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スピンオフ・高須の場合
「だから、嫁希望ですってば」2
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ロッカーで着替えていても、廊下を歩いていても陰でこそこそ話しているのは十中八九今朝の私の醜態についてだろう。
ああもう、イライラするわね。
そんなに気になるなら面と向かって直接言いなさいよと詰め寄って言ってしまいたい衝動に駆られた。
そんなことをすれば即刻身の振り方を考えなくてはならなくなるのは必至だろう。こう時にはアルコールで発散させるべきと頭を切り替えた。取り敢えず他人には分からないよう注意深く深呼吸をして気持ちを宥めた。
普段より足音が早く響かせている中、エントランスから出たところで後ろから私の名を呼ぶ声が聞こえた。その声には聞き覚えがあったので聞こえないふりをしようとも一瞬考えたがゆっくりと足を止めて後ろを振り向いた。
そこには予想通り後輩の木田直登(きだなおと)の姿があった。
木田は三年前に入って来た社員で、当時この新人教育を受け持ったのは私だ。現在も同じ経理部に所属している。
「お待たせしました。行きましょう」
「えっ、ちょっ、ちょっと何!?」
約束なんてしてないわよ!?しかも普段は見た目から誰からも草食男子認定されていて、おっとりがデフォな木田君なのにこの強引さは一体何事なの!?
駆ける様にしてやってきた木田は何をそんなに急いでいるのか、立ち止まっている私の腕を許可も取らずに掴むと強引にエントランスから連れ出されてしまった。
外へ出るとまとわりつくような熱が体に感じられ、今日も一日が暑かったことを示していた。空は仄かに明るさを残しており、街頭には明かりが灯っておらず、いつもと同じ道を通っている筈なのに何故か違う世界に居るかのような錯覚を覚えた。向かっている方向はいつも利用している駅へと向かっているようだった。
手を掴まれたまま歩くのは歩きづらいことこの上ない。しかもどうしてこんな行動に出たのか分からない相手に治まっていたイライラが再燃しそうだった。
「木田君。歩きづらいし、早く離して欲しいんだけど。で、掴んだ理由をまず言ってから歩いてくれないかしら?そうしないと木田君相手に八つ当たりしそうなんだけど」
普段なら年下相手に絶対に言わないだろう言葉を投げつけていた。自分でも思ったが、今の台詞がまさしく八つ当たりだろうと思ったけれど、私の意思確認もされないままに歩かされているので別に構わないだろう。
無駄に背が高すぎる彼と私の足の長さを少しは考えて欲しい。四捨五入すると150cmに分類される私とは明らかに歩幅が違う。しかも私はパンプスだ。
私の文句に歩く速度はがくんと落ちたが、手は離されないままだった。
私は斜め上から見下ろす年下男子に無言で離すよう睨み訴え続けてようやく腕を自由にしてくれた。
「あー・・・済みません。理由はですね、俺と一緒に飲みに行ってくれませんか?奢りますから」
「飲みに?それって経理部の誰かに押し付けられて偵察っていう名目かしら?」
立ち止まったまま腕を組んでる私は、他から見たら部下を叱っているように見えるかしらと思わないでもない。機嫌が悪いから目つきも悪くなってる自覚ぐらいある。
彼がいくらお人よしだからって木田君一人にウチの課は何でも押し付け過ぎよ。明日、どうしてやろうかしら。黒い笑みが浮かびそうだ。
言いつけただろう数人を頭の中でリストアップに上げておく。恐らく課長以下、あの辺りだろうという見当はつく。
・・・その原因を作った本人が言うことじゃないだろうというのは理解してるけどねっ!
こういう可愛くない所も含めてお局って陰で言われてるのはよーく分かってるわよっ。
「とんでもない。誰にもそんなこと押し付けられてませんよ。自分が高須さんと飲みたくて誘っただけです。正直小奇麗な所とは言い難い所ですが、煮つけが上手い所なんですよ」
細い目がさらに細くにっこり笑う木田君が放ったキーワードに、私の組んだままの人差し指がピクリと動いた。
「酒の種類も結構豊富で、地方のあまり知られていない地酒もあったりして結構お勧めなんです」
ぴくぴくっ
「どうですか?一緒に行ってくれませんか?」
・・・・・・。
「今日の出来事知った上での発言よね?なら愚痴を聞き続けるのも分かった上ってことよね?」
元々1人でやけ酒という名の家飲みしようと思っていた所だから、飲むこと自体は別に構わないといえば構わないんだけど。でも誰にも言ったことがないのにどうして私の好みを木田君が知っているのかしら。でも、こういうこともあるか。たまたま好みが同じだったんだろう。
一応上司と部下という間柄、私が一言行こうと言ってしまえば逆らえないのは分かっている。きっと木田君が一方的にストレス蓄積する羽目になるだろう。
渋る様子が少しでも見えたのなら止めておこうと言おうとしたのだが。
「勿論です。高須さんが満足するまでいくらでも聞きますから」
渋るどころか喜々として喜ぶ草食男子・木田直登。なんだかこっちが気を使ったみたいで気が抜けた。
「なら奢られてあげるわ」
「有難うございます」
奢る方が生真面目な顔でお辞儀をしながら礼をいう変な会話に高須は今日初めてくすりと笑うことが出来た。
ああもう、イライラするわね。
そんなに気になるなら面と向かって直接言いなさいよと詰め寄って言ってしまいたい衝動に駆られた。
そんなことをすれば即刻身の振り方を考えなくてはならなくなるのは必至だろう。こう時にはアルコールで発散させるべきと頭を切り替えた。取り敢えず他人には分からないよう注意深く深呼吸をして気持ちを宥めた。
普段より足音が早く響かせている中、エントランスから出たところで後ろから私の名を呼ぶ声が聞こえた。その声には聞き覚えがあったので聞こえないふりをしようとも一瞬考えたがゆっくりと足を止めて後ろを振り向いた。
そこには予想通り後輩の木田直登(きだなおと)の姿があった。
木田は三年前に入って来た社員で、当時この新人教育を受け持ったのは私だ。現在も同じ経理部に所属している。
「お待たせしました。行きましょう」
「えっ、ちょっ、ちょっと何!?」
約束なんてしてないわよ!?しかも普段は見た目から誰からも草食男子認定されていて、おっとりがデフォな木田君なのにこの強引さは一体何事なの!?
