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本編

20 もう一度惚れましたが、何か!?

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 午前中は昨日より明らかに減ったちくちく視線攻撃に耐えるより、真摯な告白を思い出しては悶えそうになることの方に神経を使った。同じ部署にいるのだ、締まりないだらしない顔を宗司さんに見られたくなんてない。こういう時こそミスしやすいのだからとめいいっぱい気合をいれて仕事した。
 
 待ちに待ったお昼休憩となり、環菜の希望で以前食べた事のあるパスタの美味しい店へと4人はやってきた。幸い同じ会社の人は居ないようだった。
 奥まったテーブル席へと案内され、窓際から見える景色は良く新緑の街路樹が目に鮮やかだ。
 渡されたメニューを見て皆ぱぱっと注文を決めてしまった。 
 環菜は蟹のクリームパスタとサラダセット(コンソメスープ付き)。宗司はキノコとベーコンの和風バター醤油パスタとサラダセット。椿は明太子パスタにスープ。矢上はアスパラとベーコンのクリームパスタとスープだ。みんなで一つずつ分け合って食べるのにサーモン&チーズロール一を一つ。食後にそれぞれコーヒーと、女性人達は本日のケーキもお願いした。
 料理が運ばれてくる間にする旬な話題と言えば一つしかない。椿は喜々として木槌告白事件を矢上に事細かに説明し始めた。

 説明されている間はなんとも居心地が悪そうにむすっとしながら宗司さんは外ばかりを眺めていた。並んで座っている私は下を向いて照れくささに耐えていた。
 改めて聞かされるとなんと大胆な告白だったのか。今になってどれだけ真剣に私との交際を考えてくれているのかがようやく分かった気がした。

「と言うことが人通りの多い朝の廊下で繰り広げられていたんですよー」
 丁度説明が終わったところでそれぞれ頼んだパスタ、サラダ、スープが運ばれてきた。
「くううっっ、その場を直に見たかった!」
 テーブルの上に握りこぶしでフォークを片手に悔しがっているのは矢上さんだ。お子さんの保育所への送りがある為に、環菜達より遅い時間に出社してくるのが多いので一足違いで見ることが出来なかったのが相当悔しいらしい。
「あれは一見の価値ありでしたよ。環菜も惚れ直したんじゃない?今朝の木槌課長の告白に。ね?」
 ごふっ
 ぶふっ
 椿から話を振られた私と宗司さんはパスタを食べている途中だったので同時に噴出してしまった。
「ごほっ。ちょっと、椿っ、そ、そっそれはっ」

 そうなんだけど!
 ピンチに助けに来てくれた王子様に見えたけど!ええ、もっと好きになったけど!
 本人を目の前にして返事できるかぁ!

 恥ずかしくて私はパスタを食べることで敢えて返事を回避した。
 多分私の顔を見ればどう思ったかなんて一目瞭然なのだろう。椿と矢上さんはにやにや笑ってるし、宗司さんから向けられている目には愛しさが溢れていて私を更に困らせるのに十分だった。

 だから、そんな顔で見つめないで下さいってば!どうしていいのか分からないんだからっ。
 恋愛偏差値が低い私にとってはこういうことさえキャパオーバーだった。

「あー、甘い。極甘ね。折角のパスタが砂糖並みの甘さに感じるわ。あー、もうこの話は止め止め。こっちが受けるダメージの方が大きいわ。さ、気を取り直して奢りのパスタを堪能しなくちゃ」
「そうですねっ、私も同感です」
 矢上さんと椿は私達の繰り出す甘い空気に耐えられないとばかりに、手をぱたぱたさせ空気を追い払いパスタを猛然と食し始めた。私達もそれに倣い冷めないうちにと食べ始め、デザートも残すことなく完食した。宗司さん、ご馳走様でした。

***

 次の日。
 環菜がやってきたのは高校の同級生の彩華の所だ。正確には彩華の旦那さんが経営しているコーヒーショップ兼自宅の店『クレマチス』である。
 教えてもらった住所を携帯ナビを使い歩いて行こうとしていたのだが、何故か宗司さんまでもが付いてきた。
「俺もついでに豆を買おうと思って」
 とかなんとか言っていたが。水曜日は西島がノー残デーを推奨している日なので、課長の宗司も帰ることが出来たらしい。歩いても15分程り距離だったのに、車だとあっという間に着いてしまった。車は裏にある専用駐車場へと停められた。
 環菜は複雑な気分だった。

 いや、一緒に居られる時間が増えるのは嬉しいんだけどね?
 車で来れて楽だったけどね?
 日曜日からこっち、帰宅するのも含めて多くの時間を一緒に過ごしているのってまだ誰かからやっかみを受けたりしないか心配しての事らしいのも分かってるけどね。

 仕事中のちくちく攻撃はまだ完全には無くなっていない。それを宗司さんも感づいているようだ。だから心配してくれているのだろう。確かに昨日の朝みたいな責められ方は怖いと思うし、もう勘弁したい。
 でもそれよりも、こんなにべったりした付き合いをする人だったなんて予想外で戸惑いが大きいのだ。
「私1人でも大丈夫なのに」
 昨日の件以降、同じフロアで働いて居るが違う部署の高須さんは、前にも増してきびきびと仕事に打ち込んでいるみたいだった。
 私が見ているのに気付き目が合ってしまった時は、あんたとはもうかかわりあいたくないのよ、ふんって感じでそっぽ向かれたけど。昨日の宗司さんから出された容赦しない宣言にも怯えることなく仕事に打ち込んでいた。
「そんなに心配しなくても平気。高須さんもあれから何も言ってこないし。ここの店は会社から割と近い場所だから歩きでも来れたのに」
 私1人が宗司さんを丸ごと独占しているけど、いいんだろうか。
「俺がそうしたくてしているだけだ」
「でも・・・」
「まあ環菜が迷惑しているっていうなら、ここで帰るよ」
「ううん、それは無い。一緒に居られて嬉しいもの」
 ふるふると顔を横に振った。やっぱり同じフロアで働いて居るとはいえ、付き合いがバレてしまった手前、社内で言葉を交わすのは憚れるのだ。こうして人目を気にすることなくデートしてるみたいなのは嬉しくてしょうがないのだ。
「---っ!環菜、そんな表情こんなところで晒すな。・・・抑えられなくなるだろうが」
 ぴゃっ!?
 環菜は助手席で飛び上がった。何かが宗司さんのスイッチを押してしまったらしい。
「行きましょう!早く中に入りましょう」
 慌ててドアを開け店に入ることを促したのだった。
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