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二年生 後期
60 魔力暴走
しおりを挟むきらめくナイフをヒラヒラさせながら、包囲の輪を縮めていく女生徒達。
「あのご存知だと思いますけど、私は今、国に保護されている身です。私を傷付けるということは国王陛下の意に反することになりますよ?」
「ふんっ。国に保護されているからと言って、国王陛下が貴女を保護していることにはならないわ」
「そうよ!国王陛下が貴女のことなんてお気になさるものですか!」
「ハイベルグ派の企みに決まっているわ!」
口々に叫ぶ女生徒達。
ええーと。
ハイベルグ派って、ユラン様のとこの派閥かな?
そういえば親衛隊は同じ派閥の子女で結成されるって聞いたけど、エルダー様の所とユラン様の所は仲悪いのかな?
「そう、ハイベルグ派の企みなのですわ。
かつてシュトレ公爵家を中央議会から追い落とし、そのシュトレを中央に戻すためにと国王陛下が組んでくださった、アマーリエ様とエルダー様の婚約に横槍を入れ、わたくしとアーサー様との婚約も邪魔しているのです」
案内の女生徒は、ナイフを持ったまま苛立たしげにそう言うと、私を憎々しげに睨んだ。
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オリビア様と結婚出来ないなら生涯独身でいるとか言ってる重い人だよね?
「貴女、ハイベルグの兄妹と親しいようですわね。どうせ、エルダー様を誘惑してアマーリエ様との婚姻を妨げ、シュトレを貶めようとしたのでしょうけれど、そうはいきませんわ!」
えええー!
ちょっと待ってー!
何だかよく分からないうちに派閥争いに巻き込まれてるー!!!
「ちょ、ちょっと待ってください!私は…」
「このナイフには、わたくしの領地で取れるジクド草の汁が塗ってありますのよ。傷口に入ると血液と反応して焼けるように痛み、その傷口は醜く焼けただれ、光魔法の治癒でも消せないのです」
ええぇ、何それ。
滅茶苦茶痛そう。
ジリジリと狭まる包囲網。
「ハイベルグなんかに肩入れして、わたくし達シュトレ派を貶めようとした罰ですわ。一生表に出られない顔にして差し上げます」
これはヤバい。
本気でヤバい。
逃げ道はない、けど、ないなら作るしかない!
私は目の前に迫っていたナイフを持った女生徒に勢いよく風魔法を飛ばした。
「キャア!」
彼女が後ろ向きに吹っ飛び地面に転がる。
「カリナ様!」
女生徒数人が転がった女生徒に向かう。
その隙に真後ろへ向き直り、そこにいた女生徒達にも風魔法を放つ。
「キャアー!」
三人転がった。
そうして出来た隙間を一気に駆け抜ける。
「逃げたわ!」
後ろから叫ぶ声がしたと思ったら、ドシャンと背中に何かが当たり、前につんのめる。
水魔法の攻撃を食らったらしい。
背中が冷たい。
「うぐっ!」
急いで起き上がろうとしたけど、背中を押されて地面に這いつくばってしまう。
「捕まえましたわ!」
「うぐぐっ」
ドスンと背中に衝撃。
首を回して見ると、女生徒のひとりが背中に乗っていた。
ううっ。
残念なくらいあっという間に捕まってしまった。
毎日のランニング、三十分じゃなくて一時間にしておけば良かった。
いや、こんな多勢に無勢じゃ早く走れても意味ないか…。
ガンッ
「っ!」
足を蹴られた。
「この、野蛮人!」
カリナ様と呼ばれていた女生徒が怒りに燃える目で私を見ていた。
「…野蛮なのは貴女達のほうです」
ガンッ
また足を蹴られた。
「そのまま押さえておきなさい」
カリナ様とやらが私の上に乗っている女生徒にそう言って、私の目の前に来た。
「ちょっと顔に傷をつけるだけにしようと思っていましたけど、わたくし達を侮辱した罰も加えて、二目と見られないくらい醜い顔にして差し上げますわ」
そう言って口元を歪ませた。
他の女生徒が、地面に這いつくばったままの私の顔を横向きに押さえつける。
目の前には冷たく光るナイフ。
怖い。
エルダー様もアーサー殿下もハイベルグ派も、私には関係ないのに何でこんな目に合わなくちゃいけないんだろう。
この世界で生きて行こうと決意したのはついさっきなのに、その決意が足もとからガラガラ崩れ落ちる音がした。
「恨むならハイベルグを恨みなさい」
振り上げられたナイフを見て、思わず目を閉じる。
ゴオオオ!!!
