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第4章 六凶編 VS 百鬼夜行之衆・猛毒獣大陸

第98話 それぞれの夏休み 美夜子編

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    それぞれの夏休みの様子。続いては、桐島美夜子の夏休みを見ていこう。彼女は、芦屋の六麓荘に住む良家の子女。
「ただいま。お母様。」
「おかえり、美夜子。」
夏場は、帰宅すると、洗面所へ行き、手洗いうがいを済ませた後、スーツを脱いで、裸になり、ジャグジーの風呂に入る。
「ふー…。」
そこに、部活帰りの妹 亜夜子が入ってきた。
「ただいま。お姉ちゃん、一緒に入ろう。」
「入る前に、頭と身体を洗いなさい。」 
美夜子と亜夜子の名前の由来は、芦屋大学で教授をしている父が、かつてアジア1周をした時に、最後の国として訪れたトルコで見た光景である。トルコはアジアとヨーロッパの境目で、イスタンブールはかつてビサンティウムやコンスタンティノープルと呼ばれていた。そのイスタンブールで過ごした夜と、そこで見た夜明けから来ている。美夜子は、ブルーモスクが夜に映え、イスラム世界の美しさを表している、と感激して感じた「美しい夜」から採り、夜の静けさと美しさを内包した子、という意味である。亜夜子は、トルコがアジアとヨーロッパの境目であり、イスラム世界・多神教のヒンドゥー・南国の東南アジア・熱狂と混沌のオリエントが混ざったアジアの夜、その輝かしい夜明けの子、という意味である。
「ふー。気持ちいいね…。」
「亜夜子、夏休みはどない?」
「楽しいで。陸上も調子ええし。てか、お姉ちゃん、反社に喧嘩売りすぎやて。いつか殺されるで。」
「大丈夫よ、私は強いから。いざとなったら、雅文が守ってくれるわ。」
仲睦まじい姉妹で、妹の亜夜子は美夜子を慕い、よく甘えてくる。

    美夜子の部屋には、歴史に関連する書籍が多く、特に日本史・中国史のものが中心である。美夜子は小中学生の頃は、芦屋市の学校に通い、高校・大学は西宮市に通っていた。神戸市には、探偵になってからよく行くようになったが、まだまだ行ったことがない場所が多々ある。
「あの場所は気になるわ…。後、次いでに海も入りたいわ…。」
8月13日、美夜子は白いワンピースを着て、六麓荘を後にし、阪急電鉄 苦楽園口駅から神戸へ向かう。夏の熱気が漂い、阪急電鉄から見える神戸の岡本、甲南大学方面の六甲山の景色は、緑が生い茂る夏の気配を感じさせる。
「風情があるわね。」
阪急電鉄 神戸三宮駅に到着し、JR三ノ宮駅に乗り換え、垂水へ向かう。大都市の三宮を離れ、工業地帯の兵庫区・長田区を過ぎ、若者で賑わう須磨を通り、垂水へ着いた。
「ここね。」
JR舞子駅で下りると、明石海峡大橋が見え、海の向こうに淡路島が見える。
「綺麗ね。あれかしら?」
高架を下りると、薄緑の建物が見える。
「あれね。」

    美夜子が向かったのは、重要文化財の移情閣と呼ばれる建造物で、ここは博物館でもある。
「この方が孫文なのね…。」
ここは、孫文記念館で、中国建国の父 孫文(1866~1925)に関する資料を展示している。内憂外患に苦しむ清王朝、朝貢国は次々と植民地にされ、華夷秩序に基づく中華世界は維持できなくなった。清王朝は、日清戦争で日本に敗北したことで、アジアの盟主の座を奪われ、老大国として停滞を露呈した。孫文は、中国を救うには、旧態依然の中国王朝を打破して、国民国家を作ることであると説き、武昌(ウーチャン)で軍が蜂起。革命は中国全土に広がった。
「中国の革命は、ここからなのね。」
1911年の辛亥革命で、清王朝は滅び、中国王朝は消滅。孫文の理想である国民国家が出来る筈だった…。
「孫文氏、貴方の言う国民国家とは何だったのかしら?袁世凱なんかに政権を渡してしまったから、軍閥割拠したんよ…。張作霖、袁世凱、蒋介石、私の手にかかれば木っ端微塵よ…。」
孫文は、列強に加わった大日本帝国に、「東洋王道の干城か、西洋覇道の鷹犬か。」と説いた。
「結局、大日本帝国はどちらも採った訳やんね。覇道が、台湾・朝鮮を植民地にし、満州国を作ったこと。王道が、大東亜共栄圏ね。」
孫文は、最期に「革命、未だならず」と遺して亡くなった。彼の革命とは、一体何だったのか。それの答えは、まだ出ない…。

    孫文記念館を後にし、海水浴場のあるアジュール舞子へ向かう。時刻は11時。真夏の盛りということで、多くの海水浴客で賑わっていた。美夜子は、アジュール舞子にも立ち寄るつもりだったので、水着も持って来ていた。
「さて、私も海に入ろうかしら。」
更衣室に入り、水着に着替える。ワンピースを脱ぎ、下着も脱いで、全裸になる。沖縄で着た白ビキニを着て、必要最低限の荷物を持って、砂浜に出た。

