CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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 ――――――ああ、いつもの夢だ。

 私は夢の中でこれはいつもの夢だと確信している。

 昔から何度も、何度も繰り返し見る夢。
 それは私が暮らしている世界とは違って、まるでおとぎ話の様に騎士や姫、更には魔法なんてものがある不思議な世界だ。
 たぶん違う気と思うんだけど、もしかして昔見たドラマや映画の世界なのだろうか。それが夢となって繰り返しみてるだけなんだろうか。
 しかも、夢の視点は自分で、それがすっごい綺麗なお姫様。これがまた今の自分とは違いすぎて、もしかして一度くらい本当の自分の姿はこうなんだと言ってみたいと思うほど。けど髪の色も顔の作りも全然違う。有りえ無さ過ぎて笑える程に別人だ。現実の私は黒髪で少し低めの身長に平凡で地味な顔立ちだから。
 うーん、でもこうやって同じ夢ばかり見るのって、もしかして深層心理とか願望の夢なのかもしれない。ほら小さい頃って読み聞かせで読んで貰った絵本とかで一度はお姫様に憧れるじゃない。それなのかも知れない。

 とは言え、繰り返し見ているからこれは夢だと知っているのに見るたびに、切なくて、心が痛くて堪らなくなる―――そんな夢。

 始まりも終わりも必ず同じで、見終わって目覚めると必ず涙を流している。
 涙の理由は内容がとても大切に想っている恋人との別れ、・・・自分よりも大切に想える大好きな恋人を置いて自分が亡くなってしまう夢だから。

 ほんと、なんでこんな夢を何度も何度も繰り返し見るんだろう・・・。


***


 街から外れたある辺境。
 なだらかな草原が目の前には広がっていて整備された街道が延々と続いている。左手には青々と茂った森が果てしなく続いている。その遥か彼方には、早くも紅葉が始まった山々が見え、麓には城の他に街が見える。
 澄み渡った空はどこまでも続いていて、飛ぶ鳥はその形から名前を知る事が出来ない程の高みを飛んでいる。
 そんな長閑な風景が広がる中、窮地に追い込まれている集団が有った。
「エリス姫っ、お願いですから後方へ下がって下さい。ここは我々が片付けます」
「嫌です。私1人下がるわけにはいきません。一緒に戦います。残るのは目の前の魔物が最後ではないですか。後もう少しだと分かっているのに、そんなこと出来ません」
 街道上には路傍から車輪が落ちてしまっている馬車と傍には馬車馬が倒れている。そこから少し距離が離れた草原には、かなり切迫したやり取りが行われていた。

 まだ青年と思われる騎士が剣を構え、エリス姫と呼ばれた私を庇うように前に立ちふさがった。その騎士の傍には大型犬並みの真っ白な狼に似た動物がいて魔物を威嚇している。
 魔物と対峙するため騎士から庇われた私は、姫と呼ばれるのに相応しいドレスを着ていて、艶やかな白銀の長い髪が自分の目の前で風になびいている。その肩には、手のひらに乗る大きさの白い鳥が居る。
 目の前の騎士が手にしている刀剣にちらりと自分の顔が映ると、薄い水色の瞳が映って見えた。その刀剣に見える薄い水色の瞳を持つのは、麗しいという言葉がしっくりとくる程に見目が良い少女と呼んで差し支えない程の可憐な姿だった。

 私は騎士の背中の影に入ったまま目の前の敵、黒く蠢く人の倍はあろうかという大きさの魔物を険しい瞳で凝視したまま両手を組み合わせ魔法の為の言葉をささげた。
「ローズマリー、『圧縮』をお願い」
 短い呪文を唱えると、傍にいた白い鳥の体全体が淡く発光し始めた。
 私を中心にして周りには目の前の騎士以外に、侍女、二人の騎士、魔法使いが二人と全員で七人がいて、唱えた呪文によって地面に現れたのは魔法陣だ。最初は小さな魔方陣だったものが、やがて全員を囲うまで拡大した。
 魔方陣は精緻な文様何重にも画かれていて、姫と呼ばれた体も鳥が放つ光と同じ淡く青い光を纏い魔法陣の一番外側が強く光った。

