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アレフガルド - テロル神教団
初恋の一つ星
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─
このアレフガルドにある伝説を綴った勇者物語。
いや、伝説ではない。全て事実なのだ。
神話ではなく、神話なのだ。
神が存在するが故に勇者は次元の先から舞い降りる。それが神の使徒たる勇者の物語。
だが、その物語に、神はほとんど登場しない。誰しもが疑問に思わない。そう誘導されている。よくよく考えてみればおかしな事だ。
勇者の軌跡はあれど、奇跡はない。
神の奇跡としか言いようのないヒエネオスの丘、深海に生え満月の夜に輝く海の聖木パゥロシェント。荘厳なユーリンゲン大瀑布、深き森に実りを齎し続けるハヌマットの聖樹アゥグラル。赤の月レムと青の月リムの天体周期の美しさ。聖バルケア山の美麗な黄金比。神の怒りによって出来たとされるカサンドラ大渓谷の深い谷底……
これら全ては神が用意したのだとなぜ気付かない。
それに神の代行者たる西方の聖女。人の叡智の蒐集者たる南方の賢者。凶星龍王の末裔たる北方の龍。暗がりの森に幾度となく現れる東方の魔王。そしてそれに対となる勇者。
それら全てが神にとって等しく平等なのだ。
ゆえに勇者を特別に扱う救世大教会こそが異端なのだ。
そう訴える、テロル神教団の聖女に、私はなってしまった。
◆
アレフガルド大陸最南端に位置する城塞都市ミルカンデ。
私の生まれはそのミルカンデだった。
アレフガルドでは知らぬものなど居ない、聖ミルカンデ100家門。そのうち、最も発言力の高いベルスタッフ家。そこに私は生を受けた。
100家門全ての頂であり夢、術式の賢者。
歴代で最も賢者を輩出してきたからか、家族は皆誇り高い…いや、鼻を高くしていた。
私が幼い頃、同年代の子供達は、気を使って話しかけていた。私はずっと勘違いしていたのだろう。容姿にも優れていたから、勘違いは止まらなかった。
それが止まったのは、セルアイカ-アーノイド。
あの子が現れてから、私の環境は一変した。
セルアイカの母、アルアミカ-アーノイド。
いえ、賢者アルアミカ-ミルカンデ様。
父が恋したその美しい女性は外区で出会った冒険者と恋に落ち、外区にて数年ほど暮らし、セルアイカを孕み、そして……経産婦にもかかわらず、賢者に選ばれ、ミルカンデの名を継いた。
歴史上初めての出来事だった。
父は恋も夢もズタボロに破れたのだ。
100家門の習わしで、子は一人しか儲けてはいけない。幼馴染のアルアミカ様に裏切られたと感じたのか父、ヤルマは、その仕返しのためか、歪んだ愛ゆえか、私に厳しい躾を施した。
次代の賢者に、是が非でもするために。
その事実を知る他家から子供に伝わり、気を使われていた事がわかった時、我慢ならず、何度もセルアイカ-アーノイド、セルに嫌がらせをした。
こいつのせいだ。こいつの母のせいで父は私に優しくない。そう思いながらイジメた。他人など誰も信じられなかった。
周りはこいつの可愛さへの嫉妬だと言う。
そんな事などするものか。
だけど、セルには…何にも効かなかった。
◆
やがて時は経ち、私は賢者の試練を受けた。
私はセルより年が上だったから早くに試練を受け、突破した。厳しかった父もその時だけは優しかった。
何故なら最年少で試練に突破したからだった。
それからは少し自分を顧みることができた。祈りにも力が入り、周りにも尊敬して貰えるようにと振る舞った。いつしか賢者になることは私の中では決定事項だった。
だけど…セルが…セルアイカが選ばれた。
◆
私は夢を失った。
失意の中、その日のうちに、誰とも会わずにミルカンデから逃げ出した。
幸い父の施した厳しい教育のおかげで、ミルカンデの外でも十分にやっていけた。
ソロ冒険者となり、凄腕の魔法使いとして、重宝され、次第に辛い過去も忘れていった。
