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アレフガルド - ベリル王国 辺境伯領

薔薇の姫巫女

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| ローゼンマリー


 ベリル王国、ルチー辺境伯領。

 領都ネクロンド。

 人魔の境界を抜け、人族の限界地点にあるこのネクロンドに私達はたどり着いた。

 ベリルは魔族領に接するため、王盾おうじゅんの異名をもつ国だ。その中でも魔族との一番の激戦地がここネクロンドだった。

 だからだろう。屈強な戦士に魔法使い、亜人や獣人、他領の騎士もいる。

 我々は、魔王を討伐した英雄とは思えない扱いを受けた。神殿騎士に外套を着せられ、人の目に付かないよう案内され辺境伯邸に赴いた。

 政治的に何かあるのだろう。わたしにはわからないが、リリィとクロはその辺りは詳しかった。

 ベリル王国辺境伯、ガーランド=ルチーと、その息子アラン=ルチーが出迎えてくれた。


「本当によくぞ無事戻ってくれた」

「神託の巫女の皆様方。お勤め無事に果たされた事嬉しく思います」


「ああ、ルチー辺境伯殿。アラン殿。わざわざの歓待、感謝する」


姫巫女の対外的な対応はだいたいリリィが担っていた。私は言葉使いが男勝りだし、クロはカジュアル過ぎる。

特にクロは結論を急ぎ過ぎるきらいがある。商人出身だからか、極端に好かれたり嫌われたりしていた。

ただ今日は少し考えることがあるからとリリィから私に任されていた。ルチー辺境伯の息子、次期辺境伯のアランが私を労ってくる。


「マリー殿、無事で何よりです。心配で心配で」

「あ、ああ、ありがとう、アラン殿。確かに大変ではあったが、皆ともに無事だったよ」


 握手に答えると、何かねっとりとした目で私を見てくる。アランは勇者の話題を出さない。一度立ち寄った時には勇者に対してあまり関わろうとしなかった。

 リリィは何かに勘付いていたようだが。


「今日はゆっくりと旅の疲れを癒やして欲しい」

「ああ、世話になる」

「ローゼンマリー、その辺で。神殿騎士の方々もいらっしゃるのです」


「そうだな。アラン殿。再会は喜ばしいが、魔族領からの旅に皆も疲れている。良ければ案内を頼みたい」


 リリィはいつも貴族の前では冷たく振る舞う。本当は温かく仲間思いの良い友人なのに。

 私はそんなリリィが誤解されたままなのは辛い。ただ本人は煩わしいことに巻き込まれたくないからむしろ好都合です。なんて事をいつも言う。

 リリィは、魔王討伐からずっと張り詰めている。なるだけ隠しているようだが長く一緒にいるからわかる。ただ唯一、手紙を読む時だけは優しい顔だ。

 魔王は落ち、世は救われ、最愛の人は去って行った。これからは…どうしようか。

 私はどうすれば良いのか。ずっと考えていた。





「いいか?」

「どうぞ」


 こういった貴族の屋敷の時は決まってリリィの部屋を訪ねていた。私の出自はただの平民だ。町の宿屋とか、村の村長宅なら普通に過ごせる。

 だが貴族の屋敷だけは気後れしてしまう。だからいつもリリィやクロのところに来てしまう。


「クロも居たのか」

「なんだよ、ボクがいちゃダメなの?」

「くすっ、マリーさんはそんな事思いませんよ」


「そうだぞ。ヒガイモーソーというやつだ」


 3人で笑い合う。良かった。いつものリリィだ。だが今日は何だったのだろうか。
 一頻り笑いあってから、リリィは表情をただし、荷物の中から[指星しせいの結界石]を取り出した。


