今日は何の日?

清杉悠樹

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8/2は何の日?

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「ご馳走様でした、手巻き、美味しかったです」
「ほんと?良かった」
 誕生日に手巻きもいいかなと沢山作ってみたんだけど、喜んでもらえたようで良かった。
 意地悪することもなく適量を入れたワサビ入りの手巻き寿司はとても好評だったらしく、浩介さんは次々に美味しいと言って食べてくれて、作り置きした分はあっという間に無くなってしまい、残っていたご飯でまた新たに作ったほどだった。
 買ってきた寿司ネタの魚は無くなってしまったので、中身は卵、ウインナー、キュウリ、シソ、ツナとサラダ巻きになってしまったけど。
「片づけは俺がしますから、彩華さんは向こうで休んでてください。後でコーヒー淹れますから」
「有難う。そうさせてもらうかな?」
 彩華は甘えさせてもらうことにして、よいしょと言ってダイニングテーブルの椅子から立ち上がった。最近はこの言葉が口癖となりつつある。余り言いたくないのだが、二人分の体重は半端ない。つい出てしまう。腰が重くて大変だが、幸せの重みと思って毎日頑張っている。

 ダイニングの同じスペースにある窓際のローソファへと移動して、またもよいしょと声を掛けてからゆっくりと座った。足を深緑色のラグへと伸ばし一呼吸。ふう。
 腕を上へと伸ばしてちょっと体を解してみる。肩が凝っていてバキバキだ。ぎゅーっと出来る限り腕を伸ばすと背中がすっきりとして感じた。
「運動不足だよねぇ。仕方ないけど」
 とてとてと歩み寄ってきたくろちゃんにお話する。くろの体は前足と耳が白い他は黒色をしている。瞳は緑色。まるっとした小さな体が可愛い。
「なうーん」
 座った彩華のふくらはぎにくろは体を摺り寄せ、同意したかのように鳴いた。
 そのまま甘え始めたくろの頭を彩華は優しく撫でてあげた。気持ちがいいのか喉をゴロゴロならせ、横になると目を閉じて寛ぎ始めた。暫く頭を撫で続けて癒されていると、お腹の中では赤ちゃんが元気良く動き始めた。
「こっちも撫でて欲しいのかな」
 ぽこぽこと動くお腹をくろを撫でている手と反対の手で撫でると、落ち着いたのか大人しく静かになった。

 片づけ終えた浩介は、コーヒーとケーキをトレーに乗せ運ぼうとして、彩華が目を閉じて慈愛に満ちた笑みを浮かべながら両手で撫で続けているのを見た。その穏やかな光景に魅了されてしまい、歩き出すことも忘れ暫く立ち止まったままだった。

「彩華さん、お待たせしました。コーヒーです」
 ローテ―ブルの上にふわりといい香りが漂うコーヒーと彩華が買ってきたケーキがそれぞれ二人分置かれた。ケーキは8月限定で販売されていた桃を使ったタルトケーキ。
「わーい、有難う、浩介さん」
 彩華の為に淹れられたノンカフェインコーヒー。今は毎日一杯だけと決めて飲んでいるのだ。毎日のささやかな楽しみだ。
 浩介はテーブルに並べ終わると、彩華の隣に座った。二人はゆっくりと時間をかけてデザートを味わった。旬な桃は柔らかくて瑞々しく甘くて美味しかった。タルトと一緒に食べると食感が変わりさらに美味しくてあっという間に食べ終わってしまった。

