猫が繋ぐ縁

清杉悠樹

文字の大きさ
上 下
11 / 86

おわびに。 6

しおりを挟む
 6

 取りあえず邪魔が入らなくなったのは本当の様でほっとする。水撒きを終えているので片付けることにした。
「彩華さん、先に中に入ってて下さい。これ片付けてきますから」
 ブリキで出来たオレンジ色のジョウロを手に裏へと周り片付けに行く。裏の駐車場横の植物はホースで水を撒くのだが、表は水道が遠いので仕方なくジョウロを使っている。
 浩介に言われた通り店の中へと入って行くと、既に秋庭と景山は来ていた。
「すみません、遅くなりました」
 壁時計を見ると5分程遅刻したようだ。
「仕事お疲れ様、有難う来てくれて。良かったらこっちで一緒に座ってくれる?」
 遼一に示されたのは、カウンター席。そこには、巧もいる。4つある椅子の空いている所に腰かけた。
 2人の服装は、昼間とは違っているようだ。遼一は、オフホワイトのウエスタンシャツに濃紺のカツラギチノパンツを穿いている。巧は、黒のテーラードジャケットを椅子の背もたれに掛け、シャツはグレーに釦は黒。そして、黒のスラックス。昼には、あまり見ていなかった巧の顔だが、男の人なのだが綺麗と思わせる端正な顔立ちと、メタルフレームの眼鏡に二重の切れ長の目。まとう空気はシャープ。今まで見た事が無い程の美形だった。いつの間にか凝視していたのだろう、思わず視線が合ってしまい慌てて目を逸らした。丁度その時、裏の入り口から浩介が戻ってきた。
「着替えてきます。もう少し待ってて下さい」
 そう言うと、キッチンの裏に消え、階段を上がる音が聞こえた。どうやら2階があるらしい。
「じゃあ、まず自己紹介から始めようか。秋庭遼一、イラストレーターやってます。で、これ名刺」
 両手で渡され、同じく両手でぎこちなく頂いた。名刺には、P.Nの了(りょう)と本名、電話番号、住所と遼一が描いたものであろうイラストが印刷されている。女の子と動物キャラだ。そのイラストには、見覚えがある。去年放送されていたアニメで、彩華はあまりアニメの方は見ていなかったが、既に完結している原作の小説で新刊が出るたびに買う程好きなものだった。
「これ、知ってます。『CLOVER-Genuine』ですよね!私、原作好きで全部持ってます。動物のキャラも好きです。可愛くって」
 2人は少し驚いた表情を見せた。
「マジ?どのキャラ好き?」
「うさぎのガーベラちゃんが好きです」
 遼一はふんふん、と頷いている。動物は、皆花の名前が付いているのだ。
「はい、次は巧」
「景山巧です。『CLOVER-Genuine』の原作者です。」
 名刺を受取ろうとしていたが、原作者という言葉に思わず口を開けたままポカンとして停止してしまった。
「げ、原作者?」
「PNは拓海で活動してます。橘さん、でしたよね?」
 呆けている場合じゃなかった。名刺を受取り、自分も自己紹介しなければ。
「橘彩華です。たかやま手芸店で働いています。あの、すみません、私、名刺は持っていないんです」
 そもそも作る必要が無いからだ。
「いいよ、そんなの気にしなくて。橘さん、女性に年齢聞くの失礼だけど聞いていい?」
 遼一は、浩介に聞いても成人したとしか教えてくれなかったので、直接本人に聞いてみることにした。
「21です」
「若っ。高校卒業して、すぐ今の会社に?」
「いいえ、専門学校を今年の春に卒業してから今の会社に入社したばかりなんです」
「そっか。じゃあ誕生日早いんだ。あっ、そうそう浩介の誕生日って知ってる?」
 誕生日どころか、電話番号すら知らない。
「いいえ、まったく何も知らないんです」
「えっ、何もって、電話番号もメアドも?」
「はい」
 しょんぼりとうなだれる彩華を見て、何やってるんだ、あいつは・・・とぶつぶつ呟くと、
「番号とかは本人から直接聞いてもらうことにして、誕生日だけ教えとくよ。たぶん自分からは言わないと思うから。あいつ、8/3の日曜日が誕生日で28才になるよ。3人共同い年なんだよねー」
 後4日すると誕生日。しかも、デートの予定日だ。知らなかったら何もあげる事が出来ずに一日が終わったかもしれない。教えてくれて助かった。
「有難うございますっ、秋庭さん」
 付き合い始めての初めての誕生日。何かあげたいな。どうしよっかな?買うのもいいけど、手作りじゃダメかな・・・。1人悩んでいる彩華を、遼一は微笑んで眺め、巧はほっと息を吐いた。横でそれを見ていた遼一は、
「巧、安心したんだ?そりゃそうか」
 学生の頃は遊びも含めてよく一緒に行動していた3人だ。浩介と付き合いたいと女性からアプローチを受けて付き合い始めても、巧を見て心変わりすることが何度かあった。おかげで浩介は恋愛において女性不審に陥ってるんじゃないかと2人は思っていたのだ。数年彼女と呼べる程の付き合いをしる女性が居なかったので、彩華と交際を始めたのを見てほっとした。巧の顔を見ても、アニメの原作者で彩華も好きな小説家と聞いても驚きはしたが、特に見惚れて心変わりするようでもなく、浩介の誕生日が近い事が分かってプレゼントの事で悩んでいるのが丸分かりな様子は、見ていると微笑ましい。
