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本編
13 交渉とは何ですか?
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「ん?でも、その鈍さのままいてくれた方が俺としては助かってるのか?」
などと宗司さんは謎の言葉をつぶやいたかと思うと、食べ終えたトレーを持って立ち上がり返却コーナーへ向かおうとしたみたいだったが、何かを思いついたのか少し屈みこみまだ座っている環菜に命令を下した。
「今日は定時で上がること。で、そのまま俺とデートということで。待ち合わせは一階のロビーで待つこと。以上」
「はい?」
デ、デート?なんで?
そりゃあ私だってデートに誘われれば嬉しいけど。どちらかと聞かれれば行きたくないって訳じゃなくて、行きたいというのが本心だし、すっごく嬉しいんだけど、急にどうしてっていう戸惑いが強い。
斜め上に見上げるといつもの通常モードの課長の顔になっていた。続いて宗司さんは今度は私ではなく、向かいに座った椿の方に向かって話し始めた。
「申し訳ないが、後の事は永井さんにお任せするけど宜しくお願い出来るかな?」
「ええー、私がですか?責任重大じゃないですか。職場に戻るまでは責任を持ちますけど、その後は知りませんよ?ちなみにこのお礼は明日のランチでどうですか?」
「ちゃっかりしてるな。分かった、明日のランチね。店は永井さんの好きなとこでいいから。それじゃあ交渉成立ということで」
椿の遠慮のない物言いに宗司は少しだけ目を細めると口元に弧を描いた。
「はーい、課長のご期待に沿えるよう頑張りまーす」
やったーと小さく喜びながら妙にやる気をだした椿は、明日何処に食べに行こうかなーなどと店の名前を幾つかピックアップしてうきうきし始めた。
環菜はまだ返事をしていないのに、宗司さんは私の頭をくしゃっと混ぜるとそのまま立ち去って行った。
「何?なんなの?急にデートだとか、椿にお任せするってどういうこと?」
椿に問いかけた言葉には自分でも無意識な小さな棘が混じってしまった。宗司さんと椿の話に付いていけない自分が不甲斐ない。
鈍感だとさっきから二人に何度も言われているけど、私が馬鹿だから話が分からないだけなの?それとも椿だからこそ宗司さんの話に付いていけてるの?二人の快調なやり取りを見ていてなんとなく気持ちがもやっとしたのだ。
「本当に環菜は課長の事好きになっちゃったみたいねぇ。私に嫉妬までするぐらいに」
「!?」
そういうところも椿には推理されてバレてるし。恐るべし。
「大丈夫だよ、私の好きな人は今も変わってないから。それにしても経った2日で名前を呼び捨てにするほどの仲に環菜を落とすなんて木槌課長もやるねー。流石出来る男ってカンジ。まあ、前から環菜の事を想ってたのは知ってたから、まぁ全然不思議でもないか」
「前からって、椿は知ってたの!?」
周りに気を使いながら小声で話していたのに、思わずまた周りの人たちの視線を集めるほどの声を出しちゃったよ。
拙い拙い。
またかという非難が込められた視線が痛い。すみません、すみません。
環菜はぺこぺこと頭を下げた。
それにしても椿の観察眼って一体どうなってるの!?私にも少しくらい分けてくれないかなぁ、そうすれば鈍いと連呼されずに人並みになれそうな気がするっ。
「うん、知ってたよ。でも、環菜には彼氏が居たから言わなくてもいいかと思って言ってなかったの。ほら環菜って彼氏が居ると他に余所見しないタイプでしょ?教えてたらきっと変に意識しちゃって仕事に支障出ただろうし。私の他にも気づいてる人は居たけど、環菜には課長のこと全く眼中にないのが分かってたみたいだから陰湿ないじめにも発展しなかったみたいだし」
他にも気づいていた人ってもしかして高須さん、のことかなぁ。
あっ、そういえば高須さんに睨まれてたんだった!まだ睨まれてるのかなぁ。
恐々確かめてみると食べ終えて既にいなくなっていて安堵した。
「どうしたの?」
私の様子が変だと思った椿が不思議そうにのぞき込んできた。ちょこんと首を傾げてる仕草がめちゃくちゃ可愛い。同性の私でさえこうなのだ。
男の人はやっぱりこういう風に小さくて可愛い女の子にきゅんとしちゃうんだろうなぁ。宗司さんも、そうなのかな?私の事を好きになったきっかけは胃袋を掴んだことがきっかけだったみたいだけど。なんか複雑なんですケド。
「うん、・・・実はさっき高須さんに睨まれててね」
「ああ、男だけじゃなく、そっちの問題もあったか」
ちっと舌打ちが聞こえた。
椿さーん、そんな可愛い顔に舌打ちは似合いませんから駄目ですよーう。
「椿、舌打ち、舌打ち。で、男って?」
「気にしない、気にしない。高須さんの事なら環菜はどーんと木槌課長に丸投げして守って貰えばいいよ。きっと喜んで守ってくれると思うから」
丸投げって・・・。
「でも、高須さん相手じゃあ私一人だとちょっと心もとないかな。どうしようかなー。やっぱり矢上先輩がいいかな。うん。矢上先輩も巻き込んじゃおうっと」
・・・椿、機嫌よく笑ってるけど、その笑顔がなんだか黒いんですけど。そう見えるのは私だけでしょうかね?