そんな中、ある一人の男を助けた。聖職者風だが少し違う。興味を持った私は意識不明の彼を仮宿で看病した。
回復し、会話が出来るようになった彼の話を聞いて驚いた。その彼も逃げ出していたのだ。
あの救世大教会、ヒエネオス市国から。
私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。
◆
それからは彼とともに行動した。
なんでも彼はアレフガルドでは異端とされる神に名をつけ、崇拝する教徒だという。
神に名をつけるなんて、信じられなかった。
それは、禁忌だと救世大教会に定められていたからだ。
彼は言った。だからこそだよと。救世大教会は勇者に目を逸らさせ、権威と権力、金。その全てを手にした強欲の塊なのだと。
神を曖昧に扱うことで、都合よく権威を高め利用しているのだと。
勇者物語はその武器だと。
孤児を集めるのは、紐付きがないからだと。
それからは熱心に神の素晴らしさを彼に説かれ、自身の境遇も話していたからか、次第にそのテロル神教団に拠り所を求め、通うようになった。
教団は教義に基づき、神の教え、奇跡の尊さ、勇者の権威の失墜を狙い、各町、各村に施しや救いを与えるような活動をしていた。
私は、ミルカンデや勇者の事は忘れて…いや、憎く…とでも思っていたのかもしれない。
次第に彼と思いを同じにしていった。
そんなある日、教団の聖女として振る舞ってほしいと彼は言った。活性化した魔物に襲われた村を救った時だった。
その頃、勇者はすでに召喚されていた。つまり、賢者セルが、術式によって運命の星を定め、聖女が召喚したんだ。
言いようのない感情に支配された私は、数日悩むものの、その申し出を受けた。
今まで他人など、ましてや父さえも信じた事などない私が、初めて信じることのできた彼の頼みだった。
そうして、テロル神教団の聖女の証とされる、神の腕輪を、彼に嵌められた時に、そんなものは幻想だと気付かされた。
◆
やっと叶ったよ。彼はそう言った。
その腕輪を装備した瞬間、私の頭に何か得体の知れない音が鳴り響いた。
取り返しのつかない気にさせられる、途轍もなく恐ろしい音色だった。
それからすぐに、膨大で意味も知れない数式や言語に私の思考は埋め尽くされ、何も考えられなくなった。
私は幼い頃からの厳しい修行の中でも特に油断についてだけは人一倍気を使っていた。賢者の試練は人の心の死角を突くものが多かったからだ。
でも、同じ境遇の彼を疑いたくはなかった。
どうやら彼はミルカンデの魔法使いの伝説を知っているようだった。耐魔に関しては大陸一だと。だから私と同様に用心に用心を重ねていたのだろう。
自らの意思で装備を許すまでは。
それでも最初は意識を保てていた。
でも魔法は使えない。ごちゃ混ぜの思考のせいで、叡智の塔が思い出せない。
怖い。怖い。怖い。
だから必死に逃げようと考えた。でも動くことすら思考出来ない。次第に抵抗は小さくなっていった。
その夜、数人の男に処女を散らされるまでは、確かに意識が沈んでいた。
これが初めて他人を信じた結果なのね…
絶対に許さない。
◆
それから私は度々、輪姦された。
辛うじて拾えた単語には、一番御布施をした者は聖女を抱ける、そう聞こえた。彼は私を教団に差し出したから地位も上がったと笑いながら言った。
金儲け…地位……そんな事のために…私を…信者獲得のためのエサにまで……許さない…
頭の中はさまざまな思考で埋め尽くされていたが、抗うことはやめなかった。
仮にもあのミルカンデの賢者候補だったのだ。少しの思考のスペースで解析を続けていて、わかったのはこの腕輪はただの魔法封じでは無いということ。
原典はわからないが、強力な呪いのアイテムだと言うことがわかった。
この膨大な思考は過去、この腕輪によって吸い込まれ殺された人々のもの…
それに、微弱でランダムな精神力の奪い方…多分、このまま私は腕輪に精神を取り込まれながらいつか心が死に。犯され、道具にされながら… いつか身体が死ぬことになるだろう。
