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ジョージ
しおりを挟むゆっくりとドアを開けると、中には白人の男性が立っていた。
アウターを脱いで、濡れた頭を拭いている。
「アメ、トツゼンダッタネ」
日常会話もままならない僕の英語力で話せるか不安だったけど、男性が英語訛りのカタコトの日本語を喋ったことで安心した。
「道に迷ったみたいで、地図の通りに進めなくて。困ってる時にここを見つけました。助かりました」
「サムイ」
「え、あ。すみません」
開け放していたドアを閉めると、雨音が小さくなって、代わりに風がドアを叩いた。
「カゼスゴイネ」
「あの、ここって」
「6ナンバー レストハウス」
僕が目的にしていたのは三号休憩所。六号は、歩いていたはずの山道を大きく外れて、山腹の反対側に近い。どうしてこんなに違う道を歩いてるんだろう。
もう一度地図を取り出して広げると、僕が歩いてきた道の途中に山道から逸れる細道が描かれていることに気づいた。
その細道は途中で途切れ、繋がる先は地図に描かれていなかった。
歩いて来た獣道を考えると、道なき道を突き進んだことで山腹をぐるりと横断したらしい。
「ミチ、マチガエタ?」
背後からかかった声に振り抜くと、さっきまで頭を拭いていた背の高い男性が地図を覗き込んでいた。
わぁ、すごいイケメン。
鼻が高くって、目は淡い青色。
少し伸びた不精髭がカッコ良さを押し上げてる。
それに筋肉質の大きな体。僕とは大違いで男らしい。
思わずその姿に目を奪われて、じっと見つめてしまった。
はたと気付いて慌てて目をそらすと、地図に視線を戻す。
「みたいです。全然違うところ歩いてました」
「ドコカラキタノ」
「中峰口から」
「アー、……シュッシン?」
「福岡です」
「ワタシモFUKUOKAネ」
「へ、へぇ」
こんな田舎の地味な山に登る人なんて福岡の人がほとんどだろって思ったけど、恐らく気を遣って話しかけてくれたんだろう。
だけど、どう見ても福岡出身には見えないぞ?
荷物を下ろして、濡れた身体を拭くと、たった二人っきりの空間に居心地の悪さを覚えて、でも何を話せばいいのかわからず困ってしまった。
気まずいな。
そうだ。コーヒー!
簡易キットでコーヒーを淹れると、男性に渡した。
「Thank you」
優しい笑顔で返されると、どぎまぎしてしまう。
何度見てもかっこいい顔だなぁ。
っくしゅん。
温かいコーヒーで喉を潤すと、暖まった反射でくしゃみが出た。
「サムイ?」
「汗が冷えちゃって」
「フクガイイヨ」
拭けばいいってことかな?
「そうですね」
「ノゾカナイ」
え? 覗くって。僕男だけど。
男性は手をひらりと仰いで後ろを向くと、流麗な仕草でコーヒーを啜った。
「ワタシ、ジョージ。ジョージ・ネルソンね。キミハ?」
ネルソンネ? 変わった名前だな。
「僕、結城って言います。結城讓治」
「ジョージ! ジョージ!? Oh! sorry」
「はは、はい。同じですね」
ジョージと名乗ったその男性は、僕の名前を聞いて一度振り返ったけど、下着を脱ごうとしていた僕を見て、また背を向けた。
汗をかいてベタついていたのもあって、ウェットシートで拭いたら随分とすっきりした。
新しい肌着に着替えて冷えていた身体が少し温まる。
「着替え、終わりました」
「ハイキング、シュミ?」
「いえ、実は初めてで」
「ハジメテ?」
「卒業旅行がてら大学の友達と登る予定だったんです」
「トモダチ、ハグレタ?」
「実は……」
僕は、なぜ一人で登ることになったのかを掻い摘んで説明した。
こんなこと、聞かされても気分悪いだけだろうと思ったけど、ジョージと名乗った男性は親身になって話を聞いてくれた。
僕も、初めて出会った人だからか、変なプライドとか無くて、すっと話すことができた。
誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
説明すると頭が整理されたのか、友達と思っていた奴らにされたことに苛立ちを感じ始めた。
「イジメ、ラレテルノ?」
「いじめ……やっぱそう思いますよね。僕もそう思います。はは、なんでかな。昔からそうなんです。多分僕のせいだと思うんですけど、知らないうちに嫌われたり、裏切られることが多くて」
「ひどいな」
ん?
「そんな奴らは友達ではない」
あれ?
ジョージの言葉が流暢に……
ぎゅっ。
その上、肩を抱かれて、頭を優しく撫でられた。
いつの間にか僕の前に立っていたジョージが、優しく抱きしめた。
「あの?」
「酷い奴らだ。辛かったね」
「そう、ですよね。酷いことですよね。やっぱり、酷いことなんだ。酷いこと……あ、あれ?」
この特殊な状況に気が緩んだんだろうか?
勝手に涙が出てきた。
そっか。僕、辛かったんだ。
それにしても、なんでジョージは僕を抱きしめてくれてるんだろう?
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