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第1章 探偵事務所の日常

第6話 魔の殺人者

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    雅文と沙耶香が連絡を取り合ってから、1週間が経過。お盆が近づき、猛暑日が続いていた頃、その暑さを吹き飛ばすような身の毛もよだつ事件が起きた。

    それは8月9日のこと、大阪府茨木市にて。夏の蒸し暑い夜、誰もいない放課後の高校の見回りをしていた用務員が仕事を終えて、戸締まりをしていた。彼は50代の細身の男性で、吹田市に住んでいる。荷物をまとめて、いつものように大阪モノレールで帰ろうとしていた。
「夜の学校は、ちょっと不気味やな…。」
独り言を言いながら、全ての戸締まりを終えて、学校を出た。阪急南茨木駅までは田んぼが連なり、夜はカエルがゲコゲコ鳴いている。
「さてと、今夜の晩飯は何やろな…。」
そんなことを言いながら、路地裏を通っていると、独りのフードを被った男が立っていた。
「何や、こんな暑い時期に…。」
その男は彼に近づき、フードを外した。
「久しぶりだな。」
「あっ、アンタは!?」 
どうやらこの二人は、面識があるようだ。彼はすぐに落ち着き、この男と会話した。
「俺は、岩倉謙二。元テレビ局チーフマネージャーだ。覚えてるか?2018年に放送されていたあのドッキリ番組を。」
「あぁ!あれやろ?「「Student ドッキリ!」」とか言う訳分からんヤツやろ!」
2018年4月から8月にかけて、土曜夜8時に放送されていたバラエティ番組で、学校を舞台に視聴者からの依頼を受けて、ドッキリを仕掛けるというものである。同年7月14日に放送された回で、最高視聴率22.5%をマークしたが、女子高生のトイレ中に爆竹を投げ入れるという過激な内容が、BPOの審議にかけられたことが原因で8月31日の生放送特番をもって泣く泣く最終回となった。この男は、当番組のプロデューサーを務め、彼はその女子高生の通っていた高校で担任を務めていた。
「あの時、お前はこの番組を「「いじめバカ番組」」とか言って批判しやがったな?そのせいでBPOに番組潰され、俺はプロデューサーをクビになった。JKビジネスで食いつなぐも、それも潰され、このザマよ。お前の住んでいる大阪まで、俺ははるばる東京から来た訳よ。どう落とし前つけてくれるんだ?あぁ!?」
「知るか!お前ら頭オカシイやろ!!」
男は激昂し、懐からサバイナルナイフを取り出して、彼の腹を刺した。
「うぅ!!」
倒れた彼を草むらに連れ込んだ。

    翌朝、ニュースでこの事件が報道された。
「8月9日未明の夜、大阪府茨木市の公園にて首のない中年男性の遺体が発見されました。」
このニュースを見た雅文は、飲んでいたミルクティーを思わず吹き出しそうになった。
(嘘やろ?沙耶香ちゃんの住んでるところの近くやな?大丈夫なんやろうか…。)
探偵事務所では8月11~15日にかけて、盆休みに入る。雅文はいつものように、依頼者の話を聞き、事件を解決する。昼休みになり、雅文と美夜子は事務所で昼食をとる。
「美夜子、海どうやった?」
「海?えぇ、楽しかったわ。」
「その時の写真ってある?」
「あるわよ。」
そう言って、美夜子はスマホを取り出し、Instagramを起動して写真を見せた。そこには、黒いビキニを着た美夜子と隣にイチゴ柄の白ビキニを着たショートヘアーの女の子が映っていた。
「この女の子誰?」
「私の妹の亜夜子。」
他の写真では、彼女が美夜子にデレデレしている様子が伺える。大蔵海岸から見える明石海峡大橋をバックに撮影した動画では、彼女が可愛い感じに淡路島を指差して喋っている。
「お姉ちゃん、あの海の向こうには一体何があるんやろ?」
「そこは、淡路島よ。」
他の動画では、彼女がグラビアアイドルのようにM字開脚をして、胸を強調する。
「亜夜子の、イチゴミルク飲む?」
「亜夜子、そういうのは須磨でやったらええやん。」
「須磨は嫌や~、イカツイお兄ちゃんおるもん!」
甘えん坊でぶりっ子なところのある亜夜子と、クールな雰囲気漂うレキジョな美夜子という対照的な姉妹、これでも芦屋の六麓荘に住むお嬢様である。大蔵海岸での写真以外に、明石市で明石焼きを食べている所や、 明石市天文科学博物館に行った写真があった。
「明石焼きって、タコ焼きみたいなヤツやな?」
「そうよ。明石の人はこれを玉子焼きって言うの。だし汁に浸して食べると、あっさりとしていて美味しいの。」
話ながら食事を済ませた二人は、弁当箱を片付けて、しばらく話を続けた。
「亜夜子ちゃんって、どんな娘なん?」
「亜夜子は、甘えん坊でぶりっ子なんやけど、私の可愛い妹よ。」
妹の桐島亜夜子は、17歳の高校2年生。芦屋高校に通い、部活は陸上部に所属している。雑談を切り上げ、二人は席につき、雅文はミルクティー、美夜子はココアで一息つく。午後からはほとんど仕事がないので、お盆休み前に事務所を大掃除する。役割分担をして、皆でテキパキと掃除したお陰で2時間で大掃除は終了した。
「みんなありがとう。お陰で大掃除は完璧や。」
その後は定時まで各々の作業をし、気づくと夕方になっていた。退勤時に所長が皆を集めて、話をする。
「みんなお疲れ様。明日から5日間盆休みに入る。英気を養って、また元気な姿で会おう!」
「お疲れ様でした!」 