環菜は若干引いた。
矢上先輩とは環菜や椿と同じく通販部門で課長補佐。確か宗司さんと同い年の女性だ。既婚者で小さな子供も2人いて、頼れるお姉さん的存在だ。
後で私の方から矢上先輩に謝っておかないと。
どっと疲れが増した気がするのは気のせいだろうか。
「プライベートで早くも呼び捨てにする仲なんて。ちょっとびっくり。でも、課長、本当に環菜の事本気みたいだから私も頑張って課長の期待に応えないと」
「課長の期待って何?」
ご飯を食べ終えて食堂を出て環菜は椿と廊下を並んで歩いている。
「そうだなぁ、まずは環菜の首のとこ。一緒に更衣室に行って誤魔化してあげる」
「あっ!」
すっかり忘れてた。そんな大事なことを忘れる私ってどうなの?私ってやっぱり鈍いんだ・・・。と落ち込んだ。
もう一度手で首を押さえてから周りを見回してみたけど、幸い後ろには誰もいなかったので見られる心配はいらなかった。でも、何か対策取らないと!
「どうしよう、こういう時は絆創膏?」
「首を押さえたまま歩くと逆に不自然だよ?手を離しても大丈夫だよ。姿勢を真っすぐしてる分には見えないんだから、前を向いてた方がいいよ。後で、私がコンシーラーとファンデーション塗って隠してあげるから。あ、残り時間も余りないから急ごう」
「ううっ、椿、有難う」
そうか、化粧で誤魔化す手があったか。やっぱり持つべきものは友達だね!
環菜と椿は足早に更衣室へ向かった。
などと宗司さんは謎の言葉をつぶやいたかと思うと、食べ終えたトレーを持って立ち上がり返却コーナーへ向かおうとしたみたいだったが、何かを思いついたのか少し屈みこみまだ座っている環菜に命令を下した。
「今日は定時で上がること。で、そのまま俺とデートということで。待ち合わせは一階のロビーで待つこと。以上」
「はい?」
デ、デート?なんで?
そりゃあ私だってデートに誘われれば嬉しいけど。どちらかと聞かれれば行きたくないって訳じゃなくて、行きたいというのが本心だし、すっごく嬉しいんだけど、急にどうしてっていう戸惑いが強い。
斜め上に見上げるといつもの通常モードの課長の顔になっていた。続いて宗司さんは今度は私ではなく、向かいに座った椿の方に向かって話し始めた。
「申し訳ないが、後の事は永井さんにお任せするけど宜しくお願い出来るかな?」
「ええー、私がですか?責任重大じゃないですか。職場に戻るまでは責任を持ちますけど、その後は知りませんよ?ちなみにこのお礼は明日のランチでどうですか?」
「ちゃっかりしてるな。分かった、明日のランチね。店は永井さんの好きなとこでいいから。それじゃあ交渉成立ということで」
椿の遠慮のない物言いに宗司は少しだけ目を細めると口元に弧を描いた。
「はーい、課長のご期待に沿えるよう頑張りまーす」
やったーと小さく喜びながら妙にやる気をだした椿は、明日何処に食べに行こうかなーなどと店の名前を幾つかピックアップしてうきうきし始めた。
環菜はまだ返事をしていないのに、宗司さんは私の頭をくしゃっと混ぜるとそのまま立ち去って行った。
「何?なんなの?急にデートだとか、椿にお任せするってどういうこと?」
椿に問いかけた言葉には自分でも無意識な小さな棘が混じってしまった。宗司さんと椿の話に付いていけない自分が不甲斐ない。
鈍感だとさっきから二人に何度も言われているけど、私が馬鹿だから話が分からないだけなの?それとも椿だからこそ宗司さんの話に付いていけてるの?二人の快調なやり取りを見ていてなんとなく気持ちがもやっとしたのだ。
「本当に環菜は課長の事好きになっちゃったみたいねぇ。私に嫉妬までするぐらいに」
「!?」
そういうところも椿には推理されてバレてるし。恐るべし。
「大丈夫だよ、私の好きな人は今も変わってないから。それにしても経った2日で名前を呼び捨てにするほどの仲に環菜を落とすなんて木槌課長もやるねー。流石出来る男ってカンジ。まあ、前から環菜の事を想ってたのは知ってたから、まぁ全然不思議でもないか」
