CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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36 接遇

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 秋の夜は気温が低い。暗闇に消えて行ったセオドール達の姿が見えなくなっても穂叶はアプローチに佇んでいた。
 寂しい、怖い、心配な気持ちがごちゃ混ぜになって動けないでいた。そんな穂叶にアンナは寄り添い優しく言った。
「こんな日に1人でいるのは寂しいでしょう?今日は私の私室にいらっしゃい。娘との交友を深めるいい機会だわ。ね?そうしましょう。と言うことで、今晩はあなた1人ということでよろしくお願いします」
 アンナさんは後ろを振り向いてそう言った。
「なに?ワシが1人にされるのか」
 とは、ボードワンさんだ。心なしか寂しがっているように聞こえたのは自分だけだろうか。
「あら、私が居なくて寂しいのでしたから、ブノワと語らってはいかが?仕事が忙しいと言って中々来ない次男のあの子が穂叶さんとの面会の為、久々に家に滞在しているのですから」
「む。・・・そうだな。そうするか。ブノワ、いいか?」
「いいかって聞いておきながら、どうせ私に拒否権は無いでしょう。いいですよ、一晩ぐらい付き合います」
 レナートさんと少し似た風貌で、少し柔らかな印象を受けるブノワさんは、やれやれといった表情で妻のエーヴリルさんの肩をポンと叩いていた。それに対してエーヴリルさんも心得た様子で頷いていた。目と目で会話をしている。凄い。
「ブノワ、大変でしょうけどお父さんの面倒を一晩宜しくね」
 ええーっと。お義母さん、物凄くいい笑顔されてますが、お義父さんの相手一晩するのはそんなに面倒なんでしょうか。気になる。
「仕方ありません、たまには母親孝行も悪くありません。というわけで父上、行きましょうか。書斎ですか?それとも違う部屋ですか?」
 お義兄さんもなんだか嫌々引き受けている様に私には見えるんですけど・・・。
「おい、なんでワシの面倒見ることが母親孝行になるんだ」
 穂叶はおかしな親子のやり取りを呆気にとられ眺めていた。ボードワンさんのがっしりとした見た目と容姿から漂っていた威厳が型なしとなっているのを見て、ちょっとショックを受けた。
「さ、行きましょう?」
 上機嫌なアンナさんに手を引かれ、穂叶は促されるがままに歩き出した。
 思いっきり不愉快そうな旦那さんを見捨ててますけど。
 いいのかなー?後ろ髪を引かれる思いを感じつつ歩き続けた。
「ふふっ、驚いた?普段の私たちはあんな感じなのよ?だから穂叶さんももっと気楽に話してくれると嬉しいわ」
「ええーっと、はい。そうですね、私に出来るかどうか分かりませんが・・・頑張ります」
 アンナさんの問いに微妙な返事しか返せなかった。



 穂叶が招かれたアンナさんの私室には何故かセオドールの母シェリーさん、長男嫁のヴィルジニアさん、次男嫁のエーヴリルさんまでもが勢ぞろいした。見事に年齢はバラバラな(正確な年齢は秘密)女子会開催された。(子供たちは長男のカルヴィンさんが一手に引き受けたらしい)

 アンナさんの私室は穂叶が使っている部屋の三倍もの広さがあって、女5人でも余裕の広さだった。
 一度穂叶は部屋へ戻って自分の荷物を持ってきた。メイドさんみたいな恰好では落ち着かないからだ。元の世界から持ってきたパーカーにジーンズというラフな部屋着で寛いだ。
 女子会の話の中心となったのは勿論穂叶の事だった。
 家族の事、ハーブカフェの仕事の事、パジャマや下着などの服装の事。
 1人暮らしをしていたことに驚かれ、ハーブを使った仕事に興味を持たれ、今はブラッドリー家の畑に植えてあると伝えるとアンナさん、ヴィルジニアさん、エーヴリルさん達がハーブの効能を聞き是非飲んでみたいと力説した。
 どの世界でも、美容と健康は女性の重要事項ということが判明した瞬間だった。アンナさんは必要ないほど若々しいと思うけどね。