 そこへ、着替えが終わった浩介が戻ってきた。
「お待たせしました」
 濃いグレーのシングルテーラードジャケットにV字の黒カットソーで、ボトムはストレッチスキニージーンズの黒に、黒の革靴。身長が高い上に、細身のシルエットなのでモデルのように映える。
 彩華は、浩介の私服を見るのは初めてで見惚れるばかり。
(カッコいい・・・足長い・・・あ、鎖骨・・・。いつものカフェの姿も好きだけど。・・・うっとり)
 目の前に浩介が立っても反応が無いままなので、ひょいと屈み至近距離から顔を覗き込む。
「彩華さん?」
 いきなりの至近距離に、ひゃっと驚き椅子から落ちそうになった。慌てて浩介は彩華の腕を支えた。
「ごめんなさい、ちょっと驚いて」
「大丈夫?ああ、吃驚した。こっちも脅かしたみたいでごめん」
 支えた腕をそのままに、ゆっくりと椅子から立ちあがらせた。
「そろそろ行こうか」
「あ、はい」
 立つときに手にまだ持っていた名刺がひらっと落ちた。浩介が落ちた紙を拾うと彩華の手に乗せた。
「名刺?ああ、遼一と巧のか」
「はい、イラストレーターと小説書いてるなんて素敵ですね。私も好きで買っている本だったので吃驚したけど、会えて嬉しいです」
 名刺は自分のバッグに丁寧にしまう。
「そう彩華さんも本、読んでるんだ。俺も読んでるよ。あ、忘れないうちに俺の名刺と、彩華さんの連絡先とか教えてもらっていい?」
「はい!でも、私は名刺持ってないです」
 浩介の名刺を貰ってから、携帯にお互い登録を済ませた。
「そろそろ店に行きたいんだけど、いいか?」
 巧に言われて浩介は慌てて戸締りをした。クーラーを止め、電気を消し、全員外に出てから鍵を掛け、予約した店に向け歩き始めた。遼一と巧が先に歩き、彩華と浩介が後ろからゆっくりとついていく。
「そういえば、くろちゃんはどうしてるんですか?見えなかったですけど」
「夜は2階にいるよ。店まで暫く歩くけど、足、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。痛み全然ありませんし」
 前の2人とは距離が開くがなるべくゆっくりな歩みで進んだ。18時を過ぎた頃だがまだ空は十分に明るい。7月下旬の今は夜になっても日中の熱が下がらず熱帯夜続きだ。
 横に並んで歩いていた浩介は、外の気温が高く歩いて暑くなってきたからジャケットを脱いで手に持った。
「予約した店、天ぷらが美味しい所なんだけど、天ぷらは好き?」
「はい。自分ではあんまり作って食べないから嬉しいです」
 自宅で揚げ物は出来れば避けたい。炒めものや、焼いたりは毎日だが。
「お兄さんと一緒に暮らしてるんだよね?家事や掃除はどうしてるの?」
「食事作るのは平日は私が殆どで、休みの日は交代が多いです。帰ってくるのは私の方が早いんで仕方なしです。お弁当はあまり作らないですけど。掃除は分けてそれぞれしてます」
「凄いね、ちゃんと自炊して」
「専門学校に行きたいって言った時、親からは兄の会社の近くにある専門学校に行く事と一緒に住む事を条件に行かせてもらったので。アパート代と防犯の事を考えての事だと分かってますけど、一人暮らしに憧れます」
「俺は大学に進学してからずっと1人暮らしだし、兄弟もいないから逆に羨ましいけどね」
「浩介さん、一人っ子なんですか?」
「そう。両親と3人家族。彩華さんは?」
「下にもうひとり高校生の妹が。3人兄妹で、両親と合わせて5人です。あ、県外ですけど母方のおじいちゃん、おばあちゃんもいます。時々野菜とか送ってくれたりするんですよ」
「そうなんだ」
 お盆や正月に里に皆で帰省したときなど親類も集まるので、大家族となって大変賑やかだ。
「今度の日曜日の事なんだけど、行きたい所とかある?」
 行きたい所。
 友達や家族とは行った事があったとしても、彼氏が出来たら行ってみたいと思い描いている場所は幾つかある。王道と言える所ばかりだが、友達のデートした話を聞くとやっぱり楽しそうで羨ましかったから。
「えっとですね、映画に、遊園地、動物園、水族館とか、夏だから海や花火大会、夏祭りも行ってみたいです」
 でも、ちょっと多すぎたかな?
「いっぱいだね。流石に一日では無理だけど夏の間に全部行ってみようか?」
 くすくす笑いながら、
「取りあえず初デートは、ちょっと遠いけど水族館に行く?」
 もちろん!
「はいっ!」
 その日は、初デートということだけじゃなく、浩介さんの誕生日でもある。プレゼントをどうしようか悩み所もあるけど、楽しみで仕方ない。早く日曜日にならないかな。
「ああ、丁度店に着きましたね。あそこです」
 指をさした方向を見ると、店の前で彩華達2人を待ってくれている遼一達の姿があった。慌ててその場所へと急いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

