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第1章 探偵事務所の日常

第3話 炎上必至の恋物語

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 雅文と美夜子は依頼者の話から、今回の神戸市内で起きた一連の放火事件を分析していた。
「恋人同士だったのね。」
「それが一体どういう関連が、あるんやろうか…。」
連続放火事件はここまで、長田区・垂水区・西区・北区・東灘区・須磨区で起こった。神戸市は全部で9つの区がある。残りは灘区・兵庫区・中央区。まだこの3区では事件は起きていない。7月に入っても、しばらく梅雨が続き、ジメジメして悶々とした空気が漂う中、依頼人はこのブログを警察に通報しようかと迷っていた。
「これは間違いないと思うんやけどな…。せやけど、ネットの投稿だけでは本人とは分からへんしな。確実な証拠が無いとな。」
通報するか、しまいかと葛藤していた7月3日の夜、灘区の高齢者施設で大火事が発生。更にその2日後には、兵庫区のアパートで火災が発生。灘区の火災は、3階建ての施設の1階のゴミ捨て場が、突如、炎上し瞬く間に建物を覆いつくし、施設は全焼。入居者28人と職員10人の内、入居者16人と職員4人が死亡。兵庫区の火災では、2階建てアパートの1階のポストから火が出て、木造の部屋に引火。8部屋あるうちの5部屋を焼き尽くし、焼け跡から6人の遺体が発見された。雅文と美夜子は、テレビでこのニュースを見て、驚きが隠せなかった。
「連続で火災…。最後は中央区、ケリをつけようってことやな?」
「犯人の狙いが分かってきたわ。それにしても、26人も焼き殺すなんて正気の沙汰とは思えないわ。」

 火災のニュースが報道され、ネットで話題になっていることをパソコンで閲覧し、むっちぃ🖤はタワーマンションの一室で独り、優越感に浸っていた。
「アハハハハハハハハハハ!!最高!」
自分の部屋で、ベッドに座り、パソコンを見ながら、チューハイをあおる。グレーのTシャツにピンクのパンティとラフな格好で、ブログを更新する。
「2024年7月3日
灘区 高齢者施設。前から気になってたけど、ジジイババアがホンマにキモイ(笑)。どうせ、オムツで寝たきりなんやろ?死を待つだけやから、天国に送ってあげたで(笑)ホンマに、さっさと死ね!クソジジイ、クソババア!」
「2024年7月5日
兵庫区 新開地。ボロボロのアパート。火の海にしたら、6人死んじゃった~(笑)」
火事の写真を掲載し、ブログを閉じて、シャットダウンした。
「アハハハハハハハハハ!放火気持ちいい~、アタシをバカにした世の中の人間、マジで死ねって感じ~!」
チューハイを飲み終えると、缶を床に放り投げた。もう4缶は飲んでいる。仰向けに寝転がり、何かを思い出したかのように、激しい口調で恨み節を吐く。
「あのグラビアオーディションで、アタシがセクシーなアピールしたのに水着が脱げた上に、ケツ毛とマン毛見られたし、「令和のケツ毛バーガー」とか馬鹿にしやがって!明日香ぁ、アンタ、アタシより可愛いと思ってんのぉ~?弘毅ぃ~、最後はアンタを殺してアゲル。そうや、ハーバーランドのmosaicの近く、ポートタワーが照らされる夜に、ナイフで刺し殺す!ぶっ殺してハラワタ引きずり出して、キンタ〇海に捨てたるわ…。アハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハ!」
(ブ~!!)盛大に放屁した。
「あっ、オナラ出た…。」

 7月6日、依頼人が仕事から帰ると、ポストに手紙が入っていた。
「誰からや?」
差出人を見ると、斎川睦美とあった。
「まさか…。」
彼は、部屋に戻り、手紙の封を切って、中身を確認した。
「弘毅
アタシを忘れたとは言わせないよ。神戸と香港での因縁覚えとるよね?アハハハハハハハハハ、逃げられへんよ。七夕の夜7時、神戸市中央区のポートタワーとmosaicのフェリー乗り場のところに来い。」
彼は青ざめ、背筋が凍った。連続放火事件を起こし、その様子をブログに掲載。大学時代の恋愛から生じた因縁、神戸と香港での修羅場、過去の記憶のネットワークを辿り、パズルのようにパーツを合わせると、全て辻褄があった
「そういうことやったんや…。警察に通報や。」
彼はすぐさま警察に全てを話した。神戸警察署の連続放火事件捜査本部は、彼の情報を基にブログを調査。
「何や、このフザけた文章は!人の命を何や思うてるんや!」
若い刑事は、むっちぃ🖤の不謹慎な文章に、机を叩いて憤慨した。警部は静観しながら、逮捕状を請求。一夜のうちに、警察は証拠を揃え、犯行予告の時間に現場で待ち伏せして逮捕するという作戦を立て、準備を整えた。
    
