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夏休み
99 リズデール王国
しおりを挟む「それで、アズバン王国を制圧ってどういうことなんですの?」
場所を居間に移して、アマーリエ様とオリビア様と私でウィルフレッド様に向かい合う。
「ああ、うん」
ウィルフレッド様は少し考えてから話し始めた。
「まず、レオが一番気にしていたのはシェリルのことだ。春にはシュトレの強硬派に、夏にはアズバン王国に狙われている。どちらも未遂に終わったけど、今後もその才能を欲する輩に付け狙われることになるだろうと」
「!!!」
何それ!
怖い!
「あとは、シェリルの危機感のなさも心配していた。自分の価値を理解していないと」
「うっ」
それはこの前、ディアナ王女とお父様にも言われたけど、何度考えても現実味がないというか…。
「王宮に囲って守りを固くすることも出来るけど、シェリルはそれを望んでいないし、分かってないから逃げ出そうとするかもしれないって」
ええ。
王宮の庭に穴を掘る計画なら立てていましたが。
「だったら、周りが手を出せないようにしたらいいということになった」
「それが何故アズバン王国の制圧になりますの?」
アマーリエ様が不思議そうな顔をする。
と、それまで黙って話しを聞いていたオリビア様が納得した声を出した。
「つまり、シェリルお姉様に手を出せば、メネティス王国として制裁を下すということを知らしめたかったのですね」
ウィルフレッド様はニコリとオリビア様に微笑んだ。
「そういうことだ。まあ、国が保護しているシェリルに手を出すなんて、メネティス王国を侮る行為だから、そもそも制裁を下さないわけがないんだけど、シュトレ派の粛清も含めてシェリル絡みにすれば、今後シェリルに対して良からぬこと考える輩への抑止力になるだろう」
「だからって、国ひとつ潰す必要はあったんですか?」
アズバン王国の国民からしたら、とんだ大迷惑だ。
「それが…、アズバン王国が去年出来たばかりの国だということは聞いただろう?もともと南側にあったアズバン王国でクーデターが起きて、逃げて来た王族と王族派の貴族が今の国を乗っとって建国したんだ」
それは聞いている。
豪奢な生活をして圧政を行っていたせいでクーデターが起き、逃げ出した先の今の国でも豪奢な生活をしていて資金繰りが厳しくなってるとか。
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それは…リズデール王国の人達もうっかりすぎじゃありませんか?
「リズデール王国は、四方を川に囲まれていて湿地が多いから利用できる土地が少ないし、特別な資源や特産品があるわけでもない。攻めにくい上に利用価値がないから、これまで他国から侵略を受けることがなかったらしい」
それは…いいのか悪いのか判断の難しいところだけど、戦争に巻き込まれたことがないんなら良かったんだろうな。
「騎士団は国を守るより、年に数回起きる水害に備えた土木工事や、橋の修理のほうが得意だと言っていた」
それって騎士なのかな?
確かに大切な仕事だけど、それ騎士がやることかな?
取り敢えずリズデール王国の人達が、生き馬の目を抜くと言われる小国群の中にあって、平和に暮らしていたのはなんとなく分かった。
「リズデールの王権奪還はすぐに済んだんだけど、元アズバン王国の今の政権から、逃げた王族と貴族を引き渡して欲しいと要請があって、引き渡すまでリズデールを離れることが出来なかったんだ。置いていくのも不安だったし」
確かに、土木工事が得意な騎士団じゃ何かあった時の対応は不安だろう。
力持ちは多そうだけど。
「それでなかなか戻って来なかったのね」
アマーリエ様が納得したように言った。
「うん。それから、オリビア達を攫った冒険者はリスデール王国に置いてきた。メネティスに戻ったらどうしたって極刑は免れないけど、どう見ても利用されただけだったから。リズデール王国はこれから国を立て直さなくてはならないし、人手はあっても困らないから」
それを聞いたオリビア様が微笑んだ。
「ディアナ様がとても気にしてましたの。良かったですわ」
ウィルフレッドは小さく頷くと話しを続けた。
「あと、ゼオン王子を引き入れたガード子爵は、嫡男に家督を譲って蟄居となった。本当は取り潰してもいいくらいなんだけど、シュトレ派の粛清でゴタゴタしているから…」
ガード子爵の嫡男は何故この父親からこの子が?と思うくらいちゃんとしたいい人だ。
寧ろ取り潰されなくて良かった。
「じゃあ、ゼオン王子は前の国に帰ったんですね」
私が聞くと、ウィルフレッド様が薄っすらと冷たく微笑んだ。
「帰ったというか…強制送還された。旧アズバン王国の護送官は、一応法に乗っとって裁判にかけると言っていたけど」
まあ、ゼオン王子の未来は明るくはないだろう。
これまで国民を顧みず豪奢な生活を求め快楽に溺れた結果だ。
