぐに元に戻れるんだと思っていたから落ち着いて話を聞いていたのに。
「俺達が掛けた魔法じゃない。君がしたんじゃないのか?」
 セオドールさんは驚いていた。
「私には、魔法なんて使えません。というか、私が居た世界では魔法なんてありませんでしたから」
 三人は、互いに無言になった。

 レナートさんは片手で顔を覆って上を仰ぎみて嘆息した。
「あー・・・参った。ホノカ嬢。・・・君は魔法が使えないというのは本当か?」
「はい、使えません」
 きっぱりと返事をする。
「そうか、では残念なお知らせだ。・・・さっきのあの魔方陣の事だが、詠む事は出来ても、使う事は俺には出来ない。俺に出来ないと言う事は、他の誰にも出来ないと言う事だ。よって、ホノカ嬢は元の世界へ帰る事が出来ない」
「帰る事が出来ない?」
 冗談でしょう?帰る事が出来ない?
「今の所は、だけどね。俺がもしあれを使えるようになるには、今持っている魔力の十倍は必要だろうな」
 目の前にいる魔法使いと呼ばれるレナートさんの力はどれぐらいか私には分からなかったが、国一番と言われてるぐらいならとても強いものなんだろう。それが後十倍だなんて。
 ショックで目の前が暗くなった気がした。
「まあ、今日の所は夜も遅いし、詳しい事は明日以降に考えよう。それじゃあ、セオドール、邪魔をしたな」
 出されたコップの中身を一気飲みした後、かたんと音を立ててレナートは立ち上がり扉へと向かった。
「ちょ、ちょっと待って下さい。レナート、彼女の事はどうするんです!?ここに置いていく気ですか!?」
 セオドールは慌てて後を追い、家の外へ出ようとしていたレナートの背中を捕まえた。
 玄関先で捕まったレナートは何でも無いようなのんびりとした口調で言った。
「やっと会えた運命の相手だろう?今はこの家に誰も居ないんだから、気兼ねなく泊ってもらえばいいじゃないか。部屋も余ってるんだろう?陛下には明日中には俺の方から報告しておくから、午後からでも二人でマギ室まで来てくれれば十分。ああ、そうそう、マレサの実は勝手に貰って行くよ」
 レナートはそこまで一息で言うと、にやけながらセオドールに顔を近付いた。
「まあ、どうしてもここに泊らせるのが嫌なら俺ン家に泊らせても全―然構わないけどな。なぁ、ホノカ嬢に触っても他の女とは違って、全然嫌悪感は無かったんだろう?運命の相手なんだから、頑張って早く男になれよ?色男」
 バシンとセオドールの肩を叩くと、マレサの実を採りに行く為に鼻歌を歌いながら家の裏へと消えて行った。
 取り残されたセオドールは最後の爆弾発言に暫く固まったままだった。

 テーブルに一人残った私は、頭の中を整理していた。だから二人のやりとりは聞いていない。
 魔法で飛ばされて知らない所へ来た―――うん、ここまではいい。
 落ちた先で私を受け止めてくれたのは、手に同じ痣を持つセオドールさん―――これもよし。
 セオドールさんと一緒に居たのはレナートさんで、魔法使い―――なんとかこれもよし。
 私が落ちた先は、地球じゃない何処か、異世界―――・・・理解不能と思いたいところだけど。
 元の世界に帰れない―――そんなの絶対信じない!

 そこまで考えた時、また涙が溢れた来てきた。
 本当にもう二度とお姉ちゃんの所へ戻れないんだろうか、そんなの絶対に嫌だ。
ぐすっと鼻をすすると、足元からは聞き慣れた呼び出し音が聞こえてきた。
 これは携帯の音!
 足元に置かれていたボストンバッグのファスナーをもどかしく開けると、中から携帯を探し出し慌てて取り出した。
 液晶画面に表示されているのは、今穂叶がもう会えないのかと考えていた姉・杏子の名前だった。勿論すかさず電話に出た。
「お姉ちゃん!?」
『穂叶っ、怪我はっ?怪我は無い!?大丈夫なの!?』
「うん、大丈夫。怪我はして無い」
 聞きたいと思っていたお姉ちゃんの声に気が緩み、また涙があふれ出てきた。
『でも、泣いてるんじゃないの?やっぱり怪我したんでしょう?』
「ううん、本当に怪我は無いの。あのね、お姉ちゃん・・・」
 信じられないような我が身に起こってしまった、今の現状を説明した。

『異世界かぁ』
「本当の事なの。私を受け止めてくれた人が、私と同じ痣を持ってる人でね、その人の家に今居るんだけど」
 お姉ちゃんは私の説明を嘘だとは言わずに聞いてくれた。そのことがとても嬉しかった。信じてもらう事が出来て尚涙が止まらなくなってしまった。

***

 京子は妹が穴に落ちていくという衝撃的な場面を実際に見ていたから、電話越しに聞こえる穂叶の声を笑い飛ばすことが出来なかった。
 地面から小さくなって落ちていく妹を助けるどころか見ていることしか出来なかったけれど、確かにあの時魔方陣の中心に落ちた穂叶を受け止めてくれた人が居たように思う。
「穂叶が嘘を言ってるとは思ってないわよ。私も自分の目で見たんだから信じるよ、穂叶の言った事」
『うん、有り難う、お姉ちゃん』
 ずっと鼻声で話す妹の声に答える私の声もきっと鼻声だったろう。
「じゃあ何か分かったら後で電話頂戴ね?」
『うん、分かった電話する』
 そう言って切りたくなかったけど通話を終了した。液晶画面を見ると通話時間は17分を超えていた。

***

 通話を終えるとお姉ちゃんと話したことにより随分と心の落ち着きを取り戻していることを実感した。流れていた涙はいつの間にか自然と止まっていた。
 手にしていた携帯を片づける前に電池残量を確認した。癖といってもいいだろう。残り十四%になっているのを見て次の行動が決まった。
 充電しなきゃ!
今度はボストンバッグから充電器を取り出し、部屋のあちこちにコンセントを探した。
 しかし、部屋の何処を探してもコンセントは見つからなかった。
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