「それじゃあ、改めまして。浩介さん、誕生日おめでとうございます。これ、プレゼントです」
 デザートを食べ終えると、彩華はラッピングして飾りを付けた袋を自室から取ってきて浩介に手渡した。
「有難うございます。開けてもいいですか?」
「勿論」
 彩華はプレゼントを開けた時にどんな表情を見せてくれるのかと、どきどきして待っている。
 中から浩介が取り出したのは手作りのペンダントで、蒼い合成石を使ったアートクレイシルバーだ。
「涙型をしたペンダントですね。この蒼い色、素敵ですね。有難うございます、大切にしますね」
 浩介は貰ったばかりのペンダントトップを手のひらに乗せ、石の部分を指で感触を確かめるように触っている。
「良かった、気に入って貰えて。アートクレイは初めてだったから心配だったの」
 ペンダントを取り出した瞬間、思わず私まで嬉しくなるような浩介の綻んだ笑顔を見てほっと胸を撫で下ろした。
「もしかしてこれ彩華さんの手作りなんですか?」
「そうですよー。どうしてもその蒼い石を使ったプレゼントをあげたくて。その蒼い石、一目見た時から浩介さんに似合いそうだなって思って。合成石だから高いものじゃないんだけど」
 今年は誕生日に何をあげようかと悩みながら手芸店たかやまでカタログを見て見付けたのだ。真夏の青空みたいなまっさらな蒼い色が、浩介のイメージと重なって見えた。合成石を使うならアクセサリーがいいかなと思った。
 天然石は銀粘土と同時焼成してしまうと、変色したり、収縮の力に耐え切れずに割れてしまったりするけれど、合成石は同時焼成可能な石な上に安価。アートクレイには最適な石だった。
「値段は問題じゃありませんよ。俺の為に手作りしてくれたその気持ちが嬉しいのです。折角なので彩華さん、俺に付けてみてくれませんか?」
「今?」
「ええ、今」

 ペンダントを彩華の手に渡し、浩介は首にかけやすいように身を屈め体を寄せてきた。彩華は革紐を広げ頭に引っかからないようにそっとかけた。
「長さも丁度いいですね。どうです、似合いますか?」
「うん、似合ってる」
 白いシャツの上から掛けた蒼い石のペンダントは彩華が思った通り浩介によく似合っていた。イメージした通りペンダントを付けた浩介は、青い空とさわやかな風を感じさせてくれると思った程にぴったり似合っていると彩華は思った。嬉しくなって自然と笑みを浮かべていた。

 浩介は直ぐに抱き寄せられる程しかない至近距離からの妻の笑顔に見惚れてしまった。
「有難う、彩華さん」
 負担がかからないよう優しく抱き寄せて、触れるだけの優しいキスを柔らかな唇にした。
 僅かな時間だけ閉じていた目を開けると、驚いたように目を大きくしながら告白に照れている様子の妻の顔があった。その表情に浩介はどくりと鼓動が跳ねた。もう少し後で、と思っていたのに。

「今、堪らなく彩華さんが欲しくなりました」
「え?」
 あまりに唐突だった為に彩華は言われたことを理解出来ずに戸惑った。
「一緒に風呂に入りましょう。今日は髪も体も俺が洗います。だから彩華さんには昨日した約束を俺に風呂でして欲しいです」
 急激な変化をした浩介に返事をすることが出来ずに呆然としていた。
(ご飯食べ終わっても何も言わなかったから、約束の事忘れているのかと思ったのに。一体何時エッチしたいと思うスイッチが入ったのよーっっ)
 彩華は訳が分からず混乱している間に、浩介はさっと身重な体の妻を危なげなく抱き上げて、風呂場へと直行した。
「きゃっ」
 いきなり体が浮遊感を感じ驚いて、彩華は目の前の浩介のシャツをぎゅっと握った。
「危ないから動かないでくださいね」
「降ろして、私、重いから」
 一人でも重いと思うのに今は二人分の体重だ。浩介の歩みは安定しているけれど重く感じていない筈がない。
「大丈夫ですよ。大切な人、二人分の命の重みですから。愛おしいですよ?」
 くすり、と妖艶に笑みを浮かべてこっちを覗き込んできた。
「愛してます、彩華さん」

 その一言に陥落してしまった彩華は約束を無事に果たしたのだが、それ以上に甘い言葉と愛情を受けてとろとろにさせられたのだった。

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