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ブライング

ダッダーン!

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 アレフガルド、南方の大陸。そこにある御伽噺には、神の化身とも悪魔の写身とも呼ばれたある精霊の話があった。

 体の一部だったり、あるいは金貨銀貨だったり、あるいは人の魂などを対価にどんな願いも叶えてくれたという精霊の話だ。

 願いは叶うが、体の一部のはずが四肢全部だったり。お金のはずが、魂だったり。それはもう綺麗サッパリ間違えて持ち去って行くという。

 安易な契約は痛い目に合うという代名詞のような御伽噺だった。

 その御伽噺に出てくる精霊のモデルになった、シュピリアータの現在は。


 えっへんのへん。


 京介以外誰にも聞こえないが、一人小さな胸を張って鼻をブイブイいわしながら過去最高にイキっていた。

 特に今日はベタ褒め花丸の日。すごく気分が乗っていて、出力が段違いだった。しかも、圧が苦しいおっかない銀髪碧眼女はこの世界には居ない。
 更にどういうわけかこの辺りには精霊が一人も居ない。
 精霊にとって支配領域のサイズがそのまま力になる。
 彼女の支配領域は既に天養市を覆っており、このまま惑星を飲み込むつもりで今もせっせと広げていた。

 ぶるーおーしゃんさいこーなのー

 彼女はこの世界、新天地にて、少しずつ力を取り戻していた。

 かつて、大陸を丸ごと一つうっかりと消し飛ばしてしまい、邪神と呼ばれるほど恐れられ、遂には魔法剣に封じられることになった、強大な力を。

 わたしじだいいまちょーきてるのー

 彼女はイキっていた。





 人間誰しも想像を超えた出来事に遭遇すると身体が硬直するという。

 通称、潰れたドライブインが、その名の通り建物的に潰れたことに、ザラタンとミルメコレオの男達は、口を開けてその場に固まっていた。

 破壊による砂埃が徐々に晴れていくと、その中から一組の男女が出てきた。


 京介と御手洗えのるは潰れたドライブインに無事辿り着いた。
 京介には、剣がマップマーカーになって物理的に突き刺さったことなど知るよしも無く、ましてや、そのせいで廃墟になったなんて、これっぽっちも知らなかった。


「なんだここは」

「……」


 潰れたドライブインだとイジメ女子先輩からは聞いていた。だが、まさか物理的にぺしゃんこに潰れているとは思いもせず、これだとドライブインかどうかすらわからない。
 なんだってこんなところで屯してる? 山賊だって穴蔵を立派に快適にしてるのに。なんて思った京介だったが、砂埃が収まった頃にはシュピリアータによって常識が書き換えられていて、京介以外もう誰も不思議には思わなくなっていた。


 事象のリライト。

 現実を書き換えてしまうシュピリアータの権能で、数ある聖剣の権能の中でも最も凶悪な力だった。

 シュピリアータも許可なくやった事が京介にバレたら不味いことくらいは何となくわかっていたが、だってベタ褒めするからなの、仕方ないの、はいはい直せば良いんでしょ、ふん! でいつものようにゴリ押しするつもりだった。


