だって、コンプレックスなんですっ!

清杉悠樹

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知らぬは私ばかりなり

1 年末です。

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「今年も一年お疲れさまでしたー!」
「お疲れ様でしたー!」

 乾杯の挨拶と共に、あちこちでガチンと重たそうなグラスのぶつかり合う音が続いた。中には勢いが付きすぎ早くもテーブルに零したのか慌てている姿も見えた。

 テーブルだけでなくズボンまで濡れたのか、見たことのある気がする他の部署の男の人が急いで立ち上がって被害を最小限に食い止めている。

 あらら。

 野間知夏(のまちか)は離れた場所からその様子を見て、内心大変そうだなぁと呟いた。

 年末も近くなり、気が付けばカレンダーも残す日付は二週間程となった。今日は株式会社西島の忘年会が開催されている。
 食器や小物を売る会社で、知夏が所属する企画部と、同じ階にあるということで通販部門と、経理部の合同での忘年会である。参加人数は20人程。人数が多いので広い部屋を貸し切っている。若い年齢に属す知夏はちんまりと大人しく端っこに座っている。

 乾杯を近くの人と済ませ、知夏は手にしているコップの中身を少しだけ口に含んだ。梅酒の中の氷はカラリと音を立てた。
 冷たい液体が喉を通っていく。数秒後にはお腹の中がふわっと感じるような感覚がした。

 んー、これならいけそう?かも?

 両手で持っているグラスを一度目の高さまで持ち上げた後、先ほどよりは確実に多く口に含んだ。爽やかな梅とアルコールの香りがした。
 実はアルコールを飲んだのは今日が初めてだったりする。ようやく二十歳を超えたのだ。だから、せっかくの忘年会だし、アルコールを飲んでみたいと思って軽めの梅酒に決めた。

「野間さん、飲んでばかりだと後が辛くなるから最初は料理を食べてからの方がいいわよ」
 そう隣から声をかけてくれたのは、同じ部署に所属する木槌環菜(きづちかんな)さん。
 彼女は今年の夏、上司である木槌課長と結婚をし、通販部門から異動してきたばかり。旧姓は三田(みた)で、同じ会社で働く夫婦であることから職場ではほとんどの人が旧姓で呼んでいる。因みに私は名前で環菜さんと呼ばせてもらっている。
 企画部では二人しかいない同性であり、知夏より三歳年上で、企画部に配属されたばかりだがとても頼りがいある人だ。
「はーい」
 知夏は素直にグラスを置くと、目の前にある料理に箸を伸ばした。和食中心で、鍋も用意されている中から知夏が選んだのは刺身四種盛り合わせの一品。
 マグロ、タコ、イカ、ブリが艶やかな色をしている。わさびをつけて味わった。
「美味しーい」
 新鮮でプリプリしている。特にイカが柔らかくて甘い。もう少し食べたいと思うくらいには美味しかった。

「そのお刺身、美味しいよねぇ。特にイカが美味しかった。あ、次のお勧めはね、天ぷら!レンコンはシャキシャキで、牡蠣はとろりとしてて美味しいよ。絶対に熱々のうちに食べるのがお勧め」
 お刺身の盛り合わせを食べ終えると、環菜さんがにこにことお勧めを教えてくれた。
 折角なので熱々の牡蠣を食べようと思い箸で一つ摘み上げ、ふと隣の環菜さんの前を見ると、かなりの数のお皿が空いているのが見えた。

「環菜さん、食べるの早っ!」
 始まってまだ数分しか経っていないというのに、半分程の料理が消えている。料理上手で、食べるのも大好きなのは知っていたけれど、予想以上に早食いでもあったらしい。
「うーん。美味しくって、つい。こういう楽しい場だと食べ過ぎちゃうんだよねぇ。気を付けないと胃もたれしちゃうかも」
 そういいながら、少し食べるペースを落とした環菜さんは、大食いだというが背が高く、すらっとしている。食べても余り太らない体質らしい。

 ―――いいなぁ。

 ちんまりとした身長で、甘いものが大好きな知夏は気を抜くとすぐに体重増加に繋がる。美味しいものを次々と食べても太らない環菜さんの体質が本気で羨ましい。

 そう思いながら、ぱくりと牡蠣を頬張った。
「美味しいっ」
 環菜さんが言ったように牡蠣はとろりとしていて、じゅわーと濃厚な味が口いっぱいに広がった。
「でしょ?」
「はいっ」
 堪らずもう一つの牡蠣も口の中へと消え、次はレンコンへと手が伸びていた。
 気が付けば、随分の料理を食べていたらしい。グラスの中身もいつの間に飲んだのか半分以上減っていた。

 あっれー?いつの間に。
 料理が美味しすぎのがいけない。明日は節制しないと・・・。

「野間さん、一緒に上司の所にいかない?」

 お腹も満足しつつあるところで、知夏はそろそろ上司にお酒を注ぎに行かなくちゃと考えたところに、環菜さんも同じことを思ったようだ。片手にビール瓶を持って誘ってくれた。
 嬉しいっ。

「行きます。ご一緒させてください」
 一人で行くのは心細いので、知夏はすかさず返事をした。
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