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2 深淵
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仕事が定休日の今日。
買い物をして沢山の植物や種が入った浅い段ボールを両手で重そうに抱え、右肩には大きなボストンバッグ、左肩にはA4サイズ程のトートバッグを掛けているのは、私、米本(よねもと) 穂叶(ほのか)。
私がよたよた歩くたびに抱えている植物の葉はその動きに合わせてゆさゆさと揺れた。
段ボールの中でかさかさと音を立てる葉は、ハーブの苗やブルーベリー、クランベリー等のベリー系の苗が数種類、スダチとレモンの柑橘類。
よく利用する園芸店の店長さんには沢山買ってくれたからとおまけを沢山貰ってしまった。これから育てるには丁度の花の種が入ったビニール袋や見頃が過ぎた花、育ちが多少悪い花も。気持ちは嬉しいのだがかなりの重量には困ってしまった。
そのうえ両肩にも元々持っていた重い荷物も有るので気分は筋トレに近い。結果、私の歩く姿は頼りなく、後ろから見るとまるで酔っ払いのように見えるだろう。
「寝不足にこの荷物はきつかったかなぁ」
昔から何度も見る不思議な夢は、特に最近は毎日のように繰り返していて、昨夜も見てしまった。
私はふうとため息を漏らした。
その夢を見た後は必ず涙を流して目が覚めるのがパターンとなっている。おまけに大抵目覚めは明け方近くの時間帯と微妙な早朝。お陰で毎朝アラーム設定してある時間とは余り余裕がなく、残り時間が気になってしまい二度寝が出来ずに睡眠不足が続いている有様だった。
「はあ、疲れたなぁ」
朝晩の寒暖差も随分と厳しくなってきて、道沿いに植えられている街路樹も紅葉が始まり色づき始めている。
重い体に更に重い荷物を抱えて向かっている先は、姉である専業主婦となった西(にし)杏子(きょうこ)の新宅だ。
結婚したばかりで、結婚を機に購入した庭付きの一戸建て住宅。その庭に何か植物を植えて欲しいと頼まれたのだ。今一生懸命運んでいるのは自分が育てたいと選んだ苗だ。重いのは自業自得だ。
もちろん服装は汚れても良いように長袖Tシャツにフード付きのパーカーを重ね着して、下はジーンズにスニーカーだ。
私はメディカルハーブコーディネーターの資格を持っていて、カフェで働き始めて二年が経とうとしている。
店ではハーブティを淹れることはもちろん、スイーツも作ることも有れば、店内ではハーブや花、観葉植物、雑貨の販売までしている為それらの仕事もこなしている。
両親は私が小学五年の時に父を事故で亡くし、高校二年の時に母が病気で亡くなった。両親がいなくなったそれからは、まだ大学生だった五歳年上の杏子と二人きりの姉妹で頑張って来た。そういうこともあり自分が思い描く理想とする女の人は、姉の杏子そのものだったりする。自慢のお姉ちゃんなのだ!
そんなに高くない私よりちょっとだけ背が低いお姉ちゃんはお母さん似の美人で、笑顔が柔らかな優しいイメージを見る人に抱かせる。ほっそりとした体躯は、出るべき所は出ていて女性らしいラインだ。羨ましい。
私はそうは思わないが、お義兄さんや友達にはお姉さんと似てるねと言われたこともある。お世辞と分かっている。うん、絶対お姉ちゃんの方が美人だと知ってるけど、似ていると言われることには嬉しかったりする。
お姉ちゃんの性格は一見柔らかそうに見えて、実は芯がしっかりしていて、怒ると怖い。静かに怒るのにとてつもなく怖い。穂叶の中では本気で怒らしてはならない人ランキング第一位に、お姉ちゃんが不動の地位となっている。
大学を卒業した姉の杏子が入社したのはIT関連の企業で、そこでは経理の仕事をしていた。そして就職して直ぐに職場で付き合い始めたカスタマーエンジニアの仕事をしている彼氏と二年の交際したのち、西杏子となったのだ。
お義兄さんはカスタマーエンジニアの仕事柄、出張が時々ある。
まだ新婚なのに数日家を空けることになってしまい、心配性な義兄さんとお姉ちゃんに私に是非泊りに来て欲しいと言われたのだ。
じゃあ数日泊るならついでに前から約束していたガーデニングもしてしまおうと苗と種を購入してきたのだ。新築一戸建てにうはーとなって一杯買い込んだのは自分でもどうかと思うけど。
