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第一章 柊編
ばれました。
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その日を境に、尊との睦合いは無くなった。
初めはホッとした気持ちのほうが強かったと思う。しかし、日が経つにつれて寂しさも襲って来た。
今まで一緒だった寝室も入って来なくなって、ソファーで寝ていた。
身体に悪いし、一緒に寝るくらいはいいだろうと、ベッドに来いと言ってみたが、頑なに来なかったため、物置にしていた部屋を片付けてベッドを買い、そこに尊の部屋を作った。
今更ながらに尊との時間を作りたいがために、俺は尊を1人にする時間を奪っていたことに気づいた。父親という役柄を盾に尊を束縛していたのだろう。
親離れしていく息子に誇らしさはあれど、やはり寂しさは拭えなかった。
一緒の時間が減っても、仲が悪くなることはなかったが、尊の夜遊びの回数は日に日に増えていった。
成績は落としていないし部活も真面目にやっているようだが、身だしなみや口調にだらしなさが増えた。これが反抗期なのだろうか?
それに伴うように、体つきや顔つきも大人びてきた。誰が見てもモテるだろうとわかる。最近は香水の匂いをさせて朝帰りすることも少なくない。
睡眠時間はちゃんと確保して欲しいんだがな。
比例して、尊に合わせて春を迎えた俺の性欲も、だんだんと数を減らし、今では右手の世話になることもなくなった。
────
この春、尊は帝大に進学する。
サッカーは何度かプロや大学からの勧誘も受けていたが、本人は他にやりたいことがあるからと、一度も誘いに乗ることはなかった。
俺は優秀な尊が巣立つのを少し寂しい気持ちで、入学準備のための申し込み用紙やら入学金を揃えていた。尊は一人暮らしを希望するだろうからそれ用の通帳と印鑑も……
あれ?
滅多に開けない金庫の中を探していて気づいた。
DNA鑑定の封筒が開けられている。
……いつからだ? いつ知ったんだ。
ここはほとんど開けることのない引き出し型金庫。開けたとしても必要なものだけ取り出して、すぐに閉めてしまうから、中を探ることはない。
万が一、尊が開けても目に止まらないよう、登記簿などの下にしていた鑑定書の封筒。
鍵はいつもかかっていたはず。尊にパスコードも教えていない。
だが、見えなかったはずの封書は1番上に鎮座していた。
尊はもう、知っていたのか。どう思っていたんだろうか。このまま家を出て行ったら、親子関係は終わってしまうのだろうか。
俺との時間を減らしていく尊は、俺に頼らないと決めたのかもしれない。
社会人になってしまったら俺の元に戻ってくる理由は無くなる。そう考えると、急激に不安が押し寄せた。
もう俺は尊の親であることも出来ないのか。
◆
「ただいま」
「おかえり。尊、ちょっといいか」
「何? 父さん」
────そうだった。「父さん」そう呼んでもらえるのも、この話をしたら終わりかもしれない。
「パパ」と呼ばなくなったのはいつだっただろうか。
そう考えたら涙が出そうになった。
「春からお前が住むマンションの情報を取ってきた。大学から近くて、家賃が高すぎなくて、オートロックのついてるところな。勝手に入ったりはしないが鍵は渡しとけよ」
「ちょっと待って、何だよそれ」
「何って、大学生になったら一人暮らしするだろ?」
「……それって、この家からオレを追い出すってことか? 他人のオレはお払い箱なのかよ!? 結局あんたもオレを捨てるのか!」
「そうじゃ無くて、お前が……、もしかして家を出ないつもりだったのか?」
「ここから通えるから帝大にしたんだ」
「でも、やっぱり知ってたんだな」
「何が」
「俺とお前の関係だ」
「……!」
「見たんだろ?」
「……みたよ」
「やっぱり、そうか。……今まで黙っていてすまなかった」
「言う時はオレを家から追い出す時だろ」
「何を言ってるんだ。確かに俺とお前は血が繋がってない。それは残念ながら本当だ。でも戸籍上は親子だ。それに俺はお前のことを本当の息子だと思っている」
「オレは息子になんかなりたくなかった」
予想外の言葉に思考が止まる。今、尊は何と言った?
「なん……だと?」
「オレはあんたの息子になんてなりたくない。ずっと昔からそう思ってた。だから、あんたと親子じゃないって知って嬉しかったんだ」
俺は、必要とされていなかったのか。
「嬉し……。そう、か、そうだったのか。そっか。俺だけ、だったんだな、ずっと。お前にとっては赤の他人だもんな。そりゃ血の繋がった親が良いよな」
「っ! そうじゃないっ」
「いや、当然のことだ。俺がお前に依存してただけなんだ。すまなかった。もう、解放してやるから」
「おい、ちょっ」
「すまん」
居た堪れなくなって、家を出た。
まさかずっと嫌われていたなんて考えもしなかった。以前、あんなに甘えてくれていたのは、全部演技だったのか?
