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本編

7 勝手に入ってこないでくださいっ

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 来客用の駐車スペースに長時間停めておくのも迷惑だろうというのも確かにあったが、車の移動なんて只の言い訳だ。他に行きたいところが有ったから適当に理由を付けただけ。
 木槌は車に乗り込むと、携帯で近くのコインパーキング、コンビニ、薬局を検索した。すると運よく車で二分ほどの近場にあるのを見つけた。
 一番近くのコンビニで目的の物だけを購入した後は、すぐ傍のコインパーキングへと車を停め、足早に環菜のアパートへと戻っていった。

 借りた鍵を使いドアを開けて部屋の中へと入った木槌は、環菜がキッチン、寝室も兼ねているリビングのどちらにも姿が見えないのに気が付いた。
(まだ風呂に入ってるのか)
 耳を澄ませば微かに水音が聞こえた。木槌は部屋の鍵とレジ袋を食事をしていたローテブルに置くと、水音が聞こえている風呂場と思われるドアに向かった。
(猶予はちゃんと与えたからな。行動に移させてもらう)
 カチャリと音を立てノブを回すと、まだ中に環菜がいるのを分かった上で木槌は洗面室へと入っていった。



 環菜はシャワーを浴び髪に付いた泡を流していた。
 木槌課長が言ったことは、本気、なんだろうか。『責任は後でちゃんと取るから―――抱きたい』だなんて。
「ふう」
 高揚している気持ちを落ち着かせようとして思わずため息が出てしまった。期待してしまっている自分をはっきりと自覚している。
 泡を流し終え、シャワー水栓を止めた。鏡を見ると、短い髪は濡れて、不安そうな顔をしている自分が映っている。両腕で自分の貧弱な体を抱きしめて目を閉じた。
(ほんとに私でいいんだろうか?)
 社内で課長に憧れている女性が多いことは知っている。トイレで噂さしているのを聞いたこともあるし、ランチタイムで隣で話しているのが聞こえてしまったこともある。勿論、課長が魅力的だから好意的なものばかりの内容だった。
 むー、としかめっ面で悩んだところで、この状態を手放したくないのだからしょうがない。明日からの事は後で考えるしかない。今は取り敢えず、早めにシャワーを終えることが優先だ。閉じていた目を開けて、もう一度鏡に映った自分の姿をじっとみる。
 なるようになれ、だ。

 カチャリ。
「え?」
 ドアを開ける音が聞こえたので、環菜は閉じていた目を慌てて開けた。自分が思っていたより早くも課長が帰ってきたのだと思った。しかし、それにしてはやけにはっきりと音が近くから聞こえた気がした。
 ふと環菜は浴室のドアの方を見ると擦りガラスの向こう側に背の高い人の姿が見えて、ぎょっとした。
「かっ、かかか、かちょー!?」
 あまりにも驚いてしまって尋ねた声は裏返ってしまった。
「ああ」
 平然と返され聞こえた声はやっぱり課長だった。
 鍵も貸したし、扉の向こうに見える人は課長以外にないだろうとは思った。思ったけれど、どうして、何故そこにいるっ!?と言いたい。
 確かに車の移動をしてくるとは言っていたが、こんなに早いとは思わなかった。しかも、戻ってきて私が入浴中なのは分かってるだろうにどうしてここへ入ってくるかなぁ!
 動揺しまくって環菜はどうすればいいのか分からず鏡の前であわあわしていた。
「入るぞ」
 ガラスの向こうから無情にも思える低い声でとんでもないことを告げられた。
「えええええーっっっ」
 思わず叫んでしまったその声は浴室内だった為に良く響いた。

 嫌―っっっっっっ、嘘―っっっっっ、どうしようっ、どうしようっ。裸だよ!私、全裸だよー!