自分達がしでかしたことの責任は取らなくていけない。
でも、今回の問題はそこではない。
「それを、国中に触れ回る必要はあったんですか?」
王宮からの緊急通信魔道具は、メネティスの全貴族家に設置されている。
きっと今頃、シェリル・マクウェンって誰?とみんな戸惑っていることだろう。
「触れ回らなくては牽制にならない。実際アズバン王国は他国なのにシェリルを狙ってきたんだ。出来ることなら大陸中に知らしめたいくらいだ」
それは止めて頂きたい。
ウィルフレッド様が真剣な顔をして私を見た。
「シェリル、私もシェリルのことが心配だ。少し強引な手段だったことは認めるけど、これで少しでもシェリルの身が安全になるのなら後悔はない」
「うっ」
黒い瞳に見つめられて、こんな時なのに心臓がトクトクと音を立てて頬が熱くなるのを感じる。
「メネティス王国を敵に回してでもシェリルを奪おうとする輩はそういないだろう。でも、シェリルも自分が魔法研究の重要人物になったことを自覚して、身辺に気を使って欲しい。また怪我をしたり、攫われたりしないで欲しい」
私を見つめるウィルフレッド様の瞳が揺れる。
「シェリル、お願いだ…」
ウィルフレッド様が真剣に私を心配してくれているのが伝わってくる。
「う……はい。わかりました」
渋々頷いた私を見て、ウィルフレッド様がパァッと花が咲くように笑顔になった。
うん。
どうしよう。
ドキドキが止まらない。
「良かったですわ。ディアナ様もシェリルお姉様の危機管理が足りないって気にしてましたもの」
オリビア様がホッと一息つきながら言った。
そんなに私の危機管理駄目でしたか?
ちょっと落ち込んだ私に、ウィルフレッド様が思い出したように言った。
「ああ、忘れるところだった。そのリズデール王国で面白いものを食べたんだ。レンコンっていうんだけど…」
「「蓮根?!」」
私とアマーリエ様の声が被る。
「二人は知ってるのか?メネティスでは流通していないとユランが言ってたんだけど」
「わたくしは存じませんわ」
驚くウィルフレッド様にオリビア様が答える。
うっ。
しまった!
前世でお馴染みだった食材の名前に、思わず反応してしまった!
「あ、えっと…ぼ、冒険者の人が…持って来てくれたことがあった…かも…?」
しどろもどろで嘘を吐くと、ウィルフレッド様が小さく頷いた。
「ああ、この辺りは小国群に近いから珍しい野菜も流れてくるんだな。アマーリエは本にでも載っていたのを読んだのか?」
「え?ええ!そうですわ!」
アマーリエ様も目を泳がせながら答える。
ウィルフレッド様が合図をすると、控えていた護衛騎士がずた袋を持って来た。
ずた袋を開けると泥付きの蓮根がゴロゴロと入っている。
「湿地の泥の中で育つそうだ。今は丁度花が咲いていて、水の上に浮かぶ緑の葉と、スラリと伸びた茎に淡いピンクの花が咲く光景は神秘的だった。
花は枯れてしまうから持って来れなかったけど、レオが我が国の湿地帯でも栽培できるかもしれないと言って、種と実を貰ってきたんだ」
蓮の花。
前世で好きだった花のひとつだ。
見たかったな。
「少しなら食べていいと言われているから、料理人に頼んでいいだろうか?切ると面白い形をしているんだ。水に浸してから焼くらしい。食感もシャキッとしてるのに噛むとホクホクして面白かった」
それも美味しそうだけど…
「て、天ぷら…」
私の横でアマーリエ様が小さく呟く。
「テンプラ?」
ウィルフレッド様が首を傾げる。
そう、天ぷら。
天ぷら食べたい。
でもここで私まで天ぷらとか言ったら、アマーリエ様に私も転生者だとバレてしまう。
「わ、わたくしが調理しますわ!」
アマーリエ様は我慢出来なかったようで、自ら調理をすると名乗りを上げた。
「いや、アマーリエ様、お料理全然出来ませんよね?」
合同遠征実習の時も、お爺様との怪しいお料理教室の時も、食材が飛び、ついでに包丁も飛んでいた。
ディアナ王女とお婆様のケーキ作りに参加した時も、何故かアマーリエ様だけ全身粉まみれになっていた。
「私が料理長と相談しながら何品か作ってみますから、大人しくしていてください」
こうして、ナチュラルに料理権を得た私は、料理長と相談しながら、蓮根サラダや蓮根チップスに蓮根の炒め物、そしてアマーリエ様待望の天ぷらを作った。
ディアナ王女とオリビア様は、穴の空いた蓮根が不思議だったらしい。
食べる前に物凄く見ていた。
残念なのは醤油がないから塩味ばっかりだったこと。
醤油や味噌の材料になる大豆はあるんだけど、普通に豆の一種としてスープに入れたり料理の付け合わせに出てくるだけだ。
ちなみに私にとって醤油や味噌は買ってくるものだったから、作り方は知らない。
多分アマーリエ様も知らないだろう。
誰か、食品加工に詳しい日本人、転生して来ないかな。
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