「キャアーーー!!!」
物凄い魔力のうねりと強い風、周囲の女生徒達の悲鳴が聞こえた。
同時に背中が軽くなる。
「シェリル!」
顔を上げると校舎の方からウィルフレッド様が藍色の髪を振り乱し走ってくるのが見えた。
「ウィル様!」
体の力が抜けていく。
助かった!
走って来るウィルフレッド様の姿が輝いて見える。
背中に乗っていた女生徒もウィルフレッド様の魔法で飛ばされたようだ。
私は体を起こそうと地面に手をつく。
と、左手をガシッと掴まれた。
「許さない!」
見ると、カリナ様と呼ばれていた女生徒が地面に倒れたまま私の手を掴んでいた。
反対の手には光るナイフ。
「シェリル!!!」
ザクッ
ナイフを持つ手が振り上げられ、私の左手に突き刺さる。
「あっ!」
ビュウウウ!
強い風が吹き、私の左手にナイフを残したまま、カリナ様と呼ばれていた女生徒が飛ばされる。
「っ、う、あ…」
ジュワンッと刺された場所が熱くなり、同時に皮膚がグツグツと煮えたつのが見えた。
痛い!!!
熱い!!!
「シェリル!」
顔を上げると側に来ていたウィルフレッド様が、私の手に刺さったままのナイフに手を伸ばすのが見えた。
「っ!危ない!触っちゃ駄目!!!何かの草の汁を塗ってるって…」
「ウィル!どけ!」
ウィルフレッド様を押し退けてレオナルド殿下が現れた。
レオナルド殿下は取り出したハンカチでナイフを包み引き抜く。
「うっ」
引き抜かれた瞬間ジュワッと音がして、傷口とその周辺が一気に焦げ付き、肉の焼ける匂いが鼻をつく。
「ジクド草か…」
レオナルド殿下の呟く声が聞こえた。
「つ…あっ」
痛いし熱い。
ジワジワと、皮膚が内側から焼ける感覚。
左手の甲は刺された場所を中心に、焼け爛れ焦げ付いている。
痛い…
でも、ウィルフレッド様が来てくれて良かった。
あのままだったら、顔を滅多刺しにされていたかもしれない。
ズンッ
と、突然体を押し潰されそうなくらいの強い魔力が襲って来た。
「ぐえっ」
実際押し潰されてまた地面に這いつくばった。
「ウィル?!落ち着け!」
レオナルド殿下の慌てたような声がした。
左手の痛みと強い魔力の圧力に耐えながらウィルフレッド様を見ると、私の左手を凝視したまま体中から凄い勢いで魔力を放出している。
レオナルド殿下がウィルフレッド様に手を伸ばす。
「ウィル!」
バチンッ
「っ?!」
レオナルド殿下がウィルフレッド様に伸ばした手に衝撃が飛ぶ。
神の悪戯だ。
「うわああああああ!!!」
ウィルフレッド様の叫び声と共に、ゴオウッと重い音を立てて大量の魔力が吹き出して渦を巻く。
パリパリパチパチと小さな神の悪戯がそこかしこで弾け飛ぶ。
これは……魔力暴走?!
感情を抑えないまま魔力を使うと、魔力量の制御が出来ず、その人が持つ以上の魔力を引き出そうとして自滅してしまう。
大変!
このままだとウィルフレッド様が危ない!!!
「ウィル様!」
「ああああああああああああ」
「ウィル!」
ズシン
と、ウィルフレッド様の魔力にさらに上乗せするように強い魔力がのしかかり、一気に意識が遠のくのを感じた。
…この魔力知ってる
レオナルド殿下の魔力だ…
チラチラと瞬く紅い魔力。
「ウィル!私の目を見るんだ!」
レオナルド殿下の声がして……
そして私は、二人の強すぎる魔力に押し潰されて意識を手放した。
ウィル様……ウィル様……ウィル様……
死なないで………
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