駆ける様にしてやってきた木田は何をそんなに急いでいるのか、立ち止まっている私の腕を許可も取らずに掴むと強引にエントランスから連れ出されてしまった。
外へ出るとまとわりつくような熱が体に感じられ、今日も一日が暑かったことを示していた。空は仄かに明るさを残しており、街頭には明かりが灯っておらず、いつもと同じ道を通っている筈なのに何故か違う世界に居るかのような錯覚を覚えた。向かっている方向はいつも利用している駅へと向かっているようだった。
手を掴まれたまま歩くのは歩きづらいことこの上ない。しかもどうしてこんな行動に出たのか分からない相手に治まっていたイライラが再燃しそうだった。
「木田君。歩きづらいし、早く離して欲しいんだけど。で、掴んだ理由をまず言ってから歩いてくれないかしら?そうしないと木田君相手に八つ当たりしそうなんだけど」
普段なら年下相手に絶対に言わないだろう言葉を投げつけていた。自分でも思ったが、今の台詞がまさしく八つ当たりだろうと思ったけれど、私の意思確認もされないままに歩かされているので別に構わないだろう。
無駄に背が高すぎる彼と私の足の長さを少しは考えて欲しい。四捨五入すると150cmに分類される私とは明らかに歩幅が違う。しかも私はパンプスだ。
私の文句に歩く速度はがくんと落ちたが、手は離されないままだった。
私は斜め上から見下ろす年下男子に無言で離すよう睨み訴え続けてようやく腕を自由にしてくれた。
「あー・・・済みません。理由はですね、俺と一緒に飲みに行ってくれませんか?奢りますから」
「飲みに?それって経理部の誰かに押し付けられて偵察っていう名目かしら?」
立ち止まったまま腕を組んでる私は、他から見たら部下を叱っているように見えるかしらと思わないでもない。機嫌が悪いから目つきも悪くなってる自覚ぐらいある。
彼がいくらお人よしだからって木田君一人にウチの課は何でも押し付け過ぎよ。明日、どうしてやろうかしら。黒い笑みが浮かびそうだ。
言いつけただろう数人を頭の中でリストアップに上げておく。恐らく課長以下、あの辺りだろうという見当はつく。
・・・その原因を作った本人が言うことじゃないだろうというのは理解してるけどねっ!
こういう可愛くない所も含めてお局って陰で言われてるのはよーく分かってるわよっ。
「とんでもない。誰にもそんなこと押し付けられてませんよ。自分が高須さんと飲みたくて誘っただけです。正直小奇麗な所とは言い難い所ですが、煮つけが上手い所なんですよ」
細い目がさらに細くにっこり笑う木田君が放ったキーワードに、私の組んだままの人差し指がピクリと動いた。
「酒の種類も結構豊富で、地方のあまり知られていない地酒もあったりして結構お勧めなんです」
ぴくぴくっ
「どうですか?一緒に行ってくれませんか?」
・・・・・・。
「今日の出来事知った上での発言よね?なら愚痴を聞き続けるのも分かった上ってことよね?」
元々1人でやけ酒という名の家飲みしようと思っていた所だから、飲むこと自体は別に構わないといえば構わないんだけど。でも誰にも言ったことがないのにどうして私の好みを木田君が知っているのかしら。でも、こういうこともあるか。たまたま好みが同じだったんだろう。
一応上司と部下という間柄、私が一言行こうと言ってしまえば逆らえないのは分かっている。きっと木田君が一方的にストレス蓄積する羽目になるだろう。
渋る様子が少しでも見えたのなら止めておこうと言おうとしたのだが。
「勿論です。高須さんが満足するまでいくらでも聞きますから」
渋るどころか喜々として喜ぶ草食男子・木田直登。なんだかこっちが気を使ったみたいで気が抜けた。
「なら奢られてあげるわ」
「有難うございます」
奢る方が生真面目な顔でお辞儀をしながら礼をいう変な会話に高須は今日初めてくすりと笑うことが出来た。
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