私が初めてハーブというものに興味を持ったのは、小学生の頃にベランダでお母さんが育てていたミントとバジルを料理をするのに使うから取ってきてーと頼まれた事が発端だ。
けれど植物自体を好きになったのは、生まれた時から既にあったと言う自分の右の掌にある跡――夢で見た同じ場所にある四つ葉のクローバーの跡。これを持って生まれてきた事が一番最初のきっかけかも知れない。
小学校の図書室に行き図鑑を広げクローバーを調べたりしているうちに、段々と色んな植物が好きになったというのが大きいんだと思う。
家で育てていたハーブは、お母さんが亡くなってからは私がなんとなく育てる事にしたが、アパートのベランダは小さくそれ以外のハーブは育てる事が叶わなかった。
だから、お姉ちゃんに広い庭の1/3もの場所に好きな物を植えても良いわよと言われた時は、勿論大喜びで了解したのだ。
お姉ちゃんが結婚してしまうと私は一人暮らしを始めたのだが、そのアパートはお姉ちゃん達が暮らす事になった家からも見えるというか、歩いて一分というとても近い距離にある。1人だと心配だからと義兄さんからも説得されて、渋々ながら近い場所に決めたのだ。そりゃあその方が私も心強いけどさぁ。
最初は二人から一緒に住もうと言われたけれど、流石にそれは・・・と断った。
お姉ちゃんはアパートに住んでいた頃からハーブを料理に使う事はあっても、ガーデニングは妹の仕事だと一任されていた。
今から庭に植えようとしているハーブ達も植えたらお姉ちゃんの仕事ではなく、その後の手入れはもちろん私の仕事になる予定。というか、決定している。
もちろん庭には何時でも入っていいし、育てたハーブも果物も私が欲しいだけ取っていい事になっている。だから今まで庭があればなぁと密かに思っていた所に姉と義兄からのお願いは渡りに船という訳。
アパートでは育てる事が出来なかったものを、勇んでここぞとばかりに買って来たのだった。
「泊りの荷物だけでも、先にお姉ちゃんちに持っていっておけばよかったな。失敗、失敗」
歩いて一分の距離だから泊りの荷物は先に届けた後に出かけるべきだったと今になって後悔している。
私は重いけれども自分の為と言い聞かせ、いそいそとお姉ちゃんが待つ新宅へと向かうのだった。
ようやく着いた姉の家のチャイムを押そうとして、手にしている段ボールを一度降ろせば済む話なのに抱えたままに重さを我慢しながら震える指でチャイムを押した。
軽快なチャイムの音が鳴ると、ドアモニターを確認したらしくインターホンからは直ぐお姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、穂叶。今、開けるからちょっと待って」
暫くしてぱたぱたと廊下を掛けて来る音が聞こえると、ドアがガチャリと開かれた。
「お早う、お姉ちゃん。ほら、見て見て、いっぱい買ってきちゃった」
穂叶は少しだけ段ボールを上に持ち上げ、戦利品ともいえる苗や種を自慢げに姉ちゃんに見せた。
「凄い量買って来たのね、穂叶ってば。そんなに一度に買って大丈夫だった?」
「大丈―夫。これでも幾つか我慢したんだよ?」
にこーっと笑って重くて大変だったなんてことはおくびにも出さずに心配なんて無いよとアピールした。
「まあ穂叶がいいんなら良いんだけど、最初からあんまり無理はしないでね。じゃあ、取りあえずそれは庭に置いてから中に入ってお茶にしない?この間美味しいケーキ屋を見つけたから買って来てあるの」
重いのを我慢して買ってきたことはお姉ちゃんにはバレたらしい。苦笑いしながらお茶に誘ってくれた。
「食べる、食べる。じゃあこれ庭に置いてくるね!」
美味しいケーキと聞き、うきうきとした私はくるりと体を庭の方へと向けようと振り向いたその瞬間。
玄関ポーチにいる自分の足元に突然、50cm程の幾何学模様の円が淡い光を放ちながら現れた。
共に玄関に居た私達はぎょっとして目を見開いた。
「何っ?何これっ!?」
自分の足元に急に現れたそれは、少しずつ大きさを広げていった。
私は怖くなってその円から逃げようと思い、足を動かそうとしたが張り付いたように動かせなくなっていた。
「穂叶っ!」
動けずにいる妹を助けようとお姉ちゃんは急いで駆け寄ってきてくれた。
お姉ちゃんが手を伸ばして泣きそうになっている私の腕に触れようとした瞬間。
お姉ちゃんに向けて伸ばそうとした腕は何もつかめないまま、私は1m程の大きく巨大な真っ暗な穴の中へとすとんと落ちたのだった。