「前からって、椿は知ってたの!?」
周りに気を使いながら小声で話していたのに、思わずまた周りの人たちの視線を集めるほどの声を出しちゃったよ。
拙い拙い。
またかという非難が込められた視線が痛い。すみません、すみません。
環菜はぺこぺこと頭を下げた。
それにしても椿の観察眼って一体どうなってるの!?私にも少しくらい分けてくれないかなぁ、そうすれば鈍いと連呼されずに人並みになれそうな気がするっ。
「うん、知ってたよ。でも、環菜には彼氏が居たから言わなくてもいいかと思って言ってなかったの。ほら環菜って彼氏が居ると他に余所見しないタイプでしょ?教えてたらきっと変に意識しちゃって仕事に支障出ただろうし。私の他にも気づいてる人は居たけど、環菜には課長のこと全く眼中にないのが分かってたみたいだから陰湿ないじめにも発展しなかったみたいだし」
他にも気づいていた人ってもしかして高須さん、のことかなぁ。
あっ、そういえば高須さんに睨まれてたんだった!まだ睨まれてるのかなぁ。
恐々確かめてみると食べ終えて既にいなくなっていて安堵した。
「どうしたの?」
私の様子が変だと思った椿が不思議そうにのぞき込んできた。ちょこんと首を傾げてる仕草がめちゃくちゃ可愛い。同性の私でさえこうなのだ。
男の人はやっぱりこういう風に小さくて可愛い女の子にきゅんとしちゃうんだろうなぁ。宗司さんも、そうなのかな?私の事を好きになったきっかけは胃袋を掴んだことがきっかけだったみたいだけど。なんか複雑なんですケド。
「うん、・・・実はさっき高須さんに睨まれててね」
「ああ、男だけじゃなく、そっちの問題もあったか」
ちっと舌打ちが聞こえた。
椿さーん、そんな可愛い顔に舌打ちは似合いませんから駄目ですよーう。
「椿、舌打ち、舌打ち。で、男って?」
「気にしない、気にしない。高須さんの事なら環菜はどーんと木槌課長に丸投げして守って貰えばいいよ。きっと喜んで守ってくれると思うから」
丸投げって・・・。
「でも、高須さん相手じゃあ私一人だとちょっと心もとないかな。どうしようかなー。やっぱり矢上先輩がいいかな。うん。矢上先輩も巻き込んじゃおうっと」
・・・椿、機嫌よく笑ってるけど、その笑顔がなんだか黒いんですけど。そう見えるのは私だけでしょうかね?
環菜は若干引いた。
矢上先輩とは環菜や椿と同じく通販部門で課長補佐。確か宗司さんと同い年の女性だ。既婚者で小さな子供も2人いて、頼れるお姉さん的存在だ。
後で私の方から矢上先輩に謝っておかないと。
どっと疲れが増した気がするのは気のせいだろうか。
「プライベートで早くも呼び捨てにする仲なんて。ちょっとびっくり。でも、課長、本当に環菜の事本気みたいだから私も頑張って課長の期待に応えないと」
「課長の期待って何?」
ご飯を食べ終えて食堂を出て環菜は椿と廊下を並んで歩いている。
「そうだなぁ、まずは環菜の首のとこ。一緒に更衣室に行って誤魔化してあげる」
「あっ!」
すっかり忘れてた。そんな大事なことを忘れる私ってどうなの?私ってやっぱり鈍いんだ・・・。と落ち込んだ。
もう一度手で首を押さえてから周りを見回してみたけど、幸い後ろには誰もいなかったので見られる心配はいらなかった。でも、何か対策取らないと!
「どうしよう、こういう時は絆創膏?」
「首を押さえたまま歩くと逆に不自然だよ?手を離しても大丈夫だよ。姿勢を真っすぐしてる分には見えないんだから、前を向いてた方がいいよ。後で、私がコンシーラーとファンデーション塗って隠してあげるから。あ、残り時間も余りないから急ごう」
「ううっ、椿、有難う」
そうか、化粧で誤魔化す手があったか。やっぱり持つべきものは友達だね!
環菜と椿は足早に更衣室へ向かった。
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