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三年生
123 アマーリエ王女の進む道 ※アマーリエ視点
しおりを挟む「ああ!惜しい!」
「アマーリエ様…」
わたくしは冷たい風が頬を撫でる中、すでに葉の落ちた木立の間から初々しすぎるカップルを見守っていた。
「あと少しで肩を抱けたのに~!」
視線の先には噴水前のベンチに座る、黒い髪の青年と金色の髪の少女。
青年の手がソロソロと肩に回されようとしたところで少女が顔を上げ青年に話しかけてしまい、そのせいで手が引っ込んでしまったのだ。
「アマーリエ様…」
何度目かの呼びかけに振り向くと、侍女達が生温い目でわたくしを見ていた。
「あ…そろそろお父様のお手伝いの時間かしら。行かなくちゃね」
わたくしは後ろ髪を引かれつつその場を離れた。
学園は冬休みに入り、あと数日で年越しの星祭りを迎える。
星祭りの日は王宮で大規模な夜会が開かれ、魔術師団による魔法花火が打ち上げられる。
お父様のお手伝いをしているわたくしも、夜会の準備で目が回るくらい忙しい。
「今日こそ口付けするんじゃないかと思っていたのに…」
そんな忙しいわたくしの密かな楽しみは、幼馴染のウィルフレッドと親友シェリルの進展具合の観察だ。
前は見てるこっちがイライラするくらい動かなかったウィルが、婚約してから積極的に頑張っているのは知っていたけど、最近特にシェリルに猛攻をかけていて、ハラハラドキドキが止まらない。
時々ウギャァーッと悲鳴を上げて逃げるシェリルと、それを泣きそうな顔で追いかけるウィルの攻防は王宮の名物になりつつある。
「アマーリエはまたウィル達の覗きをしていたのか?人のことを心配する暇があるならライリーに手紙のひとつでも送ってやれ」
お父様の執務室に入ったらレオナルドお兄様もいて、呆れた顔でそう言われた。
「の、覗いてなんていませんわ。観察です。人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいませ!」
「ただの覗きだろう」
お兄様がヒドイ。
「それで、どうだった?今日の進捗は」
そんなこと言って、お兄様だって気になっているんじゃないの。
「…まだ口付けには至っていませんわ」
「ウィルは何をやってるんだ。私直々に指導してやったのに」
「ええー」
今度は私が呆れた顔でお兄様を見た。
「ええーとは何だ」
「お兄様のご指導で、シェリルとウィルが上手く行くとは思えませんわ」
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そんなお兄様にレクチャーを受けても内気なウィルに出来るとは思えないし、シェリルも全力で逃げてしまうだろう。
あ、だからシェリルは逃げていたのね。
納得だわ~。
「ライリーがいなくて寂しいのか?アマーリエ」
小さな拗ねるような声が聞こえた。
声のした方を見ると、大きな執務机の向こうに座ったお父様が、悲しげな目でわたくしを見ている。
お父様は最近何かというとライリーの名前を持ち出してメソメソしている。
わたくしの婚約者ライリーは、冬休みに入ってすぐに、いまだスタンピードの影響が色濃く残るアストロス辺境伯領に行ってしまった。
領内にある迷宮の様子がおかしいらしい。
婚約して初めての星祭りなのにー!と叫びながら、騎士団長である実父に引き摺られて行くライリーは可哀想だった。
そして、ロマンチックな星祭りイベントを期待していたわたくしも可哀想だと思う。
「アマーリエは私よりもライリーのことが好きなのか?」
ジメジメと言うお父様を見て溜息を吐く。
どうしよう。
お父様が面倒臭い。
「お父様を好きな気持ちとライリーを好きな気持ちは違いますわ。それより、星祭りの夜会の最終確認をしませんと」
「そうだ、アマーリエ。決定がギリギリになってしまったが、執着軽減の魔道具とアーサーの件を合わせて布告することになった。時間の調整を頼む」
「はあ?!」
お兄様がさらりと言った言葉に、思わず淑女らしからぬ反応をしてしまった。
「アマーリエには再度リドベル夫人に来てもらったほうがいいかな」
「それには及びませんわ!お兄様!」
すでに夜会のタイムスケジュールはガッチリギチギチに組まれているのに今更何言ってるの!という心の叫びをグッと飲み込む。
「アーサーの件もということは、決まりましたのね」
「ああ」
お兄様とお父様の視線が交差するのが見えた。
オリビアに対して執着を発症したアーサーは、本当なら北の離宮に幽閉される予定だったけど、ウィルが開発した新しい執着軽減の魔道具の被験者として王都にいることを許されたようだ。
ただ、執着ゆえの暴走で魔術師の塔から盗聴の魔道具を盗み、公共の場である魔法学園にその魔道具を設置した罪で王族籍を抜かれることになる。
今後はライリーの実父でもある騎士団長トリスタン伯爵家に引き取られ、これ以上問題を起こさなければいち騎士として生きて行くのだ。
