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アレフガルド - ミルカンデ 外区

腥の双子

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| ロゼ・リゼ


 今日の夜は、月や星が見えにくい薄曇りで湿っぽい空だった。霞みがかったこんな空を見上げると思い出す。

 月よ星よ。と言ってくれた。

 異世界では美しいものの例えだそうだ。

 どちらもこのアレフガルドよりずっと見えにくく、だからこそ暗闇の中でそれらに会えば、立ち止まるくらい美しいんだよ、と言っていた。

 私達双子の姉妹、ロゼとリゼが京介様に出会ったのもこんな空模様の夜だった。


「リゼ」

「ロゼ。眠い?」

「大丈夫」

「そう、私も」


 でもそんなきれいな言葉が混ざると、なまぐさいになるなんて不思議だよね、なんて言っていた。

 もっともその場合は月は肉の意味になるんだよ。そうも言っていた。

 異世界の言葉は難解だった。


 でもそれは、いろいろな人を依頼と称して殺し、肉塊に変えてきた私達双子の暗殺者にはピッタリの言葉だった。

 お揃いの鎌のペンダントを空にかざす。

 これは、愛に生きる証だ。


「そろそろかしら」

「ええ。賢者様…」


 だから、私達は死を願ったのだ。





 私達の生まれはアレフガルド大陸中央、ビンカレア草原一帯を治めるビンカレア王国だった。

 ビンカレアの王族とも親交のあった豪商の娘として生まれた私達には二つ上の姉がいた。

 気立のよい、誰からも好かれる綺麗なお姉様だった。私達双子の妹に、いつも愛をくれた大好きな姉だった。

 姉が13歳の時、貴族の目に留まり、プロポーズを受けた。相手が貴族であることから、いくら豪商とは言え、良くて妾にしかなれない。でも姉は父の仕事が上手くいくようにと、黙ってそのプロポーズを受けた。悲壮感などなく、私達には笑顔のまま嫁いで行った。

 それから暫くして、父の様子がおかしくなっていった。
 どうも、ことごとく商機を潰されるらしい。そしてその潰された商機をものにする商会のパトロンが姉の嫁いだ先だった。

