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二年生 前期
18 夕焼け色の馬車の中で
しおりを挟む闇魔法の癒しの魔術は、洗脳や記憶操作のように多くの魔力は使わない。
でも、心の傷の痛みが大きく強いほど、使う魔力は多くなる。
つまり魔力量があまり多くない私は、アルノー先輩に癒しの魔術をかけたあと、倒れこそしなかったけど魔力不足でフラフラになった。
多少動けるくらいに回復した頃には、慰労会も終わって他の人達はすでに帰った後だった。
王宮に泊まっていったらというアマーリエ様を振り切ったものの、夕刻に差し掛かろうとする時間に体調の悪い私をひとりで帰らせるのは不安だと、
「ウィル、シェリル嬢を寮まで送ってやれ」
と言うレオナルド殿下のお言葉には逆らえなかった。
で、メーデイア公爵家の馬車にウィルフレッド様と乗っている訳ですが…。
私にはお付きの侍女とかいないし、ウィルフレッド様にも従者や護衛がいないから、馬車の中は二人きりなんですけど、コレは未婚の貴族女性としていいんでしょうか?
「メーデイア様」
脳内では勝手に名前呼びしているけど、現実ではウィルフレッド様は公爵家子息様。
ご家名でお呼びしますとも。
私もある程度の常識は心得ている。
「……はい」
しばしの沈黙のあとウィルフレッド様の返事が微かに聞こえる。
顔は窓に向けたままで目は合わない。
「合同遠征実習の時、助けて頂いてありがとうございました」
「………」
「………」
沈黙っ。
何この沈黙!
さっきは露骨に目を逸らされてしまったし、私はウィルフレッド様に嫌われているんだろうか?
合同遠征実習では、集団行動を無視した身勝手な行動をした上、魔力の譲渡までしてもらい、挙句にうっかり眠ってしまった。
もともと話したこともないくらいの薄い関係だったのに、いきなり大迷惑をかけている。
嫌われても仕方ないかもしれない。
だとしたら王太子殿下の命令とはいえ、馬車に同乗して寮まで送るなんて嫌だったろうな。
なんだか申し訳ない。
「それに、寮まで送らせてしまって申し訳ありません。大通りまで出たらあとは歩いて帰れますから、メーデイア様は…」
「駄目だ!」
思いがけないくらい強い声で拒否されて、体がビクッと反応してしまった。
「あっ…す、すまない…」
「いえ、私のほうこそ…申し訳ありません」
「………」
「………」
なんだか怒ってる?
気まずい雰囲気…。
どうしよう、今すぐ馬車を降りたい。
と、馬車が向きを変え、窓から夕焼けの鮮やかな橙色が差し込んできた。
「シェ…マクウェン嬢は、無茶をし過ぎる」
「え?」
沈黙を破り喋り出したウィルフレッド様の声は固く、やっぱり少し怒っているように聞こえる。
「ヒュドラの時も、今日も、なんでもひとりでやろうとする」
ー シェリルちゃんはひとりで抱え過ぎ
アンさんの声が聞こえた気がした。
「辛い時や苦しい時は、言って欲しい。…っ、あ、あの…クラスメイトだし、同じチームだったし、その、仲間…だから…」
窓の外を向いたままのウィルフレッド様の顔を、夕焼けの色が赤く染めている。
「…頼って欲しい」
ー 頼っていいんだよ
セイラさんの声が聞こえた気がした。
「あ、ありがとうございます」
なんだか胸が熱くなって、そう答えるのが精一杯だった。
ウィルフレッド様も、心配してくれてたんだ。
クラスメイト、同じチーム、仲間として見ていてくれたんだ。
嬉しい。
込み上がってきた涙を見られたくなくて下を向く。
この世界の人達は優しい。
前世の記憶に縛られ心を開けなかった私を、本気で気にかけて心配してくれる。
「あ…えっと…、父から、癒しの魔術を使うと、傷になった出来事が見えると…聞いたんだが、具体的に、どういったものが見えるんだろう?」
俯いてしまった私に、ウィルフレッド様が声をかけてくる。
雰囲気を変えようとしているのか、不自然に明るい声だ。
「…今日のアルノー先輩は、ヒュドラ討伐の時の様子が見えました」
あと、マチルダ様がいっぱい。
マチルダ様の目とかマチルダ様の耳とかマチルダ様の尻尾とか…。
