Pieces of Memory ~記憶の断片の黙示録~

橋本健太

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第5章 六凶編 VS ブラッディマリア・ブルードラグーン

第177話 九龍的女孩子 チェン・マイ・ラム

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 チェン・マイ・ラムは、2004年5月14日に香港九龍半島九龍城区で生まれた。両親は、かつて九龍城砦に住んでおり、黒社会と繫がりがあった。彼女の名前は、ラムが名字で、本名はラム・チェン。マイは、母親が日本に行った時に、女の子の名前で「まい」というのを知り、可愛いので娘につけようと思ったからである。両親は九龍城砦で出会い、一緒に住んでいた。取り壊された後、九龍城区のマンションに移住。母親は小さな茶餐店を経営し、父親は深水步(シャムシュイポー)の市場で携帯電話を売っている。2人共、混沌としたスラム街で生きてきたので、精神的に逞しい。小学生になったチェンは、カンフーをやるようになった。
「ジャッキー・チェン、カッコいいな~。」
父親と共に、ジャッキー・チェンの映画のDVDを観賞したことで、その影響を受けた。休日には、九龍公園でカンフーの手解を受けた。
「構えは、こうだ。パンチとキックは正しい構えで放つ。力を集中させるんだ。」
「うん。ヤァ!!!」
「いいぞ、その意気だ!!」
母親の経営する茶餐店では、油条(北京語:ヨウティアオ・広東語:ヤウティウ)と呼ばれる揚げパンが人気で、程良い塩気が美味い。粥に浸しても美味い。母親から油条の作り方を教わる。
「こねこねして、1度寝かせる。」
寝かせた生地を包丁で切り、高温の油で揚げる。きつね色にカラッと揚がった油条。何もつけずに食べる。
「好吃!!」(ハオチー!! 日本語:美味しい!!)
「チェン、中々やるわね。」

 チェンが10歳の時、雨傘運動と呼ばれる民主化を求めるデモが起きた。各地でデモ隊と警察、デモ反対派の市民との衝突が起こり、連日報道された。
「彼ら彼女らの主張に、1度でも耳を傾けろってんだ、全く!!」
「市民を無闇に抑え込むなんて、ジャッキー・チェンが見たら悲しむわ。」
両親は、民主化を求める若者達に共感し、弾圧する香港警察に強い憤りを覚えた。チェンは、若者達を支持した。雨傘運動は12月に終結したが、父親は雨傘運動の主謀者の一員でもある学民思潮に深い感銘を受けた。
「あの子達、若いのに中々やるな。感動したよ。」
学民思潮は、1990年代生まれ世代が立ち上げた民主化を求める団体で、2011年に設立された。リーダーは黄之峰(ジョシュア・ウォン こう・しほう)で、主要メンバーに周庭(アグネス・チョウ しゅう・てい)がいる。
「周庭って娘、可愛いよな。」
「確かに。てか、お父さん、エロい目で見てるの?」
雨傘運動は失敗に終わったが、父親は今後、これ以上に大規模な動乱が起こると確信。チェンと武術に打ち込むことになった。
「いずれ来る大きな動乱に備えて、強くなろう!!」
「うん!!その時は私も戦う!!!」

 2019年2月、香港政府が逃亡犯条例の改正案提出を発表した。これに反発した香港市民が各地でデモを起こした。6月に大規模なデモが起こり、夏には警察とデモ隊との激しい衝突が起きた。チェンと父親は、デモに参加。母親は後方から支援した。暴力の応酬となり、警官は催涙ガスや放水でデモ隊を攻撃、デモ隊も火炎びんなどで抵抗した。
「これが警官のすることかよ…。」
無抵抗な市民への攻撃や、元朗(ユンロン)駅で起きた白シャツの連中による襲撃事件など、警察の過剰な暴力に2人は怒りと失望を覚えていた。ネオンサイン煌めくネイザンロードを爆走するパトカー、市民を銃撃する警官。2人も警官に容赦なく攻撃する。
「お前等こそが、黒社会だゴラァ!!」
金的を食らわし、落下した拳銃を蹴り飛ばす。それをチェンが拾い、華麗な手裁きで警官を発砲する。
「決まった、このスーパーコンボ!!」
「それ逃げろー!!」
父親が九龍城砦に住んでいた時に、一緒だった悪友達も協力。デモを起こす若者達を支援。
「こっちだ、このルートを通れ!」
「食らえ、黒警!地溝油からの火だるまだぁ!!」
この反政府抗議デモは、単なる政治的運動だけでは無くなった。デモが深刻化するにつれ、香港国内で親中派と反中派、警察・政府支持者と反警察・反政府派と社会が分断され、個人レベルでも分断や衝突が起きた。香港警察の中にも、自分達がしていることは正しいのか、と葛藤する者も現れた。
「香港警察として、10年はやってきたが、これ程市民から嫌われたことはない。どうすりゃいいんだ…。」
2020年に入ってもデモは続き、2人は戦い続けた。しかし、その日も終わりを告げた。春節が終わった2月、香港島での抗議活動に参加。警官達を攻撃する一同。
「ハイヤー!」
詠春拳の動きで、次々と警官を撃破するチェン。中環駅の通路で火炎瓶を投げ、警官に抵抗する。既に仲間達は逮捕されている。警官に包囲された。
「く、ここまでかもしれない。」
「死了、黒警。」(死ね、黒警察。)
一か八かで、橋から飛び降りたが失敗。転倒した所で取り押さえられ、逮捕されてしまった。
「死了!黒警!」
逮捕されたチェン。懲役2年となり、刑務所に服役した。

 2022年、釈放されたチェンは何とか高校を卒業。しかし、人間不信に陥り、心は荒んでいた。母親は亡くなり、店は廃業。同じく釈放された父も、香港政府と香港警察に対して、強い怒りと憎しみを抱いていた。
「黒警、共産党、大陸人、腐った狗共が!!!」
親中派の人間を、手当たり次第襲撃し、金を巻きあげるなど悪の道へ堕ちていく。2023年に黒社会と繋がり、父親も亡くなったことで、チェンの心は闇に染まった。
「黒社会バンザイ!」
しかし、2024年のある日、ウォンによって組織は壊滅。チェンは最後まで抵抗した。
「怒りのままに、ただ恨みのままに、拳を振ることしか出来ない。お前は一体なんだ?」
「黙れ、お前に何が分かる!」
ウォンは、拳を受け止め、チェンに渾身の一撃を放った。行き場のないチェンに手を差し伸べ、黒社会から救い出した。チェンは改心し、探偵学校で基礎を学び、2025年にウォンの下で探偵として働くことになった。
「徳を以て、怨みに報いゆ。」
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