買い物をして沢山の植物や種が入った浅い段ボールを両手で重そうに抱え、右肩には大きなボストンバッグ、左肩にはA4サイズ程のトートバッグを掛けているのは、私、米本(よねもと) 穂叶(ほのか)。
私がよたよた歩くたびに抱えている植物の葉はその動きに合わせてゆさゆさと揺れた。
段ボールの中でかさかさと音を立てる葉は、ハーブの苗やブルーベリー、クランベリー等のベリー系の苗が数種類、スダチとレモンの柑橘類。
よく利用する園芸店の店長さんには沢山買ってくれたからとおまけを沢山貰ってしまった。これから育てるには丁度の花の種が入ったビニール袋や見頃が過ぎた花、育ちが多少悪い花も。気持ちは嬉しいのだがかなりの重量には困ってしまった。
そのうえ両肩にも元々持っていた重い荷物も有るので気分は筋トレに近い。結果、私の歩く姿は頼りなく、後ろから見るとまるで酔っ払いのように見えるだろう。
「寝不足にこの荷物はきつかったかなぁ」
昔から何度も見る不思議な夢は、特に最近は毎日のように繰り返していて、昨夜も見てしまった。
私はふうとため息を漏らした。
その夢を見た後は必ず涙を流して目が覚めるのがパターンとなっている。おまけに大抵目覚めは明け方近くの時間帯と微妙な早朝。お陰で毎朝アラーム設定してある時間とは余り余裕がなく、残り時間が気になってしまい二度寝が出来ずに睡眠不足が続いている有様だった。
「はあ、疲れたなぁ」
朝晩の寒暖差も随分と厳しくなってきて、道沿いに植えられている街路樹も紅葉が始まり色づき始めている。
重い体に更に重い荷物を抱えて向かっている先は、姉である専業主婦となった西(にし)杏子(きょうこ)の新宅だ。
結婚したばかりで、結婚を機に購入した庭付きの一戸建て住宅。その庭に何か植物を植えて欲しいと頼まれたのだ。今一生懸命運んでいるのは自分が育てたいと選んだ苗だ。重いのは自業自得だ。
もちろん服装は汚れても良いように長袖Tシャツにフード付きのパーカーを重ね着して、下はジーンズにスニーカーだ。
私はメディカルハーブコーディネーターの資格を持っていて、カフェで働き始めて二年が経とうとしている。
店ではハーブティを淹れることはもちろん、スイーツも作ることも有れば、店内ではハーブや花、観葉植物、雑貨の販売までしている為それらの仕事もこなしている。
両親は私が小学五年の時に父を事故で亡くし、高校二年の時に母が病気で亡くなった。両親がいなくなったそれからは、まだ大学生だった五歳年上の杏子と二人きりの姉妹で頑張って来た。そういうこともあり自分が思い描く理想とする女の人は、姉の杏子そのものだったりする。自慢のお姉ちゃんなのだ!
そんなに高くない私よりちょっとだけ背が低いお姉ちゃんはお母さん似の美人で、笑顔が柔らかな優しいイメージを見る人に抱かせる。ほっそりとした体躯は、出るべき所は出ていて女性らしいラインだ。羨ましい。
私はそうは思わないが、お義兄さんや友達にはお姉さんと似てるねと言われたこともある。お世辞と分かっている。うん、絶対お姉ちゃんの方が美人だと知ってるけど、似ていると言われることには嬉しかったりする。
お姉ちゃんの性格は一見柔らかそうに見えて、実は芯がしっかりしていて、怒ると怖い。静かに怒るのにとてつもなく怖い。穂叶の中では本気で怒らしてはならない人ランキング第一位に、お姉ちゃんが不動の地位となっている。
大学を卒業した姉の杏子が入社したのはIT関連の企業で、そこでは経理の仕事をしていた。そして就職して直ぐに職場で付き合い始めたカスタマーエンジニアの仕事をしている彼氏と二年の交際したのち、西杏子となったのだ。
お義兄さんはカスタマーエンジニアの仕事柄、出張が時々ある。
まだ新婚なのに数日家を空けることになってしまい、心配性な義兄さんとお姉ちゃんに私に是非泊りに来て欲しいと言われたのだ。
じゃあ数日泊るならついでに前から約束していたガーデニングもしてしまおうと苗と種を購入してきたのだ。新築一戸建てにうはーとなって一杯買い込んだのは自分でもどうかと思うけど。
私が初めてハーブというものに興味を持ったのは、小学生の頃にベランダでお母さんが育てていたミントとバジルを料理をするのに使うから取ってきてーと頼まれた事が発端だ。
