6 / 8
余話 1
しおりを挟む長きに渡り〝魔〟の領土との最前線に存在し、数十の代を経ているギテクセリィ国の建国王は、珍かなる白く豊かな被毛を纏っていたという。
聖典の聖なる獣の血を引く建国王のように、美しい白い毛並みの子が王家に生まれた時、その母体が聖なる獣に連なる血筋でなかったことが、国の上層部を揺るがした。
問題のある政策ばかりを打ちだし、愚王と呼ばれ始めた王が、権力に物を言わせて戯れに抱いた腹が、白い子を産んだ。
聖なる獣を崇める国が揺れるには、十分すぎる出来事であった。
タガヴォリーは、物心がついた時には荒野にいた。
母はなく、黒毛の雄が彼の育ての親だった。
雄は己を元王国戦士団長だと言い、タガヴォリーに決して名前を伝えなかった。
名前を教えることのないまま、本物の父親のようにタガヴォリーを慈しみ育てあげた雄は、タガヴォリーが成人を迎えた年に仕事でしくじりをした。
そして、その死の間際に養い子に告げた。
「殿下が我が子であればよかったのに」
己が王子だと、育て親の死と共に知ったところで、タガヴォリーには何もできなかった。
ただ、悲嘆の涙にくれた。
多情な王に見初められて、その身を乞われた元戦士団長の妻は、夫の先々のことを考えて、夜伽を断ることができなかった。
元戦士団長が仕える主人の暴虐を知ったのは、親戚の家に出かけたはずの妻が、王の元から散々に痛めつけられた姿で戻された時だった。
元戦士団長の妻は、たった一晩の望まぬ手荒い行為でタガヴォリーを授かり、堕ろす選択は王の命令で奪われた。
毎晩、夫に抱かれながら腹の子を育て、望まぬ王子を産んだ後、衰弱して眠るように死の床についた。
元戦士団長は一人で抱え込み、守らせてくれなかった妻に憤っていたが、同時に妻に頼られなかった、妻を守れなかった己にも怒りを抱えていた。
『王妃に白い子を産ませられず、他人の妻に白い子を授けた』
正妃との間に子ができず、遊びでできた子供を城に迎え入れるのは、周囲からの反感を買う。
当初、遊びの相手よりも血筋のしっかりとしている、元戦士団長の妻が産んだ子を養子にと考えていた王は、この噂を知って王子を嫌悪した。
王が醜聞と共に王子の存在をもみ消そうとする前に、元戦士団長は職を離れ、王子ただ一人を連れて、荒野の監視の任を受けた。
誰にもぶちまけられない怒りに蝕まれた元戦士団長は、王に見捨てられた王子へ恨みを向けた。
誰からも干渉されずに、自分の残りの生を浪費するために荒野に生き、王子の生を無為のままに過ごさせるために。
名前を教えず、父と呼ばせず、それでも慕ってくる王子に亡き妻の面影を見てしまえば、遠ざけることもできずに時は過ぎていった。
そして赤子が大人になるだけの時間が過ぎ、元戦士団長は本懐を遂げ、王子は孤独を得た。
大人になったタガヴォリーには、荒野に迷い込んでくる魔を狩り、国への侵入を防ぐ孤独な仕事だけが残された。
荒野への唯一の出入り商人は、本物の商人ではなく、王家の監視人だ。
必要なものを持ってきてくれるだけの関係で、会話は成り立たない。
戦い方は元戦士団長に仕込まれているので、仕事自体は単調だった。
匂いを嗅ぎ、見つけて狩る、罠をかけて捕らえて駆除する。
このまま死ぬまで、永遠に孤独に過ごすのだろう。
そう思っていたタガヴォリーの前に、見たこともない生き物が現れた。
突然そこに現れたとしか考えられない、不思議な生き物だった。
黒っぽい布を全身に巻きつけたそれは、亡き父を思わせる黒い瞳と黒い毛をしていた。
毛の生えてない部分は、白い肉がむき出していて痛々しかったが、そういう生き物らしい。
聞き取れはしなかったが言葉を口にしたので、知能があるのだろうと連れ帰ってみたものの、さて、どうしようかと無計画に助けてしまったことを後悔した。
ツゥチヤケーギョと名乗ったその毛無しの黒い生き物は、とても変わっていた。
鼻も目も耳も悪い上に、危険を察知する能力も低い。
爪は薄っぺらく牙もない上に、布越しでも全身がひどく柔らかい。
これまでどこかの富裕層に飼われていたのか?と思えるほど無警戒に触れてこようとするので、他人に触れられたことのないタガヴォリーは「触れる、恋人だけ」と端的に告げて接触を断った。
本当はどうなのかなんて、タガヴォリーも知らない。
父親代わりの元戦士団長しか、他人を知らないのだから。
ツゥチヤケーギョが発音できず、ツッチャになってしまったが、それでも構わないらしく、ツッチャはすぐに口の両端を持ち上げる。
これがこの生き物の機嫌の良い時の反応なのだと知ってからは、しつこいくらいに名前を呼んでいる自覚はあった。
初めはおかしなものを拾ってしまった、と思っていたツッチャとの生活は、いつのまにかツッチャ無くしては成り立たなくなっていた。
帰った時に、家に明かりが灯っている。
暖かな食事が用意されている。
寝床が清潔に保たれている。
いつも機嫌の良いツッチャが迎えてくれる。
家の中にツッチャと自分の匂いが、寄り添うように混ざりあって満ちている。
変わらない日々の中に、こんなに幸せを感じられることがあったのか、とタガヴォリーは驚いていた。
