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夏休み
97 王宮からの緊急通信
しおりを挟む「マチルダ様ごめんなさい!」
七月も終わりに近づいた今日。
私は我が家の玄関ホールでスライディング土下座を披露していた。
私なりに考えた、誠心誠意心のこもった謝罪である。
「シェ、シェリル?!」
懐かしい鳶色の瞳をまん丸に見開いて私を見下ろすのはマチルダ様。
「マチルダ様の手紙届いてなかったんです。マチルダ様があんなに気にして傷付いてしまうなんて考えていなかったんです。浅はかなのは私のほうです。本当にごめんなさい!」
「シェリル…」
平伏する私にマチルダ様が近付き、肩に手を置いて頭を上げさせる。
マチルダ様の栗色の髪にペタリと伏せた猫耳が見えた。
「じゃあ、怒っていませんの?まだ私のことを友達だと思ってくれていますの?」
「怒ってません!ごめんなさいマチルダ様!」
「シェリル…ああ、良かった…」
マチルダ様が私をそっと抱きしめる。
私もマチルダ様の背中に手を回してキュッと力を込めた。
「誤解が解けて良かったですわ」
「シェリルお姉様、ずっと気にかけていましたものね」
「スライディング土下座ってこの世界にもあるのね。初めて見たわ」
ディアナ王女達も安心したように声をかけてくれる。
いや、アマーリエ様だけちょっと違うな。
この二週間辛かった。
毎日マチルダ様のことを考えてはへこんでいた。
悪気が無かったとはいえ、大切な友達を傷付けて放置していたんだから。
しかもリーバイ領はスタンピード真っ最中だった。
そんな緊迫した状況の中、私のせいでマチルダ様を悲しませていたのかと思うと居た堪れなかった。
「良かったわねぇ、マチルダちゃん」
「だから大丈夫だって言っただろ」
友情を確かめ合う私達に聞き慣れた声聞こえた。
「アンさん!セイラさん!」
菫色の髪のスレンダー美女のアンさんと、逞しい体つきの熊獣人のセイラさんがいた。
「よ!シェリル!」
ガバリと私達の上からセイラさんが覆い被さる。
「会いたかったぜ!」
「うぐっ」
くっ、苦しい!
「セイラったら、シェリルちゃんに会えて嬉しいのは分かるけど、それじゃ潰れちゃうわよ」
「おっと、ごめんごめん」
そう言って離れて行くセイラさん。
死ぬかと思った。
「アンさんとセイラさんには、道中の護衛をお願いしたんですわ」
マチルダ様が笑いながら言った。
「マチルダは魔法学園に復学するし、あたしらも王都に帰るしな。ついでにマクウェン領に寄り道したんだよ」
リーバイ領からマクウェン領だと、だいぶ遠回りだけど。
「マチルダ様、復学出来るんですか?」
「ええ。スタンピードの終息宣言があった頃に、学園から連絡が来ましたの」
そう言って微笑むマチルダ様。
「じゃあ、これから一年間は同級生ですね」
嬉しい。
マチルダ様は優秀だから多分Aクラスになる。
そうしたらクラスメイトだ。
これで新学年から王宮での保護が解けて、前のように寮に戻ってバイトが出来たらいうことなしなのに。
「ねえ、シェリルちゃん。あそこにいるのはアマーリエ王女様とディアナ王女様じゃないの?なんでマクウェン領にいるの?」
アンさんが困ったような顔で聞いてきた。
ですよね。
やっぱり気になりますよね。
「夏休み、南の離宮に避難する予定だったのに、何でかうちに来ちゃったんですよ」
「お友達なの?」
「あんな身分の高すぎる人達、畏れ多くて友達だなんて……面倒臭い」
「シェリル!聞こえてるわよ!」
アマーリエ様が突っ込んできた。
玄関ホールから場所を居間に移して、アマーリエ様達に私とマチルダ様の出会いからマチルダ様の家出と、王宮で行われた裁定の話しを簡単に説明した。
アンさんとセイラさんはマクウェン領を見て来ると言って、どっかに行ってしまった。
アマーリエ様達の護衛がいるからマチルダちゃんの護衛は必要ないでしょとか言ってたけど、王女様や公爵家のお嬢様に囲まれるのが嫌だったんだと思う。
「実は、アルノーがリーバイ領まで来てプロポーズしてくれた時、番であることをお義母様やお義兄様に話してしまいましたの。それで…その、喜んでくれたのはいいのですが…こ、子供が沢山生まれるだろうからと、子供達の婿入り先や嫁入り先の候補を一覧表にしたりして…」
私は思わず遠い目になってしまった。
まだ結婚した訳じゃないのにもう子供って…。
フローラ様、先走り過ぎじゃないですか?
