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第1章 探偵事務所の日常

第15話 歴史めぐり

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    グループ解散に伴い、雫は今後どうしていくかということを考えた。2010年夏、世間は2010FIFAW杯南アフリカ大会が終わった後の余韻に浸っていた。当時22歳の雫は、元アイドルの肩書きを引っ提げ、芸能界に残ることにした。他のメンバーはと言うと、東海林と玲奈は芸能界引退、真奈はレースクイーン、美由紀はゲーム会社に就職、愛子は占い師、愛美はタレントとそれぞれの道を歩んだ。お盆に京都に帰省した時に、グループ解散と今後について話した。両親は真摯に、耳を傾けた。
「そうか。まぁ、まずはアイドル活動、お疲れさまでした!!」
「アイドル活動頑張ったわね!大したモンやで。」
雫は、両親がアイドル活動を応援してくれていたことと、ここまで出来たのは両親のおかげだという感謝の気持ちで胸が一杯になった。
「ありがとう。ウチはこれからも頑張るで。」
「雫、お爺ちゃんから話があるそうや。」
夕食後に、雫は祖父の書斎に行った。書斎の本棚には、芥川龍之介や夢野久作といった名だたる文豪の小説が置いてあり、重厚感が漂う。テーブルに向かい合って座り、緑茶をいただく。
「お爺ちゃん、話って何?」 
祖父は白い髭を顎から伸ばした面長で、歴史上の人物で言うと、板垣退助に似ている。静寂を破るように、静かに口を開いた。
「雫よ。まずは芸能活動、ご苦労やったな。5年間もアイドルグループとして頑張ったんやな。スゴいことや。」
第一声はアイドル活動を労う一言、ここから本題に入る。
「雫よ。京都に帰って来たら、ワシの別荘を譲るわ。」
「えっ?ええの?!お爺ちゃん?」
「ああ、構わんよ。せやから、今後もしっかり頑張りや。」
祖父から激励され、暫くは芸能界で頑張ろうと決心した。

    グラビアアイドルに転身した雫は、2011年8月に初の写真集「雫 ~妖艶な瞳~」を出し、軌道に乗った。バラエティ番組では、ドッキリや食レポなどで爪跡を残した。
「好きです。付き合ってください!」 
彼の元へ駆け寄ったが、落とし穴にハマった。
「あ、ドッキリやねんな。もう、イ ケ ズ🖤」
食レポでは、奥深いコメントで視聴者の興味をそそった。

ステーキ
「いやぁ、一口噛んだ時に肉汁がジュワァと口一杯に広がり、上質な味わいやね。ステーキは一口目は何もつけずに、皆様どうぞ。」

ワンタン麺
「香港で食べたことあるんですけど、広東料理の甘口のテイストで、薄味で素材の旨味を活かすという…。ホンマに朝からでもイケる一品です。」

グループ卒業後も精力的に芸能界で活動する雫だったが、心の奥底では探偵への憧れが湧き、いつか探偵になろうと思っていた。きっかけは探偵をテーマにした深夜ドラマで主役を任されたことである。
「ウチに解けへん、謎はあらへん。」
グラビアアイドル券探偵という役を務め、本格的に探偵に興味がわいた。グラビアアイドルとして活動してから2年経った2013年の春、雫は探偵に就職したいと思い始めた。探偵になるには、どうすればいいかを考えた時に、まずは心理学などを学んで、探偵学校に通いながら経験を積むという結論に至った。京都の社会人入学が可能な大学を見つけ、受験勉強を始めた。芸能活動と並行して、来る日も来る日も勉強に励んだ。そして、2014年1月、京都で受験した。受験合格により、3月に芸能界引退。京都に帰り、学生として大学に通い始めた。
(ここから、ウチは探偵さんになるんや…。)
大学で心理学を学び、バイトとして京都市の探偵事務所で勤務という日々を送った。バイトでありながらも、しっかりと現場で調査を行い、時には最前線で捜査した。
「今の会話は、全部録音してたで。」
「オイ!嘘やろ?!」
ヤクザの事務所に連れ込まれたこともあったが、アイドル時代の経験を活かして、色気で切り抜けた。
「姉ちゃん、落とし前つけてもらおか!」
まな板と包丁、手拭いに紐を出され、雫は戦々恐々とした。
(これ、ヤクザ映画で観たことある…。小指切るヤツや…。)
それでも、勇気を振り絞り、スーツを脱いで、谷間をアピールした。
「なぁ?ウチのオッパイ揉ましたるから、許してぇなぁ?」
「可愛いから許す🖤。でへっ🖤」

   2018年に大学卒業。その後、神戸の中村探偵事務所に就職して、現在に至る。秋の夜長に、彼女の波乱万丈な半生を昔話のように聞き、二人は感慨深く、余韻に浸っていた。
「スゴい。雫さん、アイドルやってたんですね…。」
「大冒険やね…。人に歴史あり。」
「そう、アイドル活動という冒険をして、今は探偵しとるんよ。まだまだ続くで。」
ここで話を終え、雫は行灯の灯を消す。
「さぁ。二人とも、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
まるで母親と娘・息子のようである。3人はそのまま眠りについた。

