猫が繋ぐ縁

清杉悠樹

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おわびに。 7

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7

 予約を入れたあったらしく、店員に案内され通されたのは個室。
 店の面構えも普段彩華が利用する店とは違い、平屋建てで老舗の風格が漂う和風の造りだ。個室に通されたときの通路も、石畳が並べられ、脇には小さいながらも本物の竹を植えてあり、フットライトで明るさは抑えられている。
 個室の上がり框(かまち)で履物を脱ぎ、中へ入ると長方形のテーブルで掘りごたつ席になっており、正座をしなくてすむようだ。
「席は、浩介と橘さんは隣通しに、巧と俺はこっちでいいか」
「桜野さんは?」
 コーヒーショップに来ていなかったから、てっきりここで待ち合わせてから食事だと彩華は思っていたのが。
「仕事で少し遅れるらしい。先に始めててって言われてるから、早速飲み物の注文ねー」
 遼一はきびきびと仕切って、メニュー表を渡してくれた。アルコールが弱い彩華はノンアルコール、ソフトドリンクを探す。流石にコーラやオレンジジュースは食事と合わないので無難にお茶にする。ウーロン茶にそば茶、煎茶、ほうじ茶・・・結構種類あるんだ。んー、そば茶飲んでみようかな。入り口近くで控えている定員さんに伝える。
「私、そば茶お願いします」
「俺はウーロン茶お願いします」
「何、2人ともアルコール飲まないの?俺は、この赤霧島の焼酎。巧は?」
「吟醸生酒の鮮を」
 飲み物の注文を受けて店員は飲み物の確認と食事はお勧めコースを承っております、暫くお待ちくださいませ、と言い厨房へと戻った。
「帰りは彩華さんを送って行きたいから飲まない」
「まあ、もともとお前そんなにアルコール飲まないしな」
 浩介さんもアルコール苦手なのかな?
「橘さん、あ、彩華ちゃんって呼んでいい?彩華ちゃんは、アルコール苦手?」
 名前は仕事場で皆から『彩華ちゃん』と呼ばれているから、遼一に頷いた。
「私、アルコール弱くてすぐ寝てしまうんです。折角のお料理食べたいですから」
「そんなに弱いんだ?」
「すごく」
「へー、そうなんだ。それは送り狼に気をつけないとねー」
にやにやしながら浩介に視線を向けて言う。4月の歓迎会の時に寝てしまった彩華を浩介と真央がアパートまでちゃんと送ってくれている。例え今日同じく寝てしまったとしても浩介は前回と同じように送ってくれると思う。それ以前に、送り狼になるほど私に大人としての魅力が無いし、そんな心配はいらないと思う。
「・・・」
 無言。あれ?なんで?「そんなことない」「するか」とか否定の言葉を言うと思っていたのに。右に座っている浩介を見ると、知らん顔をしながらテーブル下の彩華の右膝に浩介の左膝がくっつけられた。これはどういった意味があるのでしょうか。テーブルの下で他の人からは見えてないけど、なんだかどきどきがとまりません。
「勝手に全員をお勧めコース頼んでおいたけど、足りなかったら遠慮なしにどんどん言ってね」
「は、はい。有難うございます」
遼一に返事を返した所に桜野さんが遅れて部屋へと入って来た。
「遅れてごめんなさい」
 彩華の前の席に着くと、飲み物の注文をした。明日も仕事だからとウーロン茶を頼んでいた。
 暫くは食べ物の好き嫌いの話をしていると、コースの前菜と飲み物が届いた。乾杯をし、長いお皿に盛られた4種の前菜を食べ始めた。山菜、魚介類が使われている。
 続いて刺身、酢の物、茶碗蒸し、メインの天ぷらの盛り合わせ、ご飯、椀ものが続々と続き最後にわらび餅と抹茶アイスが一緒になった一皿でコースが終了した。
 メインの天ぷらのエビが特にプリっとして美味しかった。食べながら、好きな本の話や漫画の話もしたり、秋庭さんは酒にかなり強い事、景山さんは少年向けだけじゃなく割と少女漫画にも強いということ、桜野さんは手芸が苦手だということ、浩介さんはやっぱりアルコールが苦手だという事が分かった。
 会計は遼一がすべて払い、桜野さんは電車で帰るらしいが駅まで遼一と巧が送る事になり、彩華と浩介はクレマチスの店までそれぞれ歩いて帰ることになった。
「秋庭さん、御馳走様でした。美味しかったです」
「それは良かった。じゃ、お疲れ様でしたー、お休みなさい、帰り気をつけてな~」
 多少酔っ払っているらしい挨拶をして駅へと歩いて行った。

 残った彩華と浩介も店へ戻る道を歩き出した。既に外は暗くなって街灯が灯り、ビルの窓の照明が点いている所がかなりある。2人きりになると浩介から手を差し出され、繋いで帰っていいかと聞かれて頷いた。
「さっきは上着を有り難うございました」
「どういたしまして」
 メイン料理が出てくる手前ぐらいから、個室の為かクーラーの効きすぎで足元が冷えていたのだ。足を擦っていると並んで座っているから気がついたらしく、脇に置いてあった浩介のグレーのジャケットをそっと膝に掛けてくれたのだ。今は、繋いでいる手とは反対の手に持っている。夏場だというのに、ジャケットを最初から着ていたのはこのためなのかな?
「夏なのにジャケットは着るのは暑くないのかなって思ってたんですけど」
「今の仕事始める前は、暫くサラリーマンしてたから、スーツは当たり前で暑くても着てたよ。ただ前にも3人であの店に食べに行った事があるんだけど、クーラーが結構強くてね。俺は平気だったけど、巧が寒がって。念の為にってとこかな。役に立って良かった」
 やっぱり、細かい所まで気を配ってくれていたらしい。
「浩介さんの私服姿って初めて見たけど、ジャケット無しより、着てる方が浩介さんカッコ良いです。でも、いつものカフェスタイルも好きですよ、ほんとは写真撮りたいぐら・・」
 話している途中でビルの陰に移動し、急に抱き寄せられて、気がつくと自分の唇に柔らかいものが一瞬押し当てられてすぐに離れて行った。
 呆然としていると、もう一度さっきよりゆっくりと唇に浩介の唇が重ねられた。突然の事に目を開けたまま近づいて離れていく浩介の顔を見ていた。明りが届かなく薄暗く表情まではよく見えなかったが。
 私、もしかしてキスされたの?
 そのままきゅっと浩介の胸に抱かれた。身長差があるせいか丁度心臓の音が耳元で聞こえた。もの凄い早さで打ち鳴らされている。
「ごめん、ちょっと我慢できなかった」
 そう言う浩介の言葉も彩華の耳から聞こえて来るだけではなく、浩介の声帯の震えが直接彩華の体にも響いて聞こえてくる。
「キス、初めてだよね。嫌だった?」
 まだ抱かれたまま、ふるふると首を振る。ようやく離されると、正面から顔をのぞきこまれた。
「ほんとに?」
「あの、はい・・・全然、嫌じゃないというか嬉しかったというか、突然すぎて感覚が無かったって言うか・・・」
 もう言っている事がむちゃくちゃだ。顔はこれ以上ないくらいに赤くなっていると思う。彩華の心臓もたぶん、聞こえていた浩介と同じように早いだろう。
「後で、もう一度やり直させて」
 おでことおでこを合わせ、そう言うと手をもう一度繋かれて無言のまま彼の店まで歩き続けた。
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