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夏休み
86 ディアナ王女とオリビア様① ※俯瞰視点
しおりを挟むグンっと、意識を強く引っ張られるような感覚に驚いて、オリビアは顔を上げた。
目の前には同じように驚いた顔のディアナ。
「今のは…」
「シッ!」
ディアナが小さな声でオリビアを制す。
ガタンガタンと、あまり揺れない筈の馬車が大きく揺れて止まる。
その揺れに隣りに座っていた侍女の体が傾いた。
意識を失っているようだ。
馬車の窓はカーテンが閉められていて外の様子は分からないが、争う気配はなく、時折り護衛達の馬が不安気に嘶く声がする。
「賊でしょうか?」
オリビアは小声でディアナに聞いた。
ディアナは外の物音に耳を澄ませていたが、小さく頷いてオリビアを見た。
「そのようですわ。おそらく闇魔法の何かの術で護衛達の意識を失わせたようです」
「魔道具かもしれませんわ」
広範囲に及ぶ闇魔法には大量の魔力が必要だ。
外にいた護衛達を一度に昏倒させたのであれば、とてつもない量の魔力が必要になる。
それ程の魔力を持つ者はそういないだろう。
魔道具なら少しずつ魔力を貯めていき、一気に開放することで同等の効果を得ることが出来る。
「そうですわね。ただ、これ程の効果を出せる魔道具の所有者となると…」
二人の顔が曇る。
ディアナはバレンシア王国の王女であり、レオナルド王太子殿下の婚約者として王妃教育を受けている。
オリビアも三年前まではアーサー第二王子の婚約者として王子妃教育を受けていた。
だからこそ知っているのだ。
人の精神を操る闇魔法は、大陸全体で使用に制限をかけている。
その管理は各国の王家の役割だ。
今現在、悪用されそうな闇魔法を使った魔道具が製造されることはない。
そもそもの製造方法が、各王家によって秘匿されているからだ。
過去に作られた強力な魔道具も国によって収集され、王族しか入れない宝物庫で管理されている。
つまり、強い効果を生む闇魔法の魔道具を使うということは、いずれかの国の王族が関わっている可能性が高いのだ。
「スタンピードの混乱に乗じてディアナ様を人質に取り、何か後ろ暗い交渉を持ち掛けるか、戦争でも起こすつもりでしょうか…でも、メネティスとことを構えて利益のある国があるでしょうか…。もしくはゼオン王子の仕業とか?」
オリビアが最近知ったアズバン王国のゼオン王子の名を出した。
「アズバン王国が狙うならシェリル様でしょう。わたくし達に害をなしても、立場が悪くなるだけですわ」
メネティス王国からしたら、小国群のアズバン王国など小指で潰せるくらいの存在でしかない。
未来のメネティス王妃であり、海を隔てるとはいえバレンシア王国の王女であるディアナを害する理由はないだろう。
「おーい、そっちの御者も縛っておけよ。すぐには起きないだろうけど、追いかけられたら厄介だからな」
馬車の外から聞こえた声に、二人は身を固くする。
「アニキ~、馬車ん中はどうすんだ~」
「それは最後でいいぞ。まず起きたらヤバい奴らからしっかり縛っておくんだ」
馬車に近付いて来た足音が、ズルズルと何かを引き摺りながら離れて行く。
二人は同時に息を吐いた。
「何処の誰が、何の目的でこのようなことをしているのかは分かりませんが、殺すつもりはないようですわね」
ディアナが言うと、オリビアも頷いた。
「それにしても…」
ディアナが続けて言った。
「かなり強い術でしたわ。よく耐えられましたわね」
精神操作系の魔術は魔力量の多さで成功率が変わる。
今回使われた魔力はかなり多く、効果の強いものだった。
その言葉を聞いたオリビアが苦く微笑む。
「これでもハイベルグの娘ですから、ほかの人達に比べたら魔力は多いほうですの。それに…精神操作系の魔術は散々経験しましたから…」
今度はディアナが苦い顔になる。
オリビアは第二王子アーサーの婚約者だった時、シュトレ強硬派の手先に王子妃教育を受けていた。
彼等は、精神操作系の魔術に耐える訓練と称して、まだ幼かったオリビアに洗脳の魔術をかけていたのだ。
自我を潰され心を壊したオリビアが、その呪縛から解かれたのはつい最近のことだ。
「ディアナ様、そんなお顔なさらないでくださいませ。わたくしは大丈夫ですわ。
それよりも、実はわたくし……」
「アニキ~こっちは終わったぜ~」
「おう!こっちももうすぐ終わるぞ。お前は先に馬車ん中の女を縛っといてくれ」
ディアナとオリビアは目を合わせると、咄嗟に気絶したフリをした。
バタンッ
馬車のドアが開く。
「アニキ~」
「どうした」
「女が三人いる~」
「なんだと?」
ザックザックと足音が近付き、馬車の中を覗き込む気配がした。
「この手前の女は違う。縛っとけ」
ガタッ、ズルズル……。
オリビアの隣りで気を失っていた侍女が馬車から降ろされ引き摺って行かれる音がした。
「う~ん」
「アニキ、どっちが目的の女?」
「う~ん」
アニキは迷っているようだ。
「俺が聞いたのは、金髪で」
アニキの声と同時にオリビアは自分に視線が向けられたことが分かった。
「背が小さい女」
続けて言ったアニキの声と同時に、今度はディアナが視線を感じた。
『小さい』の部分に思わずピクリと反応してしまったが、気付かれなかったようだ。
「「う~ん」」
賊は迷っている。
「どっちかな?」
「アニキ~」
「なんだ?」
「とりあえず両方連れて行く?」
「……そうだな。金髪のと小さいのと、両方連れてけば間違いないな!」
アニキはそう言うと、ディアナとオリビアの手首をロープで縛り口に布を巻き、馬車のドアを閉めた。
ガタンッと馬車が動き出す。
ディアナとオリビアは目を開き視線を合わせた。
口に布が巻かれているせいで会話は出来ないが、金髪で背が小さい女と言っていたことで、奴等の狙いがシェリルであったことは二人にも分かった。
シェリルを逆恨みするシュトレ強硬派の残党の可能性と、アズバン王国のようにシェリルの魔法研究を狙った輩の可能性がある。
二人は同時に頷いた。
今騒ぎ立てて逃げ出したところで、慣れない夜道を歩いてマクウェン領まで行くのは難しいだろう。
助けを求めるにしても、人家がある場所も分からない。
二人は拘束されたままゆっくりと体を横たえた。
今は少しでも体力と魔力を温存しておかなくてはならない。
走る馬車の揺れを感じながら、二人はそっと目を閉じた。
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