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夏休み

83 声

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「今日はパジャマパーティーをしましょう!」

この前作ったつるつるピカピカの泥団子を、ディアナ王女とオリビア様に見せびらかしていたアマーリエ様が突然そう言った。

「「「え?」」」

いきなり何を言い出すんだ、この人。

「アマーリエ様、パジャマとは何ですの?」

「はっ!えぇと…寝衣!寝衣のことですわ!」

オリビア様の質問に慌てて答えるアマーリエ様。

「寝衣パーティーとは何でしょう?」

ディアナ王女も首を傾げている。

「え、えぇぇと…女の子同士で夜に寝衣で集まっておしゃべりをすることですわ!」

アマーリエ様が目をきらめかせながら答える。

パジャマ…そうだ、この世界ではパジャマをパジャマとは言わない。
つまりパジャマパーティーという名称はない。

危なかった。
普通に夜は寝たいから嫌ですとか言っちゃうところだった。

「寝衣でなくてはいけませんの?」

ディアナ王女が不思議そうに聞いた。

「そうですわ!みんな寝衣でベッドの上に寝転がってお菓子を食べながら、夜通し恋バナをするんです!」

「恋バナ…」

は、この世界にもある言葉なんだろうか。

「恋のお話しのことですわ!」

すかさずアマーリエ様が説明を加える。

…慣れてる。
さてはアマーリエ様、しょっちゅうこの世界にはない言葉を出しては説明しているな。

「ベッドに寝転がってというのはお行儀が悪くありませんこと?」

ディアナ王女が咎めるように言う。
ディアナ王女は、意外としっかり者でお行儀に煩い。
そんな所がマチルダ様に似ている。

いや、マチルダ様はお行儀には煩いけどあんまりしっかり者ではなかった。
しっかり者に見せかけたうっかり者だった。

アルノー先輩と番だという重要なことを私に言わないなんて、とんだうっかり者だ。

「だからいいんじゃないの!」

アマーリエ様が焦れたように声を上げた。

私達は顔を見合わせる。

「わたくしは参加したいですわ。ディアナ様とシェリルお姉様はどうなさいますか?」

オリビア様がそう言ってニコリと笑う。

ついこの間まで人が怖くて引きこもっていたオリビア様は、マクウェン領に来てからすっかり元気になっていた。
もともと回復の兆しが見えていたけど、ここに来て大きく環境が変わったことが良い方へ働いたようだ。

ディアナ王女と一緒にお義姉様の赤ちゃんをお風呂に入れたり、醸造所を見に行って調子の悪い魔道具を直したり、それを見ていた領民達が壊れた魔道具を直して欲しいと持って来たり…。

一応オリビア様は魔道具の修理屋さんではないとみんなに言ったんだけど、オリビア様自身が、庶民が使う魔道具を沢山見れて嬉しいと言っているから、もう好きなようにしてもらっている。

魔法学園の入学試験に無事合格したオリビア様は、宣言通り魔道具師になるため、暇さえあれば魔道具の研究をしている。

何より魔道具をいじっている時のオリビア様の恍惚とした表情を見たら、何も言えなくなってしまった。

「わたくしは…そうですわね。たまにはそういった変わった集いに参加してみるのも良いでしょう」

ディアナ王女もなんだか少しソワソワしながら同意する。

「では皆様、今夜は寝衣を着たらシェリルの部屋に集合ですわ!」

アマーリエ様が嬉しそうに話しを纏める。

「私の意見は聞いてくれないんですか?」

「駄目なの?」

アマーリエ様の紅い瞳が懇願するように私を見る。
さらにオリビア様とディアナ王女からも熱い視線を感じた。

この人達は王族と高位貴族のご令嬢だ。
普段は常に、頭の先から足先まで人に見られることを意識して暮らしている。
お行儀の悪いことなんて出来ないだろう。

それに恋バナなんて気軽に出来る立場でもない。

つまり……

「やりたいんですね」

アマーリエ様が大きく頷き、オリビア様が嬉しそうに微笑み、ディアナ王女が恥ずかしそうに横を向いた。

「もう、仕方ないなぁ」

私が溜息を吐きながらそう言うと、女子三人から歓喜の声が上がった。




そして、私の部屋の私のベッドの上。
ピクニックで使うような敷布をひいて、その上にお菓子やトレーに乗せたお茶を置き、みんな寝衣姿で思い思いに寛いでいる。

寝衣パーティー開催である。

侍女達が下がってすぐに、これが本題とばかりにディアナ王女が口を開いた。


「シェリル様はウィルフレッド様と魔力の相性がとてもいいと聞きましたけれど、やはり本命はウィルフレッド様ですの?」

「ぐはっ!!!」

いきなりのディアナ王女の先制攻撃に、口に入れたタルトを噴いてしまった。

「キャア!」
「何するのよ!シェリル!」

「な…何故それを…」

「レオナルド様が教えてくれました」

「くっ…!」

レオナルド殿下といいアントレーネ様といい、王族は口が軽いのか?

