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1話 包丁は2度灰塵と化す

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 【Raid Battle!】


 【兎月舞う新緑の主】


 【荒れ狂う魚尾砲】


 【レイドバトル同時発生につき難易度が上昇します】


 緑が萌える樹木が立ち並ぶ新緑都市の中で、もはや聞き飽きるほど耳にしたであろうレイドボスに遭遇したことを知らせるアナウンスが、脳内に響き渡り始めた。

 そのアナウンスは俺を死に誘うカウントダウンのようなもので、これから迫り来るであろう抗うことのできない力によって、この先の運命は既に定められてしまっている。

 「くっ、いくらレイドボスでもこれは固すぎるだろ!?」

 俺はゲーム開始時に与えられたチュートリアル武器である愛用の包丁を使い、大兎型レイドボスに攻撃を仕掛ける。
 
 右前足側から身体の下に潜り込み、逆手に持った包丁で切り裂こうとしたが、その凶刃はレイドボスの前にあっさりと弾かれてしまった。
 たしかに刃はレイドボスの皮膚に当たったはずなのだが、弾力のあるその身体の内部まで切り込むことができず効果的なダメージは与えられなかった。




 その後も何度か包丁による攻撃をしかけてはみるものの、部位によって攻撃が通ったり通らなかったりするので、どちらにしても到底倒すまでのダメージにはなっておらずじり貧気味だ。

 【#ЖЖ####【Ж】!!!】


 俺の不満に応えるかのようにいつもの決め技を使ってくるレイドボス。
 何をいっているのか分からない獰猛なる雄叫びが、アナウンスとして眼前に表示され、それと同時にレイドボスの顔のカットインが流れてきている。
 他のゲームでもよくある、必殺技を使ったときの特殊演出だな。



 大兎型レイドボスの尻尾へ急速にエネルギーがたまっていく様子を、ただただ眺めることしか出来ない俺は完全に死を受け入れている。
 ここで死力を尽くして回避や防御をすることも可能な待機時間こそあったが、そんなものこれまでのレイドバトルで嫌になるほど試してきた。
 今さらそんな焼け石に水のようなことまでするほど、俺にはもう力が残されていない。


 そして間もなくすると、尻尾から紫色の極太レーザーが戦闘場所全域に放出された。
 尻尾から放たれる無尽蔵極太レーザーにいつものように体を消されていく俺。

 ここから起きることといえばただ一つしかないだろう。
 そう、所謂、死に戻りってやつだ。










 ……突然のことで理解できていないだろうから、さっきまでの状況についてちょっと少し説明するか。

 このゲームは……
 ・公式からの具体的な進行の指標が示されていない
 ・モンスターについてスキルなどで名前やステータスを確認することが出来ない

 という仕様となっている。

 なので、さっきまで俺が戦っていたレイドボスはシステム的に倒せと言われているものではなく俺が率先して挑んでいる敵ではあるのだが、何度挑んでもあいつの正体は分からないままだ。
 
 辛うじてあいつが決め技を使用する時、プレイヤーの目の前に流れるカットイン演出に【Ж】と表示されるため、通称Ж(ジェー)と呼ばれているだけなのさ。




 そんなレイドボスについて……
 一見すると紫色の巨大なだけなウサギだが、尻尾が本来ある場所に何故かウナギが生えている。
 全身から禍々しいオーラを放っており、その強大な力に俺たちプレイヤーはこのゲームのサービスが開始して以降、ずっと苦しめられ続けているのだ。

 変な組み合わせのキメラだと俺も思うが、ゲームなんだからそういう敵もいるだろうと納得はしている。
 もちろん、見た目がバグっていると運営に報告したやつも過去にはいたようだが、今もジェーは健在ということはバグではないんだろう。
 
 世知辛いな……






 そんなことを考えながら俺がリスポーンされてきたのは、草原に打ち建てられた……火花が飛び散る鉄臭い小屋だ。 
 その中を我が物顔で進んでいき、ある程度中まで来たところで声を張り上げる。 

 「おーい、生きてるか~?」

 何処か場違いのように感じられる俺の叫び声が鉄臭い小屋の中で山びこのように響き渡ると、奥から人影が迫ってきた。
 その大きな人影は、一見すると威圧感があるのだが、俺には馴染みのある姿だ。

