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第一章 尊編 ①
初恋
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10歳になった。
その頃の僕は、バレンタインというイベントが嫌いだった。好きでもないチョコレートを知らない子たちに押しつけられる日だ。読めないような汚い字で書かれた、きらきらしい装飾がされた手紙が入っていることが常だ。
集団で寄ってくる女子達が怖くて、どうにか逃げたくて父さんに助けを求めたら「尊が好かれている証拠だからもらって来なさい」と言われた。
父さんはオレが沢山のチョコレートを持って帰ると、何故かいつも嬉しそうな顔をする。どうせなら父さんから貰いたいと思った。
「パパから僕にバレンタインのプレゼントはないの?」
「なんだ? チョコレート好きになったのか?」
「違うよ。バレンタインは好きな人にチョコレートをプレゼントするんでしょ? パパは僕のこと好きじゃない?」
「そうか。なるほどな。パパも尊のことは大好きだぞ。でも女の子達からの好きはパパのとは少し違うんだ。……はは。まだ尊には難しいか。そうだな。今度、美味しそうなの買いに行こうか。パパから尊にプレゼントだ」
「本当? やった!」
父さんに告白されるならすごく嬉しいだろう。
それをサッカークラブの友達に言ったら、変な顔をされた。
「お前って、ほんと父ちゃん好きだよな」
「好き……そうだね、好きかな」
「おまえんち、母ちゃんいねーんだろ? だから変態になったんじゃねぇの」
僕たちの会話を聞いていたらしい上級生が、話に割り込んできた。僕にレギュラーの座を奪われたいばりんぼだ。
「変態」の意味がその時はまだわからなくて、でも馬鹿にされたことは分かった。
「お前の母親は僕の父さんに色目使ってるじゃないか」
「(なぁ、いろめって何?)」
「(しらねぇけど、あいつの母ちゃん、いっつも尊の父ちゃんにベタベタしてるからそれじゃねぇ?)」
「(そういえばいつもおばさん達って尊のお父さんに集ってるよな。僕のお母さんもだからちょっといや……)」
後ろでコソコソと喋り始めた同級生達の声が聞こえたのか、お兄さんは顔を真っ赤にして、僕に「変態野郎っ」と捨て台詞を吐いてその場を去った。
だけど、その声をコーチが聞いていたみたい。
お兄さんはその後、コーチに長々と説教を受けて、僕には近づかなくなった。
理由は知らないけど、しばらくしてクラブチームからも姿を消した。
◆
バレンタインはチョコレートを貰うと、お返しをしなくてはいけないことを友達から聞いた。
僕は、貰ったこと自体がどうしても納得いかなくて、無視することにした。
女の子に優しくない僕を、友達は「お前、嫌われるぞ」なんて言ってたけど、それでもよかったんだ。
そんな時、同じクラブチームの男子が、お返しのお菓子をクラスの女子にあげたら、無理やりキスされて気持ち悪かったと言っていた。
それを聞く時まで、キスは頭や頬にするものだと思っていたから、その時初めて恋人や夫婦や好き合っているもの同士は、口にするものなのだと教えてもらった。
でも、父さんがあの女とキスしてるところは見たことがない。
「僕、父さんに口にキスされたことないよ? 好きじゃないってことかな」
「あたりめーだろ、父ちゃんが口にしたら気持ちわりーじゃん」
「でも好きだろ?」
「好きでも親とはしねーって。俺のかーちゃんは口にしようとすっけど、俺いっつも逃げるもん。ぜってーやだね」
「母さんはやだな」
「だろー? かーちゃんはとーちゃんとしてろっての!」
その話をしてから、もしかしたら僕は父さんに好かれていないんだろうかと上の空になった。
そんな折、体育の授業中ちょっと余所見した隙に、目の前を走ってた奴が転んだ。
その時もぼうっとしてた僕は避けられず、なだれ込むように変な体制で転けてしまった。
うまく受け身が取れなくて、骨折してしまったんだ。
病院で初めての手術を体験して、病室で待っていると、父さんが慌た表情で僕の様子を見に来てくれた。まだ仕事の時間だったはずだ。
一度顔を見せた後、病院の先生に連れて行かれて、少し疲れた顔で戻った父さんは、忙しなく身の回りの支度をして、僕と話すのもそこそこに、家に帰ると言い出した。
僕は父さんの浮かない表情に、このまま置き去りにされるんじゃないかと不安に取り憑かれ、父さん呼び止め、キスをせがんだ。
いつものように抱きしめて、おでこにキスをしてくれたが、僕は口にして欲しかった。
それなら、自分からすれば良いんじゃないかと思い立って、差し出された頬を通り越して父さんの口に自分の口を寄せた。
じっと待ってくれている父さんの横顔を見ると、急に恥ずかしくなって、口を避けてキスをした。
あんなにしたかったのに、なんで恥ずかしくなったんだろう。
