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第3章 back to school 青春の甘い楽園

第58話 嘘つきの舌

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     1年も終わりが近づき、探偵事務所の依頼も減ってきていた。ある日のこと、雅文が学校から事務所に出勤し、持参したマグカップにミルクティーの粉末を入れ、お湯を沸かして注いだ。これが雅文のルーティンである。ミルクティーで一息ついてから、思考を整理し、仕事にかかる。
「冬は、これやな…。」
「おはよう、雅文。」
「美夜子、おはよう。」
最近は、浮気調査や恋愛に関する依頼が多く、男女の人間模様をよく見ていた。
「浮気や不倫の話は、色々な側面があって、面白いな。」
「そうやね、特に不倫がバレて狼狽する男の様子は滑稽だわ。」
事務作業をしていると、1人の女性が訪ねてきた。グレーのスカートスーツに身を包み、黒髪ロングの30代。いわゆる、大人のお姉さん。この日は所長が休みで、雫と玲奈は調査で外に出ていた。ここでは、美夜子が対応する。席について、向かい合う。
「こんにちは。私は中村探偵事務所の桐島美夜子と申します。」
「はじめまして、私はこういうものです。」
依頼人は、渡邉志穂 36歳。三井住友銀行 神戸支店で銀行員として勤務している。
「今回はどういったご依頼でしょうか?」
「はい。私の旦那のことなんですが…。」

    依頼人の夫は、渡邊健太郎 28歳。サラリーマンをしている。出会ったのは、3年前の秋。サラリーマン兼YouTuberとして活動していた彼と、婚活パーティーで出会い、交際を開始。翌年の冬に結婚。平穏な結婚生活を送っていたが、ある日、彼の行動に違和感を抱いた。それは彼が公開した動画にあった。

健太郎ちゃんねる「もしも、不倫がバレたら…。謝罪の裸踊り」
2025 12・21 公開
内容はとある居酒屋で、少し早い忘年会をしていた時のことだった。酔っぱらっていた彼は、ハッチャけてスーツを脱ぎ捨て、白ブリーフ一丁となり、裸踊りを披露。
「不倫しちゃって、ごめんなさ~い、どうか許して、ペコリンコ。」
謎の気色悪い踊りを披露しながら、フザけた歌を熱唱。これは、2020年に不倫が報じられたアンジャッシュ渡部建の1件を皮肉ったものであるが、彼女にとっては、これが引っかかっていた。
「ん?どういうことなのかしら?」
更に動画を遡ると、自分よりも一回りも若い女子高生とイチャイチャしている動画が見つかった。
「まさか、援助交際…。」
気になった彼女は、彼に聞いてみたが、曖昧な返事が返された。

「せやから、ホンマにそういうことしてへんか、気になったんですよ。」
ここまでの話を聞いて、美夜子は深く考え込んだ。この一件は浮気調査となり、色々と証拠を集めて、後日に報告するよりかは、即日で解決させた方がいいと感じた。
「分かりました。浮気調査ということでよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします。」
調査料を受け取り、早速調査開始。まずは、依頼人から話を聞く。旦那は、YouTubeの動画を撮影する時は、主に中央区でしている。この事はいつも、彼女には伝えていない。2人が住んでいる場所は、神戸市兵庫区。中央区とは少し離れている。旦那の勤務地は、神戸市中央区。となると、仕事終わりにこの近辺で撮影している可能性が高い。時刻は17:00。雫と玲奈が戻ってきたので、事務所を任せて、3人は張り込み調査に出た。

    夕方の三宮は、多くの人で賑わい、混雑していた。阪急電鉄 神戸三宮駅東改札口を出て、三宮センタープラザに行く。旦那の写真を見ながら、調査を行う。
「どの辺りで、撮ってるんやろ…。」
三宮は広い。ハーバーランドや南京町にまで範囲を広げる。日が暮れる前に、捜査を終わらせなければ、より一層困難になる。
複雑に入り組んだセンタープラザを捜し回ったが、見つからなかった。ここには居ない。センタープラザから南下し、元町方面へ移動。徐々に日が暮れ、北風が吹き荒ぶ。 
「寒い…。」
JR元町駅から南下し、元町商店街から南京町へ入った。南京町はランタンでライトアップされ、昼とは別世界になっていた。
出店が多く建ち並んでいるので、捜しやすい。歩き回ると、スーツ姿の男性が女子高生2人と一緒に歩いているのを目撃した。気づかれないように、そっと男性の顔を確認すると、依頼人の旦那であることが判明した。
「間違いないです。」
「女子高生2人も同時に、両手に花ね。」
様子を確認すると、女子高生の1人が自撮り棒で撮影しながら歩いていた。彼はYouTuberをしていると言った。となると、これはあくまでも動画撮影の一貫であり、この女子高生2人は協力者に過ぎないのではないか、と3人は推測した。しかし、これも推測だけなので、そうとも言い切れない。そこで、雅文が尾行して、対面し、直接確認することにした。美夜子は、雅文のズボンに盗聴器を付けて、やり取りを盗聴する。雅文が調査している間、2人は南京町の広場で待機。