    翌朝、午前6時、2人がまだ寝静まっている頃に雫は起床し、階段を下りる。歯を磨き、用を足した後、風呂の残り湯を追い焚きし、台所へ向かって、朝食の準備をする。ある程度の準備を済ませ、風呂場に向かう。和服を脱ぎ、慣れた手つきでふんどしを外して、朝風呂に入る。掛け湯をしてから、頭と身体を洗い、流した後に湯船に浸かる。
「ふぅ…。」
艶かしいため息をつき、独り悦に入る。改めて、2人と一泊したことを振り返り、今後に思いを馳せる。
(お2人さん、仲睦まじくてええわぁ…。これから楽しみやな…。)
風呂から上がって、身体を拭き、服に着替える。その頃、時刻は6時30分になり、2人が寝ている部屋にも、朝日が射し込んだ。スマホのアラームが鳴り、雅文が目を覚ました。
「ん、うーん…。」
起床して、布団を畳んだ。背伸びをし、横で寝ている美夜子を揺さぶって起こした。
「美夜子、朝やで。」
「う、うーん…。」
長い髪を垂らして、ゆっくりと起き上がる。
「雅文、おはよう…。」
「美夜子、よう寝れたか?」
「ええ。ふんどしはとても寝心地がいいわ。」
2人は1階に下りて、洗面所で歯を磨いて顔を洗う。風呂が湧いていたので、着替えを持って、2人も雫と同じく朝風呂に入る。和服を脱いで綺麗に畳み、ふんどしを外して浴室に入った。
掛け湯をしてから、身体を洗う。レディーファーストということで、美夜子を椅子に座らせ、
シャンプーで頭を洗う。
「どない?」
「ええ。気持ちいいわ…。」
石鹸で身体を洗ってあげる。豊満な胸を優しく洗い、秘部と尻も撫でるように洗う。
「男の子に、身体洗ってもらうのええなぁ…。お姫様みたいで、好きやわ…。」
流してあげてから、今度は雅文が、先程と同じように頭・胸・秘部の順番にやってもらう。
「あぁ、美夜子…。オッパイ当たってる…。」
「じっとしぃや…。綺麗にしたるから。」
洗った後は流して、一緒に湯船に浸かる。
「京都は、ええとこやな。」
「ええ、歴史が感じられるわ。」
風呂から上がり、服に着替えて朝食をいただく。一汁一菜で、ご飯・京野菜の漬物・味噌汁という質素なものである。
「2人共、よう寝てたなぁ…。ふんどしは寝心地ええやろ?」
「はい。美夜子はスヤスヤ寝てました。」
「美夜子ちゃん、赤ふんどしは似合ってたで。」
「あ、はい…。」
赤面する美夜子。クールだがウブな女の子である。朝食を済ませ、3人は京都の町巡りに出る。

    河原町からJR京都駅方面まで歩き、向かったのは龍谷大学が設立した仏教系の博物館 龍谷ミュージアムである。京都の景観に溶け込み、落ち着いた雰囲気がある。仏像や仏教世界を描いた曼荼羅があり、3人は仏教の神秘的な世界観に浸った。
「阿修羅、奥が深いな。」
「ええ、戦いの神のようね。」
博物館を後にし、清水寺へ向かう。清水寺から京都の景色を一望し、雫は2人の写真を撮った。
「ええ感じやね。」
「ありがとうございます。」
本能寺に行き、様々なことに思いをはせる。歴女の美夜子は本能寺の変について語った。
「本能寺の変、ってご存じかしら?」
「あぁ、知ってるよ。」
本能寺の変とは、1582年に織田信長が京都の本能寺にて、家臣の明智光秀に討ち取られた事件である。一言で言えば、家臣が主君に対して謀反を働いた一件で、この背景には両者の日頃の関係も起因している。
「確か、光秀は信長に冷遇されていたとか…。」
「ええ。信長は随分と光秀に酷いことをしてきたんよ。私は、これを学んで思ったわ。主君だからと言って、傲慢な態度と対応を取っていたら、恨みを買って滅ぼされるとね。」
「美夜子ちゃんは、ええ上司になれそうやね。」
「恐縮です。」

 本能寺を後にし、3人は京都発祥 濃厚豚骨「天下一品」で昼食。「天下一品」は元々、屋台から始まり、現在は日本に約243店舗と海外支店としてはハワイに構えるなど、日本を代表するラーメン店である。3人はセットメニューを注文した。
「濃厚豚骨言うたら、「「天下一品」」やで。」
「どんな感じなんやろ?」
しばらくすると、注文のラーメン&炒飯セットが来た。
「手を合わせて、いただきます!」
「いただきます!」
まずは、蓮華を使ってスープからいただく。スープは旨味が凝縮されており、ドロッとした濃厚な豚骨味である。「天下一品」は初めての雅文と美夜子は、一さじ掬ってスープを吸った。口の中でゆっくりと、豚骨の旨味を味わい、飲み込むと五臓六腑に染み渡る。
「美味い…。旨味が凝縮されてる…。」
「濃厚な味わいね。」
「美味しいやろ?」
雅文は、独りで飲食店に行くことがあり、ラーメンなども食べている。南京町に行くと、ワンタン麵や点心などのあっさりしたものを食べているので、こういった濃厚豚骨は初めての味わいである。麺を勢いよく啜ると、スープと絡んで、絶妙な味わいとなる。炒飯も米がパラパラで、量の割にペロリと食べられる。
「美味しいわね。」
「美夜子ちゃんも、気に入った?」
腹を満たし、その後は河原町を廻る。時刻は午後3時。そろそろお別れだ。
「2日間楽しかったで。」
「京都は楽しかったです。ありがとうございました。」
「雫さんの話が聞けて良かったです。」
「2人共、また明日から頑張ろうな。」
「はい。」
雫と別れて、2人は阪急京都河原町駅から特急大阪梅田行きに乗って、兵庫へ帰る。
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