ハルジオンの悪手

いとっぴ

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第一章 「ハルジオンの花」

花純幸音

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「こちらが支配人室になります」

支配人室と記された部屋の前に到着した。
仲居の女性は扉を軽く叩く。

「支配人、よろしいですか?例のお客様です」
「・・・どうぞ」

若い男性の声。
扉越しには顔も分からないが、澄んだ美しい声をしている事は間違いなかった。
支配人という事は花純家の現当主と呼ばれる男性だ。
どんな人物だろう、と緊張が走る。
運転手をしていた使用人の話だと、あまり良い噂がない人物の様だったが。

「失礼します」

仲居の女性が扉を開く。

ーーーパァン!

扉が開いた先、支配人室から聞こえてきたのは、クラッカーの弾ける音だった。
唐突な展開に大きな瞳をぱちくりさせる紫苑。

「ようこそ!春咲紫苑くん!」

部屋の中から顔を出したのは、白い着物に浅葱色の羽織を纏う男性。スラっとした長身で、女性も羨む色気のある顔立ち、艶のある髪質を持つ。
クラッカーを鳴らしたのは彼だった。

「・・・え」

紫苑にとって衝撃が大きく、フリーズしてしまった。
ピクリとも動かない様子に、仲居の女性は支配人に近付き、泣く子も黙る剣幕で詰め寄る。

「何をいきなり吃驚させているんですかっ!?」
「あ、いや、ここまで驚くとは、、、すまん」
「謝るなら、この子にです!」

仲居の女性のあまりの勢いに身を反らす支配人。
彼は紫苑に近付き、苦笑いしながら言う。

「歓迎の印だったんだが、吃驚させてしまって申し訳ない。私はこの旅館の支配人である“花純幸音“と言う。無礼を許してくれ」

花純幸音。
それがこの花純旅館の支配人の名前。

屋敷生活で一度も味わった事のない体験に固まっていた紫苑は、思考がぐるぐると回転する。

(クラッカーって誕生日とかお祝いの時に使うアレだよね?って何?歓迎されてるって?私が?そんな訳ないじゃない。私は“貧乏神“なんだけど、、、)

きっと自分の特異な力を知らないんだろう。
そうでなければ「歓迎」など考えられない。
あまりにも縁遠いモノだ。

産まれた時から“貧乏神“を背負ってきた。
嫌な思い出が蘇る。

うっすらと冷静さを取り戻してきた紫苑。
俯いたまま、静かに口を開く。

「・・・そういうのいいから、さっさと私を閉じ込める部屋に案内して。あなた方に迷惑は掛けないから安心してくれていいので、、、」

その発言に、幸音と仲居の女性は、互いに顔を見合わせる。それから幸音は考える様な素振りをすると、思い立った顔をして笑みを浮かべ、紫苑の“左手“を何の躊躇もなく“右手“で掴んだ。要は握手をしたのだ。

「・・・ッ!?」

突然の行動に思わず身を反らすが、握手されているので、離れようもなかった。
さらに幸音は紫苑の顔を覗き込み、温かく優しい笑みを浮かべた。吸い込まれそうな瞳が間近にあり、耳元で囁かれる。

「私は君を必要としている」
「・・・え」
「“貧乏神“と呼ばれていようと、ね」
「それって、どういうーーー」

と、言い掛けて気付いた。
手を握られているではないか。
どういう意味かは、考えるまでもない。

「ちょっ!手を離してッ!」

続けて気付いた。
紫苑の力は無意識では基本発動しないが、感情の振れ幅が激しい時は、暴走する可能性すらもある。
その状態で触れているにも関わらず、目の前の彼には能力が発動している素振りがない。

(どういうこと?こんな事は初めてだ)

状況の整理をしていると、仲居の女性が間を割く。

「ほらっ!支配人はしつこいんです!彼女が嫌がっているんですから、手を離してあげてください」
「はははっ、手厳しいね。でも、たしかにそうだね」

そう言うとパッと手を離す。
離された自分の“左手“を見つめるも異変はない。

幸音は、部屋の中央に置かれたケヤキの無垢材を使用した一枚板のテーブル、それに合わせた立派な椅子に腰掛けた。

「いずれにせよ今日は長時間の車中移動で疲れたろう?詳しい話は明日にしよう」
「・・・え」
「もちろん君が聞きたい事も含めて、だ」

そう言うながら幸音は“右手“を振る。
説明はしてくれるらしいが、どうやらこの場では言葉に出来ないようだ。仲居の女性も居るからだろう。
表情で察すると、幸音はにっこりと微笑む。

「というわけだ。今日のところは、彼女を“花譚寮“まで案内してあげてくれないか?香月くん」
「まったく急ですね。まあ、わかりました」

香月と呼ばれた仲居の女性は、一歩下がった後に、幸音に対して一礼する。彼女に続いて部屋を後にしようとすると、幸音は頬杖をつきながら言う。

「では、明日から、よろしく頼むよ」


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