そして、初めて出会ったその日から、ずっと変わらなかったために、気がつくのが遅かったけれど、共にいる時に強く香るようになった、ツッチャの好意と発情の匂い。
気がついてからの日々は、甘すぎる拷問だった。
貴方が好き、私を抱いて、と無言のままに懇願してくる相手と二人きりなのに、抱けない。
「お前は子を残してはいけない」と元戦士団長に言われて育ったタガヴォリーは、正しい性交の方法を知らなかった。
なぜ子を残してはいけないのか、は、元戦士団長が今際の際に教えてくれたので、理解している。
タガヴォリーには玉座を狙う気も、王家の血を残すつもりもなかった。
月日を経るごとに、甘く濃く官能的になっていくツッチャの匂いに忍耐が擦り切れ、タガヴォリーは元戦士団長が残していた、性技の指南書を手に取った。
教養書の中に紛れていたのは、いつかタガヴォリーに必要になる、と思っていたからなのか。
それともただ紛れていただけなのか。
腹の抱き方、孕ませ方を知ることはできた……だが、ツッチャからは発情の匂いはしても、孕みやすい時期に立ちのぼるという独特の匂いがしたことがない。
本物の匂いは知らなくても、本に書かれていた内容から、どんな匂いなのかは想像がつく。
得体の知れない生き物だから、孕まないのかもしれない。
それなら、そもそも性交もできないのではないか、と何度か見てしまっているツッチャの華奢な肉体を思い出す。
どこまでも柔らかそうな、牙のような色の皮膚とその下の薄っぺらい筋肉、所々に思い出したように生える和毛。
ツッチャの肉体には身を守る被毛はないが、作りはタガヴォリーとそう変わらないように見えた。
肉の下には骨があり、体を動かせば肉は動く。
食べ物だってタガヴォリーと同じものを食べているが、消化できずに苦しんでいる様子を見たことはない。
そして、気をつけなければ簡単に引き裂けてしまう弱い肉体なのに、タガヴォリーを狂わせる妖艶な発情臭を立ちのぼらせる。
そんな風に日々を過ごし、なんとかツッチャを襲わぬようにと、耐える生活を続けていたある日の寝酒の席で、ツッチャが成年を超えていて、性交を理解している事を知った。
ここではない世界?から来たのだと知った。
ツッチャは、元戦士団長が死んでから寝付けなくなったために、いつのまにか習慣となった、タガヴォリーの寝酒を奪った。
かと思ったら、たった一口で酩酊して、今までに嗅いだことのないような、何も分からなくなるような濃厚な発情の匂いを放って、涙まで流しながら甘えて迫ってきた。
こんな形で結ばれるのは不本意だ、と必死で我慢したが、抱いて欲しいと縋りつくツッチャの愛らしさは増すばかりで、タガヴォリーにはなすすべがなかった。
涙を見たくない、悲しむ姿を見たくない。
これまでの血を吐くような忍耐はズタズタに引き千切れてしまい、タガヴォリーは文字どおり飢えた獣のように、本能のままに柔らかくて滑らかな肉を貪った。
己のもので奥まで貫いたツッチャの腹の中は、清らかな処女地であり、やはり腹奥には子袋の存在を感じなかった。
自分以外の他者を知らないことを知っているのに、それでもツッチャの腹を満たしたのが自分だけなのだと思うと、狂おしいほどの喜びを覚えた。
異世界の生き物であるツッチャの腹の中は柔らかく温かく滑り、タガヴォリーの突然の訪問にも喜んで、甘えてむしゃぶりついてくる。
ひたすらまっすぐに本能的に腰を振り、無垢な腹の中に種を弾けさせた。
腹奥に子袋がないということは、何をどうしても子を望めはしないし、孕むこともない。
これこそ、子を残してはいけない、俺のために用意された腹なのか、とこそ思った。
だが、甲高く甘く鳴いて、涙を流して喜ぶツッチャを組み敷いて、細い体を穿ち己の形にする中で、タガヴォリーは願っていた。
祖先から受け継ぐ獣としての本能が願っていた。
ツッチャに子を産ませたい、産ませられるはずだ、と。
抱いて快感を得るための対象としてでなく、ツッチャが本当の意味で自分の横にいてくれたら、と。
長く少子化が続くギテクセリィで、自分が王家の血を引く中で、唯一の真っ当な血筋の子だと聞いていても、それはずっと他人事のようだった。
父が遊びで残した兄弟がいれば、タガヴォリーに玉座を継がせる必要はないはずだ。
魔を駆除する途中で、控えめに「殿下、お力をお貸しくださいませ」と陰から声をかけてくる者らの存在は、ひたすらに無視するしかないと思っていた。
王子だなどと言われても、王子であったことなど一度もない。
現王の統治がうまくいっていないことは聞いていても、そこに自分が成り替わることなど、考えたこともなかった。
だが、たった一つだけの望む者が、ツッチャが横にいるのなら。
この生き物が、自分の寝床を夜毎に温めて待っているのなら。
おれは王にでも何にでもなろう。
そう決めてからのタガヴォリーは、建国の王の偉業をなぞるように、速やかに動いた。
これまでに陰から接触してきた者らを頼り、利用して、利用されて、二日後には秘密裏に後任を見つけて、荒野から離れる算段をつけた。