 「ガハハ!!!
 また死に戻りしてきたのか!!!
 流石プレイヤーに人権がないゲームと言われているボトムダウンーオンライン!!!
 一番初めのプレイヤー拠点すらレイドボスから奪還しないといけないとはな!!!
 しかも、未だにジェーを倒せたやつはいないとは……随分張り合いがあるレイドボスじゃないか!!!」

 豪快に笑いながら、俺たちが置かれた救いがたい状況を笑い飛ばしているのはガチムチのおっさんだ。
 むさくるしい……

 「いちいち発言が暑苦しいんだよお前は……
 それに張り合いがあると言っても、何ヵ月かけても倒せないんじゃモチベーションを保てなくて離脱するプレイヤーが続出するってものさ。
 俺のような物好きじゃなかったら他の場所に逃げるかしてるだろうし、本当に倒す目処がつくのかすら怪しいんだからな?」

 ガチムチのおっさんの暑苦しい発言に対して俺は皮肉を交えながらこの劣悪なゲーム環境に苦言を呈していく。
 楽観的なのは良くも悪くもあることだが、元凶であるレイドボスに今さっき殺られてきた俺にはその発言を許容するほど器量はなかった。


 だが、俺の皮肉をものともしないのかガチムチのおっさんは先程までと同じ調子で、さらに言葉を紡いでいく。

 「しかも、第一陣がチュートリアルを終えてから、もうかなりの日数が過ぎているのに、まだ新緑都市はプレイヤーの手へと奪還できていない!!
 だから、全プレイヤーが草原で野宿せざるを得ないとは!!
 ……しかし、逆境だからこそ、テンション上がるじゃないか!
 なあ【包丁戦士】!!」

 そんな状況に興奮されても対応に困るんだがなぁ……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ちなみに包丁戦士と呼ばれたが【包丁戦士】というのは、さっきまでレイドボスと戦っていた包丁使い……そう、俺のことだ。
 だが、俺のプレイヤーネームでもジョブでもない。
 ただ、戦闘に包丁を使っているだけでプレイヤーに謎の2つ名が広まってしまっただけだ。
 それが、システムに自動登録されてもう取り消しようもないことになっているから気にするだけ無駄だろう……
 

 それは置いておくとしてだ。
 ジェーの時の回想でも流れたと思うけど、このゲームに鑑定や看破といった便利なスキルは今のところ見つかってない。
 もしかすると実装すらされていない可能性もあるが、その辺は検証班に調べてもらえばいい気がするので華麗にスルー。

 何が言いたいのかというと、プレイヤーは自分の名前を他の人から見られることはないというわけだ。
 ここの鬼畜運営のことだ、【プレイヤーネームが広まると呪殺される】みたいな謎仕様でもおかしくない。

 実際、プレイヤーネームをおおっぴらに明かした人のステータスに、デバフがかかった……みたいな都市伝説もあるくらいだ。
 実際は都市伝説じゃなくて実話で、その本人とも会ったことあるけどさ。

 あいつ、チュートリアル中泣きじゃくってたけど今何してるんだろうな?
 ゲーム辞めてたりするのかもしれないが、今度探してみるだけ探してみるか。


 ここまでくればなんとなく分かると思うが、このゲーム【ボトムダウンーオンライン】……蔑称【プレイヤーに人権のないゲーム】は、その名の通り、プレイヤーの人権はほとんどと言っても良いほど保証されていない。

 ネット上でも、このゲームの評価は【プレイヤーに人権のないゲーム】という通りで、そのまま酷評だ。
 だけど、VRMMOとしては破格の没入感、味覚などの五感のリアルさが群を抜いて優れているってことで、プレイヤーは思っているほど離れていってない。
 



 ……とは言っても、プレイヤーに人権がないのは変わらない。
 チュートリアルが終わった後に、ウサギウナギであるレイドボスの【ジェー】によって支配されている……【新緑都市アネイブル】に送られ、そこでミンチや灰になって【新緑都市アネイブル】の郊外にある草原に飛ばされるというのが定番の流れだ。

 レイドボスに支配されているのがプレイヤーのログイン地点であり、一番はじめの町だから移動すらままならないってわけだな。

 これだけならまあ負けイベントなんだな、と自分を納得させることができるのだが、あらゆる点でプレイヤーに鬼畜仕様を強いてくる運営はそれだけでおさまることがない。


 これまでに説明したことも含めて俺がヤバいと思っている仕様を箇条書きで纏めてみた。

 ・【鑑定】や【アイテムボックス】などの便利スキルやシステムが見つかっていない。
 ・RPG恒例の戦闘などを補助してくれる機能【ジョブシステム】すらも見つかっていない。
 ・はじめの町を解放できていないので、NPCに遭遇もできてない。
 ・NPCショップも存在自体発見できていないので、利用したことのあるプレイヤーはいない。 
 ・スキルの発動方法も不明なため、プレイヤーはチャンバラごっこでレイドボスに立ち向かわないといけない。