こんなにあっけないものなのか。
血の繋がりってそんなに大事か? 俺は尊の事をずっとずっと1番に考えて生きてきた。世界中の誰よりも愛している。どこにいるのかわからない本当の両親よりもずっと。
それでもダメなのか。血が繋がっていなければ、結局他人でしかないのか。
今、尊の顔を見るのは辛いな。
尊が1人で生きる道を選ぶなら、ちゃんと別れを言わなくてはと思うけど、それを言えば最後になってしまう。
家に戻る勇気が出ず、俺は逃げることを選んだ。
初めはホッとした気持ちのほうが強かったと思う。しかし、日が経つにつれて寂しさも襲って来た。
今まで一緒だった寝室も入って来なくなって、ソファーで寝ていた。
身体に悪いし、一緒に寝るくらいはいいだろうと、ベッドに来いと言ってみたが、頑なに来なかったため、物置にしていた部屋を片付けてベッドを買い、そこに尊の部屋を作った。
今更ながらに尊との時間を作りたいがために、俺は尊を1人にする時間を奪っていたことに気づいた。父親という役柄を盾に尊を束縛していたのだろう。
親離れしていく息子に誇らしさはあれど、やはり寂しさは拭えなかった。
一緒の時間が減っても、仲が悪くなることはなかったが、尊の夜遊びの回数は日に日に増えていった。
成績は落としていないし部活も真面目にやっているようだが、身だしなみや口調にだらしなさが増えた。これが反抗期なのだろうか?
それに伴うように、体つきや顔つきも大人びてきた。誰が見てもモテるだろうとわかる。最近は香水の匂いをさせて朝帰りすることも少なくない。
睡眠時間はちゃんと確保して欲しいんだがな。
比例して、尊に合わせて春を迎えた俺の性欲も、だんだんと数を減らし、今では右手の世話になることもなくなった。
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この春、尊は帝大に進学する。
サッカーは何度かプロや大学からの勧誘も受けていたが、本人は他にやりたいことがあるからと、一度も誘いに乗ることはなかった。
俺は優秀な尊が巣立つのを少し寂しい気持ちで、入学準備のための申し込み用紙やら入学金を揃えていた。尊は一人暮らしを希望するだろうからそれ用の通帳と印鑑も……
あれ?
滅多に開けない金庫の中を探していて気づいた。
DNA鑑定の封筒が開けられている。
……いつからだ? いつ知ったんだ。
ここはほとんど開けることのない引き出し型金庫。開けたとしても必要なものだけ取り出して、すぐに閉めてしまうから、中を探ることはない。
万が一、尊が開けても目に止まらないよう、登記簿などの下にしていた鑑定書の封筒。
鍵はいつもかかっていたはず。尊にパスコードも教えていない。
だが、見えなかったはずの封書は1番上に鎮座していた。
尊はもう、知っていたのか。どう思っていたんだろうか。このまま家を出て行ったら、親子関係は終わってしまうのだろうか。
俺との時間を減らしていく尊は、俺に頼らないと決めたのかもしれない。
社会人になってしまったら俺の元に戻ってくる理由は無くなる。そう考えると、急激に不安が押し寄せた。
もう俺は尊の親であることも出来ないのか。
◆
「ただいま」
「おかえり。尊、ちょっといいか」
「何? 父さん」
────そうだった。「父さん」そう呼んでもらえるのも、この話をしたら終わりかもしれない。
「パパ」と呼ばなくなったのはいつだっただろうか。
そう考えたら涙が出そうになった。
「春からお前が住むマンションの情報を取ってきた。大学から近くて、家賃が高すぎなくて、オートロックのついてるところな。勝手に入ったりはしないが鍵は渡しとけよ」
「ちょっと待って、何だよそれ」
「何って、大学生になったら一人暮らしするだろ?」
「……それって、この家からオレを追い出すってことか? 他人のオレはお払い箱なのかよ!? 結局あんたもオレを捨てるのか!」
「そうじゃ無くて、お前が……、もしかして家を出ないつもりだったのか?」
「ここから通えるから帝大にしたんだ」
「でも、やっぱり知ってたんだな」
「何が」
「俺とお前の関係だ」
「……!」
「見たんだろ?」
「……みたよ」
「やっぱり、そうか。……今まで黙っていてすまなかった」
「言う時はオレを家から追い出す時だろ」
「何を言ってるんだ。確かに俺とお前は血が繋がってない。それは残念ながら本当だ。でも戸籍上は親子だ。それに俺はお前のことを本当の息子だと思っている」
「オレは息子になんかなりたくなかった」
予想外の言葉に思考が止まる。今、尊は何と言った?
「なん……だと?」
「オレはあんたの息子になんてなりたくない。ずっと昔からそう思ってた。だから、あんたと親子じゃないって知って嬉しかったんだ」
俺は、必要とされていなかったのか。
「嬉し……。そう、か、そうだったのか。そっか。俺だけ、だったんだな、ずっと。お前にとっては赤の他人だもんな。そりゃ血の繋がった親が良いよな」
「っ! そうじゃないっ」
「いや、当然のことだ。俺がお前に依存してただけなんだ。すまなかった。もう、解放してやるから」
「おい、ちょっ」
「すまん」
居た堪れなくなって、家を出た。
まさかずっと嫌われていたなんて考えもしなかった。以前、あんなに甘えてくれていたのは、全部演技だったのか?
こんなにあっけないものなのか。
血の繋がりってそんなに大事か? 俺は尊の事をずっとずっと1番に考えて生きてきた。世界中の誰よりも愛している。どこにいるのかわからない本当の両親よりもずっと。
それでもダメなのか。血が繋がっていなければ、結局他人でしかないのか。
今、尊の顔を見るのは辛いな。
尊が1人で生きる道を選ぶなら、ちゃんと別れを言わなくてはと思うけど、それを言えば最後になってしまう。
家に戻る勇気が出ず、俺は逃げることを選んだ。
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