賢者になってさえいれば…悟りの魔法も使えたのに…そもそもミルカンデを出なければ…
そんな後悔に気づいた時、私の残された小さな思考のスペースは、ドロドロとした白い何かに塗り潰されていった。
◆
今があれから何日経ったのか、何年経ったのか、ましてや、生きているのか、死んでいるのかも、わからない。
そんな自我も意識も朦朧とする中、突如、もやが晴れ、光が差し込んだ。
沈んでいた意識を取り戻した時に、朧げながらわかったのは、どうやら私や他の利用された女以外の教徒は全滅したということだけだった。
◆
助け出され、呪いの腕輪を外してもらった私は、次第に意識を取り戻していった。
だけど、助けてくれた女の使う回復の魔法が全然効かない。叡智の塔の姿も思い出せない。
これが、死出の旅の間際…なのね。
そう認識した時だった。助け出してくれた銀髪の女は耳元で言った。
幸せに、死にたいか、と。
意識はあれど、混濁する気分の中、昔見た風景がふいに脳裏に浮かんだ。
幼い頃見上げた叡智の塔はもう思い出せないけど…その遥か先にある星々の煌めく夜空…
その中に一際輝く、一つの星を思い出した。
結局…辛い人生しかなかった。夢は叶わなかった。見い出した希望は裏切られた。
そして、ただの金儲けの道具と男達の玩具に成り果ててしまった。
私には…幸せなんて、何にもなかった。
ならば最後くらいはせめて、せめて幸せになりたい、幸せに死にたいと願い、素直に、はいと答えた。
女は頷きながら、私に…稀少なアラグデァアの実…を食べさせ、何かを唱えた。
すると、次の瞬間、朧気だった視界が晴れ、爽やかな風が吹き抜けた。
私は堪らず、目をギュッと瞑った。
少し経ち、ゆっくりと瞼を開けると。
なぜか…黒髪黒眼の男がいた。
このアレフガルドには決していない、神秘の色を携えた…伝説の勇者様が……いた。
そして、その瞳は……悲しみに溢れていた。
ああ! ああ! 悲しまないで、どうか悲しまないで…私の……あ…ぁ…思い出した…
ああ、そうだ…
私には…それだけは…あったんだ…
幼い頃、何度も何度も父にしごかれ、その度に縋って…幾度となく読んだ勇者物語。
その中に出てくる、賢者…星読ミの巫女が選ぶ……運命の星の話。
愛の無い厳しい修行の日々……幼い私は夜空を見上げ…寂しくて辛くて、涙で滲む視界の中に… 一際輝く一つ星…いつも私を見守り励ましてくれた……私の一つ星…
私の失った、夢の先。
私の裏切られた、希望の未来。
賢者になって…私が選ぶはずだった、私が見つけるはずだった、運命のあの一つ星。
それが今、目の前にいる。
ああ、そうか。
私は…ずっと勘違いしていたのね…
私が見つけるのでは…なかったのね…
この広大なアレフガルドの地で……彼が……私を……見つけてくれるの。
ああ、そうだわ。
あの遥か、遙か高い…天にある夜空から舞い降りたんだ……あの運命の一つ星が……私を…探して…見つけて…助けて…くれるの……
ああ、青と緑の光…綺羅綺羅と所々が碧色に混じり合うアウロラ…思いの強さの証……伝承にあった…これが…聖なる帷……素敵……
ああ、抱きしめてくださるのですか、勇者様…こんなにも穢れた…汚くて…醜い…逃げ出した私を…
ああ、抱いてくださるのですか……私を見つけ出してくれた…愛しい…愛しい…勇者様……幼い頃…あんなにも…幾度となく…ぐしゃぐしゃに泣いた日…窓から…煌めく夜空に…必死に手を伸ばしても…決して…届かなかった……恋焦がれた……
私の…初恋の一つ星……勇者様……
ああ、嬉しい……
ああ、これが…幸せなのね………
あ、あ、勇者、様……私は、エルです、エルエリカ、です…あ、ん、あ、呼ん、で、くだ、さった、嬉し、い、あ、ん、藤堂、京介、様と、おっしゃるの、です、ね、ああ、ん、もう…決し、て、掴、んで…離さ、ない、わ…あ、ん、あ…、やっと、届いた、んです、もの…ふふ…あ、ん、私の、運命の…一つ星…ああ、京介様と…一つに……ずっ、と……愛し、て……ぃ……
そうして私は───とても暖かく──煌めいた夜空の───運命の星に包まれ───何度も打ち寄せる幸せを──噛み締めながら───