お父様が溜息混じりに言った。
「執着軽減の魔道具の開発は、メネティス全国民の望みだった。いつ自分自身や身近な者が発症してもおかしくない血の病いだからな。アーサーのことよりそちらの方に皆の意識が行くだろう」
するとわたくしの後ろで仕事をしていた文官が顔を上げた。
「アーサー殿下の処分について、身をもって執着軽減の魔道具の被験者となるのに、さらに王族籍の剥奪は処分が厳し過ぎるとの声が上がっています」
アーサーの罪とされた魔道具の盗難や設置は、執着ゆえの暴走。
国民全体の病いである執着による暴走は、わりと同情的に見られることが多い。
明日は我が身だからだ。
アーサーのことも、犯してしまった罪は罪として裁かなくてはならないことは理解していても、その罰の意外な重さに衝撃を受けたものが少なくないとは聞いている。
その文官に向けて、お父様の隣りで書類を捌いていた宰相が静かな声で言った。
「アーサー殿下の希望なのだ」
「………」
室内が静まり返る。
文官数人の恨めしそうな目線が、オリビアの父である宰相に絡んだ。
王宮に勤める者達は知っている。
アーサーがオリビアに執着していたことも、アーサーがオリビアにしてしまったことも。
みんながみんなではないけれど、それでもアーサーの想いが叶うことを願っていた者は多い。
アーサーが自分自身で決めたこととはいえ、居た堪れないのだろう。
しんみりしてしまった執務室の空気を変えるべく、わたくしは勇気を持って発言した文官に向き直った。
「星祭りの夜会は、アーサーが王族として立つ最後の舞台ですわ。アーサーが心置きなく皆様にご挨拶出来るように、時間を捻り出しますわよ!」
「はあ~疲れた~」
「アマーリエ様、寝てしまう前にお風呂に入られてください」
「うう~ん」
自室に戻るなりソファーに転がってしまったわたくしを、侍女達が無理矢理起こしてお風呂場に連れて行く。
この前ちょっとだけ~と言ってソファーでガン寝してしまったことを根に持っているんだと思う。
これまで王妃様やお母様のお茶会の手伝いをしたことはあったけど、本格的な夜会の手伝いは始めてだ。
しかもお父様側のお手伝いもしているので、当日お祭りになる王都の警備や魔術師団の魔法花火の確認のような、今までとは勝手の違う仕事も多くて大変だ。
でも、とてもやりがいがある。
ライリーが養子入りしたアストロス辺境伯領を含め魔の森に隣接した領地では、領主が魔物の討伐に行っている間、領地の管理はその妻の役割になる。
領地を、領民を守る為、残された騎士や魔術師を従え時には自ら剣を取り戦うこともあるという。
これまであまり関わりの無かった騎士団や魔術師団とのやり取りは、辺境伯夫人となるわたくしに必要な勉強のひとつだ。
「体術ならそこそこ出来るけど剣術はまだまだだわ。あとは魔法だけど、攻撃魔法や光魔法の精度を上げればきっと役に立つわよね」
薬草の香りがする湯船に浸かりながらそう言うと、侍女のひとりが眉を顰めた。
「剣の訓練をする時は、皮の手袋をなさってくださいと申し上げましたのに。また豆が潰れておりますわ」
「あれ、邪魔なのよ」
お湯から手を出して見ると、右手の豆が潰れて皮がピロピロしていた。
体を見ると小さな擦り傷がたくさんついている。
こんなに傷だらけでお風呂に入っても滲みないのは、侍女達が入れてくれる特製薬草湯のお陰だ。
傷の治りも早いらしい。
「陛下の執務のお手伝いが落ち着くまでは訓練を休まれたらいかがですか?」
「お父様の執務が落ち着くのを待ってたら訓練なんて出来ないわ。ライリーとの婚姻まであと二年半しかないのよ。それまでにフローラ・リーバイ男爵夫人を超えてみせるんだから!」
そう、目指すはマチルダの義母、フローラ・リーバイ男爵夫人。
自ら冒険者を率いて魔物を討伐する、メネティス最強の女性だ!
「アマーリエ様、リーバイ男爵夫人は騎士団の方々に化け物と呼ばれていらっしゃいますわ。私共はアマーリエ様を化け物にしたくはございません」
「ええ~そんなぁ」
侍女達の理解は得られないようだ。
「まぁとにかく、今はわたくしに出来ることをひとつずつこなしていくしかないわ。お父様のお手伝いも、剣や魔法の訓練も、ライリーの為になることならわたくし何でも頑張るわ」
わたくしがそう言うと、侍女達が優しく微笑んだ。
「あとはシェリルとウィルをもう少し何とかしたいわね!」
わたくしがそう言うと、侍女達が遠い目になった。
一方その頃、アストロス領のライリーは……
「くっそー!だから手伝えってー!」
「ほれ、ライリー殿。上から魔物が来てるぞ」
「うおおおおー!!!」
ガガンッ
「右からも来てるぞ~」
「おおおおお!!!」
ズシャンッ
「早く終わらせてアマーリエに会いたいーーー!!!」
ドゴォンッ
「まだまだ元気じゃのう」
「若いっていいなあ」
辺境の老練な騎士達に翻弄されながら、迷宮を攻略していた。
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