「穂叶さんが、お菓子作りがとても上手なのはカフェのお仕事をしていたからなのね」
「専門職ではないんですけど、あの程度なら作れます。時間と材料さえあればもって色んなものが作れるんですけど。あ、アンナさん。今日はお菓子やパンをいっぱい作ったから、どれだけのお金を使ったのかわかりませんけど、沢山の材料を使ってしまって御免なさい」
 元の世界ではそんなに高くない材料ばかりを使ったのだけれど、こちらでの相場が分からない。とんでもなく高価なものだったかも知れないと今頃になってようやく気が付いた。もっと早くに言わなくてはならなかったのに。
「穂叶さんがそんなこと気にすることは無いわ。確かに普段使う数倍もの材料は消費したけれど、それ以上に新たなレシピの獲得はシルヴィオ家として得難いものですから。後から余裕でおつりが来ます。それこそ新たな事業として店が開ける程として」
 新たな事業という言葉に驚いた。
「えっ、店まで開けるんですか!?」
 だってパンとお菓子を数種類しか作ってませんよ?
「ええ、それほどの事を穂叶さんには教えてもらいました。だからこちらが逆にお礼を言わなくてはいけません。有難う、穂叶さん」
「そんな、礼を言われるほどのことをしたつもりはありませんから」
 恐縮しちゃう。

 服装についても同じく3人に質問されまくった。ええ、されまくりました。疲れました。
 明日は私の結婚式のドレスの試着があるらしいのだが(初耳ですよ!アンナさん!プレタポルテと言って既製品のウエディングドレスらしいです)、試着が終わってからデザイナーの人も交えて新たなデザインを提案したいから、私の他に持っている服を貸して貰えないかと相談された。
 ヴィルジニアさんは、バッグに入っていた私の普段着を見て何かしらのインスピレーションを感じたらしい。そんな大した服は持ってきてないんだけど。役立ちそうなら良かったです。お貸しします。
 他にも見せてと言うので服を見せたけど、ついでだからと言って下の方に入れて隠してあった下着を広げるとは思いませんでしたよ!
「きゃーっっっ、止めてーっっっっ、見ちゃ駄目ですーっっっ!」
 洗濯してあったとはいえ、下着を広げないで欲しい。
 皆さんの方が断然プロポーションはいいんですから、こんな小さいサイズのものを見なくたって!
 泣きを入れる私。
 ブラのサイズは大きかろうが、小さかろうが関係ない。製法が気になるからと言って手に取ってガン見され、羞恥で死にそうです。
「駄目です~、恥ずかしいから止めてください~。お願いです~」
 大きなお胸をお持ちの皆さん位ならまだマシだろうけど、私の場合小さいってことを知られるの恥ずかしいんですってば。
「大きいからこそ垂れが怖いのよ。しっかり寄せて形のいい胸が出来るなんて素晴らしいわ。是非この製法を知りたいのっ」
 アンナさんにそう力いっぱい力説されては何も言えませんでした…。
 ううっ。でも、ショーツまでは見せませんから!
 私は必死になって死守した。ええ、しましたとも!

 そして最後に、魔法の力の事。
「穂叶さんの世界では聖獣が居ない代わりに電気というものが発達していたのね?」
 集まった皆さんには私が5つも属性を持っている事よりも、魔法がない世界から来たいうことに驚かれた。アンナさんはすごく興味が惹かれたみたいだ。
「そうです。電気で色んな事が出来るんですけど、使える人が限られているという訳じゃなくて誰でも簡単に使えるんです」
 電気の作り方までは説明出来ない代わりに、幾つかの電化製品などの使い方を説明した。
「火や冷却までもが、スイッチ一つで誰にでも使えるというのは凄いわ。それに遠くの人と一瞬で連絡出来る世界なんて想像も出来ないわ。ましてやその飛行機という乗り物に乗って空を飛んで移動できるなんて」
 電子レンジ、冷蔵庫、電話の事などを話した。
「これは携帯電話と言って、今は充電が無くなったので使えない状態ですけど、電気さえあれば姉と連絡が取れると思うんです。実際にこちらの世界に来て一度だけですけど使えましたから」
 穂叶は掌に乗せた薄っぺらい金属の塊を皆に見せた。電池残量ゼロの携帯だ。
 セオドールからはレナートさんが聖獣で記録映像を撮れることを聞いたから何とかしてその使い方を会得したいと思っている。それを手掛かりに携帯を使えるようにしたいのだけれど、まだ自分に出来る魔法は未熟で道のりは果てしない。
 でも、絶対に諦めないもんね!