その短い生涯を終えた。
このアレフガルドにある伝説を綴った勇者物語。
いや、伝説ではない。全て事実なのだ。
神話ではなく、神話なのだ。
神が存在するが故に勇者は次元の先から舞い降りる。それが神の使徒たる勇者の物語。
だが、その物語に、神はほとんど登場しない。誰しもが疑問に思わない。そう誘導されている。よくよく考えてみればおかしな事だ。
勇者の軌跡はあれど、奇跡はない。
神の奇跡としか言いようのないヒエネオスの丘、深海に生え満月の夜に輝く海の聖木パゥロシェント。荘厳なユーリンゲン大瀑布、深き森に実りを齎し続けるハヌマットの聖樹アゥグラル。赤の月レムと青の月リムの天体周期の美しさ。聖バルケア山の美麗な黄金比。神の怒りによって出来たとされるカサンドラ大渓谷の深い谷底……
これら全ては神が用意したのだとなぜ気付かない。
それに神の代行者たる西方の聖女。人の叡智の蒐集者たる南方の賢者。凶星龍王の末裔たる北方の龍。暗がりの森に幾度となく現れる東方の魔王。そしてそれに対となる勇者。
それら全てが神にとって等しく平等なのだ。
ゆえに勇者を特別に扱う救世大教会こそが異端なのだ。
そう訴える、テロル神教団の聖女に、私はなってしまった。
◆
アレフガルド大陸最南端に位置する城塞都市ミルカンデ。
私の生まれはそのミルカンデだった。
アレフガルドでは知らぬものなど居ない、聖ミルカンデ100家門。そのうち、最も発言力の高いベルスタッフ家。そこに私は生を受けた。
100家門全ての頂であり夢、術式の賢者。
歴代で最も賢者を輩出してきたからか、家族は皆誇り高い…いや、鼻を高くしていた。
私が幼い頃、同年代の子供達は、気を使って話しかけていた。私はずっと勘違いしていたのだろう。容姿にも優れていたから、勘違いは止まらなかった。
それが止まったのは、セルアイカ-アーノイド。
あの子が現れてから、私の環境は一変した。
セルアイカの母、アルアミカ-アーノイド。
いえ、賢者アルアミカ-ミルカンデ様。
父が恋したその美しい女性は外区で出会った冒険者と恋に落ち、外区にて数年ほど暮らし、セルアイカを孕み、そして……経産婦にもかかわらず、賢者に選ばれ、ミルカンデの名を継いた。
歴史上初めての出来事だった。
父は恋も夢もズタボロに破れたのだ。
100家門の習わしで、子は一人しか儲けてはいけない。幼馴染のアルアミカ様に裏切られたと感じたのか父、ヤルマは、その仕返しのためか、歪んだ愛ゆえか、私に厳しい躾を施した。
次代の賢者に、是が非でもするために。
その事実を知る他家から子供に伝わり、気を使われていた事がわかった時、我慢ならず、何度もセルアイカ-アーノイド、セルに嫌がらせをした。
こいつのせいだ。こいつの母のせいで父は私に優しくない。そう思いながらイジメた。他人など誰も信じられなかった。
周りはこいつの可愛さへの嫉妬だと言う。
そんな事などするものか。
だけど、セルには…何にも効かなかった。
◆
やがて時は経ち、私は賢者の試練を受けた。
私はセルより年が上だったから早くに試練を受け、突破した。厳しかった父もその時だけは優しかった。
何故なら最年少で試練に突破したからだった。
それからは少し自分を顧みることができた。祈りにも力が入り、周りにも尊敬して貰えるようにと振る舞った。いつしか賢者になることは私の中では決定事項だった。
だけど…セルが…セルアイカが選ばれた。
◆
私は夢を失った。
失意の中、その日のうちに、誰とも会わずにミルカンデから逃げ出した。
幸い父の施した厳しい教育のおかげで、ミルカンデの外でも十分にやっていけた。
ソロ冒険者となり、凄腕の魔法使いとして、重宝され、次第に辛い過去も忘れていった。
そんな中、ある一人の男を助けた。聖職者風だが少し違う。興味を持った私は意識不明の彼を仮宿で看病した。
回復し、会話が出来るようになった彼の話を聞いて驚いた。その彼も逃げ出していたのだ。
あの救世大教会、ヒエネオス市国から。