    依頼人の旦那は、女子高生2人と悠々と南京町を闊歩している。
「健太郎のJKと神戸散歩!!今回は、南京町に来ております!今日、来てくれたのは、御影高校の…。」
「はい!御影高校2年の、篠塚真理と!」
「同じく、御影高校2年の、笹倉摩季です!」
雅文はその背後から尾行。ここまでは、何も怪しくない。3人は、小籠包の店「小籠湯包」(シャオロンタンバオ)に行った。ここでは、テイクアウトか店内を選択出来る。ここで小籠包を注文し、店内でいただくことになったので、雅文も自身のポケットマネーで小籠包をいただく。
「南京町に来たら、ここには行っておきたいお店!小籠湯包(シャオロンタンバオ)!小籠包がリーズナブルな御値段でいただける!」
彼が撮影し、女子高生がいただく。ショートカットではしゃいでる様子の娘が真理。ポニーテールのゆったりした感じの娘が摩季。
「いただきまーす!お汁がジュワ~って、熱っ!」
「真理、一口でいったらアカンよ。」
雅文も小籠包をいただきながら、3人を観察する。
「この中の汁が美味い…。」
続いて、3人はお土産屋の方へ向かう。そこにはヌンチャクを持ったブルース・リーの像がお出迎え。
「ブルース・リーおるやん…。」
「香港にはね、これよりも大きいブルース・リーの銅像があるで。俺ね、香港で本物の銅像見たから。」
ここで彼は、雅文に話しかけた。
「おっと、そこのお兄さん、まるで「「BLACKCAT」」のトレインみたいやね~。」
BLACKCATは、2000年から2004年にかけて週刊少年ジャンプに連載されていた矢吹健太朗の作品。そこに出てくる主人公 トレインは拳銃を武器にして戦う。雅文は、その漫画を知っているので、懐からエアガンを出して真似る。
「不吉を、届けに来たぜ。」
「キャー、カッコいい~!」
「やば~!」
すぐに2人のハートをつかんだ雅文。特に女子高生にはモテまくる。彼は、動画への飛び入り参加も歓迎しているので、より一層、距離を縮めるためにモノマネを披露することにした。
「行くで。ロマンティック グーチョキパー。3、2、1,Here We Go!」
これは、ピン芸人 西村ヒロチョのリズムネタで、グーチョキパーのリズムに合わせてキザなことを言う。
「グー、チョキ、パーで、グー、チョキ、パーで何作ろー 何作ろー
右手がチョキで、左手もチョキで
可愛い娘、見ぃーつけた!アァウ!」
これで打ち解け、3人に動画の詳細について聞く。
「これはね、僕が思いついた企画でね…。」
彼は会社で営業・広報を務めていた。神戸をPRすることで、何かいい案はないかと考えた。神戸市は、兵庫県の県庁所在地でもあり、政令指定都市。9つの区があるが、あまりにも広い。他の区の人を呼んで、観光してもらいたい、特に未成年、そこから神戸市内の高校生に絞り、条件を設けてTwitterで募集して、街歩きのような形で行うということにした。
「現代らしいビジネスですね。」
しばらく話してから、雅文は南京町を後にした。

 3人は事務所に戻り、盗聴器を再生。このことを知った依頼人は、安堵と同時に少し申し訳なさそうな様子だった。
「面白いビジネスしてるやん…。それやのに、私は何も知らんと勝手な思い込みで、あらぬことやと決めつけてしもうて…。旦那のこと、分かってへんかった。ありがとうございます。探偵さん。」
報酬を受け取り、この一件は解決した。仕事が終わり、帰路に着く雅文と美夜子。寒空の下、雑談に興じる。
「雅文、ロマンティック グーチョキパー面白かったわ。」
「あれにはな、「「右手がパーで、左手もパーで、もう君のこと、放さない!」」っていう歌詞があるんよ。」
「それ、ホンマに言うてる?」
雅文は少し照れた様子で、
「あ、あぁ。美夜子のことは、俺が守るから。」
「フフ、頼むわね。私の騎士(ナイト)」
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