 前方に居る残った魔物はたった一匹。しかし、今までに遭遇した事のある魔物より、大きさも、力も強く、突然森から現れた魔物に一行は対処出来ずに仲間の騎士が二人、魔法使い一人が大怪我を負ってしまった。
 怪我をしていない魔法使いは、仲間の怪我の回復に全神経を使い、攻撃に回れない。そこで、攻撃は出来ないが防御は出来る自分が皆を守る為に魔方陣を敷いたのだ。『圧縮』は空気を文字通り圧縮させ魔法陣の中へと敵を侵入させない為の魔法だ。
 そして怪我をしなかった中で唯一攻撃出来るのは、目の前にいる騎士一人のみ。身分差はあるが、姫と呼ばれる自分の恋人で名はアレックス。

 魔物は、こちらを警戒してか一定の距離を置きこちらへは飛びこもうとしない。
 仕留める為には魔方陣から出るしか方法はなく、アレックスは自分の分身ともいえる狼に似た動物の名前を呼んだ。
「リンデン」
 ただ名前を呼ばれたその一言で何をしたいのか理解したその動物は、主たるアレックスに続き魔方陣を出て攻撃に備えた。
 剣を構えなおしたアレックスは、リンデンから魔物を倒す為の力を受取ると、刀身へと注ぐ。
「リンデン、『消滅』」
 力を注がれた剣は、魔法陣を浮かび上がらせたのちに青白い光りを帯びた。
「はっ!」
 跳躍してきた魔物とアレックスの激闘が始まった。

 アレックスは何度も魔物の爪と牙を受け怪我を負ったが、リンデンが魔物に噛み付いた事で生まれた隙を逃さず魔物の頭上から剣を突きさしてようやく死闘は終わりを告げた。
 重症とまではいかないがかなりの怪我を負ったものの、生き残ったアレックスを見て私は嬉しさで涙を流しながら、魔方陣を解き愛しい恋人の元へと走って行った。
「アレックスっ」
 剣を魔物から引き抜いたアレックスの胸に飛び込み抱き付くと剣を持っていない方の手で背中をゆるく抱きしめられた。
「良かった、貴方が無事で」
 魔法陣の内でただ見ていることしか出来ずにいることが悔しかった。
「・・・姫」
 怪我をしたけれどこうして生きて戻って来たことに安堵の息を吐いて顔を上げると、アレックスは少しだけ笑みを浮かべて私を見ていた。私も頬笑みを返した。
「アレックスも早く手当をしてもらわないと」
 彼の腕を引っ張り仲間の所へ連れて行こうとした。しかしその彼の後ろでは有り得ないものが目に見え私は総毛だった。
 倒した筈の魔物が地面から腕をゆるりと持ち上げ、鋭い爪をアレックスの頭上に振り降ろそうとしていたのだ。
「アレックス、危ないっ!」
 とっさにアレックスを庇った私は魔物の爪を首筋から脇腹にかけて真面に受けてしまった。
「姫様っ!!」
 怪我を負った騎士、魔法使いの治療に当たっていた魔法使い、侍女は姫が魔物に襲われるのを見て大声で叫んだ。
 魔物の鋭い爪は人の体など簡単に引き裂いてしまう程の鋭利さがあった。爪の衝撃を受けてしまった私は大量の血を流しながら倒れた。
 腕を振り下ろした魔物はそれが最後の力だったらしくようやく絶命した。

「姫?」
 身を呈して庇われたアレックスは、目の前の事が信じられずに立ち尽くしたままだった。
 たった今自分の腕の中で微笑んでいた筈が、どうしてこんなことになったのか理解出来なかった。
草の上に倒れた血を流す姫の姿を見て、目の前が真っ暗となり力無く姫の傍に座りこんだ。
「・・・アレックス」
 身動きが取れず倒れたまま何とか私は弱々しい声を出すことが出来た。その声にアレックスははっとなると上から私の事を覗き込んできた。
 傷口の痛みと失血の為なのだろう青くなり始めた私の唇を見たアレックスはぞっとしたようだった。
「どうして俺なんて庇ったんですっ!!」
 魔物に受けた傷は、もはやどんな魔法を使ったとしても到底治せるものでは無いということが自分でも分かった。残された時間は風前の灯ということが。
 しかし、後方で仲間の治療にあたっていた魔法使いはその治療を即座に中断すると、私の傍まで走り来てありったけの力を使い治療を始めた。