私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。
◆
それからは彼とともに行動した。
なんでも彼はアレフガルドでは異端とされる神に名をつけ、崇拝する教徒だという。
神に名をつけるなんて、信じられなかった。
それは、禁忌だと救世大教会に定められていたからだ。
彼は言った。だからこそだよと。救世大教会は勇者に目を逸らさせ、権威と権力、金。その全てを手にした強欲の塊なのだと。
神を曖昧に扱うことで、都合よく権威を高め利用しているのだと。
勇者物語はその武器だと。
孤児を集めるのは、紐付きがないからだと。
それからは熱心に神の素晴らしさを彼に説かれ、自身の境遇も話していたからか、次第にそのテロル神教団に拠り所を求め、通うようになった。
教団は教義に基づき、神の教え、奇跡の尊さ、勇者の権威の失墜を狙い、各町、各村に施しや救いを与えるような活動をしていた。
私は、ミルカンデや勇者の事は忘れて…いや、憎く…とでも思っていたのかもしれない。
次第に彼と思いを同じにしていった。
そんなある日、教団の聖女として振る舞ってほしいと彼は言った。活性化した魔物に襲われた村を救った時だった。
その頃、勇者はすでに召喚されていた。つまり、賢者セルが、術式によって運命の星を定め、聖女が召喚したんだ。
言いようのない感情に支配された私は、数日悩むものの、その申し出を受けた。
今まで他人など、ましてや父さえも信じた事などない私が、初めて信じることのできた彼の頼みだった。
そうして、テロル神教団の聖女の証とされる、神の腕輪を、彼に嵌められた時に、そんなものは幻想だと気付かされた。
◆
やっと叶ったよ。彼はそう言った。
その腕輪を装備した瞬間、私の頭に何か得体の知れない音が鳴り響いた。
取り返しのつかない気にさせられる、途轍もなく恐ろしい音色だった。
それからすぐに、膨大で意味も知れない数式や言語に私の思考は埋め尽くされ、何も考えられなくなった。
私は幼い頃からの厳しい修行の中でも特に油断についてだけは人一倍気を使っていた。賢者の試練は人の心の死角を突くものが多かったからだ。
でも、同じ境遇の彼を疑いたくはなかった。
どうやら彼はミルカンデの魔法使いの伝説を知っているようだった。耐魔に関しては大陸一だと。だから私と同様に用心に用心を重ねていたのだろう。
自らの意思で装備を許すまでは。
それでも最初は意識を保てていた。
でも魔法は使えない。ごちゃ混ぜの思考のせいで、叡智の塔が思い出せない。
怖い。怖い。怖い。
だから必死に逃げようと考えた。でも動くことすら思考出来ない。次第に抵抗は小さくなっていった。
その夜、数人の男に処女を散らされるまでは、確かに意識が沈んでいた。
これが初めて他人を信じた結果なのね…
絶対に許さない。
◆
それから私は度々、輪姦された。
辛うじて拾えた単語には、一番御布施をした者は聖女を抱ける、そう聞こえた。彼は私を教団に差し出したから地位も上がったと笑いながら言った。
金儲け…地位……そんな事のために…私を…信者獲得のためのエサにまで……許さない…
頭の中はさまざまな思考で埋め尽くされていたが、抗うことはやめなかった。
仮にもあのミルカンデの賢者候補だったのだ。少しの思考のスペースで解析を続けていて、わかったのはこの腕輪はただの魔法封じでは無いということ。
原典はわからないが、強力な呪いのアイテムだと言うことがわかった。
この膨大な思考は過去、この腕輪によって吸い込まれ殺された人々のもの…
それに、微弱でランダムな精神力の奪い方…多分、このまま私は腕輪に精神を取り込まれながらいつか心が死に。犯され、道具にされながら… いつか身体が死ぬことになるだろう。
賢者になってさえいれば…悟りの魔法も使えたのに…そもそもミルカンデを出なければ…
そんな後悔に気づいた時、私の残された小さな思考のスペースは、ドロドロとした白い何かに塗り潰されていった。
◆
