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本編
20 全力疾走、おれ!
しおりを挟む牢屋を飛び出して、階段を四つ足で駆けあがる。
普段は兄に教わった通り、使用人を驚かせないように二足歩行をしているけれど、こんな時に周囲に気を使うことなんてできない。
思い切り床を蹴り、全力で踏み切った足の下で、薄い板が割れる感触が何度も続く。
牢屋が城内のどこにあるのか、おれは知らない。
半地下らしいことは土と水の匂いで分かるけれど、処刑された時は袋叩きにされて、気絶している間に放り込まれて、引きずり出された。
今回も意識がない時に放り込まれたから、牢屋がどこにあるのか分からないままだ。
とりあえず、走ろう。
そう思いながら走った。
顔を見たことがあるやつがいれば、と思いながら走っていたら、何人も集まっている護衛たちがおれを見て、お化けが出たぞ、と言いそうな顔をした。
おっしゃ、おれを知ってるらしい奴らみっけ!
「兄上はどこだ!!」
「ひ、東棟にっ」
「ひがしとうどこだっ!!」
「で……えぇっ?
ひ、東棟は東棟でございますっ」
「だから、ひがしとうってどこなんだよーっ!!」
「……えええー?」
びびって硬直していた護衛たちが、おれが言葉を重ねていくたびに、脱力していく。
なんでだよ!
今までのおれは兄にくっついてたから、どこに向かって歩いてるかとか、全く気にしてなかったんだよ。
背中かっこいい、髪の毛きらきらきれーしか思ってない。
場所名を言われても困るんだよ!
案内してっ!
「お、お供いたしましょうか?」
「うん」
「それでは前を失礼いたします」
二人の護衛がおれの前に立って、ゆっくりと歩き出した。
なんか知らないけど親切な護衛なのかな、この二人は。
「走ってくれない?」
「え、は、走るので?」
「うん、兄上のとこまで」
「あー、は、はいっ」
おれが四つ足をついて走り出すと「お待ちくださいーっ!?」と背後で声が聞こえた。
ぜんぜん本気で走ってないのに、追い抜いちゃったんだけど?
早く来てくれよ。
〝ひがしとう〟はどっちに行ったら良いんだよ!
そういえば訓練の時でも、全力で走ったら護衛たちはついてこれなかったっけ。
はーやーくーしーろー!
おれに追いかけ回されて、ひぃこら言う護衛の後を追いかけて、ようやくひがしとうという場所に着いた。
ここ知ってる。
たぶん、国王がいる場所だ!
おれを牢屋に放り込んだのが国王なら、おれがいないことに気がついてくれて、国王に抗議しに来た兄がピンチかもしれない。
急げおれっ。
思い切り踏むと、爪ががりがりと石の板を削る。
べきり、と薄い床板が割れる。
城内で全力疾走したのは初めてだけど、走りにくい。
やっぱり土の上が一番だ。
「あにうえーっっ」
吠えながら走る。
「あにうえーっっ」
おれが油断したから、兄があああっっ。
知らないうちにおれは泣いていた。
口の中に涙が入る。
幼い頃に兄が吸わせてくれたおっぱいのように、しょっぱい。
でも、悲しいだけだ。
また、兄のおっぱいが吸いたいよう。
鼻をぐずぐず鳴らすと、兄の匂いを感じた。
それを嗅いで兄の居場所を探す。
どこだ。
兄、待ってろ。
おれが助けるから。
「あにうええええっっっっ」
鉤爪で扉を開けることなどできないので、両開きの扉に体当たりしたら、メギョッと変な音がして内側に倒れてしまった。
あれ、ここも腐ってたのか?
……鍵がかかってるっぽい手応えだったような。
「スー」
「あっ!、あにうえーっっ」
飛び上がるように二足立ちになったおれに、兄が駆け寄ってきて、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
兄だ、兄だっ、兄上だああっっ。
「あにうえ、あにうえっっっ~」
「泣かないで、大丈夫だよ、ほら、もう怖くないから」
頭を左右に振ると、鼻先に兄の髪の毛がこすれる。
鼻を鳴らして兄の匂いを嗅ぐ。
大丈夫、変な臭いはしない!
国王の臭いしない!
よっしゃあああっっ!
兄、無事だった!!
安堵で力が抜けそうになるのを耐えて、周囲にも意識を向ける。
文官に使用人、護衛が何人も室内にいる。
そして目の前にいる人とは別で、おれの意識を逆撫でする臭いがある。
とたんに、低く唸る声が出てしまう。
そうだ、ここは国王陛下のいるところだった。
「大丈夫だと言ったよ」
兄がおれの鼻先をそっと撫でる。
ふわ、と嗅いだことのない臭いが一瞬したような気がしたけれど、おれが鼻を鳴らす前に兄が手を下げてしまった。
兄の言葉で少しだけ冷静になれたので、周辺に警戒を向けてみると、薄暗い部屋の中には国王の臭いこそしているけれど、動きはないし声もしない。
眠っているのか?
天井から吊り下げた布のかけられた寝台の中に、国王がいるのは臭いでわかる。
でも。
なんだか、変?
「陛下は病の療養を理由に、退位を望まれている」
兄がおれの腹をぽんぽんしてくれる。
たいい?