    来る7月7日、午後12時頃に警察はむっちぃ🖤の勤務する福原の風俗店に行き、店長にこの一件を報告する。店長は控え室で休憩していた。
「はー、食った食った。食後の白ブドウジュースを頂こうか。」
そこにスタッフがやってきた。
「店長、お客さんです。」 
「誰や?」
「神戸警察です。」 
「警察?!」
寝耳に水で、店長は声が裏返った。ひとまず事務所に警官を迎え入れ、話を聞く。
「神戸警察です。本日はお忙しいところすいません。」
「いえいえ。刑事さん、今回はどういったご用件で?」
「神戸市で連続放火事件が起きていますよね?」
「はい。」
「その火事の様子を掲載したブログを発見した、という通報がありましてね。これが現物です。」
後ろにいた警官が、パソコンを取り出し、ブログを開く。
「このむっちぃ🖤という方は、ご存じですか?」
「むっちぃ🖤、あぁ! ウチで働いてる斎川睦美ですね!はい、ウチで指名ナンバーワンの娘ですよ。本日は休みですけど。」
「このブログのむっちぃ🖤と斎川睦美さんが同一人物であると踏み、彼女に放火の容疑で逮捕状が出ましてね。」
「逮捕状…。ちょっとブログを見せてもらっても…。」
店長は注意深くブログを確認すると、被害者を嘲笑い、死者を冒涜する不謹慎な文章に次第に怒りが込み上げた。
「何やこれは…。人が死んどるんやぞ…。ガツンと言わなアカンな…。」
警察は、犯行予告時間に現場に向かうと言ったが、店長はそれに帯同したいと申し出た。
「刑事さん、勝手な要望ですが、私も向かわせてもらってよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません。」
「こうなってしまったんも、店長である私の教育不足であります。しっかりと指導しなければなりません。人の命を奪うことが、どれ程罪深いことかをね。」

    その日の夕方、雅文は所長と別件の捜査に辺り、美夜子と雫は依頼人が事務所に来るのを待っていた。
「犯人は、用意周到なんやろね。美夜子ちゃん、十分気ぃつけや。」
「はい。雫さん。」
時刻は17:45。そこに仕事帰りの依頼人がやってきた。
「すみません。お待たせしました。」
「お待ちしておりました。」
3人は事務所を出て、雫は鍵を閉める。ポートタワーとmosaicの近くにある南京町で小腹を満たすのと、作戦を話し合うということで、小さな店に行った。店内で注文の品を待っている間に、作戦を話す。
「犯人に関しては、心当たりあるんですよ。恐らく、ナイフは持っているやろうから…。」
「ナイフね。ひとまずは様子を見ることね。下手に刺激しないようにね。」
注文の品が来たので、食べながら話す。出来立ての小籠包は熱いが、美夜子は慣れた手つきでレンゲに乗せて、先端を割って肉汁を吸う。
「警察も、現場に向かうと言うとったから、大丈夫やと思うで。」
「ですよね。ただ、現場についたら僕は直接話をするので、お二人は出来れば下がっていただいて…。」
「何かあったら、お助けするわ。」
点心を食べ終え、店を後にしようとした時、ダーツの矢が飛んできた。美夜子は持っていた扇子で咄嗟に防いだ。
「何奴?」
「「扇の的」のようやね。」
「あ、あそこや!!」
向かいの席に、グレーのパーカーを着た女性がいた。そこから飛んできたと考えられる。
「美夜子は彼と一緒に、追いかけて。ウチは後から行くわ。」
「はい。」
パーカーを着た女性は、急いで走り去る。美夜子は依頼人と共に、走って追いかける。

    時刻は18:30。南京町から南下して、ポートタワー方面まで走る。夏の夕暮れの独特な蒸し暑さと薄暗さが合間って、これから起こる展開を予兆しているようである。ポートタワーとmosaicに到着。海を隔てて、向かい側にmosaicがある。パーカーの女性は海をバックに立ち止まり、美夜子は5メートル距離を開けて、彼女と対峙する。依頼人は息が上がり、膝をついてハァハァと呼吸する。
「ハァハァ、横腹痛ぇ…。」
「遂に見つけたわ。貴女が連続放火事件の犯人ね?」
パーカーの女性は、ランニングマンの動きをし、手を前に出し、ピースを下に向けた。
「Mr.パーカージュニア。」
「何年前のネタ?」
女性はフードを脱ぐ。長い茶髪が露になり、太ももまで露出したショートパンツと、今時の若者という風貌で、とても凶悪犯とは思えない。
依頼人は彼女を見つめ、指を指した。
「やっぱり、お前か!!!」
彼女は、猫なで声で彼に甘えた。
「弘毅~、会いたかった~!ダ~、リ~ン~🖤」
あまりにフザけた様子に、彼は声を荒らげた。
「何がダーリンじゃ!!!ふざけんなや!!!!」
「貴女が、むっちぃ🖤なのね。」
「そうよ。私は斎川睦美。むっちぃ🖤って呼んでね。」 
「我輩は、桐島美夜子。探偵である。ところで、神戸市で起きた連続放火事件の写真が、むっちぃ🖤のブログに載っていたけど、あの火事は全部貴女がやったものなの?」
「アハハハハハ!!!そうよ。全部アタシがやったの。」
「何でや。何でこんなことやったんや!!!」
「ハァ?!アンタらに復讐するためや!!!覚えているよね?神戸と香港での一件!」
どうやら、睦美と弘毅の間には因縁があったようだ。
「一体何があったの?」
「実は…。」

