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本編

6 猶予の時間が足りません

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「俺と付き合って欲しい」
 真摯にまたもや告白されてしまった。今日だけで私は一体何度告白されているのだろうか。聞くたびにドキドキさせられるこっちの身にもなって欲しい。
「数年付き合ったのに振られちゃうような駄目な私なのに、さらにコンプレックスだらけで面倒くさいと思いますけど、本当に私でいいんですか?」
 嬉しいのに素直に言えなくて、出てきたのは卑下するような言葉だった。

「三田さんがいいんだ。面倒だなんて思わないし、三田さん以外は考えられない。もちろん将来を見据えて付き合って欲しいんだ」
「ほんとに、ほんとですか?」
 真面目な人柄だとは知っているけれど、何度も確認してしまう。やっぱり不安になってるんだろうな。また振られたらどうしようって。
「本当だって。どうしたら本気だって伝わる?俺としては今すぐ三田さんの両親に娘さんを下さいとお願いしたって構わないし、婚姻届けが必要なら先に届け出を出しても構わないぐらいなんだけどな」

 いやいやいや、それは余りにも先走りすぎだと思うんですけど・・・。

 私は多分引き攣った顔をしてたと思う。付き合うことさえ臆病になっているのに途中経過を全てすっ飛ばして結婚なんて考えられない。無理。
 後退した私を見て、課長は罰が悪そうに体を縮めると、首の後ろあたりをがしがしと掻いていた。 その様子はまるで大型犬が飼い主に叱られ、しゅんとなった姿を見ている気になってしまった。
 ちょっと可愛いかもと思ったのは内緒にしておこう。うん。

 気まずい雰囲気の中、木槌は意識的に咳払いを一つした。
「あ、いや、すまん。先走りすぎたな。その位本気だってことだ。で、俺の本気は理解はしてもらえたなら、良い返事を期待して待ってもいいのかな?」
 ちょっと余裕を持たせるような笑みを見せると、私からの返事を待っている。
 今朝起きた時には最悪な日だと思っていたのに、いつの間にか最良の日になってたみたい。どうしよう、やけ食いなら分かるけれど、まさか告白の返事をすることになるなんて、運命がどうなるかなんて本当に分からないものだ。
 私は課長の首に両腕を伸ばして抱き着いた。真っ赤に染まった顔を見られたくなくて。

「こんな私で良かったら・・・お願いします」

 正直、付き合ってしまってもいいのかちょっぴり悩まないわけでもないけれど、もっと色んな課長の表情が見たい、これからもずっと傍にいて欲しいと望んでしまっている。
 課長は私の返事を聞くなり私を抱きしめた。
「環菜・・・」
 力強く抱きしめられ、私の耳元で溜め息と艶っぽい声で名前をささやかれたかと思うと、こめかみに軽くキスを落とし、そのまま首筋を上から下へと滑るように唇でなぞられていった。
 初めて呼び捨てにされたことに、胸がじんっと痺れた気がした。
 抱きしめられている課長の腕は熱を持っているように熱い。抱きしめる腕は息苦しさを感じる程の力強さなのに嬉しいなんて。唇に触れられたこめかみや首筋の箇所は課長の持つ熱を移されて、熱くなってしまった。
 その熱はあっという間に広がって、体中が熱くなってしまった。

 暫く私の肩口に顔を埋めていたかと思うと、下から見上げるようにして覗き込んできた課長の瞳は今まで私が感じた事がないほどの熱を孕んだ直接訴えられたかと思う程の力強い視線だった。
 思いがけず背中をぞくりとする何かが駆け抜けた。

「そんな顔するの反則だろ?あー・・・夕食食べたら帰ろうと思ってたのに。そんな表情見た後じゃあ無理。責任は後でちゃんと取るから―――抱きたい。抱いていいか?」

(ええええ!?抱いていいかって、抱きしめられているこの今のこの状態のことじゃないよね、やっぱり。私と・・・アレしたいってことだよね?ううう、初めてって訳じゃないけど)
 何故こうも直接的な言葉で伝えてくるのか。ほんと弱点を見つけてられてしまったことが悔やまれる。
 好きなのかもって思い始めてしまった自覚があるから、求められるは正直嬉しいって思う気持ちが私の中に確かにある。
 無言で無理やり押し倒されるのは論外だけど、こんな風に私の事を見つめながら期待に満ちた目で返事を待っていられるのは居心地が悪い。でも、相手に抱くのは嫌悪ではなく、羞恥。

「告白されたその日に、するのはちょっと・・・どうかな、と。汗臭いですし。その、したことはあるけど、その、私って抱き心地悪そうな厚みのない体つきだから、自信がないっていうか。だから、せめてもうちょっと心構えする時間くらい欲しいっていうか。後で課長は私の事を抱かなきゃよかったと思うかもしれませんよ。・・・その不感症気味だと思うので・・・」
 尻すぼみになってしまうのは勘弁して欲しい。身長だけは高いのに小さな胸に薄っぺらい体。何度か元カレとは経験したけれど。好きだと思っていたし、付き合っていたのだからHも経験はある。けれどそれだけ。
 環菜はただ素肌を合わせているだけの抱き合う時間は好きだったけれど、相手に突かれても多少声を漏らす程度しか感じることが出来なくて、友達から聞いたりしたことがあるイクということをはっきりと実感したことがない。きっと私は不感症気味なのだと思う。
 恥ずかしくて顔を合わせていられなくて顔を背けた。抱きしめられたままなので体が動かない。頭も体も何もかもが熱くてどうにかなりそう。

「・・・嫌だからしたくないんじゃないんだ。なら、俺は今から車をコインパーキングに移動してくる。それだけの猶予があれば風呂も入れるだろう?その後は、私の事を抱かなきゃよかったと思うかもしれませんよと言ったことを後悔するぐらいに抱かせてもらうことにしよう」
 木槌は環菜を抱きしめていた腕を解くと、今度は真っ赤になっているだろう私の頬を手のひらで挟み込んできた。お互いの瞳を覗き込み、おでこをこつんと当てられた。
「逃げるなよ?」

 課長は不敵な笑顔を見せると、この部屋の鍵を借りてゆき、車を移動させるために部屋を出て行った。

 私は暫くボーゼンとしていた。が、慌てて浴室へと駆け込んでいったのだった。
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