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29.強引な誘い

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「ええ。セバス・マーサルです。さあ、どうぞ行って下さい。」

とっさにルドヴィカ侯爵邸の執事の名前を言った。
早くあちっちへ行けって!
周りの令嬢達も「早くあちらへ行きましょうよ。」と言ってるでしょ?

俳優男は楽しそうに見つめると私の向かいにドサリと腰を掛けた。

「困ります!お引き取り下さい。」

何でよ~!令嬢達からいじめられたら絶対にこの男のせいだわ。思いっきり睨んでやった。

「では、その者が戻るまでお相手をしましょう。」

はぁ?やめてよ!来るわけないのに。
相当なイケメンだからって図々しい。
随分、オモテになるようだけど、誰でもなびくと思ったら大間違いよ。
一応、両思いの赤髪がいるし身持ちはいいんだから。

「貴方と一緒にいて彼に誤解を与えたくないんです。」

「では、誤解を解く為にも御挨拶させてもらいましょう。」

手を上げて給仕に飲み物を頼んでいるし。ああ、どうしたらよいのだろ?

「そろそろ帰ります。どうぞ御令嬢方と楽しんで下さい。」

意外な事に俳優男はムッとして不機嫌になった。

「ハァー。誰と楽しめって?いい加減に気付けよ。オ、レだ。」

えっ?この口調って、、まさか!

「アナタ赤髪なの?!アルベルト・ルドヴィカ?!」

えっ~!嘘でしょ?!
髪も短髪だし髭も無い。何より頬に傷がないわ。

「そうだ、俺だ。やっと気がついたか。全く。あれだけ俺にすがって泣いたくせに俺がわからないとはな。オマエはそんな薄情な女だったのか?」

「あ、アナタが変わり過ぎているからでしょ?ついさっきまで髪も髭も長かったのに、こんなのわかるわけないでしょ!」

「フーン。愛してるってキスまでした仲なのにわからないとはな。」

「しっ~、バカ!な、何言ってるのよ。こんな人が沢山のところで、やめてよ。」

恥ずかしさで抗議をして周りをみると令嬢達の睨みつける視線とぶつかった。
その時、突然に手を取り立たされた。

「持て。」

グラスを渡され何だろ?と思っていると彼もグラスを持ち大声をあげた。

「皆んな聞いてくれ。私の婚約者エリコ・カワムラだ。近いうちに結婚式を挙げる。乾杯をしてくれ!」

「えっ?」

おめでとう!と言う歓声と共に悲鳴と
「何であんな子が?」「何者よ!」って声までハッキリと聞こえてくる。

「あ、アナタって人は!また、、」

後の声はキスで口を塞がれかき消されてしまった。空いている方の手を取られ頬に手を添えてガッチリホールドされている。

キャー!止めてと言う悲鳴が辺りに響きその声に興味の無かった人達も集まって来た。
唇が離れると人の輪から次々と祝福の挨拶が続き赤髪は満足気に頷いている。

ダメだ。いくら何でもこの大衆の中、ハッキリと否定は出来ない。名誉を傷つけてしまう。
引っ張られるように出入口へ進みやっと玄関の外に出ると抗議の声をあげる事が出来た。

「ちょっと!何考えてるのよ?」

「シッ。静かに。」

辺りを見回すと馬車の従僕達がこちらに注目している。

仕方がなく大人しく馬車に乗り込み馬車が動くとやっと話ができた。

「アナタ何て事を言ったの?勝手に決めないで!」

「いいだろ?俺と結婚するんだから。」

「だ、か、ら!何でいつもいきなりなの?その自信はどこからくるのよ。」

「エリコが俺に気があるかどうか直ぐにわかるさ。」

「私、結婚はしないわ。いつまでもアナタの所でお世話になるつもりもない。」

赤髪の表情が一瞬で変わった。

「断る理由がわからない。お前は俺が好きだろ?俺は財力も爵位もあり強い。何より、、」

彼はスッと私の手を取ると甲に口づけをした。

「美男子で女にも優しい。どこが不満なんだ?」

ああ!もうこの余裕、、タラシ慣れている。悔しいけれど、また上気してしまう。

「私は、、、元の世界に帰るの。絶対に。だから、、、無理なの。」

その瞬間、彼が頭をガシガシとかいてイライラと不機嫌になった。

「だから?わからん。別に結婚すればいいだろ?俺が欲しくないのか?」

「うっ、、べ、別に。」

「エリコ、その場しのぎの返事は駄目だ。よく考えろ。俺が他の令嬢と生活を共にしても平気なのか?俺と会わずに平気なのか?」

「私は、、、アナタってズルい人よ。
あんなに人気なんだから私じゃなくてもいいじゃ無い。私の事は放っておいて。」

「お前、本気で言っているのか?」

ジッと真っ直ぐな視線で見つめられる。今すぐ馬車を降りたい。降りてこの人から離れたい。なのにそれは出来ない。

「本気よ。この話はおしまい。もうしないで。」

自分でも愚かだなと思う。だけど、私は臆病者なんだからそんなにグイグイ来ても、もうライアンの時みたいになりたくないの。

幸い、赤髪はこの後、何も話さなかった。目を瞑り腕を組んでジッとしている。
狭い馬車の中は重たい空気が漂っていて、たまらない。居た堪れなくなって泣きたくなってきた。だけど泣かない。泣くもんか。
真っ暗で景色が殆ど見えない外の景色をボンヤリと眺めて耐えていた。

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