「おいおい、ありゃトイレちゃんじゃねーの?」


 呆けていた抗争中の不良達は、少しずつ意識を取り戻していった。


「おほっ! お待ちかねのトイレちゃんだぜ、田淵ぃ! 早く告れや! そのクソダセェ格好でよぉ!」

 
 田淵は何を言われても動じなかった。胸中はそれどころではなかった。目の前にはあの日から求めて止まない伝説のおかしらがいるのだ。

 感極まった表情で口を開いて言った。
 

「ぉ、お、おかしら…」

「誰がおかしらか」


 スッパリと否定されて、ザラタン田淵は所在なく膝をついた。喧嘩ではまったく折れなかった心が、たった一言で折れそうになってしまった。





「戦闘中か…仕方ない。待つか」

「……はい…」


 勇んで来たものの、集団戦を行なっている様子を見て、京介とえのるはドライブイン跡地と駐車場の境界で座って待つ事にした。

 冒険者の横殴りはマナー違反。未だにファンタジー世界の価値観が抜け切って無い京介だった。

 シュピリアータによって二人は、相手が認識はすれど、ターゲットにならないよう権能によって保護されていた。
 

「トイレちゃんよぉ! なんだ新しい彼氏かぁ? 田淵! 告る前に振られてんぞぉ! 気色の悪いもん同士お似合いだったのになあ! うらぁっ!」

「トイレちゃ~ん、生ホラー見せてよ! 俺まだ画像でしか見てねーかんな! おら! 死ねや!」


 だが、言動は別だ。彼等は喧嘩しながらも、罵倒だけはえのるに向かって放ち続けていた。その事に京介はだんだんと腹が立ってきた。


「……こいつら面倒だな…"シュピリ──」

「待って。藤堂京介くん」


 転移によって連れてきてもらってからずっとえのるは考えていた。
 恋アポに載っていた藤堂京介とは驚いたが、桔花によって強姦魔の件は強く否定されていた。しかも助けてくれた。だからそれは別にいい。

 それよりも。

 幼い頃から付き合ってきたこの火傷。
 初恋のあーくんが愛しそうに撫でてくれたこの身体。

 私には何も恥いるところなんて無い。

 なのにこいつらに心が負けたら! 私が負けたら! 思い出の中のあーくんが、もっと遠く離れてしまう気がする! そんなのは絶対に嫌! 

 そんな感情に支配されたえのるは、思ってもみない行動に出た。


「いい加減にして! あなた達に私は屈しない!」


 立ち上がったえのるは抗争中のミルメコレオの男達に、そう宣言した!


「見たいなら存分に見るがいいわ!」


 既にメガネとマスクは脱ぎ捨て、制服のシャツのボタンは全て外していた。

 そこには、ぱっちり二重瞼に大きな黒色の瞳と長いまつ毛、小さくとも整った鼻立ちに、少し厚めのプルンとしたピンクの唇があった。

 誰がどう見ても黒髪セミロングの美少女だった。


「あーくんが愛しく撫でてくれた───」

「…何…?… あ、馬鹿やめ───」


 京介が止める間もなく、馬鹿にする奴らを睨みつけながら、えのるはフロントホックのブラを外し、ガバッとその身体を不良達に見せつけた!


「───この醜い身体を!」

「……」


ポヨヨン、ポヨヨン。


 それは、まさに100点満点の美巨乳。

 そう表現するしかない柔らかくもハリのある母性の象徴がそこには二つ存在していた。

 色白でツヤツヤの綺麗なやわ肌が、頂に薄く色付いた二つの紅が、うっすらと青白く浮かぶ血管が、夕闇の迫る時間帯に映えていた。


「………?」

 おかしい。

 今までならこの爛れた火傷を見せられた相手は眉を顰め、苦い顔か辛い顔のどちらかしかしなかった。
 それがどうだ。皆一様に、まるで鼻の下を伸ばしてこちらを血走った瞳でガン見しているようではないか。
 中には、腰を屈めている奴もいる。
 
ヒュー。

 誰かが口笛を吹くと、いつの間にか喧嘩は止まり、拍手が巻き起こっていった。
 倒れていた亀も蟻も立ち上がり、スタンディングオベーション状態になっていった。

 漸く異変に気付いたえのるは恐る恐る自分の身体を見た。


───ダッダーン!

ぽよよん、ぽよよん。


「・・・ぱにゃ?!! いやぁ~ん!!」


 聞いたことの無い擬情語が脳天に落ち、事態を理解したえのるは急速に顔を赤くし、胸を隠すと、その場にうずくまり動けなくなってしまった。

 当然だった。

 拍手も鳴り止まない。

 それも当然だった。


「…治したって言っただろ…相変わらずそそっかしいな、えーちゃんは」


 そんな万雷の拍手の中、京介は久しぶりに会った友達に、苦笑いを浮かべながら声を掛けたのだった。

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