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第5章 六凶編 VS ブラッディマリア・ブルードラグーン

第175話 真珠の貴婦人 アグネス・ワン

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 アグネス・ワンは、2000年4月28日に香港島湾仔で生まれた。香港人の父親とシンガポール人の母親との間で生まれたので、彼女はハーフ。小さい頃から可愛いと言われ、人気者であった。香港島は、超高層ビルが乱立し、住居も複雑に入り組んでいる。中等教育の段階で、アグネス・ワンは英語・中国語の他に、日本語も習得。漫画・アニメなどに代表されるCool Japanに憧れを抱くようになった。
「日本、いつかは行きたいな。」
母親のルーツであるシンガポールにも、興味を抱き、シンガポールのことも勉強し始めた。ゴミ1つ落ちてない美しい街並み・多文化共生社会・都市国家ながら発展した経済力、と魅力的な国だと知った。
「お母様、私もいつかシンガポールに行きたい。」
「ええ、アグネスがシンガポールに行けるようになったら、お母さんも応援するわ。」
香港からシンガポールへの南国ドリームを夢見るアグネス。しかし、困難が待ち受ける。

 2014年9月26日、香港で普通選挙を求めて、高校生・大学生らが授業をボイコットし、デモを起こした。警察はデモ隊に対して、催涙スプレーなどで鎮圧。彼らは傘で催涙ガスを防御したことから、雨傘運動と呼ばれた。
「何?どうなってるの?」
旺角・中環・金鐘・銅鑼湾が占拠され、10月3日には、九龍半島でデモ隊と反対派の激しい衝突が起きた。ニュースで報道される大混乱にアグネスは、胸を痛めた。
「何で?何で同じ市民同士で傷つけ合うの?!」
激しい衝突と民主的な交渉は、3ヶ月も続き、12月15日に終わった。困難を乗り越えたアグネスは、夢を掴むために猛勉強を積み重ね、2019年にシンガポールマネージメント大学に進学。シンガポールに移住した。

 シンガポールに到着した時、アグネスは感激を受けた。南国の雰囲気・多文化共生社会・経済発展した都市国家で、ここで自分の可能性を広げられる、と感じた。シンガポールは都市国家で、1965年にマレーシアから分離独立。香港の茶餐店よりもお手軽なホーカーズやフードコートが充実している。商業都市で毎日仕事するシンガポール人にとっては、外食するほうがお得なのである。シンガポールを表す形容詞「Fine」は「元気のある、活気」と「罰金」という意味があり、リー・クアンユーが厳罰主義を採ったから、シンガポールでは、ポイ捨てなどに罰金が課せられる。毎日勉学に励み、シンガポールのグルメに舌鼓を打つ。香港は美食の街で、飲茶・広東料理・茶餐店での香港式洋食、とグルメが充実している。アグネスもシンガポールの料理を気に入った。

・肉骨茶(バックテー)
・海南チキンライス
・チリクラブ

特にこの3つを好んで食べた。大学での学びを終え、2023年にアグネスはシンガポールマネージメント大学を卒業。シンガポール証券取引所に就職。海外の企業相手にお金の取引を行う。シンガポールでの日々は充実し、成長を感じていた。翌年の旧正月の時に、海外旅行でイギリスに行った。かつて香港・マレーシア・シンガポール・インドなどを植民地にし、大英帝国と呼ばれた。伝統的な王室のあるロンドンの町を歩き、大英博物館などを堪能。
「かつて帝国と呼ばれただけのものはあるわ。」
冬のヨーロッパは極寒で、氷点下まで下がる。南国育ちのアグネスには、この寒さは堪える。イギリス料理は、イタリア料理・フランス料理に比べると不味いと言われる。それでも、フィッシュアンドチップスは美味だった。
「これは美味しいわ。」
イギリス文学で、著名な作家 アガサ・クリスティー、コナン・ドイルなどの推理小説にハマり、シャーロックホームズに惹かれた。イギリスで探偵と言う職業を知り、帰国後、探偵について猛勉強した。この年の初夏に、海外の探偵に関する求人を見ていると、香港で探偵募集の求人を見た。

黄仙(ウォンシン)探偵事務所
所在地 香港九龍半島油尖旺区
      Mong kok Kowloon Hongkong
募集 探偵
雇用形態 正社員
応募条件 年齢上限 35歳まで
     語学力 英語・中国語(北京語・広東語)・日本語
選考内容 書類選考
     面接(海外の場合は、オンライン)

「これだ。」
アグネスは一念発起し、シンガポールから挑戦した。書類選考を通過し、面接試験に漕ぎつけた。パソコンのZoomを使い、オンライン面接を行う。スーツに着替え、エアコンの利いた部屋で面接。緊張で背中に汗が滲む。

2024年6月15日(土) 午前10時開始
ウォンは香港の探偵事務所から、Zoomで繋げて行う。席に着いたウォン。簡単なアイスブレイクを行う。
「Hello.Im Won Kushen.Nice to meet you.」
「你好。我是黄九神。我很高興認識你。」(北京語:ニーハオ。ウォー シー ホアン・ジウシェン(北京語)。ウォー ヘン ガオシン レンシー ニー。)
「你好。我係黄九神。請多多指教垃。」(広東語:ネイホウ。ンゴ ハイ ウォン・ガウシン(広東語)。チェン ド ド シガウ ラ。)
「こんにちは。私はウォン・クーシェン。お会い出来て光栄です。」
挨拶代わりに、英語・中国語(北京語・広東語)・日本語で自己紹介。アグネスは日本語が話せるので、日本語でやり取りする。
「こんにちは、私はアグネス・ワンです。香港とシンガポールのハーフです。シンガポールマネージメント大学に進学し、シンガポール証券取引所で働いています。本日はよろしくお願いします。」
深々と一礼し、面接に入る。

志望動機
「なぜ今回、シンガポールから香港の探偵事務所にご応募致しましたか?」
「私は、イギリスで探偵という仕事に出会い、それがきっかけで探偵に憧れを抱き、応募しました。」

語学力について
「香港は世界中から観光客が訪れる都市です。様々な人種がいますが、対応できる言語は何がありますか?」
「English、中文、日本語。」

探偵という職業
「探偵は様々な依頼を引き受け、依頼人のためにベストを尽くす仕事です。依頼人のために大事だと、思うことはなんですか?」
「依頼を投げ出さずに、最後まで取り組むこと。挫けない心。」

その他深堀するような質問を経て、面接は終了。1週間後を目処に、結果を通知する。香港の学校などが始まる期間に合わせ、勤務開始は9月を目安にしている。

 選考結果が来て、アグネスは探偵として採用された。香港の両親に連絡し、シンガポール証券取引所の退職手続きを済ませ、8月に香港に帰国した。
「Come back to Hongkong!!!」
香港国際空港からエアポートエクスプレスで九龍へ行き、5年ぶりに帰国した香港の町を見て感激した。高層ビルとネオンサイン、まくし立てるような口調の広東語など全てが懐かしかった。湾仔の自宅に戻り、両親と再会。その日の夜は、5年ぶりに家族皆で夕食。8月中旬、旺角の黄仙(ウォンシン)探偵事務所でウォン・クーシェンと出会った。
「お会いできて光栄だ。私が、黄仙探偵事務所所長のウォン・クーシェンだ。」
「こちらこそ光栄です。アグネス・ワンです。」
勤務開始までの期間に、マンツーマンで探偵の基礎を教える。頭脳明晰なアグネスは、すぐに覚えた。2024年9月、アグネス・ワンは黄仙探偵事務所の記念すべき1人目の探偵として、探偵業界でデビューした。
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