    所長は自家用車で独り、夕暮れ時の三宮を後にする。3人は阪急神戸三宮駅まで一緒に向かう。
「雫さん、前から気になってたことがあるんですけど…。」
「どないしたん、美夜子?」
「雫さんって、探偵になる前は一体何をしていたんやろな?って気になってたんですよ。」
意外な質問に対し、雫は数秒沈黙してから返答した。
「ああ。そのことについては、後に話すわ。その時には、二人を秋の京都へ連れて行ってあげるわ。ウチの家にも。」
「秋の京都、風情あるわね。」
喋っていると、駅に到着。ここで雅文と別れる。二人は通勤定期券で駅に入る。阪急大阪梅田方面までは同じで、美夜子は夙川駅で、雫は十三駅で京都方面に乗り換える。夕陽が指しこむ車内、退勤下校の時間で座る場所がなく、二人は吊革に掴まって立っていた。
「どう、美夜子。探偵になって半年立つけど…。」
「はい。雅文はいいパートナーですし、私も彼と一緒に事件を解決していくのが楽しいです。」
「そう。ただね、探偵という仕事は場合によっては、反社会的勢力との戦いに巻き込まれるかもしれへんから、それだけは心してね。」
「はい、肝に銘じておきます。」
この時、美夜子はまだ知らなかった。これから後に起こる長き戦いを、予言していたということを。電車は夙川駅につき、美夜子は降りた。雫は独り、京都へ帰る。雅文も自転車で北野エリアまで北上し、帰路に着いた。

 お盆休み初日の8月11日、独り昼食を食べていると、テレビで臨時速報が入ってきた。
「たった今、入ってきた情報です。一昨日、大阪府茨木市で起きた殺人事件の犯人が、大阪市内で身柄を拘束されました。」
彼は咀嚼していたご飯を飲み込み、茶を飲んで一息ついた。
「ほう、早期解決やったな。」
その日の夜、夕食を済ませ、部屋でくつろいでいると、沙耶香からLINEが来た。

2024年8月11日
沙耶香
沙耶香のLINEのアイコンは、競泳水着姿の写真。
沙耶香「雅文さん、昼のニュース見ましたか?茨木市やから、沙耶香の住んでる吹田の近くやし、怖かった~。」21:09 既読1
(そういえば、沙耶香ちゃんは吹田に住んでたんやな。)
雅文「沙耶香ちゃん、もう大丈夫やで。せやけど、ちょっと気になることがあるんよ。」21:12 既読1
沙耶香「どないしたの?」21:15 既読1
雅文「事件発生が8/9、犯人逮捕が8/11やん。遺体の頭部が発見されたのも8/11、話が上手すぎるな、と勘繰ったんや。」21:19 既読1
沙耶香「それなんやけどね、信じられへんと思うねんけど、ウチの体験した話を聞いてくれへん?」21:24 既読1
ここからは、LINE電話でのやり取りとなる。事件解決に繋がった、沙耶香の恐怖体験が語られる…。
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