けれど植物自体を好きになったのは、生まれた時から既にあったと言う自分の右の掌にある跡――夢で見た同じ場所にある四つ葉のクローバーの跡。これを持って生まれてきた事が一番最初のきっかけかも知れない。
小学校の図書室に行き図鑑を広げクローバーを調べたりしているうちに、段々と色んな植物が好きになったというのが大きいんだと思う。
家で育てていたハーブは、お母さんが亡くなってからは私がなんとなく育てる事にしたが、アパートのベランダは小さくそれ以外のハーブは育てる事が叶わなかった。
だから、お姉ちゃんに広い庭の1/3もの場所に好きな物を植えても良いわよと言われた時は、勿論大喜びで了解したのだ。
お姉ちゃんが結婚してしまうと私は一人暮らしを始めたのだが、そのアパートはお姉ちゃん達が暮らす事になった家からも見えるというか、歩いて一分というとても近い距離にある。1人だと心配だからと義兄さんからも説得されて、渋々ながら近い場所に決めたのだ。そりゃあその方が私も心強いけどさぁ。
最初は二人から一緒に住もうと言われたけれど、流石にそれは・・・と断った。
お姉ちゃんはアパートに住んでいた頃からハーブを料理に使う事はあっても、ガーデニングは妹の仕事だと一任されていた。
今から庭に植えようとしているハーブ達も植えたらお姉ちゃんの仕事ではなく、その後の手入れはもちろん私の仕事になる予定。というか、決定している。
もちろん庭には何時でも入っていいし、育てたハーブも果物も私が欲しいだけ取っていい事になっている。だから今まで庭があればなぁと密かに思っていた所に姉と義兄からのお願いは渡りに船という訳。
アパートでは育てる事が出来なかったものを、勇んでここぞとばかりに買って来たのだった。
「泊りの荷物だけでも、先にお姉ちゃんちに持っていっておけばよかったな。失敗、失敗」
歩いて一分の距離だから泊りの荷物は先に届けた後に出かけるべきだったと今になって後悔している。
私は重いけれども自分の為と言い聞かせ、いそいそとお姉ちゃんが待つ新宅へと向かうのだった。
ようやく着いた姉の家のチャイムを押そうとして、手にしている段ボールを一度降ろせば済む話なのに抱えたままに重さを我慢しながら震える指でチャイムを押した。
軽快なチャイムの音が鳴ると、ドアモニターを確認したらしくインターホンからは直ぐお姉ちゃんの声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、穂叶。今、開けるからちょっと待って」
暫くしてぱたぱたと廊下を掛けて来る音が聞こえると、ドアがガチャリと開かれた。
「お早う、お姉ちゃん。ほら、見て見て、いっぱい買ってきちゃった」
穂叶は少しだけ段ボールを上に持ち上げ、戦利品ともいえる苗や種を自慢げに姉ちゃんに見せた。
「凄い量買って来たのね、穂叶ってば。そんなに一度に買って大丈夫だった?」
「大丈―夫。これでも幾つか我慢したんだよ?」
にこーっと笑って重くて大変だったなんてことはおくびにも出さずに心配なんて無いよとアピールした。
「まあ穂叶がいいんなら良いんだけど、最初からあんまり無理はしないでね。じゃあ、取りあえずそれは庭に置いてから中に入ってお茶にしない?この間美味しいケーキ屋を見つけたから買って来てあるの」
重いのを我慢して買ってきたことはお姉ちゃんにはバレたらしい。苦笑いしながらお茶に誘ってくれた。
「食べる、食べる。じゃあこれ庭に置いてくるね!」
美味しいケーキと聞き、うきうきとした私はくるりと体を庭の方へと向けようと振り向いたその瞬間。
玄関ポーチにいる自分の足元に突然、50cm程の幾何学模様の円が淡い光を放ちながら現れた。
共に玄関に居た私達はぎょっとして目を見開いた。
「何っ?何これっ!?」
自分の足元に急に現れたそれは、少しずつ大きさを広げていった。
私は怖くなってその円から逃げようと思い、足を動かそうとしたが張り付いたように動かせなくなっていた。
「穂叶っ!」
動けずにいる妹を助けようとお姉ちゃんは急いで駆け寄ってきてくれた。
お姉ちゃんが手を伸ばして泣きそうになっている私の腕に触れようとした瞬間。
お姉ちゃんに向けて伸ばそうとした腕は何もつかめないまま、私は1m程の大きく巨大な真っ暗な穴の中へとすとんと落ちたのだった。
応援ありがとうございます!
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