 遡ること、2年前の2022年。彼は当時、神戸学院大学に通っている4回生で、現在グラビアアイドルの香塚明日香と付き合っていた。睦美は彼に片思いしていたが、告白して振られた。それでもストーカーの如く、彼に粘着し続けた。その年の夏に、芸能プロダクション「love marine」のグラビアアイドルオーディションが行われ、明日香と睦美は共に書類選考・面接試験を突破し、3日間のサバイバル3daysという合宿に進出。関東・東海・関西で行われ、関西エリアは京都・大阪・神戸の順にローテーションして、この年は神戸で開催。二人は最終選考の水着ランウェイで火花を散らした。
「明日香ぁ、アタシが勝つから。」
「睦美、ギラギラしすぎ。ヒョウ柄とか、大阪のオバハンやん…」
8月上旬、真夏の須磨海浜公園にて開催。須磨海水浴場の近くとあって、多くの男達で賑わっていた。彼も見に来ていた。
(私に、くぎ付けね)
明日香は白ビキニでアピール。睦美はヒョウ柄でアピールするも、途中で水着が脱げてしまい転倒。その時に四つん這いとなり、陰毛にまみれた秘部と肛門が露わになった。彼は思わず、
「ケツ毛バーガーやぁぁぁぁ!!」
と叫んだ。会場は爆笑に包まれ、睦美は恥ずかしさと悔しさであられもない姿で嗚咽した。
(弘毅、ぶっ殺す…。何笑うとんねん、明日香ぁ!!)
その後、明日香はグラビアアイドルとなり、睦美は風俗嬢と対照的な進路を歩んだ。今年3月、彼は明日香とプライベートで香港に旅行した。そして、事件は起きた。九竜半島南部に位置する繁華街 尖沙咀の香港島の夜景を一望できる尖沙咀プロムナードで、二人は夜景を観賞していた。
「明日香も、あの夜景のように、キラキラ輝く存在になって欲しいな。」
「弘毅、ロマンチック。」
そこにストーカーしてきた睦美が現れた。
「見つけたわ。あんたなんかがアタシを差し置いて、グラビアアイドルになりやがって!」
「ハァ?!グラビアアイドルになれへんかったのを、人のせいにしないでよ!」
「何やと?!」
「やるの?!」
喧嘩っ早い二人は、激しい殴り合いとなり、地面に血が飛び散った。
「止めろや!!」
弘毅は二人を突き飛ばして止めた。睦美は立ち上がり、
「覚えてなさいよ!!必ず呪ってやる!!」
と立ち去った。

    その復讐として、睦美は連続放火事件を起こした。なぜ神戸で起こしたのか、美夜子は自分なりの考察をした。
(神戸と香港。国際都市で、中国の文化があり、孫文記念館があり、神戸は9つの区、香港は九竜半島。なるほどね。)
そこに警察が駆けつけ、パトカーから降りて様子を見守る。雫も到着。
「復讐なのよ。これを果たしたら、最後は弘毅ぃ、アタシと一緒に死のう。そして、恋物語も終わるの。アハハハハハ!!!」
「ふざけんなや!!!!何が恋物語じゃボケぇ!!!ええ加減にせぇ!!!!」
睦美はサバイバルナイフを取り出し、
「ねぇ、弘毅。アタシと死のうよ。」
ゆっくりと近づいてきた。美夜子が割って入り、睦美と対峙する。
「アンタも殺すよ!!!」
襲ってきた睦美の攻撃をかわし、ナイフを振り払い、みぞおちに回し蹴りを入れた。うずくまる睦美に、
「ホンマやったら、貴女を海のモズクにしてやるところやったの。ちゃんと罪を償いなさい…。」
と言い放つ。
「モズクやのうて、藻屑やで。」
警官と店長が駆けつけ、睦美を包囲する。そこに怒りに震える店長が睦美の胸ぐらを掴む。
「店長?!」
「お前、自分が何したんか分かってんのか!!!!!」
間髪入れずに、捲し立てる。
「黙って聞いていたが、因縁があったようやな。せやけど、お前がやったんはただの憂さ晴らし。人の命を弄んだ邪悪な遊びや!!!逮捕されて、刑務所ぶちこまれて、反省するんや。放火で人様の財産や命を奪ったことをな!!!」
睦美は、罪深さを感じ、涙する。
「うぅ…。ごめんなさい…。」
こうして、睦美は放火と殺人容疑で逮捕された。事件は解決した。美夜子と雫、店長と弘毅は悲しげな目で、去りゆくパトカーを見つめていた。
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