CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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38 試着

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「これがよろしゅうございますか?」
 明日の挙式の為のウエディングドレスの試着は、穂叶が思っていたよりとてつもない忍耐と苦しさを伴うものだった。
 コルセットで締め付けられた上に、ドレープたっぷり、幾重にも重ねられたウエディングドレスは重かった。引きずる程の長い裾には細やかな刺繍とあちらこちらに宝石があしらわれ外から入り込んだ光に反射してきらきら輝いている。

「ふわー、これも素敵」
 ハイヒールを履き、お人形宜しく着せ替え人形となっているのは明日挙式を上げる予定となっている穂叶だった。
 何度か着替えさせられる度に体力は消耗し、疲労困憊だ。しかし、素敵なウエディングドレスを着られる嬉しさには及ばない。気分は高揚しっぱなしだ。
「そうね、これが一番いいと思うわ。穂叶さんにとてもよく似あってるわ。素敵」
 アンナさんはドレスに身を包んだ私を見て少女のようにはしゃいでいる。
 壁に掛けられた大きな姿見に映った自分の姿をじっと見つめ続けていた。頬は絶えず緩みっぱなしだ。
「す、すごい。こんなの自分じゃないみたい」
 まだ装飾や髪型がまだというのにお姫様にでもなったかのよう。プレタポルテの既製品というプリンセスラインにオフショルダーのこのドレス、ほんとに素敵。
 こんな大胆に肌や肩を出したことはないから、このドレス姿を見せるのはまだちょっと恥ずかしいけど。特に胸のボリュームがもう少しあればなと思うけど。
 少しだけ身を捻り背中を鏡に映してみる。後ろの大きなリボンが結ばれていてポイントになっている。穂叶は疲れも忘れて心躍らせた。

「では次は装飾をご覧くださいませ」
 ドレスが決まったので次は装飾品だ。テキパキと動き回り手にジュエリーボックスを持ってきたのはシルヴィオ家が贔屓している服飾店の店主でありデザイナーもしているカルラさんだ。年齢はシェリーさんと同じくらいだろうか。
「そうねぇ、これなんかいいのではないかしら?」
 アンナさんはジュエリーボックスをざっと見まわし、数点の中から一つのネックレスを選び出し、ドレス姿で動くことが出来ない私のデコルテ部分に宛がった。
 うわっ、きらっきらしてる。とんでもなくお高いんじゃあ・・・。
 テレビで偶に放送されることがある、女優が数億円のジュエリーを身に付けている映像が頭に浮かんだ。
 輝きを放っている真珠とシルバーで作られた花モチーフが幾つも使われているネックレスは、華奢でとても可愛らしい。私も気に入った。が、値段が気になる。
「ネックレスはこれね。あとはティアラだけど、これと同じデザインのものはあるかしら?」
 不安を感じる穂叶を余所に、アンナさんは次々と必要なものを選んでいった。
「勿論でございます」
「ではそれをお願いね」
「畏まりました」
 ようやく我慢し続けていた試着が終わった。
(はー、やっと終わった。ドレスは素敵だったけれど疲れたよー)
 ドレスを脱ぐと体が軽くなった気がした。元の服を着てやっと居心地が付いた。

「お茶をお持ちしました」
 着替えが終わったところで侍女がお茶を運んできてくれた。
 ナイスタイミング。丁度咽喉が渇いていたから嬉しいな。
「有難う、そこのテーブルに置いて頂戴」
「はい」
 アンナさんに言われ、侍女は窓際の長テーブルに紅茶のセットとお茶菓子を並べた。紅茶と一緒に並んだのは昨日作り方を教えたプリンとシュークリームだった。
 作ったのはダンさん達だ。昨日の今日で完璧なものが作られている。流石プロ。穂叶は感心した。
「皆もお疲れさまでした。是非うちの自慢のお菓子を食べて行って頂戴な」
 アンナさんはドレスの試着の為に呼び寄せたカルラさんとその見習の娘達にお茶とお菓子を進めた。
「まぁ、有難うございます」
 カルラさん達は持ってきた荷物を片づけてから、アンナさんと私が待つテーブル席へと着いた。この世界では物珍しいお菓子をまじまじと眺めた。
「これはなんというお菓子でございましょう」
「ふふふ、それはプリンと言ってとても柔らかくて甘くて美味しいのよ。もう一つはシュークリームと言って中にクリームが入っているの。行儀が悪いかも知れないけれど手掴みで食べることを進めるわ」
 アンナさんは得意そうに食べ方を説明すると、自ら手掴みでシュークリームにパクついた。
「では失礼ですが手掴みで頂きます」
 子爵婦人が手掴みで食べたのでカルラさんも失礼には当たらないと思ったらしい。真似てシュークリームを手掴みするとパクリと一口頬張って嚥下した。
 すると食べる前は恐る恐ると言った風だったのが、喜色満面な笑みへと変わった。
「とても美味しいですわ」
 勧められたように手掴みで食べたシュークリームの美味しさを絶賛した。勿論続いて食べた見習の娘達も絶賛した。
「良かったわ、気に入って貰えて。ふふふ、お土産も同じものを用意させているの。良かったら他の従業員達にも差し上げて頂戴。無理言って短い日数でドレスを用意してもらった少しばかりのお礼になるといいのだけれど」
 予想通りの賛辞を受けてアンナさんは満面の笑みを浮かべている。
「わざわざのお心遣い、深く感謝いたします」
 服飾士達による宣伝効果をアンナは狙ってダンに作らせたのだ。沢山の家に訪問することがある服飾士達はその家の女性達と世間話をすることも仕事の一環でもあるから。(余談。後日、シルヴィオ家でのお茶会には噂を聞いた令嬢が沢山いたのだとか)
 お義母さんの商才手腕、恐るべし。

 楽しいお茶を終えた後は、ヴィルジニアさんとエーヴリルさんをこの部屋へと呼んで、新たなドレスのデザイン案についての話が始まった。
「えーっと、私少し疲れたので外へ行ってきてもいいですか?」
 穂叶はおずおずと提案した。幾つかのラフデザインも見たことだし、もう特にすることも無くなったみたいだし。
 窓から見える外は夕暮れとなっていて庭の植物を紅く染めている。ここへ来てから広すぎる庭の散歩すらまだしていない。明日は挙式で明後日にはディランザース城へと帰る予定だ。今のうちに見てみたい。
「ええ、いいわよ。けれど1人では駄目よ?初めての人は広すぎて大抵迷子になっちゃうから。一緒に付いて行ってあげてくれるかしら?」
 お茶の給仕の為傍に控えていた侍女にアンナさんはお願いした。
「分かりました。それでは穂叶様、ご案内いたします」
「・・・お願いします」
 迷子になる程の広い庭って。確かに広いけど。そんなに奥まで行きませんよー?
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