「お二人とも」

「わかった」

「はいよー」


 魔力次第では空間を切り取り隔離する事も出来る指星の結界石。

 魔王討伐の最終夜、私達の覚悟の日に使った完全結界の石。

 鉱山の街、メルカインで手に入れてからおよそ一年。ずっと魔力を溜めてきた。


 五年越しの一夜を邪魔されないために。

 たった一夜の尽きることのない愛のために。


 まだ魔力の余韻はあるようだ。結界を張り合え、辺りを確認するとリリィは話だした。


「帰路では神殿騎士もいた為お伝えし辛かったので、ここまで黙っていました」


 いくら勇者が帰還したとはいえ、話した内容は神殿騎士によって大教会に伝わる。
 大教会に所属する身として、本当にまずい話は避けてきた。この結界石も帰路の途中で使えばよからぬ謀りかと疑われかねない。


「また、貴族の屋敷はだいたいが貴族の都合の良いように出来ています。覗き、盗聴、なんでもあります。これは以前から言ってきましたね」


 そうだ。だからいつもリリィの部屋に来ていた。私は棘を突き刺す事しか出来ないしな。京介が街に出ていないときはだいたい索敵の得意なリリィと居た。


「幸い、京介さんがいらした時は常時、索敵の魔法で私達を包んでくれていましたから安心して旅を続けてこれました」

「あれ、未だにどうなってるのかわからなかったよ。あんなに離れてたのに」

「ああ、魔力もそうだが、発想がな」


 そう、京介の発想は独特だった。魔力を四種類に分けるなど、歴史上初めてだっただろうし、魔力の量は二年先に修行していた私達のアドバンテージなど無いも同然だった。


「…懐かしいな」

「…ああ」

「…ええ」


 救世の旅。

 私には昨日の事のようにも、随分昔のようにも感じる。


「ですが、今日から違います。今日からは人族の領地を通ります。京介さんがいなければ、私達の出自からただの平民だと侮り、接してくる阿呆も出てきます」

「いるいる~」

「そうだな」


 旅の途中でも私達によからぬ事を考えるやつは多かった。腕力で解決しない輩が厄介だった。


「また、私達の故郷であるラネエッタ王国と水面化で仲違いしている国もあります。このベリルもそうです」

 そういえばそんな話を巫女の見習い時期に受けていたか。確か魔石の流通量だったような。

 私は戦う事しか出来なかったからリリィとクロに任せっぱなしだったな。


「聖女様も、賢者様もおっしゃっていましたが、過去の文献を見るに、勇者様が元の世界に戻らなかったからこそ、今日まで人族同士での仲違いが表面化しなかったのだと読み解けます」


 人族の悲願。魔王の討伐。それは成った。
 成ったが故、問題が起こると言う。


「我々は、魔王が現れてから歴史上初めて勇者である京介さんを、いえ京介様を、彼の願いとはいえ元の世界に送り返してしまいました。あれだけこの世界の平和のために尽くされたあの方を、何も伝えず裏切る形で…」

「……」

「…」


 最愛の人は去った。

 魔王よ、早く逃げろと何度も何度も思っていた。だが、万人の救い手たる京介を救う唯一の方法は勇魔対消滅しかなかった。

 何度もこの三人で議論した。

 結局この結末を選んだ。

 選んだ結果、私に残されたのは後悔だけだった。


「なればこそ、です。平和とはすなわち京介様と我々が産んだ愛しい愛しい我が子同然。私達の子である平和を乱す輩は、勇者の姫巫女として、私が必ず全て討ち滅ぼします」

「それは…」

「リリィ…」


 そんな事が出来るのだろうか。

 幸い巫女の加護は死ぬまで続くそうだ。その上、人族の限界まで位階を上げた私達だ。やすやすとはやられまい。

 だが国同士の争いは流石に違うだろう。

 ただ……京介のように諦めなければ叶うのだろうか。


「マリーさん、クロィエさん、その覚悟はありますか?」

「…覚悟とかはまだボクにはわからないけど、この子を守る覚悟はあるよ」

「……」


 覚悟、か。

 いくら考えてもどうせ何もしたい事などない。京介が居ないんだ。お腹の子もまだ実感などないのだから。

 ああ、でもいいさ。京介の残した愛しい子が平和か…守りたいな。この子と共に。
 
 次の目標としては悪くない。

 ああ、心に火が灯る。

 無くしたはずの心の中の火が。


「そして……私は京介様を諦めてはいません」


………それは、どう言う意味だ、リリィ。

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