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第3章 back to school 青春の甘い楽園

第54話 気になるアイツ

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   紅葉の季節となり、日に日に寒さも増してきた頃、雅文は探偵業と並行して、2学期の期末テストの勉強に追われていた。仕事と学校の両立という社会人教育ならではの課題に向き合いながらも、女子校で女子高生らと過ごす学校生活を心から楽しんでいた。
「外の体育、寒い…。」
ジャージを着ている一同の中で、1人半袖の雅文。選択種目でサッカーをする。
「雅文さん、サッカーやってたん?」
「ああ、高校時代にね。」
鬼神姫の1人、鬼塚萌那はINAC神戸レオネッサのユースに所属しており、プロに近い環境に揉まれている。萌那のポジションはフォワードで、独特のリズムあるドリブルと、左足の強力なシュートを持ち味とする。雅文は、神戸弘陵高校に在学していた頃は、サッカー部に所属しており、ポジションはミッドフィルダー。中盤の底に君臨し、巧みなパスワークでリズムを作る。ゲームを行うと、この2人のマッチアップは別次元のレベルを見せた。
「何、このリズム!?マルセイユルーレットちゃうな!?」
「マルセイユルーレットとか、古いし…。プレス遅いで…。」
体育が終わって、着替える時も皆と一緒である。思春期真っただ中の女子高生の、発育中の豊満な身体とそれを包む色とりどりの下着、まるで「アイスの実」のようである。
「見て見て~!愛美な、今日イチゴパンツやで~。」
鬼神姫の1人、姫野愛美はどこかぶっ飛んでいるぶりっ子で、幼児体型の娘である。普段はツインテールをしており、その様子は高校生と言うよりかは小学生に近い。
「あれか、昔、週刊少年ジャンプでやってた「「いちご100%」」って。」
「めっちゃ見てくるやん、雅文さん~!舐めてもイチゴ味せえへんで~。」
他愛もないやり取り、この何気なさが彼にとって全てが懐かしいものであった。

 11月中旬、雅文は昼休憩の合間に、期末テストの勉強に励んでいた。
「歴史は楽勝やな。流れ把握してるから。」
そこに所長が、食後のレモンティーを飲みながら雅文の前に座った。
「期末テスト近いんか?」
「はい。数学が難しいんですよ…。」
「あぁ、高校数学はな難しいからな。今どの範囲や?」
「命題や三段論法の所なんですけどね…。」
そう言って、雅文は所長に数学の教科書を見せた。
「ふむふむ、懐かしいな。これは公務員試験では、判断推理という問題で出題されるヤツやな。解き方を教えよう。」
雅文は、文系の大学に通っていたため、数学はかなり苦手であった。所長は、元警察官で公務員試験を受験したことがあり、数学も得意だった。雅文は所長に教えてもらい、命題の解き方を覚えていった。その日の夕方、1人のスーツ姿の男性が事務所に来た。席につかせ、雅文が対応する。
「こんにちは、私は中村探偵事務所の神田雅文と申します。」
「こんにちは、私は原田敏夫と言います。」
今回の依頼人は、原田敏夫(30)。営業職。
「今回はどう言ったご用件でしょうか?」
「はい。私の友人のことなんですが…。」
依頼の内容は、素行調査。彼の中学時代の友人が、今現在何をして、生計を立てているのか、を知りたいということである。ターゲットとは、神戸市内の中学校に通っていた頃の友人だったが、依頼人が父親の仕事の都合で東京に引っ越したため、その後は音信不通となってしまった。高校を卒業した頃に神戸に帰郷し、高卒で就職。現在に至る。
「彼は、いいヤツでした。音信不通になり、どこで何をしているか分からない、そんな状態が続いていました。」
「ほうほう。すみません、貴方はSNSは何かやっておりますか?」
「SNS、あぁ、Twitterはやってますよ。そうや、探偵さん。ちょうど、この間、Twitterを見ていたら、彼の写真がありました。」
いきなり有力な手がかりに繋がる情報が出てきたため、雅文は前のめりになる。
「その写真はありますか?」
「ええ。ありますとも。」
彼にTwitterの写真を見せてもらった。ターゲットは、ラフな格好でラーメン屋の前に立っているというもの。他の写真には、若い女の子とラーメン屋にいる所が映っている。
「これだけでは、情報が少ないな…。」
「はい。ひとまず彼が元気なのは分かったんですけど、一体、なんの仕事してるんかまでは、この写真だけでは、検討つかへんのですよ。」
確かに、この写真だけではターゲットの職業は特定できない。だが、写真に映っているラーメン屋は神戸市内にある。ターゲットは神戸市に在住している可能性が高い。
「分かりました。その写真のURLだけ控えさせていただきます。」
その後、調査料として1万円を貰い、依頼人の連絡先を控えて、依頼を引き受けた。
(ラーメン屋の前で、女の子と一緒に映っている…。一体何やろな…。)