「ま、まだ婚約が決まっただけなのに、子供とか、は、恥ずかしくて……」
うん。
そうですね。
気持ちは分かります。
私だってついこの間自分の気持ちを自覚したばかりで、ウィルフレッド様に気持ちを伝えたわけでも付き合っているわけでもないのに、体の相性がいいとか困惑するしかないもの。
「シェリルは番だと知っても揶揄ったりしないと信じていたけど、どうしても恥ずかしくて言えなかったんですわ」
顔を真っ赤にしてそう言うマチルダ様に、穏やかに微笑んだオリビア様が言った。
「マチルダ様、シェリルお姉様は番のことを揶揄うなんて出来ませんわ。そちら方面の知識が全くないんですもの」
「あります!オリビア様、余計なこと言わないでください!」
ある!
あるんだ!そういう知識!
あれからちゃんと勉強したんだ!
そう、確かに私にはそういった知識が足りなかった。
今世では必要ないし、性的知識は前世で学んでいるからとちゃんと勉強しなかった。
だから知らなかったのだ。
『魔力』が体に与える影響を。
だって前世の世界に魔力なんて無かったし。
そこで、お兄ちゃんによる性教育講座改め、お義姉様による性教育講座を開催してもらった。
まさか来年には成人を迎える十五歳にもなって、おしべとめしべの話しを聞かされるとは思わなかったけど、どこに魔力が絡んでくるのか分からなかったから最初のところから教えて頂いた。
魔力の相性が良い人同士や獣人族の番が子沢山なのは、体の相性が良いだけじゃなくて性行為によって排卵が誘発されるから、なんて知るかーーー!って叫んだ。
世界が変われば体の仕組みも変わるものなんだとしみじみ思った。
もっと早く気づいていれば良かった。
「あの後ちゃんと勉強したんです」
「まあ、それは残念…いえ、良かったですわ」
オリビア様、今、残念って言った?
「では、シェリルお姉様はウィル兄様のことをどうお考えなんでしょうか?魔力の相性が良いのでしょう?」
「ええ?!」
オリビア様の言葉にマチルダ様が驚いた声を上げる。
「そ、それ今は関係ないですよね」
降って湧いたウィルフレッド様の名前に思わず動揺してしまう。
「シェリルお姉様、ウィル兄様でもいいですけど、一度わたくしのお兄様とも魔力交換をして頂けませんかしら。もしかしたらウィル兄様より相性が良いかもしれませんもの。…お父様でも構いませんわ」
いやだから、どっちでも良さそうに言わないで!
「オ、オリビア様、こういったことは相性云々以前に、お互いの気持ちが大切だと思いますわ。政略結婚ならお互いの魔力に不快感がないことが重要な条件になりますけど、そうではないのですよね?」
マチルダ様、ありがとう!
「ウィルはシェリルのことが好きよ」
アマーリエ様は余計なこと言わないで!
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ウィルフレッド様のことは好き…だけど、だからどうしようとかは考えていないし、そもそも結婚は考えていないんだ。
「私は王宮魔術師になりたいんです」
そう。
私は女性初の王宮魔術師になるんだ。
だから結婚なんてしないんだ。
「別に結婚しても仕事が出来る環境を作ることは出来るでしょう?たとえ結婚しなくても、恋人を作ることだって出来るでしょう?」
アマーリエ様が焦れたように声を上げた。
「シェリルはどうして、恋愛や結婚の話しになると頑なに拒否するの?」
ズキンッ
と、心臓が痛みをともなって縮む音がした。
どうして?
そんなのわかってる。
私は
私は、怖いんだ。
誰かを好きになって
誰かを心から信じて
また
裏切られるのが
傷付けられるのが
怖い……
「シェリル?」
アマーリエ様が私の顔を覗き込むように見ている。
「あ…私……」
リンローン!リンローン!リンローン!
突然、すべてをぶった斬る大音量の鐘の音が鳴り響いた。
「「「!!!」」」
みんな一斉に顔を上げる。
「王宮からの緊急通信ですわね」
ディアナ王女が落ち着いた声で言った。
この前スタンピードの終息宣言があったばかりなのに、何事だろう。
「これより、中央議会から重要な報告をおこなう」
「お父様の声ですわ!」
通信魔道具から聞こえてきた声に、オリビア様が反応する。
「魔法学園の春祭りにて、国の保護対象者であるシェリル・マクウェン男爵令嬢に危害を加え、学園の研究棟を倒壊させたとして一部貴族家に処罰が下った。詳しい家名や処罰については後日書面にて知らせる」
え?
今、私、フルネームで呼ばれていませんでした?
あと、学園の研究棟を壊したのはウィルフレッド様とレオナルド殿下だった筈ですが、それもシュトレ強硬派のせいにしちゃったの?
「さらにシェリル・マクウェン男爵令嬢を誘拐しようと企てていた小国群のアズバン王国を、レオナルド王太子殿下を始めとするメネティス王国騎士団が制圧した。報復の可能性は少ないが、小国群と国境を接する地域は注意するように。以上」
……制圧?
アズバン王国を?
ええぇ…と、
え?なに?
どういうこと?
何がどうなっているの?!
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