【R18】堅物将軍を跪かせたら

なとみ
恋愛
山脈に囲まれた自然豊かな国、ルーデン。 隣の大国オリバルからの突然の同盟の申し入れは、実質属国にならなければ国へ攻め入るという脅しに近いものだった。 将軍のゲインは高圧的な隣国の女王・リリーへの反感を顕にするが、それを咎められ足を舐めろと命令される。 堅物将軍と、実は恋愛未経験な女王さまのお話。 ★第14回恋愛小説大賞に参加させて頂いております!

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

奥手なメイドは美貌の腹黒公爵様に狩られました

灰兎
恋愛
「レイチェルは僕のこと好き? 僕はレイチェルのこと大好きだよ。」 没落貴族出身のレイチェルは、13才でシーモア公爵のお屋敷に奉公に出される。 それ以来4年間、勤勉で平穏な毎日を送って来た。 けれどそんな日々は、優しかった公爵夫妻が隠居して、嫡男で7つ年上のオズワルドが即位してから、急激に変化していく。 なぜかエメラルドの瞳にのぞきこまれると、落ち着かない。 あのハスキーで甘い声を聞くと頭と心がしびれたように蕩けてしまう。 奥手なレイチェルが美しくも腹黒い公爵様にどろどろに溺愛されるお話です。

【R18】侯爵令嬢、断罪からオークの家畜へ―白薔薇と呼ばれた美しき姫の末路―

雪月華
恋愛
アルモリカ王国の白薔薇と呼ばれた美しき侯爵令嬢リュシエンヌは、法廷で断罪され、王太子より婚約破棄される。王太子は幼馴染の姫を殺害された復讐のため、リュシエンヌをオークの繁殖用家畜として魔族の国へ出荷させた。 一国の王妃となるべく育てられたリュシエンヌは、オーク族に共有される家畜に堕とされ、飼育される。 オークの飼育員ゼラによって、繁殖用家畜に身も心も墜ちて行くリュシエンヌ。 いつしかオークのゼラと姫の間に生まれた絆、その先にあるものは。 ……悪役令嬢ものってバッドエンド回避がほとんどで、バッドエンドへ行くルートのお話は見たことないなぁと思い、そういう物語を読んでみたくなって自分で書き始めました。 2019.7.6.完結済 番外編「復讐を遂げた王太子のその後」「俺の嫁はすごく可愛い(sideゼラ)」「竜神伝説」掲載 R18表現はサブタイトルに※ ノクターンノベルズでも掲載 タグ注意

処理中です...