    時刻は16:00。雅文は、まず情報収集のため、Twitterの写真をパソコンで調べる。Twitterに投稿された項目は、公開された時間も表示される。
「大体、正午以降に投稿されているな。この投稿者名は…。」
投稿者を見ると、投稿者名は「Ramen isshoni taberuhito 563」とあった。Twitterで確認出来た写真は5枚。店名が映っていたのは3枚。その3枚の写真の店名を調べると、所在地は全て神戸市中央区。女の子の年齢層は主に20~30代。特徴もバラバラ。
「あと2件も中央区の可能性があるな。明日、学校終わったら、張り込みに行こうか。」
Twitterに投稿された時間は、12~19時頃。今日のところは、明日からの調査計画を立てることに終始した。
「ラーメン屋に女の子と一緒に行って、写真を投稿する…。ラーメン屋で張り込んで、その後に女の子の後を追うか。ターゲットに気づかれたらマズいしな…。」

    翌日、授業の合間の休み時間に他の女子に、このことを話した。
「愛美ちゃんは、独りでラーメン屋行ったりする?」
「愛美?びっくりドンキーとミスタードーナツは行ったで。ミスドゴハンで、海老ワンタン麺は食べた。」
「メジャーなチェーン店やな。ラーメン屋は行かへんの?」
「ラーメン屋~?行かへんな~。だってな、テーブルがベタベタやん。おっちゃんはイカツイし、お店の中、オッサンばっかりで汗とニンニクの臭いがめっちゃするから、独りは嫌やな~。」
「ラーメン屋は誰かと一緒やったら行く?」
「そうやなー、男前なお兄ちゃんと一緒やったら行きたいなー。レンタル彼氏みたいに、レンタル ラーメン屋行く人的な、アハハハハ!!!」
最近は、独り焼き肉、独りラーメン屋、独り中華と、お一人様で外食を楽しむ文化が普及しているが、女の子1人でラーメン屋はまだ抵抗があるようだ。そこで、レンタル彼氏のように、
レンタルで一緒にラーメン屋に行ってくれるというサービスもあったら、それで女の子も抵抗なくラーメン屋に行けるのではないか。昨夜、依頼人が見せてくれたTwitterの写真の伏線を回収し、繋ぎ合わせた。
「それかもしれん。レンタル ラーメン屋行く人。」
「アハハハハ、それおったら、愛美もラーメン屋行きたいわ~!!」
手がかりを得た雅文は、満足げな様子で次の授業を受ける。昼休み、昼食を済ませて、雅文は仕事に向かった。事務所で準備を済ませ、Twitterの写真を手がかりにターゲットが出現しそうな場所を探す。
「この辺りやったかな。」
張り込んだのは、阪急電鉄 神戸三宮駅の西改札口。飲食店が建ち並び、ここからならアクセスも良い。雅文は西改札口のサンキタ通りで注意深く観察する。写真で分かったターゲットの特徴は、黒いリュックに青いジャンパー、黒いジーパンというラフな格好。1時間程、張り込んでいると、クリーム色のスカートを履いた20代とおぼしき女の子が現れた。気づかれないように観察していると、ターゲットが現れた。
「あっ、あの人か。」
ターゲットは、女の子に近づくと、軽く挨拶をし、お金を受け取った。
「あれは、前金?」
雅文は、ポケットからインスタントカメラを取り出し、こっそりと写真を撮る。
「こんにちは。今日はお願いします。」
「よろしくお願いします。」
2人は駅を出て、飲食店のある路地裏へ向かった。雅文も2人の後をつける。辿り着いたのは、二郎系のラーメン屋。
「何か、イカツイ感じがします…。」
「大丈夫ですよ。私がついてますから。」
店に入ったので、外で待機する。
(女の子は、初対面という感じ。ターゲットは慣れた様子。女の子は、前金渡してた。これは、商売やな…。よし、ここはターゲットを尾行しよう。)
30分後、ターゲットと女の子は店を出た。ターゲットはそのまま、駅に戻った。
(また、他の女の子と…。)
次は、紫色のツインテールをした派手な感じの女の子が来た。 
「こんにちはー。大阪でYouTuberやってる、ゆうひめちゃんやで。よろしくなー。」
「やぁ、こちらこそ。私もYouTuberもやっています。武田智史と言います。」
ここでターゲットの名前が分かった。
(武田智史やな。よし、名前が聞けた。)
メモ帳に控えて、2人を尾行する。時刻は15:30。小腹が空いた雅文は、ポケットマネーで何か摘まもうと考えた。着いたのは、神戸発祥の「らーめん太郎」である。2人の後から店内に入り、カウンターに着いた2人を観察しながら、間隔を開けて座る。
「ゆうひめは~、独りでラーメン屋は行ったことないねん。」
「初めてなんですね。今のラーメン屋は女の子1人でも行けるようになってますよ。」
「そうなんやね。」
2人が注文したのを見計らい、雅文は並らぁめんを注文して、烏龍茶を飲みながらいただく。カウンターの下にこっそりと盗聴器を張り付け、2人の会話を聞く。
「いただきまーす!!」
「どうぞ。ゆうひめちゃん、君のチャンネルは拝見しているよ。」
「ありがとうございます。ゆうひめも、武田さんの「「ラーメン屋についていく人チャンネル」」見てます。」
ターゲットは、YouTubeで自分のチャンネルを開設している。YouTubeは再生回数とチャンネル登録者数が一定の数字に達すると、広告が掲載され、投稿者は動画が再生されればされるほど、そこから広告料として収益を得ることが出来る。
(ほうほう。レンタル ラーメン屋行く人とYouTube、ここで収入を得てるんやな。)
ターゲットの有力な情報を得られ、更にラーメンもいただけ、雅文はご満悦。