そうして過ごした三日後、いつものように家に戻ったタガヴォリーを待っていたのは、孕み腹の匂いをさせているツッチャだった。
これまでには一度も感じられなかった、あまりにも濃厚な雄を誘う匂いが家中に満ちていて、不意打ちを受けたタガヴォリーの理性を一瞬で溶かした。
死んでしまいそうに乾いていた心を潤す、唯一の生命の水であるようにツッチャの肉体を貪り、その腹の奥に、タガヴォリーの精を望む子袋ができていることを感じると、止められなくなった。
「あ、ああ、っっあ、いい、そこ、きもちいいっ、タグ、もっと、そこ、おくグリグリしてっ」
ずっと抱きたいと思いながら、ひたすら我慢していた相手に愛らしくねだられて、やめられるわけがない。
ツッチャの腹の奥を満たすほどにタガヴォリーの心が満たされ、甘い痴態に煽られ続ける雄は萎えることを知らず。
あらゆる体液で寝床がぐっしょりと濡れ、精液がツッチャの薄い腹からあふれるほどに注ぎこみ続けて、気がついた時には、糸が切れたように意識を失っているツッチャに対して、獣のように腰を振っていた。
慎重に匂いを嗅げば、孕み腹の誘引臭はかすかに残るばかり。
孤独に枯れかけていたタガヴォリーの心は、ツッチャという水を得て足ることを知り、ツッチャが己の子を孕んだ喜びで満たされる。
愛しい者の心身を手に入れた喜びで涙がこぼれた。
疲れきって眠るツッチャを、今すぐ子の育てられる環境に連れて行かなくては、と立ち上がったタガヴォリーは、雌を守る雄の顔になっていた。
『この国を、異世界人のツッチャと生まれてくる子にとって、過ごしやすい国にする』
それだけが、タガヴォリーが王になるために決めた指針だ。
そして、これだけがタガヴォリーが王であった間に貫いたことだ。
タガヴォリー・アッシュカリー王は建国王の再来と呼ばれた白毛の賢王であり、ギテクセリィ王国に穏やかな治世をもたらした。
公の場にほとんど姿を現すことのない王妃は、被毛を持たぬみすぼらしい姿であったが、王は妃ただ一人を深く深く愛して、生涯に渡って他の腹を側に置くことも、抱くこともなかったという。
少子化で喘ぐ獣人において、珍しく多産であった王妃は、その生涯で王の子を十人産み落とし、多産の血筋は子供達にも受け継がれ、ギテクセリィ王族は健やかな子宝の血筋として、他国からの輿入れを強く望まれることとなる。
ギテクセリィも、その血を受け入れた国々も、長く繁栄したという。
10
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
王様の猫 ~大丈夫、野良猫を保護するやつに悪いやつはいない~ 《獣人オメガバース》
夜明けのワルツ
BL
猫好きなオレはある日気づいたら、見知らぬ森で猫になっていた。
もしやウワサの異世界転生?
なんでなのかはわからないけど、とりあえずラッキー♪ なーんて思ってたら……あれ? なんか色々ピンチなんですけど……。
一応BL・獣人オメガバースですが主人公は世界観をまだ理解していません。
エロは今回はありません。ヒーローが危機的状況から救いました。
※※※※※※※※
続編であり、本編となるアラン編、
王様の猫2 ~キミは運命のツガイ~《獣人オメガバース》
の、連載をスタートさせました。
まだまだ書きはじめですが、興味のあるかたは
そちらもよろしくお願いいたします_(._.)_
君が好き過ぎてレイプした
眠りん
BL
ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。
放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。
これはチャンスです。
目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。
どうせ恋人同士になんてなれません。
この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。
それで君への恋心は忘れます。
でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?
不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。
「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」
ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。
その時、湊也君が衝撃発言をしました。
「柚月の事……本当はずっと好きだったから」
なんと告白されたのです。
ぼくと湊也君は両思いだったのです。
このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。
※誤字脱字があったらすみません
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる