Pieces of Memory ～記憶の断片の黙示録～

第4章 六凶編 VS 百鬼夜行之衆・猛毒獣大陸

第115話 毒蛾の群れ

   男子中学生を悪父親から救出し、しばらく上機嫌の雅文と陳は、絶好調な様子で次々と案件を解決させた。12月中旬になり、陳の計画した「海外特訓」のしおりが配られ、雅文・美夜子・玲奈はそれに注意深く目を通した。
「3人共、航空券や宿泊先は手配しているから心配ない。」
「海外初めてやな。」
「そうね、私も。でも、雅文と一緒なら大丈夫やね。」
「美夜子さん、玲奈がおるから大丈夫ですよ～。」
この中村探偵事務所を管轄している事務所は、海外の事務所とも提携しており、そのネットワークを活かして、この海外特訓が実現したのである。所長はホットレモンティーを飲みながら、しおりを読み、3人を激励した。
「年末年始の慌ただしい時期ではあるが、3人が成長した姿で、来年会えるのを楽しみにしてるよ。」
「はい！」
海外特訓の日程はこうだ。

中村探偵事務所　海外特訓
日程　2026年12月28日～2027年1月8日
行き先　中国・台湾・香港
移動　12月28日　9時　関西国際空港　集合
　　　　　　　　10時　関西国際空港　出発
　　　　　　　　13時　台湾桃園国際空港　到着予定
　　　
　　　12月31日　13時　台湾桃園国際空港　出発
　　　　　　　　16時　香港国際空港　到着予定

　　　1月4日　13時　香港国際空港　出発
　　　　　　　18時　北京空港　到着予定

　　　1月8日　13時　北京空港　出発
　　　　　　　18時　関西国際空港　到着予定

12月28日から1月8日までの12日間で、台湾・香港・中国の順番に廻り、それぞれの国・地域で3泊4日で特訓を行うと言うものである。年末年始の時期だが、中国をはじめ、中華文化圏では新暦の正月よりも、旧暦の正月（旧正月・春節）がメインで、その時期は大型連休となるので、この時期で問題ない。
「さぁ、仕事に戻ろうか。」
昼休みが終わり、それぞれの仕事に取り掛かる。

　この日の午後、陳と玲奈は調査のため外出し、事務所は所長・雅文・美夜子の3人だけとなる。夕方に、1人の女性が事務所を訪ねてきた。
「あの、よろしいでしょうか…。」
グレーのセーターに、黒いロングスカートの40代後半の女性と、制服姿の黒髪ショートの女子。恐らく親子であろう。迎え入れ、ソファーに座らせ、美夜子が対応する。
「こんにちは。中村探偵事務所の桐島美夜子と申します。今回はどういった案件でしょうか？」
「こんにちは。私は桐原真希と申します。この子は、私の娘です。」
母親に促され、制服姿の子はどこか虚ろな目で、美夜子を見つめながら自己紹介する。
「こんにちは…。須磨東高校2年の、桐原京子と申します…。」
今回の依頼人は、神戸市須磨区在住の桐原真希　46歳。専業主婦。依頼内容は、娘のことである。桐原京子 17歳。須磨東高校2年生。最近、娘がイジメに遭っているのでは無いのか、と思い、調査を依頼した。

   そのきっかけとなったのは、今年の秋頃である。真希が娘の京子と一緒に風呂に入った時のことである。浮かない表情の京子にどうかしたのか、と聞いたが、ヘッドバンキングのように激しく首を横に振り、ダンマリを決め込んだ。この時点で何かあると感じた。風呂に入り、身体を洗おうとすると、京子の身体に不自然な痣があり、明らかに転んで出来るような場所ではなかった。聞こうとしても、答えてくれなかった。またある日には、カッターシャツを洗おうとした時、吐いたような跡があり、夜に部屋からすすり泣くような声が聞こえた。依頼しに行こうと、決心したのは11月下旬の1件である。京子の帰りが遅く、心配になった夫が外に探しに行った所、須磨警察に保護されたと聞き、迎えに行ったら、そこで信じられない光景を見たのである。
「きょ、京子…。どないしたんや…。」
顔は涙と血でぐちゃぐちゃになり、口から血と吐瀉物が零れ、暴行の痕が痛々しかった。事件性があったとしても、証拠がない。証拠を見つけてもらって、犯人達を警察に逮捕してもらい、娘をイジメから救い出そうと決め、依頼に至った。
「ひどい話ね…。」
美夜子の目に静かな怒りが滲む。その後、調査料などの交渉を済ませ、この日のやり取りは終了となった。

　翌日、美夜子は京子の通う須磨東高校周辺で調査を始め、加害者の手がかりを探す。
「直接、京子ちゃんから話を聞きましょう。」
学校に来客として入り、京子から直接話を聞くことにした。放課後、誰もいない場所ということで、視聴覚室に行き、話をする。
「ごめんね、京子ちゃん。学校にまで入ってきちゃって。」
「いえ、探偵さんが来てくれるなんて、心強いです。」
アイスブレイクをし、本題に入る。
「私をイジメた人達ですが、1人はこの学校にいます。」
「1人、ということは、その犯人グループは外部の人間ということかしら？」
「はい…。須磨を拠点とする不良グループで、「「DEATH MOSRA」」と名乗ってます。私をイジメた時の動画を、ダークウェブにアップしてたんですよ…。」
「ダークウェブ？」
ダークウェブには、違法性の高いコンテンツが存在し、動画では、殺人・暴力・イジメなどの内容が点在している。
京子は、ITに詳しく、特殊なコードを使って、ダークウェブにアクセスし、その動画を見せた。
「私も見るのが辛いです…。」

　動画は、どこかの廃墟で撮られたと思しきもので、京子は椅子に縛り付けられ、怯えた様子でいる。動画の日付は京子が警察に保護された日と同じであった。
「何、何するん？」
そこに何かが入ったラーメン鉢を持った仮面を被った人物が現れ、京子の両脇に動物の仮面を被った男が近づき、逃げないように腕を掴む。
「何これ？」
仮面の人物は、京子の頭を掴むと、鉢に顔を叩きつけ、無理矢理飲ませた。吐き出して苦しむ京子に、集団で殴る蹴るの暴行を加え、血と吐瀉物でぐちゃぐちゃになった京子の顔にカメラを近づけ、嘲笑を浴びせた。

　京子は俯き、恐怖と屈辱で涙を流した。美夜子は、怒りに満ちた目で動画を睨み付けた。
「イジメを動画に撮って、見世物にするなんて、正気の沙汰やないわ。許せない。」
「美夜子さん、助けてください。」
「大丈夫よ、必ず助け出すから。」