「ごめんなさい、アレックス。体が勝手に動いてしまったの」
 水色の瞳からは涙が流れ出て、右腕を微かに上げようとしたが上手くいかなかった。
 私の意を汲んだアレックスは両手を使い、私の上げようとした手を包み込んでくれた。まるで段々冷めてゆくのを自分の熱でくい止めるかのように。
 エリスとアレックスは身分違いの二人の結婚をようやく父である国王からの許しを貰えた所だった。
 今日は郊外にいる私の叔父に会いに行き、アレックスの後ろ盾となってもらえるよう相談に行った帰りの出来事だった。
「私、・・・貴方の花嫁になりたかったのに・・・約束を守れそうになくて・・・御免なさい・・・」
 もう喋る事さえも出来なくなりそうだった。呼吸することさえ満足に出来なくなってきた。
辛そうにしている私にアレックスや周りの者達も涙を流していた。
「もう話さなくていい。大丈夫、ここに居るのは最高位の魔法使いです。直ぐに傷なんて治ります」
 もう命は尽きかけようとしているのだ。気休めにしかならない事に力を使って欲しくなかった。私は首を振ることが出来ずに言葉で伝えるしかなかった。
「この傷ではもう無理よ・・・。お願い、無駄に力を使わないで・・・。アレックス・・・最後に私のお願いを聞いて・・・欲しいの・・・」
 魔法使いにはもう力を使わないでと頼んだにもかかわらず、その魔法を止めようとはしなかった。

「お願い?」
 今まで見たことがない泣き顔のアレックス。そうさせているのは私。
「一つは、・・・私が死んでも自分から命を絶たない事。そして、・・・最後にもう1つ。貴方の未来の全部を・・・私に頂戴」
「未来を全部?」
「生まれ・・・変わったら、今度こそ私をお嫁さんにしてくれるって・・・約束が欲しいの。だからお願い、私のわがままな・・・魔法を受けて欲しいの」
 今魔法なんて使えば、どうなるかなんて自分が一番解ってる。
「そんなことをすればエリス様のお命がっ・・・!!」
 悲痛な侍女の悲鳴が響いた。
 けれど無茶な願いと分かっていても私はその願いを叶えたかった。
「そんな約束が無くても、私はとっくに貴方のものです。ですが姫が望むのならば。どうすればいいですか?」
 涙を流したままアレックスは何かを決意したようだった。
「目の前のクローバーを・・・私の右手に」
 横に倒れたままの私の目の前にはクローバーが沢山あった。それを利用するつもりだ。
アレックスはその群生している中から四つ葉を見つけぷつりと根元から茎を折ると一度放した私の手から落ちない様に自分の手を添えて握らせてくれた。

 もう一度握ってくれた時にはさっきより確実に体温が下がっていて、微かに痙攣していた。もう彼の体温すら感じ取れなくなっていた。
 手に四つ葉のクローバーをあるのを目で確認すると、自分の鳥を呼んだ。
「ローズマリー、・・・ごめんね、残る貴方の力もすべて私に欲しいの。今まで・・・有り難う、ローズマリー」
 チチッと鳴くとエリスの右手に白い鳥は停まった。
「アレックス・・・クローバーを挟むようにして・・・私の手のひらと合わせて。アレックスもリンデンも・・・力を貸して・・・もらえる?」
 言われた通りにアレックスは自分の手のひらにクローバーを乗せると、私の手のひらを重ね合わせてくれた。
「『宣言』・『宣誓』・『定着』・『飛躍』・・・『連繋』・・・『転移』・・・」
 通常一つの魔法しか使わないものを同時に6展開させた。アレックス、ローズマリ―、リンデンの力を借りてもまだ足りない分は自分の命と引き換えで。

 一呼吸置いてからローズマリーと呼ばれた鳥の体全体から眩い光が放たれたかと思うと、その姿は徐々に薄くなってゆき、雪が解けるように消えて無くなった。
 すると二人の合わせた両手を中心に、見たことも無い魔方陣が何重にも重なり、変化を起こしたかと思うと光がふっと消えた。

 それを見届けた私は、目を閉じるともう二度とその目を開く事はなく闇と無音の世界の中へと落ちていった。


***


 ―――これが何度も何度も繰り返し見てる夢。
 どうして私は同じ夢ばかり見るのだろうか。その答えは未だ分かっていない。
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