CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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29 仕掛

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 甘くて柔らかい感触はセオドールの理性を蕩けさせ、結果ずいぶん長いキスとなった。
 セオドールはキスの余韻に酔いながら相手の細い体を抱きしめた。肩口に目を閉じたまま顔を埋めると、溜め息の後つぶやいた。
「・・・自分でいうのもなんですけど、そんなに無防備にされると歯止めが利かなくなりそうで困るんですけど・・・」
 自分から仕掛けておきながらなんて言いぐさとも思ったが、思ったことが正直に口から出てしまった。
 顔を埋めている首筋からは風呂に入った後のいい香りがして、尚の事くらくらと頭が逆上せそうになった。穂叶さんと出会う前は女性に近寄ることさえも苦手としていたはずなのに、どうしてなのだろうか。姿を見れば抱きしめたいと思うし、笑顔を見ればひとり占めしたいと思う。
「えっ?ええっ!?」
 ぎゅっと抱きしめられたまま、状況を分かっていないのか無防備で抵抗が全くない。注意をしたというのに。
 このまま俺の思うがままに抱いてしまっても・・・。
 あと数日待てば婚姻を結べるというのに、目の前には私を食べてと言わんばかりに差し出されている風にしか思えないシチュエーション。
(いや、違う!これは、彼女からの誘いじゃない!アンナ婦人が勘違いしてたまたま同じ部屋にされただけ!据え膳なんかじゃない。襲うな、俺!)
 ともすれば自分の手が不埒にも相手の柔らかそうな部位に延ばしそうになるのを懸命に押しとどめるために、思考を明日からの仕事の事で埋めるよう必死で努力した。

 ここ、シシリアームへ何のために来たのか。任務のためだ。
 明日は、8時に集合。遅刻は許されない。
 そのためにも早く風呂に入って休まなくては―――

 ぐっと腕に力を込め無理やり体を起こし物理的に距離を取った。体が離れたことにより感じていた互いの体温がなくなった。ふと、物寂しく感じそうになったのを叱咤してなんとかベッドの端に腰かけた。なんとか本能をぶつけてしまいそうになった相手に背を向けることに成功した。片手で顔を覆い、視覚までも遮断した。
 必死に戦った甲斐あってそれ以上手を出すことはどうにか踏み留まることが出来た。溶けていた理性は元に戻りつつあった。
「俺は風呂に入ってきますから、穂叶さんは寝てください」
 顔を合わしてしまうと元の木阿弥となるのは分かり切っていたから、前を向いたまま直ぐに立ち上がろうとしたが、シャツの裾がピンと引かれた。なんだ?と思って振り返ると、起き上がった穂叶さんが裾を手で掴んで引き留めていた。
「・・・セオドールさんの方がずるいです」
 俯いている為表情までは見えなかったが、声は小さく震えが混じっていて、耳が赤くなっているのが見えた。
「・・・私が無防備なのが悪いんじゃないです。絶対セオドールさんの方が悪いです。さっきだってあんなことしてくるし、今だって―――キス・・・してきたのセオドールさんの方からじゃないですか・・・」
 さっきというのは夕食前にこの部屋の扉の前での後ろから抱きしめた事についてだろう。
 俯いていた顔を上げ、きっ!と睨まれた。
 恨めしい気持ちを込めてにらんだつもりなのかもしれないが、俺の側からしてみると、下から上目使いで見上げる黒い瞳は大きく潤んで艶っぽく、上気した頬と怒って尖らせている唇はもう一度キスが欲しいと強請られているようにしか見えない。
 しかも、裾を引かれているこの場所はベッドの上。上半身を起こして座っているので、俺は高い位置から覗き込むような形になってしまっているのが分かっているんだろうか。寝間着の合わせ目からの柔らかそうな双丘上部がまたもや見えてしまい、張り付く視線を剥がすのに全理性を総動員するのにかなりの苦労を強いられる羽目になった。

 言われてみると、確かに全部俺から仕掛けている。仕掛けてはいるのだが―――
「俺から言わせてもらえれば、穂叶さんに誘われているからですとしか言いようがありませんよ」
 挙式まで待った方がいいと理性では分かっているのに、俺の姿が見えなくなるのを寂しがって置いていかないでと言われているみたいだ。
「誘っ・・・!?いつ!?私、そんなことしてないですからっ」
「だから、そういう姿も、ですよ」
 更に赤くなって必死に肯定する姿もセオドールにしてみれば、一つの誘惑にしか見えない。
「ええええっ、どこがですか!?」
 そういう姿も、と言われたからだろう。自分の着ている寝間着が誘うと言われているのかと気にし始めた。腰を捻らせてパジャマをあちこち点検し始める様子にも、目を奪われる。
 ああ、くそっ。そんなあどけない動きも十分俺の気を誘うってことにそろそろ気が付いて欲しい!
「だって、これ普通のパジャマですよ?もこもこしてるだけで、アンナさんが用意してくれたようなお色気満載なキャミソールとかじゃないですよ?」
 後で聞いたことだが、パジャマと呼んでいる寝間着きは、こちらの世界に来る前に以前自分で購入したものらしい。パイル地で白色に水玉模様のパジャマはもこもこ感が気に入ったからとか。冬用なので肌の露出は少ない。けれど、穂叶さんは俺が誘われると感じる理由が寝間着だと信じて疑っていないようだ。全く分からないらしい。
「別に今着ている寝間着が理由じゃないですよ。穂叶さんそのものが、理由です」
 解かれた髪や、首筋、肩や腰に掛けての曲線、手首の細さ、肌の色や質感、匂い。数えればきりがないほど沢山のものが自分の事を引き付けてやまないのだ。
「ええっ?余計に分からないんですけど。顔だって美人じゃないし、胸もそんなにないのに・・・」
 私?私のどこが?と言って、今度は自分の顔をぺたぺた手で確認している。その姿も可愛らしいと感じる自分はどこかおかしいのだろうか?
 抱きしめてしまいたいと感じている心情を抑え付け、少し前に言われたことで気になったことを聞いた。
「それより、何か気になることを言いませんでしたか?用意してくれたお色気満載とかなんとか」
「あ」
 明らかにしまったと言った表情で、穂叶さんは口を手で隠した。目が泳ぎ、言いにくそうにしていたが、俺の粘り勝ちでようやく説明してくれた。
 部屋に設置されているチェストに用意されている着替えの中に、穂叶さん用にとお色気満載なものがあったということらしい。
 お色気満載と聞いて見て見たいと思ったのは事実だが、穂叶さんから直ぐに『見たら駄目ですからね』と素早く釘を刺されたので大人しく諦めた。
 ・・・婚姻が済んだ後に期待してもいいのだろうか。
 そんな邪なことを頭の隅に考えながらも、自己都合でこれ以上襲わない為にとマートルを呼び出した。
「マートル、暫く穂叶さんの傍に居るように」
 嬉しい命令にマートルはベッドに飛び乗り穂叶さんに尻尾を振った。
 そこでようやく精神的な疲れを感じながら風呂へとむかったのだった。

 風呂から戻ってくるとマートルを抱き枕にしながら微かに幸せそうな笑みを浮かべ寝ている穂叶さんの姿があった。すぅすぅと寝息が聞こえる。穏やかな寝姿にセオドールは安堵した。
 揺らさない様広すぎるベッドに川の字で眠りについた。風呂に入ったのに疲れが取れたような、積み上げただけのような長い一日がようやく終わろうとしていた。
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