マチルダ様がヒュドラに喰われそうになって、咄嗟に利き手を出したら噛みちぎられたのだ。
あの二人何だかいい感じだよね。
レオナルド殿下はアルノー先輩の気持ちを知っていたから、二人がいい雰囲気になった時ニヤニヤ笑っていたんだな。
「術者も…傷になった出来事を追体験する、ということか?」
「追体験というか、強烈に残っている記憶の端が少しだけ見えてしまうという感じでしょうか。対象者が受けた痛みや苦しみを追体験する訳ではありません」
理由はわからないけど、特に強い記憶が見えてしまうみたいなのだ。
心の傷は繊細で、とてもプライベートな問題だ。
術者に記憶を見られるのを嫌がる人は多いだろうし、術者側の負担にもなる。
この辺りは魔術師団で調査研究してもらうことになっている。
「じゃあどうして、マクウェン嬢は、施術中辛そうにしていたんだ?」
真剣な声に思わず顔を上げると、ウィルフレッド様と目が合った。
黒い瞳。
懐かしい日本人の色。
「私は、あまり魔力量が多くないんです。
癒しの魔術は他の闇魔法の術ほど魔力を使うことはないですが、アルノー先輩の心の傷はまだ新しくて痛みが強かったので、思ったより魔力を使ってしまって…」
そこまで話したところでウィルフレッド様が身を乗り出し、私の手を取った。
「え??」
驚く私を他所に、繋がれた手からウィルフレッド様の魔力が流れこんできた。
…ああ、温かい。
思わず目を閉じて、ウィルフレッド様の魔力が体の隅々に流れて行くのを堪能する。
本当に気持ちいい。
あったかくてふわふわして…。
指の先まで温まり、満ち足りた気持ちで目を開けると、ウィルフレッド様の黒い瞳がじっと私を見ていたことに気付いた。
「はっ!す、すみません!」
魔力を分けてもらうのは二回目だ。
前回はそのまま寝てしまったし、今回はうっかり目を閉じて堪能してしまった。
恥ずかし過ぎる。
「少しは、楽になったか?」
ウィルフレッド様が握っていた手を外し、居住まいを直しながら聞いてきた。
「はい。ありがとうございます。これならもう歩いて帰れ…」
「駄目だ!」
また怒られた。
はあ、と溜息が聞こえる。
「…もう少し、自分を…大切にしてくれ」
そう言って顔を背けてしまったウィルフレッド様。
もう夕日は差し込んでいないのに、背けた顔がほんのり赤い。
なんだろう。
魔力を分けてもらって温まった体と心を、さらに優しく包み込まれているような気がする。
「メーデイア様」
「……ん」
「メーデイア様は、私の命の恩人です。それに、貴重な魔力を二度も分けて頂きました」
「………」
「お礼をさせて頂きたいのですが、何かご希望はありますか?あまり高価なものは用意出来ませんが」
ウィルフレッド様に何かお礼がしたい。
命の恩人であることもだけど、この世界で私を気遣い頼っていいと言ってくれる大切な仲間だから。
「お礼なら、ハンカチを貰った」
「あれはチームのみんなに差し上げたものです。ウィルフレッド様は命の恩人なんですから、もっと違うものを差し上げたいんです」
しかも刺繍をしたのはお姉様だ。
私の気持ちはさほど入っていない。
「じゃあ…」
ウィルフレッド様が言葉を詰まらせる。
「何ですか?」
「…その…シェリルと、呼んでもいいだろうか?」
え?
「それは…別に構いませんが、そうじゃなくて何か欲しい物とか必要な物とかないんですか?」
「欲しいもの……」
ウィルフレッド様はチラリと私を見て首を横に振った。
特にないのかな。
「……私のことを、ウィルと、呼んで欲しい」
ええ?
「それ、物じゃないです」
「…うん」
思ったことをそのまま言ってしまったら、ウィルフレッド様が項垂れてしまった。
ああ!感謝の意を表したかったのに、へこませてしまった!
「わ、分かりました!ウィル…様!ウィル様でいいですか?」
慌ててそう返すと、ウィルフレッド様が項垂れていた顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
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