    アジュール舞子は、神戸市垂水区の海水浴場で、近くから明石海峡大橋が見える。白いビキニの胸元には、赤いハイビスカスが描かれている。引き締まった身体で、豊満な胸と尻が際立つ。準備体操を済ませ、海に入る。
「はぁ…。気持ちいいわ…。」
子どものように、童心に還って泳ぐ。明石海峡大橋の向こう側には、淡路島が見え、どことなく冒険の雰囲気がある。しばらく泳いでいると、砂浜にカウボーイが被るような帽子を被った男が、持参したチェアに腰掛け、サングラスをかけて、ジュースを飲んでいたのを目撃した。
「何?ハワイアンのつもり?」
その近くに、彼よりも一回り若い男女が、砂浜で写真を撮っていた。
「いい感じよ、そうそう。」
「何かグラビアアイドルみたいでねーの?」
黒髪ショートで、黒いビキニを着た女の子は、グラビアポーズを取りながら、写真を撮ってもらっている。
「中々いいわね。」
男の子が、美夜子に気づいた。
「あ、貴女もしかして、探偵の桐島美夜子さんでねーの?」
「実物、でらセクシー!!」
美夜子は2人が、名古屋弁で喋っているのを聞いて、この辺りの人間ではないことに気づいた。なぜ、この2人が自分の名前を知っているのか、恐らくGolden Tigerと髑髏城との戦いがリアルタイムで報道され、そこで名前も出たからなのだろう。
「ええ、そうよ。吾輩は桐島美夜子、探偵である。あなた達は?」
「俺は、岡田直樹。」
「私は、清本真奈美。」
そこに、カウボーイ風の帽子を被った男が来た。
「そして、私が、ステーキハウス「「RockStar」オーナーの中村雄作。ステーキマスターさ、ジュ~!」
「スピードワゴンのハンバーグ師匠ね。」
中村は、改まった様子で美夜子に話しかける。
「改めまして、探偵の桐島美夜子さん。お会い出来て光栄です。一目貴女に会いたかった。一度、私の店へ来てくれないか。もちろん、タダで御馳走しよう。」
美夜子は、彼の名前がどこかで聞いたことある名前だと気づいた。
(まさか、この人が…。でも、更生したようやから大丈夫やね。)
「ええ、喜んで。」

    その後、シャワーを浴びてから、ワンピースに着替え、彼の車に乗る。バラエティ番組などで、よく見る中型のワゴン車で、助手席に乗せてもらった。
「貴方は、経営者なの?」
「そうさ、ステーキハウスをやってるんだ。本当は今日、定休日なんだが特別貸し切りって、ことで1時間だけ開けるよ。」
車は、垂水区から中央区へ向かっている。話は、Golden Tigerと髑髏城との戦いの話題に。
「美夜子さん、あの戦いは痺れましたよ!」
「反社会的勢力に勝つとか、凄すぎるみゃー。」
その話題の時に、運転席の彼の表情が少し曇っているのを見て、美夜子は何か勘づいた。
(もしかしたら、あの話に出てきた彼って…。)
そうしているうちに、車は中央区に入り、三宮を経由して、ポートアイランドへ入った。しばらく走り続けると、茶色い壁の小さな店が見えた。 
「よし、ここだ。」
車を停め、店に入る。店内はカウンター10席とテーブル席が5席ある。カウンター席は、鉄板があり、目の前で焼いてくれる。

    美夜子はカウンター席につき、中村は厨房に入り、調理の準備をする。先程までのはっちゃけた様子と打って変わり、調理師の顔になる。
「さて、美夜子ちゃん。ステーキの焼き具合はどうします?」
「そうね、中間のミディアムで。」
「OK。ミディアムで焼き上げるみゃー。ジュ~!」
鉄板に油を塗り、入念に温めた後、ステーキ用の分厚い肉を乗せて焼く。直樹と真奈美は黒いエプロンとバンダナをし、店員として対応する。ドリンクはウーロン茶を入れてもらい、付け合わせの野菜やライスなどが提供された。
「お待たせしました。サーロインステーキミディアムです。」
食べやすいようにカットされた状態で出てきた。
「いただきます。」
最初は何もつけずにいただく。肉の旨味が口一杯に広がり、暑さでやられた身体にちょうど良かった。
「美味しいわ。」
「ありがとうございます。どうぞ、ご堪能下さい、マドモアゼル。」

    ランチを済ませ、食後の紅茶をいただく。中村は、鉄板を掃除し、2人は皿を洗って、全て綺麗に元に戻した。落ち着いた頃に、中村も紅茶を飲みながら、美夜子と向かい合う。
「反社会的勢力、って聞くと、自分もそうだったから、何とも言えないんだよな…。」
美夜子の脳裏に、「奴隷ゲーム」という小説が頭をよぎった。ここに出てくる反社会的勢力 コロニアリズムの幹部に、彼がいたからだ。
「やはり、そうね…。貴方はコロニアリズムという組織にいたのね…。」
「失望させてごめんね。」
「いえ、してないわ。話を続けて。」
彼は、昔、名古屋でハンバーガーショップを経営していたが、アクシデントにより、店は閉店に追い込まれた。打ちひしがれていた彼の元に現れたのは、この店に来ていた東海林貴臣であった。彼に連れられ、コロニアリズムに入った。
「パンティハンター、なんて言ってたな…。HUNTER×HUNTERみたいな感じでやってたな…。」
そこでは、彼は幹部となり、パンティハンターというコードネームで活動。コロニアリズムは、植民地主義という意味で、その名の通り、瞬く間に裏社会を制圧した。「奴隷ゲーム」のターゲットとして、同じく幹部のラブキラーが、高校生の武富麻衣を狙った。しかし、その親友の斉藤朱里と彼女に力を貸した者達が立ち上がり、セブンスパーティーとして立ち向かった。その戦いで、彼は逮捕され、コロニアリズムも壊滅した。
「そこから、俺は罪を償った。」
釈放された後、彼を慕った2人と出会い、兵庫県に移住した。神戸市でステーキハウスを開き、現在に至る。
「君達の戦いを見て、力になりたいと思ったのさ。」
「そう、ありがとう。」
その後、連絡先を交換し、美夜子はポートアイランドを後にした。
「素敵な出会いね…。」
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