 そんな感じで女子会は明け方近くまで続き、セオドール達が無事に帰ってきたとの帰還の知らせを聞いて終了した。もう既に自室に戻っていると聞いて、直ぐにアンナさんの部屋を辞した。
「お帰りなさいっ」
 穂叶は知らせを聞いてアンナさんの私室から自分の部屋へと戻ると、セオドールに勢いよく抱き付いた。
「ただいま。約束は守りましたよ」
 夜警から戻って来たセオドールにどこも怪我をしていないかを自分の目で確認してからようやく一緒に眠り付くことが出来た。
 一日の疲れと、無事に帰って来たことに安心した穂叶はベッドに入ってから眠りに落ちるまでの時間は早かった。
 セオドールは腕に温かかな体を抱き寄せながら、今日もマートルを傍に置き、眠りについたのだった。


 穂叶が目覚めたのは、かなり遅かった。朝食というか、昼食と呼んで差し支えない時間帯だった。申し訳ないなぁと反省しつつセオドールと共に食堂へと向かった。
「お早うございます、セオドール様、穂叶様」
 2人を迎えたのは侍従長のヨーゼフさんだった。今日も背筋がぴしりとしていて燕尾服がとても似合っていた。穂叶はやっぱり渋くて素敵、と思った。
「お早うございます」
 セオドールと共にヨーゼフさんに挨拶を返すと、その場にいた使用人達数人からも挨拶と丁寧な礼を言われた。
「昨夜は大変珍しいお菓子やパンまで私たちの為に作って頂き有難うございました。この場にいない者たちに代わりお礼を申し上げます」
 目の前で深々とお辞儀をされてしまい、穂叶は焦った。
「えっ、そこまでされるようなこと、私してないですからっ。あの、お願いです、顔を上げてください~っ」
 畏まらないで欲しいです。
「とんでもない。初めて食べたプリンとシュークリーム。余りの美味しさにこの上ない感銘を受けました」
 穂叶は居た堪れなさに慌てふためいた。
「簡単なものしか作っていないんですから~。ヨーゼフさん、私にはもっと普通に会話してください。一般人なんです。丁寧に話さなくていいですから。お願いします~」
 祖父と呼べるほどの年配の人に低姿勢で話されるのはどうにも気が引ける。
「ですが、穂叶様はこのシルヴィオ家の一員となられた方。そういう訳にはいきません」
「もっと普通にして欲しいんです~」
 穂叶から泣きが入り、他にお客様が居られない時ならとしぶしぶヨーゼフさんが折れてくれた。
「良かった。有難うございます。お礼に今度はヨーゼフさんの為にお菓子作りますね」
「穂叶、それはお礼といわないと思うんだけど」
 隣にいたセオドールから、冷静な突っ込みが入った。
「そう、かな?」
 そんなに変かな?と首を傾げた。

 ヨーゼフは二人のやり取りを微笑ましく見守っていた。
 いきなり現れシルヴィオ家に迎え入れることになった不審人物にも関わらず、こうしてあっさりと受け入れられることが出来たのは、主人のボードワン様の穂叶様に対する態度が一番大きいというのはもちろんなのだが。
 穂叶様自身が使用人達に何かをしてもらった時は必ず笑顔で礼を言ってくれたこと、自分たちの為に態々お菓子を用意してくれたことがある。その他にも厨房のトップであるダンの評価のおかげも勿論ある。
 異世界から来たとか、魔法が五種類使えることが理由ではない。そのことはシルヴィオ家の身内だけが知っている事で、自分以外の使用人達にはまだ発表されていない。
 この短時間でここまでの優遇扱いを受けているのは、穂叶様自身の人柄が皆に受け入れられた事に他ならない。
 ヨーゼフは、穂叶様をシルヴィオ家に新たに迎え入れられたことを、誇らしく思った。
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