 不審に思った父は姉の姿を見たいと何度もその貴族を訪ねた。でも会うことは叶わなかった。次第に酒に逃げるようになり、母にも当たり散らし、商売も細くなっていった。

 崩壊は早かった。

 使用人は解雇され、調度品は売られ、邸宅も売られ、最後には父と母には奴隷として、私達は売られた。

 買い手は暗殺ギルドの長だった。双子の有用性を高く買い、私達を暗殺者に仕上げていった。

 訓練は死ぬなんて生優しいものではなかった。それなりに裕福な暮らしをしていた私達にはあまりにも過酷だった。

 何度も死ぬ思いにあった。そんな時はお互いを慰め合い、なんとか乗り切っていった。

 そうして気づけば、もうあれから七年は経っていた。その頃には数多くの依頼をこなし、双子ならではの謀略を仕掛け、殺す、有名な暗殺者になっていた。

 ある時、依頼で殺して欲しい貴族がいると聞かされた。なんでもかなりあくどい真似をし続け、恨みを相当に買ったようだった。

 その貴族は姉の嫁ぎ先だった。

 なのに、私達が抜擢されてしまった。

 正直なところ、姉の嫁いだ先の当主を葬るのは気が進まなかった。だから私達はまずは調査と称して、貴族の屋敷に忍び込んだ。

 だが、そこに姉の姿はなかった。

 ただ、息も絶え絶えな、骨と皮の老婆が一人牢に囚われていただけだった。

 その老婆の首には見覚えのあるペンダントがあった。

 ビンカレアでは邪を祓い、道を切り開く意味がある鎌。それを二つ、左右対称に配置し、左右の上下を逆さまにして丸くデザインした、環のペンダント。

 私達がデザインし、結婚のお祝いとして姉に送った、この世に二つとないペンダント。

 それを首から下げていた。

 見覚えのない老婆は、姉だった。

 その事実に震える私達は、看守を締め上げ、拷問し、何があったか問いただした。

 そこで知った内容はおぞましさに溢れていた。

 姉は嫁いですぐに魅了の魔法をかけられ、父の商売の先手を提案し、潰したい商会には色仕掛けをし、弱みを握り、ことごとく潰していったそうだ。

 しかも短期間に何度も禁薬も服用させられ、娼婦も真っ青になるくらいに酷使された姉は、まるで20歳とは思えない、老婆のような有様だった。

 暗殺ギルドに入ってから感情を表に出さないようにしていたが、その時だけは駄目だった。

 静止するものなどいない。

 私達姉妹の気持ちは一緒なのだから。

 静かに殺すことが使命なのに、感情を剥き出しにして戦った結果、敵も殺せず、姉も助け出せず、命からがら逃げだすのに精一杯だった。

 相手の雇う護衛は強かった。

 依頼の失敗はギルドから当然罰を受ける。そして二度とこの依頼には携われない。私達は暗殺ギルドから逃げた。

 この殺しは絶対に自分達で成し遂げるのだと。

 姉を必ず救うのだと心に誓って。

 貴族にも追われ、暗殺ギルドにも追われ、追ってを撒く日々だった。

 私達は逃げ続けた。

 組織のバックアップがない中で、目的達成の目処はたたず、途方に暮れ、次第に憔悴していった。

 そんなある日、復讐と救出だけが生き甲斐の私達の前に、ついに勇者様が立ち塞がった。

 霞みがかった夜だった。

 勇者様は冒険者ギルドで私達の討伐を請け負ったらしい。でも、勇者様は私達を止めなかった。捕まえなかった。

 そして、御伽話は本当だった。

 かつて大好きな姉が読んでくれた勇者物語。勇者様は悲しみを決して見逃さない、と。

 暗殺者であったため、私達は感情を上手く隠していたが、勇者様の前では無駄だった。

 それどころか私達の境遇と姉の酷い仕打ちに心を痛め、姉を疾風のように救い出し、その貴族と暗殺ギルドを苛烈な嵐のようにことごとく壊滅させてしまった。

 私達姉妹を救ってくれた勇者様は、悲しい瞳をしていた。

 姉は助かりはしたが、衰弱と禁薬の副作用で長くはもたなかった。

 勇者様にはわかっていたのだろう。勇者様と姫巫女様の全力の回復魔法で少しだけ延命しただけだった。

 ただ、最後の言葉だけは聞くことができた。


『愛に、生きて』


 幼い頃、いつも私達妹に愛をくれた姉が魔法により偽りの愛に生きることしか出来なかった。

 私達姉妹は、大好きな姉様に誓いを立てた。

 私達は、愛の為に死ぬと。





 賢者様から私たち姉妹に連絡があったのは、勇者様との縁故だった。

 一月程前、魔王は倒れ、勇者様は無事に異世界へ帰ったらしい。

 ここ、ミルカンデにある叡智の塔ではわかるらしい。その為にある塔だとも言っていた。古くは扉と呼ばれていたらしい。


「あ、光った」

「……キレイ」


 西方から一本の光の流星が向かってくる。

 光の帯からは、薄らとしたカーテンが引かれている。

 薄曇りで霞みがかったこんな空に良く似合う、適正のある者にしか見えない光。

 塔に、いや、賢者様の杖にぶつかり、次は東方に向かうのだろう。


 そう、これは勇者様への哀悼の光だ。

 お別れの光であり、決意の光でもある。

 私達は二つに割った鎌のペンダントを手に、お腹を撫でる。


「あ、来ました」

「ええ、私にも。アートリリィ様も無事成し遂げたのですね」


 そして再び出会うための、願いの揺籠。

 今世は勇者様の齎した平和を守り続けるために産み、育て、戦い、願い、死ぬ。

 そうアートリリィ様にも誓った。


 これからお送りするのは私達姉妹の暗殺のパレード。

 静かな殺戮の夜。

 勇者様の成された偉業に仇なす者には、等しく霞みがかった夜を。

 苦しみある後悔を。

 血腥ちなまぐさい死を。


 一息には殺さない。簡単には死なせない。なぜなら死は私達の願いそのものなのだから。


「ロゼ」

「ええ、リゼ」 

「やりましょう」

「ええ、京介様が残してくれた……」


「「平和のために」」

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