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―第百九十話― 限界

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 ゴクリと喉の鳴る音が静かな空間を切り裂くように響く。
 …………。

「……ぐふっ……!」

 口からとめどなく溢れる血を止めることすらできず、重力に従うようにして固い地面に体を沈ませる。

 ……もう、指一本も動かせない。
 やっぱ、ここにジャスミンたちを残さなくて正解だったな。
 無差別的に攻撃をするようにしたおかげで、この程度の被害で済んでいる。
 もう少しでも命令を複雑化していたら、マジで死ぬところだった。
 ……にしても。

「……はぁ、はぁ……。空振りでも、この衝撃なんて……!」

 腕とわき腹が吹き飛んだ状態のアルネブが、ぼそっと言葉を零す。
 これでも、殺せなかったか……。
 本調子だったら、などと言い訳を考えてしまうが、結局は俺の力不足だ。
 魔力が残っているとはいえ、もうあいつを葬れるような力は残っていない。
 ……このまま、死ぬのだろうか。
 それならそうで、さっさとしてほしい。
 喉だけでなく、全身がめちゃくちゃ痛い。
 生き地獄とは、このことだろう。

「まったく、これだけの魔力をめられ傷修復するのに、どれだけ時間がかかると思ってるのかしら……?」

 知らねえよ、ばーか。

 全身に触手を巻きつけられ、フッと持ち上げられる。
 ……どうやら俺の一撃は、魔王軍幹部の顔を痛みと憎しみに歪めさせる程度の力はあったらしい。

「本当は、あなたを魔王様のところまで連れて行って、そのまま幹部にでもなってもらおうと思ってたのだけど……。気が変わったわ。今この場で、食べてあげる。リアトリス君の魔力だったら、傷の修復も早まりそうだし」

 触手の締め付けが、より一層強くなる。
 蛇みたいに骨を粉砕してから飲み込もうってのか?
 そんなことせずとも、既に半分くらいの骨が折れてそうなんだけど。
 ……さて、このまま大人しく食べられるわけにもいかないし……。
 ……ハァ。

 お願いだから耐えてくれよ、俺の体。

「……おい、アルネブ」

 まだしゃべれるとは思っていなかったのか、アルネブの目が大きく見開かれる。

「俺はもう、お前を殺す気力が完全になくなっちまった」
「……そんなの、見れば分かるわよ」
「まあ、話しは最後で聞けよ。……そんでさ、お前とは、一緒に温泉に入ったくらいの仲なんだ。最後くらい、お土産をやろうと思うんだよ」
「……は?」

 アルネブの目に警戒の色が浮かぶ。
 ……警戒なんて、必要ねえよ。
 なんてったって、避けれないんだから……!!



「『呪縛』」



 文字を形どった魔力と血が、口から続々と溢れ出した。
 今度は焦りで見開かれたアルネブの眼に、どす黒い魔力が映りこんでいる。
 そしてそれらは、無抵抗のアルネブに針のように突き刺さり、沈むようにして消えていった。

「……さ、これでどうだ?」
「…………」

 焦りの表情のまま固まっているアルネブに、無理やり浮かべた笑みで問いかける。

「呪縛ってのは、読んで字のごとく、呪いで縛るんだ」

 何かを言いたげに口をパクパクさせているが、俺の知ったことではないと話を続ける。

「俺は今、お前の体からありとあらゆる行動を縛った。そして、それを完全にほどくみたいなことは、今の俺にはできない。……だから……!」

 最後の魔力を使って『解』と唱えると、アルネブの体から少量の黒い魔力が飛び出した。

「がふっ!!」
「どうだ、苦しいだろう? でも、普通に動けるようにはなったはずだぜ」
「……な、何のつもり?」
「話を聞けっての。今、お前の体から少しだけ呪いを抜いた。とは言っても、体に影響のないギリギリの量は残っている。少しの衝撃があれば、零れるくらいには。……もし今後、お前が人から恨まれるようなことがあれば、呪いはお前の体から溢れ出す。そん時が、お前の命日だ」
「ど、どういうこと……?」
「理解力ねえなあ……。もういい加減、しゃべるのも億劫なんだよ。ま、要するに、悪事をしなければ死なないってことだ。分かったか?」
「は? えっ? み、見逃すってこと……?」
「ちげえよ。さっきも言ったけど、もうお前を殺すような気力がないんだ。俺が今すぐに殺さずとも、他の誰かに殺されるようにすれば、いずれ死んでくれるだろう?」
「…………」
「わかったら、さっさと手を離してくれ。もう帰りたいんだ」
「あ、うん……」

 釈然としない顔で、俺の体から触手を外す。
 …………。
 もう立つこともできないのか、地面に力なく倒れこんだ。

「ほら、さっさとどっか行ってくれ。俺は今からひと眠りする。その間に消えてなかったら、魔力回復した俺が、真っ先にお前を殺すぞ」

 俺の脅しを聞いたアルネブは、足を引きずりながらゆっくりと俺から離れていった。
 ……これで、良かったのだろうか。
 まあ、これ以上はできなかったけど。
 結果的には、魔王軍として、魔物としてアルネブは死んだようなもんだ。
 いずれ本当に死んでくれることを、祈っておこう。

 ……ハァ。
 あまりの悔しさに、涙が零れる。
 ……魔王軍幹部を無力化したとはいえ、殺すことはできなかった。
 こんなのが最強の冒険者だなんて、聞いて呆れる。

 ……なんで、殺せなかったんだろうか。
 ……力が及ばなかった、それ以上の理由はない。
 ……情けなくてしょうがない。
 再び、涙が二つ零れる。
 その瞬間、全身が何か温かいものに包まれたような感触に襲われた。
 ……これ、死ぬ直前に感じるような奴じゃないよな……?
 そんなことを考えながら、俺の意識はだんだんと薄れていき――
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