 涙を浮かべながらもドアの向こうには課長が居るので、出るに出られず浴室内でうろうろするしか出来ない環菜は、取り敢えず持ち込んでいたフェイスタオルを思い出し手に取り体の前で広げた。
 丁度その時ガラリと音を立て引き戸は無情にも向こうから開けられた。

 きゃーっっ、ほんとに入ってくるしーっっっ!

「環菜はシャワー終わった?それじゃあ、俺の分のタオル貸してもらえないか?」
 相手も環菜同様全裸で入ってきた。しかも堂々と。勿論浴室の明かりはついている。思わず環菜はあらぬところを目にしてしまい急いで目線を逸らした。
 一瞬しか見なかったはずなのに、焼き付いてしまった姿は壁を見ているはずなのに何故か幻影となって映し出されて目の前に居るみたいに投影されて見える始末。
 しっかりと引き締まった筋肉と腰のライン、そしてさらにその下の・・・まで。環菜はかあーっと顔が熱くなった。ばくばくと激しい鼓動は息苦しさを感じる程だった。

「直ぐに上がるから」
 取り敢えず見られたくない所だけはタオルで隠してかちこちに固まっている環菜の赤く色づいた耳元で木槌は囁いた。
「ひいっ」
 艶っぽい低温で囁かれた環菜は飛び上がると、そのまま開いていたドアから洗面室へ慌てて逃げた。後ろ手にドアはパタンと大きな音を立てて忘れずに閉めた。
 環菜はバスマットの上でへなへなと座り込んだ。
(心臓が壊れそう・・・!)
 予想外の出来事についていけなくて、力が入らない。このまま現実逃避したかったが、閉めたドアの向こうから水音が聞こえてきて、脱衣籠に用意していたバスタオルが欲しくて立ち上がると体に巻き付け、髪も拭かないまま予備のバスタオルを取りに洗面室を出た。

 環菜は持ってきたバスタオルを脱衣籠の縁に掛け、中にある自分が着ようと用意していたルームウエアにしている白とグレーのボーダー柄のTシャツと、七分丈のグレーのワイドパンツを手に取ろうとした瞬間、閉まっていた浴室のドアは勢いよく開けられた。

(早すぎっ、まだ一分も時間たってないのにっ)
 籠に手を伸ばしたままの状態でびきっと環菜は固まってしまった。

「タオル、取ってもらえるか?」
 そう言われてバスタオルを取るとぎこちない動きだったがなんとか手渡すことは出来た。
 しかしまたもや課長の裸体を直視してしまう羽目に環菜は陥った。
「うっ」
 均整がとれた全身からシャワーを浴びた後の水滴がマットへとしたたり落ちていった。
「有難う」
 木槌は平然とタオルを受け取り、ざっと体の水気をふき取ったと思ったら腰にそのタオルを巻き、身動きできずにいる環菜の腰を引き寄せたかと思うと、そのまま寝室へと向かった。

「えっと、あの、私、髪まだ濡れてるしっ」
「そのままでいい。もう待てない」
 往生際悪く、せめて身だしなみをきちんとしたいと思ったのに、聞いてもらえない。
 環菜は一度ベッドの縁に座らされると、隣に並んで座った木槌にそっと仰向けにされた。上を向いた環菜は不安を感じてしまい、その瞳は揺れた。両手は胸の前で握ったまま、肩に力が入ったまま硬くなってしまって自分でどうにも出来ない。
 木槌は安心させるためなのか、自分の右手を私の頬に当てると、ゆっくりと何度も撫でた。
「環菜・・・」
 掠れた声で名前を呼ばれ、木槌の顔を下から見上げると、明らかに情欲を持った目でひたと見つめられていた。
「環菜・・・好きだよ」
 何度目かの告白を受けた後、唇の柔らかさを確かめるかの様に優しいキスをくれると、私の強張った肩の力が抜けるまで何度も何度も触れるだけのキスを唇だけでなく、頬やこめかみ、瞼に受けた。
 優しいのに熱いその感触に環菜は戸惑った。こんな風に体の奥がむず痒く感じるのは、初めての感覚だった。
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