    ターゲットに気づかれないようにして、店を後にしたのを確認し、今度はゆうひめを尾行する。生田ロードから阪急電鉄 神戸三宮駅へ南下し、センタープラザの高架下のゲームセンターに入った。そこで、「太鼓の達人」を難易度MAXにして、顔色一つ変えずに連打しまくる。
(ゲーム関連のチャンネルか…。)
ひとまず、ゲームを終えるまで様子を見る。ゲームを終えた所で、声をかけた。
「中々の腕前やね。こんにちは、私は神田雅文。通りすがりの探偵さ。」
「こ、こんにちは…。えっ?!何?!めっちゃイケメンやん!!!」
突然、イケメンに話しかけられて興奮するゆうひめ。雅文はここまでの経緯を説明し、話を聞いた。
「YouTubeで見て、あの人のこと知った。元々、飲食店やってたけど、疫災でお店畳んでしもうて、それがラーメン屋やってん。その時も、女の子が1人でラーメン屋行きにくそうにしてたから、今度は自分がレンタル ラーメン屋行く人として、一緒に行ってあげることにしたんやって。」
「そうなんや。レンタル ラーメン屋行く人ね。様々な働き方があるんやな。私もいい勉強になった。お話ありがとうございました。」
その場を後にし、事務所に戻って調査報告書を作成した。その日の夜、雅文は依頼人に事務所に来てもらい、調査報告書を提出して、調査結果を報告した。
「レンタル ラーメン屋行く人ね。アイツ、斬新なことやってんねんな。」
「そのようです。私もそういう働き方があることを知れて、いい勉強になりました。」
旧友が元気でやっていることが知れて、依頼人はひとまず安堵した様子だった。
「まぁ、元気でやっていることが分かって良かったです。探偵さん、ありがとうございました。」
成功報酬を受け取り、調査は終了。レンタル彼氏・レンタル彼女と並んで、レンタル ラーメン屋行く人も実際にある。
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