 ……まあ、控えめに言ってもどうやってレイドボスに勝てばいいのか検討もつかないわけだ。
 そんな俺は途方にくれながらも、意地だけでレイドボスを倒そうと躍起になっているというわけである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「【包丁戦士】!!!
 おい、聞いてるのか?【包丁戦士】!!!
 ジェーとの戦闘は今回、どこまでいけたんだと訊いているだろう!!!」

 んあっ?
 なんか耳元でうるさい声がすると思ったら、ガチムチのおっさんが俺のとなりでずっと怒鳴り散らしていたようだ。
 完全に意識の外にあったぞ……

 「あっ、すまん説明パート入ってたわ」

 とりあえず謝っておくが、特に悪いとは思っていないので形式的なものだ。

 「せ、説明パート?
 相変わらずお前は訳のわからんことを言う」

 「そういうもんだと思って諦めるといいぞ。
 今回は【ジェー】の極太レーザー喰らって死んだんだよ……
 あれは他の攻撃と比べるとクールタイム長いらしいから、凌げればいいんだけどな……」

 極太レーザーに俺は何度も辛酸を舐めさせられている。
 少しはまともな戦闘になったと思っても、極太レーザーが放たれたら最後……それまでの努力が無駄になり死に戻りが約束されてしまう。

 だからこそ、それを防ぐ術さえあればいいのだが……

 「それはほぼ無理だろう!
 これだけの人数、これだけの試行回数で極太レーザーを凌げたのは北のトッププレイヤーの【釣竿剣士】だけのようだ!
 ただ、凌いだところでダメージソース不足でじり貧になったらしい!
 せめて【釣竿剣士】に火力があればなんとかなりそうだが!」

 あっ、一応防いだことがあるやつはいるんだな?
 だが、その個人に由来する術では意味がない。
 

 「トッププレイヤー様の話はいいから、【槌鍛治士】お前の対策法を聞きたいなぁ」

 さっきからエクスクラメーションマークが語尾に付いていてうるさいガチムチのおっさんは【槌鍛治士】だ。
 スキンヘッド、色黒、ガチムチとかなりキマったアバターで参戦しているどう見てもヤのつく人にしか見えないが、スキルが見つかっていないこのゲームで、結構しっかりした装備を作る卓越した技量を持っていたりする貴重な人材である。
 
 ……ちなみにだが、【槌鍛治士】といっても槌を作るんじゃなくて、槌を使って作るからそう呼ばれている。


 「ワシ的には装備の強化くらいしか思いつかん!
 そのために、とりあえず素材が欲しい!
 魔物素材武器とかゲームの王道だからな!!!
 鍛治士として作ってみたいものだ!!!」

 「今のところモンスターはジェーしかみたことないんだが、どうするんだよ……」

 「それは知っている!
 だからこそお前に頼んでいるのだ!!!
 その包丁でジェーの毛皮なりなんなり採取してきて欲しい!
 ワシの夢を叶えるためだと思って協力してくれ頼む!」

 真剣に頼んでいるように見えるが目は俺じゃなくて、俺の身体と腰に提げられた包丁しか見てない……コイツっっ!!
 俺の身体と武器だけが目当てってことなのか!?
 そういうことなのか!?

 厄介ごとっぽいのでとりあえず断ろうと俺は口を開いた。

 「……めんどうだから断っていいか?
 俺以外でも出来るだろそれ」

 普通に面倒くさい感じの案件なので、すぐ断りを入れる。
 どうせ大した報酬も出ないだろうしな……

 「ほう、報酬が良ければやるんだな!?
 それなら、報酬は【Ж(ジェー)】装備ってのはどうだ!」

 「やらせてもらおうか!
 レイドボス素材の装備が優先的に手に入るのなら労力をかける価値はあるからな」

 ここにきてようやく新しい武器が手に入るんだ、気合い入れて駆けずり回るしかないだろ!
 こうなったら、とことんやってやるぜ!!
 待ってろよ、レイドボス装備!





 1時間後、アネイブルで灰になったプレイヤーが居たり居なかったりする……

 【Bottom Down-Online Now loading……】
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