今があれから何日経ったのか、何年経ったのか、ましてや、生きているのか、死んでいるのかも、わからない。
そんな自我も意識も朦朧とする中、突如、もやが晴れ、光が差し込んだ。
沈んでいた意識を取り戻した時に、朧げながらわかったのは、どうやら私や他の利用された女以外の教徒は全滅したということだけだった。
◆
助け出され、呪いの腕輪を外してもらった私は、次第に意識を取り戻していった。
だけど、助けてくれた女の使う回復の魔法が全然効かない。叡智の塔の姿も思い出せない。
これが、死出の旅の間際…なのね。
そう認識した時だった。助け出してくれた銀髪の女は耳元で言った。
幸せに、死にたいか、と。
意識はあれど、混濁する気分の中、昔見た風景がふいに脳裏に浮かんだ。
幼い頃見上げた叡智の塔はもう思い出せないけど…その遥か先にある星々の煌めく夜空…
その中に一際輝く、一つの星を思い出した。
結局…辛い人生しかなかった。夢は叶わなかった。見い出した希望は裏切られた。
そして、ただの金儲けの道具と男達の玩具に成り果ててしまった。
私には…幸せなんて、何にもなかった。
ならば最後くらいはせめて、せめて幸せになりたい、幸せに死にたいと願い、素直に、はいと答えた。
女は頷きながら、私に…稀少なアラグデァアの実…を食べさせ、何かを唱えた。
すると、次の瞬間、朧気だった視界が晴れ、爽やかな風が吹き抜けた。
私は堪らず、目をギュッと瞑った。
少し経ち、ゆっくりと瞼を開けると。
なぜか…黒髪黒眼の男がいた。
このアレフガルドには決していない、神秘の色を携えた…伝説の勇者様が……いた。
そして、その瞳は……悲しみに溢れていた。
ああ! ああ! 悲しまないで、どうか悲しまないで…私の……あ…ぁ…思い出した…
ああ、そうだ…
私には…それだけは…あったんだ…
幼い頃、何度も何度も父にしごかれ、その度に縋って…幾度となく読んだ勇者物語。
その中に出てくる、賢者…星読ミの巫女が選ぶ……運命の星の話。
愛の無い厳しい修行の日々……幼い私は夜空を見上げ…寂しくて辛くて、涙で滲む視界の中に… 一際輝く一つ星…いつも私を見守り励ましてくれた……私の一つ星…
私の失った、夢の先。
私の裏切られた、希望の未来。
賢者になって…私が選ぶはずだった、私が見つけるはずだった、運命のあの一つ星。
それが今、目の前にいる。
ああ、そうか。
私は…ずっと勘違いしていたのね…
私が見つけるのでは…なかったのね…
この広大なアレフガルドの地で……彼が……私を……見つけてくれるの。
ああ、そうだわ。
あの遥か、遙か高い…天にある夜空から舞い降りたんだ……あの運命の一つ星が……私を…探して…見つけて…助けて…くれるの……
ああ、青と緑の光…綺羅綺羅と所々が碧色に混じり合うアウロラ…思いの強さの証……伝承にあった…これが…聖なる帷……素敵……
ああ、抱きしめてくださるのですか、勇者様…こんなにも穢れた…汚くて…醜い…逃げ出した私を…
ああ、抱いてくださるのですか……私を見つけ出してくれた…愛しい…愛しい…勇者様……幼い頃…あんなにも…幾度となく…ぐしゃぐしゃに泣いた日…窓から…煌めく夜空に…必死に手を伸ばしても…決して…届かなかった……恋焦がれた……
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ああ、嬉しい……
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そうして私は───とても暖かく──煌めいた夜空の───運命の星に包まれ───何度も打ち寄せる幸せを──噛み締めながら───
その短い生涯を終えた。
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最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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