「シェリルお姉様は、ウィル兄様と魔力の相性が…とてもいいんですの?」

噴いたタルトを片付けていたら、心持ち赤い顔のオリビア様が聞いてきた。

「そうらしいわよ。でもシェリルったら魔力の相性がいいと体の相性がいいことを知らなくて、ウィルを翻弄していたのよ」

「してません!翻弄なんて!」

アマーリエ様にとんでもない疑いをかけられていた。

しかも久しぶりにウィルフレッド様の名前を聞いてあの藍色の髪と黒い瞳を思い出してしまい、何故か心臓がキュッと痛くなった。

「まあ、それはウィル兄様お気の毒に…。では、シェリルお姉様の本命はウィル兄様ですの?」

「ぶはっ!!!」

オリビア様の邪気のない言葉に、気持ちを落ち着かせようと口に含んだお茶を噴いた。

「キャア!」
「もう!汚い!シェリル!」

ベッドの上に敷布をひいておいて良かった。

「な、なんですか本命って」

困惑する私を他所にディアナ王女がグイッと身を乗り出す。

「シェリル様の本命については、わたくしの学年で大変話題になっていますわ」

話題ってナニ?

さらにアマーリエ様まで話しに乗ってきた。

「王宮の侍女達も気にしていたわ。宰相の後妻に推す声もあるのよ」

「え?!シェリルお姉様がお母様になりますの?!」

オリビア様が目を見開く。

「ならない!なりません!何ですかソレ!!!」

「シェリルはしっかりしてそうに見えるけど、けっこう抜けている所があるから、宰相のような大人の男性の方がいいんじゃないかって言ってたわ」

大変だ!
マチルダ様をしっかり者に見せかけたうっかり者なんて思った罰が当たったのか?!
まんま自分に返って来た!

「わたくしはお父様でもいいですけど、出来ればお兄様のほうに来て頂けたら嬉しいですわ。そうしたらシェリルお姉様が本当のお姉様になりますもの」

オリビア様が頬に手を当てて私を伺うように見た。

そんなどっちでもいいように言わないで!

「むむむ無理です!大体ユラン様が…」

私のことなんて…と言いかけて、サマーパーティーのダンスの後の、ユラン様の熱い瞳を思い出す。

「…っ」

思わず顔が熱くなった。

「シェリルは魔法の研究を続けたいのでしょう?だったらやっぱりウィルがいいんじゃないかしら。ウィルは三男だから公爵家を継がなくてもいいし、多分将来はメーデイア家が持つ子爵位あたりを貰うことになるから、爵位的にも問題ないわ。
ユランや宰相に嫁いで公爵家を切り盛りする立場になったら、魔法の研究なんて出来ないもの」

アマーリエ様が自論を展開し始めた。

「いえ、そもそも私、結婚は考えていないって言いましたよね」

そうだ、私は結婚なんて考えていないんだ。
いつの間にか私のお相手探しみたいになっているけど、そんなのいらないんだ。

「あら、結婚しなくても恋人ならいてもいいでしょう?」

アマーリエ様がめげない。

「こ、恋人?」

「そうですわ!その点ウィルなら無理して後継ぎを作らなくてもいいし、ストーカーするくらいシェリルのことが好きだから何でも言うこと聞いてくれそうだし、一番良さそうですわね」

アマーリエ様がひとりでうんうんと頷く。
待って、今、聞き捨てならない言葉があった。

「ストーカー?」

「ストーカーというのは、好意を持つ相手に一方的に付き纏う輩のことですわ」

手慣れた様子でストーカーの説明をするアマーリエ様。
いや、ストーカーは知っているけど。

「ウィルったらシェリルへの好意を拗らせて、バイト帰りのシェリルを見守りとか言ってストーカーしてましたのよ」

「ええ?!」

衝撃の事実!

「メネティス王国の方は…魔族の血を引くだけあって、粘着質な方が多いですわね」

ディアナ王女がポソリと呟いた。

そういえば、星祭りの時絶妙なタイミングで助けてくれたっけ。
あれはストーキングの結果なのか。

ん?

「あれ?好意…?」

今、ウィルフレッド様が私に好意を持ってるって…


「まあ、やっぱり気付いて無かったのね。ウィルはシェリルのことが好きなんですわ!」



好き……

ウィルフレッド様が私のことを好き……

それは……






フッと、目の前が暗くなる



ー 好きだよ


頭の中に声が響く


ー 大好き


懐かしい


ー ずっと側にいて


いまだに私を苦しめる声


ー 結婚しよう


やめて


ー 絶対幸せにする


嘘つき


ー 愛してるよ




もうやめて!
これ以上私を傷つけないで!



信じられない

信じない


もう、裏切られて、傷付くのはイヤダ……
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