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本編
03 猛アピールするおれ
しおりを挟む呆然としているおれを、ちょいちょいと手招きして、兄は周囲を見回した後で寝台脇のひきだしを開けた。
「おなかがへったの?」
存在していない王子であるおれは、兄が頼んだ使用人が食事を持ってこなければ、何も食べられない。
飲むものすらない。
処刑される前のおれは、それすら知らずにいた。
使用人のその日の気分で忘れられているのだろう、と考えていた。
兄が気にかけなければ、食事を用意されることが無いと思っていなかった。
おなか……すいているっ。
ぶんぶんと勢いよく頷くと、兄の顔が再びほんわか柔らかくゆるんだ。
「今日のおやつで出たんだよ」
ひきだしから取り出したのは、ハンカチで包まれた焼き菓子がひとつ。
これをこっそりと隠すのに、兄がどれだけ苦労しているのか、今のおれは知っている。
国王はおれが生きていることを見逃しているけれど、おれへの餌付けはゆるしていない。
王妃に知られれば、おれに食わせるために兄に毒を盛りかねない。
おれには味方がいる。
兄だ。
でも兄に味方はいない。
誰一人として、優しさから兄を助けるものなど、この城には存在しない。
「はい、どうぞ」
「……っ」
おれは、兄の手のひらの焼き菓子に手を伸ばす。
半分に割って、両手に持って……。
「あーん?」
そっと兄に差しだしたのは、少し大きい半分。
兄は小さく首を振った。
それならと、今度は少し小さい半分を差し出す。
「あーん」
頼むよ。
今まで気づかなかった愚かなおれを変えるから。
兄弟として歩ませてくれ。
「……ありがとうスノシティ、あー、ん」
その願いに気がついてくれたのか、兄が口をあけてくれた。
ぱくん、と少しだけ大きい半分にかじりつき、兄の口に少しだけ小さい半分を放り込む。
「いっちょ」
舌が回らない。
頭の中は十六歳のおれなのに、うまく話せない。
もう受け入れるしかない。
「うん、いっしょだね」
兄の薄い色の瞳に映るおれは、もこもこの毛玉だった。
どうやらおれは、幼児の頃の姿になっているようだ。
幼児の姿になったら、記憶がある意味がないだろ。
腕力も体格も足りない姿で、どうやって兄を助ければいいんだ。
現実を知って動けないでいるおれを、七歳上の兄が手招く。
ぽんぽんと寝台を手のひらでたたき、おいでと呼ぶ。
追い出された護衛が、仲間を連れて戻ってくるのではないかと緊張しているおれに、兄はすべてを見抜いているように微笑んだ。
「大じょうぶ、今夜はもう来ないよ」
今、兄は何歳なんだろう。
不安になる。
記憶の中の十歳の兄と同じくらいに見えるけれど、もう護衛に股を開いているのだろうか。
おれのために。
「なんちゃい?」
「ん?」
やはり聞き取れないようだ。
自分を指差して、ゆっくりと丁寧に発音することを意識する。
人族のような柔らかい唇のない尖った鼻先では、人の言葉の発音は難しい。
「おえなんちゃい?」
まずい、つい「おれ、何歳?」って言ってしまった。
幼児がおれは無いだろ。
「おえ?……んー、スノシティは二さいだよ」
兄が二本、指を立てて教えてくれる。
それを聞いたおれは、全身を喜びがかけまわるのを止められなかった。
おれと兄の年齢差は七歳。
おれが二歳なら、兄は九歳。
まだ、なのだ。
十歳の誕生日前の兄は、まだ、国王に汚されていない。
全ての悪夢の始まりの日は、まだ訪れてない!