病室を出ていった父さんを見送って、心臓がバクバク音を立てていることに気づいた。
どうしちゃったんだろう。何か病気かな。
その頃の僕は、バレンタインというイベントが嫌いだった。好きでもないチョコレートを知らない子たちに押しつけられる日だ。読めないような汚い字で書かれた、きらきらしい装飾がされた手紙が入っていることが常だ。
集団で寄ってくる女子達が怖くて、どうにか逃げたくて父さんに助けを求めたら「尊が好かれている証拠だからもらって来なさい」と言われた。
父さんはオレが沢山のチョコレートを持って帰ると、何故かいつも嬉しそうな顔をする。どうせなら父さんから貰いたいと思った。
「パパから僕にバレンタインのプレゼントはないの?」
「なんだ? チョコレート好きになったのか?」
「違うよ。バレンタインは好きな人にチョコレートをプレゼントするんでしょ? パパは僕のこと好きじゃない?」
「そうか。なるほどな。パパも尊のことは大好きだぞ。でも女の子達からの好きはパパのとは少し違うんだ。……はは。まだ尊には難しいか。そうだな。今度、美味しそうなの買いに行こうか。パパから尊にプレゼントだ」
「本当? やった!」
父さんに告白されるならすごく嬉しいだろう。
それをサッカークラブの友達に言ったら、変な顔をされた。
「お前って、ほんと父ちゃん好きだよな」
「好き……そうだね、好きかな」
「おまえんち、母ちゃんいねーんだろ? だから変態になったんじゃねぇの」
僕たちの会話を聞いていたらしい上級生が、話に割り込んできた。僕にレギュラーの座を奪われたいばりんぼだ。
「変態」の意味がその時はまだわからなくて、でも馬鹿にされたことは分かった。
「お前の母親は僕の父さんに色目使ってるじゃないか」
「(なぁ、いろめって何?)」
「(しらねぇけど、あいつの母ちゃん、いっつも尊の父ちゃんにベタベタしてるからそれじゃねぇ?)」
「(そういえばいつもおばさん達って尊のお父さんに集ってるよな。僕のお母さんもだからちょっといや……)」
後ろでコソコソと喋り始めた同級生達の声が聞こえたのか、お兄さんは顔を真っ赤にして、僕に「変態野郎っ」と捨て台詞を吐いてその場を去った。
だけど、その声をコーチが聞いていたみたい。
お兄さんはその後、コーチに長々と説教を受けて、僕には近づかなくなった。
理由は知らないけど、しばらくしてクラブチームからも姿を消した。
◆
バレンタインはチョコレートを貰うと、お返しをしなくてはいけないことを友達から聞いた。
僕は、貰ったこと自体がどうしても納得いかなくて、無視することにした。
女の子に優しくない僕を、友達は「お前、嫌われるぞ」なんて言ってたけど、それでもよかったんだ。
そんな時、同じクラブチームの男子が、お返しのお菓子をクラスの女子にあげたら、無理やりキスされて気持ち悪かったと言っていた。
それを聞く時まで、キスは頭や頬にするものだと思っていたから、その時初めて恋人や夫婦や好き合っているもの同士は、口にするものなのだと教えてもらった。
でも、父さんがあの女とキスしてるところは見たことがない。
「僕、父さんに口にキスされたことないよ? 好きじゃないってことかな」
「あたりめーだろ、父ちゃんが口にしたら気持ちわりーじゃん」
「でも好きだろ?」
「好きでも親とはしねーって。俺のかーちゃんは口にしようとすっけど、俺いっつも逃げるもん。ぜってーやだね」
「母さんはやだな」
「だろー? かーちゃんはとーちゃんとしてろっての!」
その話をしてから、もしかしたら僕は父さんに好かれていないんだろうかと上の空になった。
そんな折、体育の授業中ちょっと余所見した隙に、目の前を走ってた奴が転んだ。
その時もぼうっとしてた僕は避けられず、なだれ込むように変な体制で転けてしまった。
うまく受け身が取れなくて、骨折してしまったんだ。
病院で初めての手術を体験して、病室で待っていると、父さんが慌た表情で僕の様子を見に来てくれた。まだ仕事の時間だったはずだ。
一度顔を見せた後、病院の先生に連れて行かれて、少し疲れた顔で戻った父さんは、忙しなく身の回りの支度をして、僕と話すのもそこそこに、家に帰ると言い出した。
僕は父さんの浮かない表情に、このまま置き去りにされるんじゃないかと不安に取り憑かれ、父さん呼び止め、キスをせがんだ。
いつものように抱きしめて、おでこにキスをしてくれたが、僕は口にして欲しかった。
それなら、自分からすれば良いんじゃないかと思い立って、差し出された頬を通り越して父さんの口に自分の口を寄せた。
じっと待ってくれている父さんの横顔を見ると、急に恥ずかしくなって、口を避けてキスをした。
あんなにしたかったのに、なんで恥ずかしくなったんだろう。
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