ってなに?
兄に意識を戻して、なにそれ、と首を傾けるおれに、柔らかな微笑みを向けてくれる姿。
なんてキラキラしてるんだろう。
薄暗い部屋なのに、兄だけがキラキラしてる。
ふわふわと光ってる。
きれいだなぁ。
「現陛下の退位後、太子である僕の新王就任の周知を大々的に行う。
……それでね、王への就任と共に、王妃を娶らなくてはいけないんだ」
話が突然すぎてついていけない。
なに、なんの話をしてるんだ?
国王が王をやめる?
兄が王になる?
王妃をめとる?
めとるって……なに?
理解できない、なにも考えられないけれど、おれが思ったことはたった一つだ。
「おれはもう兄上の側にいられないってこと?」
兄が王になって、新しい王の妃が必要。
妃って女だよな。
たしか、王の子供を産むのが妃だって兄の教師が言ってた。
その後で兄が反論してたけど、なんだったかな。
王を補佐するのが妃だから、子供なんてどこからでも連れてくれば良い、だっけ?
子供って、その辺にいるのを連れてきて良いものなのか?
城の中で見かけたことないけど、城の外には子供がいっぱいいるのかもしれない。
子種を注ぐと子供ができるのは知ってるけど、どうやって産まれるとか知らないからな。
赤ん坊におっぱい飲ませるのは知ってる。
あれだよ、兄の……ちんこ?
おっぱいってちんこだったか?
まあ、いいか。
今の兄は、誰にも股を開いてない。
おれが知る限りだけど、周囲の護衛や使用人を使うのに抱かせたり、抱いたりしてないと思う。
でもそれは、おれがいるからかもしれない。
兄と妃。
二人が揃えば、そこに、おれの居場所はない。
兄の治世におれはいらないのかもしれない。
国王にまとわりつく獣の存在を、王妃になる誰かに受け入れてもらえなければ、おれは処刑されるのかな。
それとも、城の外に追い出されるとか。
そうか。
ついに来たんだ。
心に決めたことをやりとげる時が。
「そうではなくて」
「兄上」
「……なんだい」
「おれは兄上が決めたことに従うよ」
「……」
おれが変わったのは、変われたのは、兄がいたから。
たった一人で絶望しなくてよくなった。
処刑された時のおれは、何も知らなかった。
悲しさも喜びも楽しみも。
今のおれは、全部知った。
兄がおれを好きでいてくれたから、知れた。
「兄上がおれの全部だから」
「良いんだね?」
「うん」
涙がにじんでいるのを見られたくなくて、目を閉じる。
兄よりも背が高くなってよかった。
泣き顔を見られずに済むから。
「嬉しいよ、新王妃として〝スノシティ〟の名前を国中に公布するから」
「うん……うん!?」
涙って、一瞬で引っ込むもんなんだな。
処刑された時とあわせて三十年くらい生きてるはずなのに、初めて知ったよ。
人生ってすごい。
人生の奥深さに驚いている場合じゃ無かった。
王妃は女。
おれは男。
獣人なら良いなんて決まりは、ないよな。
「兄上、おれ、男だよ」
「そうだね、でも王妃が女性でなくてはいけない、なんて決まりはないよ」
「え゛!?」
それ、初耳なんだけど。
いやそもそも、おれって、この国の決まりとか知らない。
ずっと城から出たことないもんな。
あれ、でも、王妃って国王の子供を産むんだろ?
……おれは男だから、産めないよな?
男でも産めるのか?
そんなことを思っていたら、ぎゅう、と兄の腕に力が入った。
なんだろうと首を曲げて下を見てみたら、兄の嬉しそうな笑顔がそこにはあった。
「王妃になるのは嫌ではないんだね、すごく嬉しいよ」
「あ」
いや、嫌とか、まだ考える余裕がなかっただけなんだけど。
それを言ったら、兄が落ち込むかな。
言えないな。
そう思ってしまうおれは、本当に王妃になるのは嫌ではないのかもしれない。
◆
護衛(?)1 (ええ、おいおい、ちょっと嘘だろ! ついさっき総動員でめちゃくちゃ苦労して、罪科人待機牢まで運んだ弟君が出てきたぞ!?)
護衛(?)2 (護衛で残ったあいつらはどうなったんだ?)
護衛(?)3 (そりゃ……)
護衛(?)1 (で、殿下の居場所は……あ、でも殿下が東棟の侵入禁止を厳命してるぞ)
護衛(?)4 (そんじゃどうするよ、殿下が来られるまで戻って待つように言うのか?)
護衛(?)3 (えーっ、興奮してる弟君に、一人で牢屋に戻れって言うのか?)
護衛(?)1 (あ、そうだ!、先に殿下に伝令を送って、その間にゆっくり遠回りしながら弟君を連れてくとかどう?)
護衛(?)2 (おー、それ良い、伝令頼むぞ、おれも一緒に案内役するわ)
護衛(?)1 (助かる、一人だと不安だよ)
護衛(?)3、4 (伝令役了解!) すたこらさっさ~
牢屋に護衛として残っていた護衛(?)はきっと崩れた石積みの下(´;ω;`)
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