異世界帰りの僕が100人斬りの勇者だなんてまだ誰にも知られていない ~帰還した元勇者の爛れたラブコメディ~

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アレフガルド - リーナハイン王国

破魔の姫

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| エストアンジュ-ラファ-リーナハイン


 弓のような三日月の夜、窓辺からベランダへと抜け、空を眺めていた。青暗い夜空には、まるで魔法のように星々は煌めいていました。

 ふと、手元からリィーンと音が鳴った気がした。
 その音を頼りに、勇者様にいただいた月世花に視線を落とす。


「姫さま。お身体が冷えます」

「…ええ」


「大事な時期ですから」

「そうですね…」


 決して枯れない花、月世花。

 迷宮にしか咲かないとされる水晶で出来た透明度の高い希少な花。

 一度目は元許嫁。いつかプレゼントすると聞かされて。

 二度目は勇者様。君のような花を見つけたから。とプレゼントされた。

 それは、王家の求婚の証だった。

 その花を見つめ、腹部に手を当て、思う。


「京介様…」





 隣国ミドルデザットの王族が魔族にあやつられていることを知ったのは、私が婚約破棄をされてから数日後でした。

 我がリーナハイン王国に別件で訪れていた勇者、藤堂京介様からもたらされた情報でした。

 では、婚約破棄をした元許嫁のルイードはもしかしたら魔族に操られていたのかもしれない。

 幼い時から仲良くしていた。将来を誓い合った。心変わりなんてとても信じられなかったのです。

 勇者様と姫巫女の皆様は私の境遇に心を痛め、酷く心配して下さいました。

 勇者様に教えていただいてからすぐに我が国の騎士を送り込みました。するとすぐさま戦争が勃発し、膠着したのでした。

 ルイードが心配でならず、お父様を通して、改めて隣国の調査を勇者様にもお願いしました。こちらを心配させないようにか、安心させるように笑顔で応じてくださいました。


 魔を切り裂き、魔を滅する人族の英雄、勇者。そして従者である神託の巫女、勇者の姫巫女。
 その活躍を綴った勇者物語。


 幼い頃、ルイードと勇者物語を見ては、物語の登場人物になりきったものでした。特に勇者様と姫巫女様の恋のお話は私達二人のお気に入りでした。

 今代の勇者、藤堂様は勇者物語の勇者様とは随分違っていました。優しそうな顔が、どこか頼りなさそうな、どこか疲れたような。
 これでは我が国の騎士の方が強そうに見え、私は不敬にも心配してしまいました。

 ですが。

 圧巻でした。我が国の騎士団が攻めあぐねていた要所を瞬く間に勝ち進み、僅か数日で戦況をひっくり返していまいました。
 城で報告を聞くたびに、ああ、正に物語の通りだと心が躍りました。


 そして、ミドルデザット城まで迫り、遂に敵の首魁を倒し、城を解放してくださいました。

 ただ、聞きたかった報告は聞きたくない真実で溢れていました。国王も王妃も我が許嫁ルイードも、既に亡くなっていたのでした。


 後日、勇者様から悲壮な顔で一言、間に合わずにごめん、と一冊の手記を手渡されました。

 ルイードの日記でした。

 日記の中には、ルイードの周りがおかしくなっている事。自分自身も記憶の飛んでいる時が日に日に長くなっている事。日付けを見るに、婚約破棄の時にはもう薄らとしか意識が無かったようでした。
 酷く曖昧な状態だったけれど、それでも日記の最後には気力を尽くして言葉を書いたようでした。

 ただ一言、幸せになってくれ、と。

 私は酷く落ち込み、日に日に衰弱していきました。何度も勇者様と姫巫女様が訪れてくださっても無気力なままでした。

 勇者様方はリーナハインを拠点に、中規模な迷宮の攻略を進めていました。

 元々はミドルデザットに滞在して攻略する予定だったそうです。その為、今回の事件が明るみになったのでしょう。

 ある日、勇者様から迷宮の奥で見つけたからと、珍しい花をいただきました。

 それは、そう、幼い頃、ルイードが約束してくれた、あの求婚の証、月世花でした。

 不意にあの頃の事が蘇り、日記の最後の言葉を思い出しました。

 ルイードはもういない。ルイードが望んだ願いを、私は叶えなければいけない。

 そうです。悲しんでばかりでは居られないのです。魔族に荒らされた領内や、傷ついた民がいる。民を勇気づける事しか出来ないけれど、これが王族たる私の責務で、民の幸せが私の幸せなのです。

 そして、ルイードの、併合したミドルデザット王国の民も救わねばなりません。
 そばには、幼い頃の憧れ、勇者物語の伝説の勇者様、姫巫女様がいらっしゃるのです。

 私は立ち上がりました。

 勇者様は応援するよ、と言って朗らかな笑顔をくださいました。

 でも、勇者様はルイードのことをまだ気に病んでおいででした。時折見せる痛々しい仕草が私の心を突き刺すのです。

 内緒、と百合姫アートリリィ様が勇者様の手記を見せてくださいました。教会への報告も兼ねての下書きだとおっしゃっていましたが、どれほど心を痛めているのか、その内容から読み取れました。

 そして、ルイードと私の無くなった未来にまで、酷く憂いておられました。

 万人の救い手たる勇者様の見えざる苦悩を知り、姫巫女の皆様とともに心配したのでした。

 それからは日に日に京介様を支えて差し上げたいと、憧憬が募っていったのです。

 いよいよ、京介様がこのリーナハインを去る時が迫ってきました。
 私は、二つほどお父様に願いました。

 衰弱から立ち直り、昔から我儘を言ったことなどほとんど無い私の願いを黙って聞き、整えてくださいました。

 一つは、婚姻外交はしたくないこと。王族に生まれた責務であることは重々承知していました。けれど、ルイードが居なくなった隙間は京介様にしか埋めれなかったと伝えました。

 もう一つは、我が王家に伝わる秘宝[破魔の首飾り]の使用許可。
 この秘宝があったため、我が国ではなく、ミドルデザットに進行したのでしょう。なにせ、効果は全ての状態異常の無効化なのですから。


 聞くところによると、京介様は避妊魔法に長けており、いつか故郷に帰るのだと周りに印象付けていました。

 勇者物語のように、残る選択はされないようでした。これは伴侶を無くすことになる女性の悲しさを憂い、未練を残さないようにするためでしょうか。

 お優しい人。

 だから私は。





「随分と大きくなられましたね」

「ええ。自分の身体のことですが、不思議なものですね」

「女性にとって、この上ない幸せ事ですからね…お身体にはお気をつけください。ところで先程はいかがなされたのですか? 何やら思案していたようですが」


「ええ……お貸しした首飾り。姫巫女の皆様方のお役に立ったのかと、思ったのです」

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