おれが兄を守る。
誰よりも優しくて美しい兄を守ってみせる。
二歳の幼児になにができる。
なんでもやってやる。
そう意気込むおれの目に、寝台脇の棚の上に乗っている紙が飛び込んできた。
「てらみ?」
それが手紙なのはわかる。
だが、おれは字が読めない。
前の兄は、長時間おれの近くにいることがゆるされなかった。
文字を教えてくれようとしたこともあったが、おれが嫌がったのだ
国王や王妃が、おれに教育を施すことを許すわけがない。
おれを醜い獣として扱う使用人たちが、何かを教えてくれることなんてない。
「それね、ぼくのたん生日会のにってい表……行きたくないな」
「スノシティと一緒にこうやって過ごす方がたのしい」と悲しそうに言う兄の姿に、小さな胸が苦しくなる。
思わず手を伸ばして、座る兄の腹にしがみついていた。
「……」
「……スノシティ?」
そういえば、処刑される前のおれは、自分から兄に触れたことなんてなかった。
人しかいないと聞いたこの国で、たぶん、たった一人の獣人。
自分がなんの獣人なのかも知らないおれは、ただ汚くて臭くて醜い獣人と言われてきた。
獣として打ち捨てられることはなく。
人として尊厳を持つことも許されず。
兄が伸ばしてくれる手を、払い除けることしかしてこなかった。
そうしているうちに、兄は手を伸ばしてくれなくなった。
嫌われたのだとおもって「せいせいした」と口にした。
本当は悲しかった。
だが、あの夢、もしくは走馬灯を見た、今のおれはそう思わない。
兄はおれを嫌ったのではない、おれに触れられなくなったと思い込んでいたのだ。
寝衣の下の兄の体は、驚くほど細い。
この体を、こんなに華奢で折れてしまいそうな体を、国王は自分の欲望でめちゃくちゃにしたのだ。
それも、これから何度も繰り返すつもりで。
おれと違って、兄はどこからどう見ても、王家の血を引く王子なのに。
「あにぃえ」
うぐぅ、二歳の体だと、まだ兄上って言えないのか。
「うん」
優しい兄。
おれの兄上。
大事にします。
守ってみせます。
だからどうか。
「いっちょらいい」
一緒がいい、くらいきちんと言えよ、おれの口!!
唐突なおれの申し出に、兄はふんわりと微笑んだ。
おれはこの笑顔を、ずっと見ていたい。
唯一、おれに向けられる好意を失いたくない。
「うん、いっしょにねよ」
後宮には部屋と寝台はたくさんあっても、寝具はない。
妾妃が一人もいないので、年に数回の掃除以外で人の出入りがない。
生活に必要なものも置いてないのだ。
だからおれは、むき出しのマットの上でそのまま寝る。
絨毯がある部屋なら、床の上でも眠れる。
石の床は冷えるからな。
兄に抱きつくようにして、初めて寝具の中にもぐりこみ、軽い毛布をかけられた。
ふかふかで落ち着かない。
「ふふ、スノシティはもこもこで温かいね」
「あったたい」
落ち着かないと思ったのに、兄がぎゅっと抱きしめてくれたら、一瞬で眠くなってきた。
どういうことだ?
「朝になったら起こしてあげる」
「んー」
眠気を覚えている二歳の肉体に、寝ずの番などできるはずもなく。
あっというまに兄の腕の中で寝たようだ。
朝、まだ日が登る前に兄が起こしてくれた。
どうして、兄はこんな早い時間に起きているのだろうと首を傾げていると、ひっそりとしたノックが聞こえて、扉が細く開けられた。
兄は扉が開く前におれに毛布をかぶせて、口元にそっと指をそえてきた。
話すなってことね、了解。
毛布をかぶせられていても、背筋をまっすぐ伸ばして寝台に座った兄が、扉を見つめているのを感じた。
緊張しているのが、指先から伝わってきた。
「何用だ」
「……でんか……ちっ」
囁くような声は、昨夜の護衛の声だった。
舌打ちして、開けた時の慎重さとは逆に荒く扉を閉める。
護衛のくせに態度が悪いな。
仕える主人が呼んでないのに室内を覗くなよ、と思っていると、毛布をはがされた。
「もうすぐ交代の時間だよ、今の内におもどり、食事はたのんでおくから」
ほんわかした笑顔の兄に告げられ、おれは考える。
おれの目は節穴じゃない。
たぶん、あの護衛は、兄を犯してやろうと狙ってる。
夢……もう走馬灯でいいや、の兄を、下心満載で見つめる男どもと同じ目をしていた。
もしかしたら、国王になにか命令されているのかもしれない。
おれが離れたら?
兄が……。
二歳児にできることなんて思いつかない。
でも。
「いっちょ」
ぎゅうっとしがみつく。
もう離れないぞ、と。
困った顔をした兄は、おれの頭をそっと撫でてくれてから、そっと抱きしめ返してくれた。
「父様にたのんでみようか」
おれを見る目が不安そうなのは、国王がおれになにかしないか、おれが国王になにかしないかと心配しているのだろう。
我慢する。
兄を守るためなら、国王へかみつきたい気持ちを我慢してみせる。
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